『江戸っ子の蕎麦好き』なんてことを言いまして、蕎麦と寿司というのは好んで食べたもんだそうでございます・・・
今はってと、たいへんなお店構えでもって大きな商売をしているようでございますが、以前はってと屋台でございますね・・・
屋台のお蕎麦屋さん、屋台のお寿司屋さんというものが始まりだそうでございまして・・・
そば清を聞くなら「金原亭馬生」
そば清の大名人と言えば、古今亭志ん生(父)・金原亭馬生(長男)・古今亭志ん朝(次男)の落語スター一家。真骨頂の志ん生、華の志ん朝に比べれば古典の基礎を土台とした地味な落語だが落語好きにはコアなファンがいる確かな名人。
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あんた!近頃この店によくいらっしゃいますね?
いやみんなで噂してるんですよ、今時分そこに座っちゃあペロッと十枚やる、見事なもんですねぇ・・・
どうです?あたしたちと顔繫ぎにちょいと賭けをやってみませんか?
かけって言いますと、盛り(そば)をやめて、かけ(そば)にする?
そうじゃないよ・・・今江戸で流行ってるでしょ?蕎麦の賭け!
あなたいつも十枚食べてるでしょ?
十枚じゃ賭けになりませんから、倍の二十で一分(いちぶ)ってのはどうです?
※一分(いちぶ)…日本円にしておおよそ3~4万円。
二十!?二十枚あたしが食べますってと、あたしがあなたに一分お払いする?
馬鹿なこと言っちゃいけませんよ、それじゃ賭けにならない・・・
二十でございますか・・・
二十なんて今までやったことがありませんで、きっと食べられません・・・
いやそんなことはないよ?あたしの見たところ二十くらいはいけますよぉ!
左様でございますか?それであれば、お顔繋ぎということで、たぶん食べられないとは思いますが・・・
ほぉ!やる!?そう?
おやっつあん~!そば賭けこの人に二十枚!早いとこお願いしますよ!?
さあみんな集まって、手伝ってくださいよ?
ほらよっちゃん!ぼんやりしてちゃいけませんよ?
おそばが来たらどんどんこの人の前に出して!空いたせいろは片づけて・・・
さあ来ましたよ!さあこっちへ来て!早いとこ始めてくださいよ!?
はぁ来ましたか・・・
あたしは子供の時分から・・・ずるずる~!
・・・お蕎麦が大好きでございまして・・・ずず~!ずずっ!!
これさえ食べてれば・・・ずるっ!ずずず~!
・・・何も他にはいらないんでございます・・・ずるずるっ!
二十なんて数は・・・ずずっ!
・・できっこないんでございますが・・・ずずっ!
・・・お笑いにならないように・・・ずるずる~!ずず~!
速いねぇ・・・おい・・・どんどんどんどんやっちゃうねぇ・・・
よっちゃん、今数いくつです?
十五!?へぇ!あっという間の十五だねぇ!十六?十七?十八!?十九!?あと一枚だ!
二十!あなた二十枚やりましたな?
よっぽど体の調子が良かったんでございましょう・・・それではこの一分を頂戴して・・・
ど~も!
悔しいねぇ・・・ど~もなんて言って帰っちゃった、一分取られちゃったよ・・・
まあ大丈夫だよ、明日がある・・・明日あの人はまたここに来るよ?
そしたらね、今度は三十で二分ってのをやってみるよ!今日の一分取り返しちゃうから!
ってんで、明日になるってと・・・
ど~も!
こっちへいらっしゃいあなた!ここへ座ってください!
昨日ダメだダメだと言って二十やりましたなぁ!今日は三十で二分ですよ?
勘弁してくださいましよ・・・三十なんかできっこございません・・・
昨日そう言って二十やったんだから・・・ね?
三十で二分やんなさいよ!昨日一分取ってるんでしょ?
弱りましたなぁそれは・・・
分かりました・・・たぶん食べられないと思いますが、昨日一分頂戴してますんで・・・
利子をつけてお返しをするということで・・・
よ~し!おやっつあん!今日は三十枚!早いとこ頼むよ!さあみんな手伝っておくれ!
来たよ~!さあどんどん持ってって!
ひやぁ~!すごい勢いだね・・・そばの方からあの人の口へ入ってってるようだよ・・・
二十まであっという間だよ?なに!?二十五!?二十六、七、八・・・九!
三十!・・・あなたやりましたな!
いやぁ・・・よっぽど調子が良かったんでしょう・・・
それじゃあこの二分はいただいて・・・
ど~も!
ばけもんだね、あの人は・・・ど~も!って言って二分取られちゃったよ・・・
よ~し!こうなったらあたしももう意地だよ?四十で一両でやってみようじゃないか!
ん?誰だいそんな所でゲラゲラゲラゲラ笑ってんのは!?
くっくっく・・・ふふふっ・・・あっはっはっは!
なんだいお前は!なんで笑ってんだい!?
あんた今の人誰だか知ってて賭けをしてるんですか?
知らない?そらそうでしょうな・・・
知らないからあんな恐ろしいことを平気でできるんだ・・・
あの人はね、そばの清さん『そば清』さんと言ってね?
そばの賭けでもって家を三軒建てた人だよ?
普段は四十から四十五あたりで勝負しているところを、やれ二十だ三十だって朝飯前ですよ!
なぜもっと早く教えないんだよ!昨日もあんたそっから見てましたよねぇ!
へっへっへ・・・だってどうなるか見るの面白いから・・・
人が悪いねぇお前さんは・・・みんな聞いたかい?江戸で評判のそば清さんだとさ!
よ~しこうなったらね!明日清さんが来たら五十で勝負してみよう!
五十で三両ってのをやってみよう!
そば清を聞くなら「金原亭馬生」
そば清の大名人と言えば、古今亭志ん生(父)・金原亭馬生(長男)・古今亭志ん朝(次男)の落語スター一家。真骨頂の志ん生、華の志ん朝に比べれば古典の基礎を土台とした地味な落語だが落語好きにはコアなファンがいる確かな名人。
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ど~も!
こっちいらっしゃいそば清さん!あなた人が悪いねぇ本当に!
江戸で評判のそば清さんってのはあんたのことでしょう?
いえ~あたしはよっちゃんですぅ・・・
何言ってんだもうネタは知れてんだよ!さあ今日は五十で三両ですよ!?
勘弁してくださいまし・・・今度また来ますんで・・・
ど~も!
ってんで、ぴゅ~っとずらかってしまう・・・
清さん四十五であれば、なんとか体の調子がよければ出来たんですが、五十という数はまだやったことがございません・・・
負ける勝負はしないのが勝負しでございましょう・・・
清さん本業はきちんと持っておりまして、本場・信州をぐるっとひと廻り・・・
さあ仕事の段取りがついて江戸へ戻ろうかという道々、どこをどう間違えたかずんずん山道の方へ入って来ちゃった・・・
途方にくれ、木の陰で休んでいるってと、木の上に大きなウワバミがおりまして・・・
それを見た清さん思わずそこで尻もちをついて動けなかった・・・
ウワバミの方はあいにく清さんの方には気づいておらず、視線の先には銃を構える猟師がいる・・・
猟師が引き金を引くか引かないかその一瞬のうち、ウワバミがその猟師を丸呑みにしてしまいまして・・・
さすがのウワバミも人ひとり食べたんですから腹が膨れ上がってしまいまして・・・
ばたりばたりと苦しみながらも、動き出します・・・
あとをそろ~っと清さんが付いていくってと、赤いヘンテコな草がポヤポヤっと生えている草をさも美味そうにぺたぺたぺた・・・
あんだけ膨れ上がっていた腹がすぅ・・・っとまた元通り細くなる、さも気持ちよさそうにさぁ~っと行ってしまった・・・
へぇ~!そうだ!あの草を江戸へ持って帰ろう!
そば賭けでもって食えなくなったら、あの草をぺたぺたぺた・・・すぅ~!ってんでいくらでも食べられるよ!
ってんで、草をいくらか摘んで戻ってきた・・・
ど~も!
あらっ懐かしいねえ!清さん帰って来ましたよ!
あんた信州行ってたんでしょ?聞いてましたよ?
どうでした信州は?
結構でございます・・・さすがそばの本場でございます・・・
ですけれど、おつゆがいけません・・・江戸のつゆで食べたらさぞ美味かろうと思いました・・・
行く人はみんなそう言うんですよ!
そうだ!清さんあたしとの賭けを忘れちゃいないでしょうね?
五十で三両!
うん、今日は六十で五両でお願いします!
向こうで上げてきたよ・・・面白い、受けましょ!
おやっつあん!六十だよ!?頼みますよ!
さあみなさん六十だ!たいへんだよ!どんどん運んで!
さあ清さん!どんどん始めておくれ!
はぁ~!どうだい、本性表してからまた一段と速くなったよ?
どんどんどんどんやってるねぇ・・・
おいよっちゃんこれ、清さん手品かなんかで食べてるふりしてるわけじゃないだろうねぇ?
ちゃんと食べてる?もう四十!?
もう四十いったの!?速いねぇ!四十五!六、七・・・
あらっ・・・だんだん遅くなってきたよ?四十八で止まったよ?
そばが喉んところに詰まっちゃった?あぁこれはもうだめだね、勝負ありだね!
おいおいそんな、どしんどしん体動かしたってダメだよ?もう諦めな!
六十食べる・・・
食べるったってあんたもう食べられないんでしょ?入りゃしないよ・・・
ちゅる~・・・
一本ずつ食べたってしょうがないよ・・・もうだめだから、お諦めなさい!
表の風に当たりたい・・・
はいはいダメですよ、表へ出てずらかっちゃおうったってそうはいきませんよ?
人がたくさんいて苦しい?あぁそうか、まあこんだけ見物客がいれば苦しいか・・・
それじゃこうしよう・・・隣の部屋が空いてるからね、そこで休憩して、それですぐ戻って来なくちゃいけませんよ?
さあ隣の部屋に行ってください?動けない?どうして?
そばの重みで?そうか、四十八枚もそばが腹の中に入ってりゃそりゃ動けないか・・・
座布団ごとみんなで引っ張って!そう!それで襖を閉めて!
みなさんご安心しなすって・・・もう清さんは食べられませんよ?
よくあるんだよ?でっかい大福十個食べようと思って九個までは食べられるんだよ?
だけれども、一度ぴたっと止まってしまうともう食べられないんだから・・・
茶飲んでも体動かしても、腹の中でもう無理ですって拒否しちゃってんだから・・・
ぺたぺたぺた・・・
ん?ぺたぺたぺたって音がしてんねぇ・・・薬かなんか飲んでんのかねぇ・・・
今やったってダメなんだよ、すぐに効くもんでもねえんだから、かえって腹が膨れちゃってダメだよ?
清さ~ん!そろそろ観念したらどうだい?清さん!?声がしませんね・・・
おい銀ちゃん、襖開けて見てくれないか?
あれ!清さんいませんよ?
いないわきゃない、逃げられっこないんだから・・・よくご覧なさいよ!
いませんよ!
いないわけがない!どれ・・・
って見ると、そばが羽織を着て座っていた・・・
そば清を聞くなら「金原亭馬生」
そば清の大名人と言えば、古今亭志ん生(父)・金原亭馬生(長男)・古今亭志ん朝(次男)の落語スター一家。真骨頂の志ん生、華の志ん朝に比べれば古典の基礎を土台とした地味な落語だが落語好きにはコアなファンがいる確かな名人。
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そば清を聴いて
まずサゲ(オチ)の『そばが羽織を着て座っていた』ということに関してですが、
清さんが食べたものを消化してくれる草だと思ってぺろぺろ舐めていた草は、食べ物ではなく人間を溶かす草だったというオチになっています。
ウワバミが舐めていた草は人間を溶かす草だったんですね。意外と怖いオチですよね。
そば清さんも欲張らなければ、草に溶かされるなんてこともなかったでしょうが、欲張るとろくなことにはならないということですね。
また蕎麦は16文で現代にすると520円ですから、これを二十、三十、四十、五十もやるとなると、1万円以上はかかりますよね。
おそらくこの払うお金も賭けの勝敗によって決めたんでしょう。
最初に賭けた値段である一分は一両の約4分の1です。一両は約13万円ほどでしたから、一分は約3~4万ですね。
やはり、おそばと言えど、そば賭けをするような人は大店の若旦那などの裕福な人だったことがうかがえます。
最後の方には六十で五両かけていたわけですから、食べきれていれば日本円にして約65万円になります。確かにそばの大食いでこれだけの金銭のやり取りがあるなら、家を三軒建てられるのも納得です。
六十枚とはいかなくとも、四十・五十枚で賭けはしているので一度の賭けで30~40万円は得ていたと考えると…週に1回そば賭けをしたとして、月に120万。
そば清さんは年収1,000万円以上の大変な高給取りですね。江戸時代でも現代でも一芸がある人には人生に華がありますね。
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