弔いが山谷と聞いて親父行きなんという川柳がありまして、山谷と言うところはお寺がたくさん昔あって、必ずどっかでもって弔いがあったそうですな。
昔はお家でもってお弔いをするということがございませんで、必ずお寺でもってお弔いをする・・
そうすると若い人がおとっつあんの代わりにお焼香に行くというようなことがございません・・
必ず近くに吉原という華やかな場所がございますから、そっちへひっかっかちゃう・・だから心配で心配でしょうがない・・

あの・・お寺はどちらでございますか?

え?山谷?それは困りましたなぁ・・・

とても倅はやれません、あたくしが参りますよ!
普段は倅さんを名代へ出しているおとっつあんが直々にお焼香へ伺うなんということになったんだそうでございます・・
その時分のお弔いというのは必ずお菓子というものが出て来たんだそうでございますな・・
盛り菓子なんていいましてね、お盆の上に饅頭なんぞを高く積んでおいて、あっちこちに出しておく・・
ちょいとお金のあるうちになりますと、これが折に詰めたんだそうでございますな・・
ようかんとか最中だとか結構なお菓子を入れまして、1人に一つずつ配る・・
御大家でもってご高齢でお亡くなりになるとかえってめでたいというので、おこわ、お赤飯を蒸かしたんだそうでございますな・・・
これは竹の皮に包んだそうですが・・
端の方にしろ菜とがんもどきの甘辛に煮たやつなんぞを入れまして・・
それで1人ずつに配る・・それと般若湯(はんにゃとう)と申しまして、お酒ですな・・・
これを土瓶の中に入れまして、お茶と間違えないように印をつけてあっちこっちへ出して置いておくというような具合です・・・
中にはそういうのを飲みすぎちゃって始末に悪いなんてえのがよくいたそうですが・・・
子別れを聞くなら「金原亭馬生」
金原亭馬生の「子別れ」は、親子の切ない絆と再会を描いた感動的な一席です。馬生の深みのある語りが、父親と子供の心情を丁寧に表現し、聴く者の胸を打ちます。笑いと涙が織り交ざる、古典落語の名作です。
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お~い、おい!おい!熊さん!

あぁ!?はい!?あぁ!どうもこれはどうも!ご隠居!ご苦労様で!

何を言ってるんだよぉ、本当に・・起きなさい起きなさい・・・

しょうがないねえ、職人がお出入り先の弔い手伝いに来ててこんなところで寝ちゃってどうするんだい!?

起こしていきなり小言を言いなさんな、ご隠居・・・

こっちだって端っからここで寝てたわけじゃあないんだよ?

そらぁやっぱり働かなくちゃいけねえと思うから一番初めにね、表の方に行きました!

げそ番屋なんかやってましたので、誰だったか覚えちゃいねえけど誰か傍に来て

「どうも親方、ごくろうさん!ちょっと代わりますから奥でおやすみなさい」

ってこう言われたからこっちは奥で引っ込んでたんだ!

それで台所に来たんだ!喉が乾いたんでお茶でも飲みてえなと思ったら、土瓶が置いてあるからさ、湯呑持ってきて、そこへ一杯ついで

きゅ~っと飲むってとこれがお前さんの前だけれども、お茶じゃあなくてお茶気だよ!?

これぁありがてえってんだ!

それでぐわぁ~っと飲んでて気が付いたら、土瓶を3つばかりからめちゃったんだ・・

さあなんだか知らねえけれどもかったるくて、とてもじゃねえけれども、働いちゃ居られねえからってんで、人の邪魔になっちゃいけませんから

こっちの方へ引っ込んで来て、それで肘を枕にごろりと横になるってと本堂からお坊さんのお経が聞こえてきましたよ?

お坊さんのお経ってえのは寝るには持って来いのもんだね

ぐっすりいい心持で寝て、お前さんに起こされたんだ、お経もう聞こえないねぇ!

弔いはもう晴れたの?

なんだい弔い晴れたの?ってえのは・・しょうがないねえもう・・・

まあ無事に終わりましたよ!?

皆さんお帰りになったんだ、それであたしも帰ろうかなと思ってふっとお前さんのことを思い出した・・・

ああ、誘って帰らなくちゃいけないってんで、あっちこっち探しちゃったよ!

さぁ!帰るんですよ!

わかったわかった今帰るよ!

ちょ、ちょっと待ちなよ、せっかくいただいたおこわだよ?

こいつを背中ん所へこう・・隠して・・よしっ・・それじゃあ行きましょうか!

いやぁ、それにしても今日は天気がよくて本当に良かった!

そうだねぇ、雨が降るってと、出てくる方も支度が大変、迎える方も色々と用が増えちゃうからねぇ・・・

晴れてるにこしたことはないよ、よかった今日は・・・

もう~とにかく人がずいぶん来たんでしょ?

ああいっぱい来たよ?付き合いの広い方だしね?

いい方だからね、人徳というのかなぁ・・・大勢さんお見えになったねぇ・・

ああいう亡くなったご隠居、いい人だからやっぱり極楽へ行くんでしょうなぁ・・・

そらそうだろうなぁ・・・

よく地獄極楽なんて言うけれども、地獄はどこにあるんだって聞いたら、地獄ってのは地べたの下にあるなんてことを聞きましたよ・・・

だけど地べたの下にあるんだったらたまには、誰かが閻魔の冠かなんか掘り出しそうなもんだってんだ・・・

そういうことがねえんだからおかしいねえ・・・

何を言ってんだい・・地獄極楽というのはねえ、この世にあるんだよ?

この世?へぇ~・・・この世のどこにあんの?

いやどことそことかって言うんじゃないんだよ、ね?

人間というものは苦しい時には地獄だよ?幸せな時は極楽さ・・・

ああそうか・・それじゃあこれから吉原へ行って「あらちょいとお前さん様子がいいよ?こっちが来なさいよ~・・」

なんてんで顎の所をこちょこちょっとやってもらうのは、こいつぁは極楽だ!?

そらぁ極楽だ・・・

極楽行こうか?

およしよ・・いい年の者を捕まえてそんなことを言うんじゃありませんよ

いい年のもんだから誘ってやってんじゃねえか!人間というものは達者なうちだよ?

医者にもうこの人はいけませんと見放されちゃってから、山海の珍味を目の前にして、百人の美女に取り巻かれたってこいつぁはもう手遅れだよ・・・

達者なうちだよ!だから誘ってんじゃねえか!さあさあ行こうじゃねえか!

いい、いいよあたしはもう疲れたから・・・

お前さんだってそうだよ?

そんなところへ行って御あし(お金)を使うよりだったら、帰ってかみさんに何かうまいものを食べさせてやるとか、子供に羽織の一枚でも着させてやるとかしたらどうだい?

大きなお世話だよ!人のうちのそういうのをグズグズ言うんじゃないよ?

何を言ってんだい!俺んとこのかみさんだよ?俺んとこのかかあだよ?

食わせる物がねえからって屋根おっぽり上げて木食らわしておこうが、ガキに着せるもんがねえからってんで風呂敷に包んでおこうが俺の勝手だよ!

何言ってやがんでい、人の財政にいちいち立ち入りやがって・・・

行きたくなきゃいいんだよ!俺ぁ勝手に行くんだから!あばよ!

おい!よしなよ!

何言ってやがんでい!色には鉛、連れは邪魔ってんだ!なあ!

ありがたいねえ!懐には棟梁から前借したお給金があんだよ?

いい心持ちになっちゃったんだ!

鬼に金棒だよ!こわ飯にゴマ塩と来てやがら!はっはっは~!

冷たいぃ~~~ぃい~~♪♪

ちょっと~・・そこにいるのは親方じゃあない?

お?なんだ誰だと思ったら、紙くず屋じゃあねえか!

今日はどうしたい!?羽織なんざ着てなんかあったのか?

ああ、かみさんの弟が嫁もらってね?

ああ婚礼かぁ!そいつは結構だなぁ!

俺の方は弔いだよ?この先の寺で御棚のほら、ご隠居が亡くなったんだよ!

今終わって帰りなんだ、向こうでもってちょいと般若湯やったんだよ!いい心持ちになっちゃってさぁ!

場所は山谷だよ、日が暮れかかってんだよ、だからこれから仲(吉原)へ行こうってんだ!

なあ!一緒に付き合わねえか?

はぁ~吉原?いいなぁ!行きたいなあ!

行こうじゃねえか!

行きたいんだけどね、今ちょうど懐があいにくなんだよ・・・

懐があいにくだぁ!?生意気なことを言うんじゃないよ?

あってたまにだからあいにくってんだ・・・

おめえなんざのべつあいにくじゃあねえか!

おめえのあいにくは長いねえ!安政のころからあいにくだぁ!

何を言ってる、ねえものはねえんだ!

わかったよ!こっちはうっかり口聞いちゃったんだ!言い出しっぺだ!

しょうがねえや!足らねえ所は俺が出してやらぁ・・・

おめえいくらかは持ってんだろ?!

そらぁいくらかはありますよ・・・

だったらいいじゃねえか・・・一円くらいは持ってんのか?

そんなに持ってないですよぉ・・・

一円持ってたらあたしだって、そらぁ、えばって行きますよ・・・

あぁそうか・・じゃあ70銭くらい持ってんのか?

そんなには持ってないですよ・・・

じゃあ60銭はどうだ?

そこまでいかないんだ・・・

じゃあ50銭か?

もうちょっと足らないねぇ・・・

40銭か?

もう少しだねえ・・・

30銭か?

もうこれっばかりだよ・・・

20銭か?

もうちょいと・・・

10銭か?

悔しいねえ・・・

5銭か?

おしいねえ・・・

3銭か?

当たった・・・

なんだとぉ!三銭ばかりの金を持って大の大人がうろうろするなこの辺を!

情けねえなぁもう本当に・・・

まあしょうがねえ、口聞いたんだ、今日の所は俺が出してやるよ!

今度はおめえが景気のいいときにちゃんと返さなくちゃいけねえよ?

分かったよぉ、どうもありがとうございます・・申し訳ない・・・

申し訳ないじゃない!もういいんだよもう!

さあさあ行こう行こう!遊びに行くのにおめえなぁ!

いちいちペコペコしながら遊びに行くな!

おめえがいつか返すというから俺が今日は出してやるんだから!そうなりゃ五分だよ!

遊びに行くのは五分で行かなきゃだめだよ?本当さ!

こうやって二人で並んでだろ?そうするってと分かるよ?はたから見て俺の方がお供だって思われるよ?

そりゃそうだよ!半纏(はんてん)に腹巻に股引だよ?

おめえはそうやって羽織着てんだから!

いや~なんだね~いい羽織だねぇ・・・いい羽織だよ?

肩の所から下にかけてず~っと変わって来てて色が・・・

それは何かい?あけぼの染めってのかい?

染めがはげてきちゃってんだよぉ、そういうこと言わないでちょうだいよ~

言わないでちょうだいよったって、言いたくもなるじゃねえか~おつなもんだよ、本当に~ねえ・・・

いい足袋履いてるねえ・・・

よくない・・・

いやいいよ~いい足袋だ・・・

この足袋は儀式にあらず、白足袋は汚れっぽいってんでねえ・・・

鼠色の足袋を履いてんのは・・・

白足袋が汚れちゃってんだよぉ、なんか言わないでもらいてぇなぁ・・・

下駄はよくないよ?下駄は!もうそろそろ代えなよ?

よくそこまでへらしたねえ・・・そこまで履いてられるもんじゃないよ?

今度へるってとおめえの足がへるから気をつけろよ?

だけどおめえ女が惚れんのはな?なりに惚れるんじゃねえやい、心意気に惚れんだよ!

なぁ!向こういっておめえお互いの相方になんか言われようじゃねえか!

「あたしたちはどっちかってと、若い人より、お前さんたちぐらいの年配の人の方が好きよ~」

な~んか言われようじゃねえか!なあ紙くず屋!

「初回惚れしてわしゃ恥ずかしい・・裏に来るやら、来ないやら・・きっとだよぉ・・」

なんてなことを言われようじゃねえか!

なぁ!紙くず屋!

うぅ、あたし帰るよ!

どうして?

だってなんだい!?紙くず屋、紙くず屋って!

紙くず屋だから紙くず屋って言ったんじゃねえか!ええ?

魚屋を紙くず屋って言ったんじゃねえんだ!

紙くず屋だから紙くず屋って言ったんだ!他に何て言やあいいんだよ!?

紙くず屋を魚屋って呼べるかぁ!?紙くず屋を紙くず屋って言って何が悪いんだい!?

いいからあたしは帰りますよ!

そんなこと言うなよぉ~妙に色っぽいやつだねぇ~・・・

分かってるよ!向こう行ったら言わないよ?

本当?女の子の前でそんなこと言われてご覧?

割り食っちゃうんだから!だから商売は内緒ですよ?

ああ分かった分かったなんにも言わねえ、ねえ!

明日の朝になんだろ?二人でもってさいい心持ちでもって表へ出てくるよ?

お互いの相方が送り出して来て

「また来ておくれよ?近いうちに!きっとだよ?二人そろって来て頂戴よ!?」

な~んてな!言われようじゃねえか紙く・・いやぁ・・あの~ふんふん~~

危ないねえ、ふらふらふらふら・・ずいぶん飲んだんだなぁ・・・

本当にしょうがない・・・

そっち行ったら危ない危ない、親方そっちにはどぶがあるんだから・・・

そっち行っちゃあだめなんだよ!こっち来なきゃだめなんだよ!

やいこん畜生!大変なことをしやがったな?

人の背中を今どんど~んとどやしやがったろ?

冗談じゃねえや大変なことになっちゃった!

どうしたの?

俺の背中が膨れ上がってるのにわかんねえのかよ!

寺でもらったおこわが入ってんだ!

そこんところをおめえがど~んとやってぎゅぎゅぎゅっと押したろ?

しろ菜とがんもどきのつゆがみんな出ちゃったい!

それが今だんだんと下に落ちて来てる・・今の背中の所まできて・・・

その脇のおできにしみてたまらない!

も~今俺ぁ股がべたべたになっちゃったい!

しょうがねえなあ本当に、まあいいや向こう行って風呂入りゃあいいんだから・・・

ほら着いた!ここが大門だ!
子別れを聞くなら「金原亭馬生」
金原亭馬生の「子別れ」は、親子の切ない絆と再会を描いた感動的な一席です。馬生の深みのある語りが、父親と子供の心情を丁寧に表現し、聴く者の胸を打ちます。笑いと涙が織り交ざる、古典落語の名作です。
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俺ぁじいさんに聞いたところによるとな、昔はこう屋根があってな、それで扉があって大層なもんだったんだらしいぜ!?

潜り戸が今じゃ鉄の柱だよ鉄の柱!たいしたもんだよ!

これつぶしたらいくらで買う?

そういう事いっちゃだめだよ、商売が近づいてくるからそういうことを聞いちゃだめなの!

いやぁお前に聞きゃあ分かると思ったから聞いたんだよ!悪かった聞かないよ!

さっ!まあ中に入ろうじゃねえか!

ぐわぁっと中へ入って左っ手の方からひやかすのは上等と来てんだ!

おう!そっち行ったってだめだよ!

おめえなんて相手にしやぁしないんだから!さっ!まあ中に入ろうじゃねえか!

そっち行かねえでこっちだよ!おい!

紙ちゃ~~~~~~~~ん!!!

な~に!?紙ちゃんってのは?

名前が呼びにくいんだから・・・ね?俺の傍から離れるんじゃないよ?

三銭ばかりもってあっち行ったりこっち行ったりするない!

ただ邪魔なやつになっちゃうんだから・・・

なあこっちだこっち!

ちょいと!ちょいと!ちょいと大将!

な、なんだなんだい、なんだい!?

ええ・・ちょいといかがでございます?ちょいとご愉快を願いませんかな?

ご愉快?話によっちゃ願われてもいいよ?

なかなかたま揃いじゃねえか!

左様でございましょ?今みんなお風呂から上がってお化粧したばかりなんでございます!

お手軽に願っておきますがいかがでございましょうな?

お手軽だぁ!?気に入らねえこと言ってくれたねぇおい!

人のことを見くびるのか?おい!お手軽ってのはな~に?

お手重に願いたいねお手重に!なかなかたま揃いじゃねえか!

それは大変な景気で・・・

ああ景気だよ!?金がうなってんだよ懐で!

紀伊国屋文左衛門が大門を占めたんなら俺も占めようじゃねえか!

大門占められなきゃ裏の木戸かなんか占めてやらぁ!

なぁ?こっちは金があるんだよ?こ、こいつだって金持ってるんだから!

なぁ!?

・・・うつむくなよ馬鹿野郎・・ないよりはあるんだよ!

ないよりはあるんだぞぉ!?

なにもこっちは不正なことをして金をもってるんじゃねえやい!こっちは堅気の職人だい!

神田建て大工長の熊五郎ってのは俺のこったい!

そしてここにいるのは同町名の紙くず・・・同町名の紙だよ!

おめえ紙もってっか?あったら後で少しおくれ?

どうも鼻水が出そうでしょうがねぇ・・・

こいつぁあれだよ同町名の紙・・・紙問屋の旦那だよ!?

なぁ!そうだろ?旦那!よ!

あ、ああそうだよ!ははっ!

喜んでやがる・・・凄いんだよ?この家はぁ!もう色んな紙を扱うんだから!

主にくずを扱うんだよ?しめて紙くず屋・・

よしなよ!

いいじゃねえか!言っちゃったもんはしょうがねえじゃねえか!

紙くず屋で悪いかこの野郎?

この人の家なんざ昨日今日できたばかりの紙くず屋じゃあねえぞ!?

先祖代々紙くず屋だぁ!

よしなってんだよ・・・

いいじゃねえかぁ!

えぇ・・ばかにご機嫌でいらっしゃる・・

ご機嫌だよ?ちょいと弔いの帰り・・・

暗くてみっともねえかもしれねえけれども、おめえんとこはなにか?

弔いの帰りじゃあ縁起が悪ぃからってんで、上げねえか?

いえいえ、そんなことはございませんけれども・・・

弔いの帰り、真に結構でございますなぁ、はかがゆくなんて言いますからねぇ・・
※はかが行く・・仕事の効率が上がる、はかどるという意味・・この場合は「墓」と掛けた

あっ!気に入った!えぇ?はかが・・・嬉しいなぁ!

よし!俺ぁおめえの言うことが気に入ったからねえ!

ひとつ褒美をとらせるから!手を出せ手を!

へ?何か下さるんですか?ありがとうございます・・・なんですか?

あぁ・・お赤飯・・あたくしお赤飯大好きなんでございますよ!

そうか!顔色が悪いからそれ食って少しは精をつけろ!

へえ!ありがとうございます!

・・・あの、なんだかしろ菜とがんもどきのつゆがないようでございますがな・・・

ないんだよ・・元はあったんだ・・・

だから俺が背中にしょって歩いてたらこの野郎がど~んと上からどやしやがったんで、つゆがみんなだぁ~っと出ちゃってねぇ!

つゆが今腹巻から俺のふんどしにかけてぐっしょり染みてんだよ・・・

おめえどうしてもつゆが欲しいかぁ?欲しかったらそこへ出せ!

ふんどし絞ってそこへかけてやる!

冗談言っちゃいけませんよ!!
なんてんで、酒を飲んでおもしろおかしく遊ぶ・・
遊ぶのは結構ですけれども度が過ぎてはいけないなんてことを申しますが・・
この熊公というのがたいへんに腕の立つ職人でございます・・
ところがこういうご職人というのはどっか癖がある・・
よく職人堅気なんてえことを言いますが、仕事が来る・・どうも気に入らない・・『御あし(お金)を積みますよ?』と言われても、『銭でこっちは動くんじゃねえんだい!』 なんてえことを言う・・
もう気に入るってと、わずかなお給金でも一生懸命仕事をするというようなそういう質の人が多い・・
大体が酒のみでもって、 それこそ飲む・打つ・使う、三道楽揃っている人が多かったようそうで、酒なんか飲みながら・・

何言ってんだい!これぐらい飲んだって仕事くらいできらぁ!

すんぷんたがわずやってやるよぉ!
なんてなことを言う・・
若いうちは確かにそういうことが出来るんですな・・
昔のお職人さんなんかでいた、私どもが知ってる中では例えばお寿司屋さんのご職人さんかなんかで酒の好きな職人さんが今すよ・・
そうするってと湯呑の中に酒を入れておいて、そいつを飲みながらよく仕事をしている人がいますが、もうそういう人は、それがもう半分売り物みたいになってますから、それでも包丁さばきから握り方、きっと間違いなくできる・・・
これはある程度の年までで、そっから先いくってと、やっぱり酒に体が、何というんでしょうか・・
おかされてくるというか、神経が鈍ってくるというか、寸法間違いをしたりなんかするなんということもでてくるようで・・・

何言いやがんでい!酒なんざ飲んでたってできらぁ!
なんてんで、やってみる・・
やらせてみると、しらふの人からするとどうも良くない・・
酔っ払ってるからこれでいいだろうなんという・・・
だんだんだんだん人間が無精になるということがありますな・・
それに飲む・打つ・買うというのはみんな繋がっておりますから、飲んだ勢いでもって人に誘われてちょいといたずら(博打)をしてみる・・
少し金が入るってと行こうじゃねえか!繰り込もう!ってんで吉原へ入っちゃったりなんかする・・・
そうなるってともう仕事はしません・・

何言ってやがんでい!仕事なんざ出来なくたってな?

こっちはやろうとすりゃあ後からいくらでもふるほど来るんだから心配するない!
なんということを言いながら家の物を持ち出して質に入れて、それでもって酒を飲んで遊びに行っちゃう・・・
これの繰り返しでございます・・
それで、その時上がったご婦人が大変に気に入って、また向こうも商売上手ですから色んなことをいう・・
家にいるってと、かみさんはがみがみ言う・・そらぁ当り前です・・金をまるでいれないんですから・・

どうするんだよ!本当にもう!借金だらけなんだからさ!

お前さん!仕事をしておくれよ本当に!

なんにもなくなっちゃってんだよ?どうすんだよぉ!

うるせえなぁ!本当に・・・帰ってくりゃあそんなことばかり言ってんだから!

もういいよぉ!こんな所にいられねえや!
なんてんでぱぁ~っと飛び出してってまたどっかでちょいと金を借りたりなんかして・・・
仲(吉原)へ入って行って・・

また来たでぇ!

まあ・・よく来てくれたねぇ・・嬉しいねえ・・・

どうしたんだいお前さんここんところ随分やけになってるじゃないか・・・

疲れてるようだよぉ?

気を付けておくれよ?お前さんにもしものことがあったら大変なんだから・・・
なんてなことを言ってくれるってと『ああ・・女房よりもこっちの方がいいなぁ・・』なんてこうなっちゃう・・
ついうっかりそういう料簡になってくるというのは、やはり酒のせいもあるかもしれませんが、どこをどうとちくるったんでしょうか、この熊公が大事な女房子を追い出しちゃって、この吉原のめかけの女を家に入れた・・・
手に取るのは、『やはり野に置け蓮華草』なんてえことを言います、やっぱりああいう所にいるときにはきちんと寸法にあってる・・もう余裕があるんですな・・・
だから『お前さん嬉しいよぉ』とか色んな優しいことすぅっと言ってくれて、ちやほやしてくれる・・
ところがいざ堅気の家に入るってやることが一杯ありますよ・・・
朝早く起きて掃除洗濯をしなきゃならない・・おまんまも炊かなきゃならない・・亭主の面倒も見なきゃなんない・・夜帰ってくるまで掃除や洗濯・・
もう色んなことをやって、また晩飯の支度をして待ってなきゃいけないというのが、長いことそういうことをしない暮らしをしておりますから、そう言うことがとってもつらい・・・
朝早く起きることがとっても嫌ですから、朝になっても起きてこない・・・

おい!起きなよ!

う・・う~ん・・もうなんだよぉ・・もうぉなにさぁ・・

もう~朝になると人のことを起こすねぇ・・・

当たり前だよ!しょうがねえじゃねえか!俺これから仕事行くんだい!

行っといでよだからさぁ!

行っといでじゃねえよ!

俺ぁ腹が減っちゃうんだよ!だから飯食わしておくれよ!

う~ん、おまんまなんていちいち食べなくたっていいじゃないかぁ・・・

こんなことだったらタケさんとこに嫁に行った方がよかった・・・
なんということをいう・・
しょうがないから空きっ腹かかえて仕事場へ行って、帰って来るってと何にもしていない・・
昼間っから酒飲んで方々うろうろうろうろしている・・
はぁ~たいへんな女と一緒になっちゃった、どうしよう?と思ってるってと、女の方から『とてもこんなところには馬鹿馬鹿しくて居られないよ』ってんで出て行っちゃった・・
さあ1人になって始めて気が付いた・・
『あぁ馬鹿なことをしたもんだ・・』・・
もうそれから酒のせいだというんで、気が付いてピタッと酒をやめて、一生懸命仕事をするってと元々腕のいい人ですから、腕が戻ってくる・・
そうするってとまた頼んでみようってんで、頼む・・
その出来栄えが真によろしゅうございますから・・

見ねえな!あの欄間のところ!熊公がやったんだ!

いい仕事をするねえやっぱり!あいつでなくちゃいけねえや!
なんということでもってまた仕事がどんどんどんどん来る・・・
今まではあれは嫌だこれは嫌だなんてそんなことを言ってたのが、仕事の選り好みを致しませんで、来た仕事をどんどんどんどん請け負ってやってますから、もう遊んだりするようなことはございませんで、お金がどんどん貯まってまいりますな・・・
大変な勢いでございまして・・

こんちわ!親方いるかい?

へい!おぉ!これはこれは!なんですな番頭さんじゃありませんか!

こんなむさ苦しい所へ・・・

いやぁ御用がお有りでしたら手紙をよこしていただきましたら、こっちから伺いましたのに・・・

いやいやちょいと用もあったんで、ついでと言っちゃなんだが・・・

今いいかい?ちょいと話を・・・

そらぁ構いませんよ、ちょいと今道具改めてたんだ、新しいのがきたもんで・・・

どうぞどうぞ!お座布団をおあてになっておかけになって・・・

えぇ・・一体なんでございましょう?

いやぁほら例のね?うちのご隠居が茶室が欲しいなんて言ってたろ?

で、あたしはあん時の話しっぷりじゃ先のことかと思ってたんだ・・・

そしたらどっかで見て来たのかねぇ・・・急に欲しくなっちゃったんだろうねぇ・・

『すぐにもかかってもらいたい、親方の所へ行って都合を聞いてきてくれ』ってこういうんだよ・・・

いやぁ今忙しいからすぐにってわけにはいかないかもしれませんよ?って言ったら

『余計なことを言うんじゃないよ?とにかく行って聞いてきておくれ!』ってんだ・・・

もうしょうがない、それであたしが伺ったとこういうわけなんだけど・・・

どう?すぐにはちょいとかかれないだろう?

いえ!そんなことはありません、いつお話があるんだろうと思って待ってたぐらいでね?

いや他にも請け負ってる仕事はありますが、日切りの仕事の仕事はありませんからね?

まあ代わり入れたり按分しながら取り掛かりますから心配ありませんよ?

そうですねぇ、まあ四、五日待っていただけましたらなんとかかかれると思います・・・

そうかい、そりゃあよかった・・・

それじゃあね、早速なんだけれどもあたしもこれからちょいと忙しくなるんでね?

今のうちに木口を見てもらいたいんだ、これからどう?

ちょいと木場まで付き合ってもらえるかい?

ええ!よろしゅうございますよ?ちょっとお待ちを願います!

あの!おばあさん!?今これからねぇ!

お店の番頭さんと木場に行ってきますからすいませんが留守をお願いします!

水屋が来ましたら、水汲みこんでもらって、御あしは水瓶の蓋の上に乗っけてありますから!

すいません宜しくお願いします!

へえどうも・・・お待ちどう様でございます!

大変だねぇ、出掛けるとなると人に色んなことを頼んで・・・

そうなんですよぉ・・もう若い時分はね?

1人の方が面倒でなくていいと思ってたんですが、この年になるってと1人ってのは何から何までてめえでやんなきゃなんないんで、厄介でしょうがありませんよ・・・

仕方がないよ、お前さんが勝手にそうしたんだから・・・

ええ、まあそれを言われるってとね・・へっへっへっへ・・

面目なくて穴があったら入りてえぐらいなもんですよ・・・

そうだろうなぁ・・・まあ本当にあんな馬鹿なことをしちゃってね・・

お前さんの料簡じゃないよ・・

酒がそうしたんだろうとは思うけれども、今日こうやって酒をやめて仕事に精を出してるもっと早くにそういうことをしていればこんなことにはならなかった・・・

まあまあ今そんなこと言ったってもう手遅れだからしょうがないんだけどもさ・・・

う~ん・・何年になる?

えぇ、三年になりますねぇ・・・

三年かぁ・・はぁ~ん・・うん・・思い出すだろう?

え?何でございます?

だからさぁ、おかみさんのことを思い出すだろってんだよ・・・

あぁ~!そうですねぇ・・えっへへ・・

まあ何かにつけてねぇ、まああっしはちっとも銭を入れねえのによくやりくりしてくれてたと思いますよ・・・

本当だよぉ、もう~働きづめに働いてさぁ!えぇ!?

それでもって亭主思いだろう?子供のこともよ~く思ってる

で、器量よしで愛想がいいってんだから、本当にお前さんいいおかみさんだよぉ・・・

会いたいだろう・・・

え?

会いたいだろう?

え・・えぇ・・まあ!会いたくねえってと嘘になりますねぇ・・

ただ番頭さんの前ですがねぇ・・・

まあそれはかみさんには会いたいのは会いたいんですが

近頃ねえ、無性にそのぉ・・・

ガキの面が拝みたくってねぇ・・・

あぁ~・・亀ちゃんねぇ・・可愛い子だったぁ・・

いくつになる?

えぇ~あれから三年ですから・・七つでございますよ・・・

可愛い盛りだぁ・・・ねぇ!

へぇ、表歩いててねぇ!

同じぐれえの年頃の子供見つけるってとことによるってと、亀じゃねえかな?

あいつは亀じゃねえかな?ってんで、そのたんびにドキドキハラハラして・・・

だらしのねえことでございますよ・・・

こないだもね?饅頭屋の前を通りかかったら、蒸籠からふわぁ~っと湯気が立ってるです・・・

あぁ、そういえばあいつはこの饅頭が好きだった・・・

もし今家にいるんだったら買って帰ってやったらどんな面して喜ぶだろうと思ったらそれだけで涙が出てきやした・・・

そしたら饅頭屋の親父がね?あっしのことをじ~っと見て

『この人は饅頭を見て涙をこぼしてるが、ことによるってと清正公様の申し子かもしれねえ・・』

なんてこんなこと言ってましたよぉ!

うまいことを言うねぇ、二人はどこにいるのか分からないのかい?

ええ、どこにいるんですかねぇ、まるで分かんないんですよ・・・

いやぁこっちもね、自分から探そうとはしないもんですから・・・

ほ~う、それはどうしてだい?

いや忙しかったってこともあるんですが、それよりねぇ・・

もしいるところが分かってこっちが訪ねて言ったときに、ねぇ・・・

ご亭主がいたら、引っ込みがつきませんでしょ?

そんなことが嫌だったもんですから、こっちからは探さなかったんですよ・・・

ただたまにねぇ、みんなに会ったら教えとくれよ、なんてなことは頼んではいたんでございますけれども・・・

なるほどなぁ、そういう心配ってのもあるかもしれないねぇ・・・

だけどね?居所が知れてさ、色々と聞いてみておかみさんと亀ちゃんとふた~りっきりってことが分かったら、また及ばずながらあたしが間に入ってなんとかするよ・・・

へえ、どうもありがとうございます、その時はひとつ宜しくお願い致します・・・

しかしねぇ・・あの酒がよくよせたもんだよぉ・・・

よせるもんじゃないよぉ普通は・・・つらかったろ?

えぇ、これがねぇ・・ちっともつらくねえんですよ・・・

だってあれだけ好きな酒だよぉ!?つらくないわけがな・・

いえそれがつらくなかったんですよ!

まあ番頭さんの前ですけれどもねぇ・・・

まああんときご存知の通り、仲のめかけの女が家を出て行っちゃって

1人になっちゃったときに初めてね、なんて馬鹿なことをしたんだろうと思ってあっしはてめえでてめえに腹が立ったんですよ・・・

その時分はなにかあるってとすぐに酒だ!

ぱぁ~っと駆け出して、それで酒屋へ飛び出して、枡かなんかできゅ~っとやろうと思ったら

口まで持ってきたときに、いやにその時に限って、酒の匂いがぷ~んとしてきたんですよ・・・

あぁ!そうだ!こいつを飲んでたがためにあんなことをしちゃったんだ!

もうこれはぁ飲めねえ!って思ったらそっからもう手が動かねえんですよ・・・

そのまんまそこへおいて、あっしはすぅっと出てきたんです・・・

それからひとったらしも酒は飲んでませんよ・・・

だから苦労もなんもなしに酒はやめられたんだ・・

ほぉ、そうかい・・そういうこともあるのかなぁ、まあそれは結構なことだねぇ!

ん?・・・おい・・・親方・・こんなことってのはあるのかねぇ・・

噂をすればってのはこのことかい・・・

あそこにいるのは亀ちゃんじゃないかい?

へ?か、か、亀?ど、どこでございます?

ほら!あそこだよ!あそこ!子供が三人遊んでんだろ?二人座ってる・・・

しゃがんでるだろう?1人が立ってる子がいてなんか言ってるじゃないか!!

あの子亀ちゃんによく似てるけど違うかい?

へ?ど、どこ・・・

はぁ・・そうです・・・

間違いなく!あれは亀です!

そうだろう!?

えぇ!・・こんなところにいたぁ・・いたぁ・・・

動いてますよ?

当たり前だよ!動いてなきゃ困るんだ!

なぁ、ちょいと行って話をしておいで・・・話をしておいでよ!

これから木場へ・・・

いいよぉ!!行き先は分かってるんだから!

あたしはまたぶらぶら行くから!ちょいと話をしておいで!

長いことは困るよ?また改めて会えばいいんだから・・すぐに後追っかけてくれりゃあいいんだから!

そ、そうですか・・・へい分かりました、じゃあすぐに!

ありがとうございます!すぐに!へいどうも!
子別れを聞くなら「金原亭馬生」
金原亭馬生の「子別れ」は、親子の切ない絆と再会を描いた感動的な一席です。馬生の深みのある語りが、父親と子供の心情を丁寧に表現し、聴く者の胸を打ちます。笑いと涙が織り交ざる、古典落語の名作です。
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はぁ・・いたよこんなところに・・・

おう!亀!・・・亀!

へ?・・あっ・・・

おっ、おとっつあん・・・だな?

おう!分かるか?

・・分かるよ・・うっ・・うぅぅ・・?

なんでぇ、泣くこたぁねえじゃねえか・・・

おう坊や達すまねえけれどもなぁ・・おじさんちょっと亀ちゃんと話してぇことがあるんだ・・・

また明日遊んでおくれ?

いやぁ!別に怪しい者じゃねえ、大丈夫だよ!

おじさん、亀ちゃんとはごく親しい間柄なんだ、心配するこたぁねぇ・・・

すまねぇなぁ!あばよ!

おう、こっち来いよ、こっちへ来ねぇ・・なにはにかんでやがんでぃ・・・

しばらくだったなぁ・・・

なぁ!

・・ぐすっ・・・うん・・

しばらく会わねえうちに大層大きくなった・・・

おとっつあんも大きくなったねぇ・・・

何言ってやがんでい、大人に言うこっちゃねぇ・・・

色は真っ黒になって丈夫そうでなによりだ・・・

なんだおめえこの辺りにいるのか?

・・そうだよ・・ここずっといってねぇ

あの乾物屋さんと八百屋さんの間へ入った裏にいるんだよ・・長屋のね?

突き当りの掃き溜めのすぐ脇にいんの・・・

ハサミムシみてえだなぁ・・そうかぁ・・達者でなによりだ・・・

おっかさんどうだ?達者か?

・・・おおそうか・・そらよかった・・

で、可愛がってくれるか?

へ?

可愛がってくれるかよぉ!

・・誰が?おっかさんが?

おっかさんが可愛がってくれんのは当たり前じゃねえか・・・

そうじゃねえよぉ・・・

おとっつあんだよ・・・

お、おとっつあんってのは、おとっつあんおめえじゃねえか・・・

あぁ・・俺ぁ先のおとっつあんだよ・・・

後から来たおとっつあん、いるんだろう?

そんな分かんねえ話はないよ~子供が先で出来て親が後から出来るなんて・・・

八つ頭じゃあねえやな!

なにをいってんだい・・あいかわらずおめえは口が達者だなぁ・・・

そうかぁ、じゃあ何か?

おっかさんとおめえと二人っきりか?

・・・へぇ・・そうか・・うん・・・

おっかさんなんか仕事してんのか?

うん・・よそのお家から頼まれてお着物縫ってるの・・・

ああ・・そうか・・おっかさんは針持ってたからな、なんでもうまくできるんだ!

・・そうかそうか・・それでおめえは学校行ってんのか?

うん・・行ってんだよ・・行かなくてもいいよって行ったんだけれどもね?

おっかさんがこれからは世の中は違うんだ、例えどんな商売でも読み書きは出来なきゃいけないんだって・・・

お前のおとっつあんという人は職人としては腕は立派だったし、応対も立派だったし、とてもいい職人だったけれども

惜しいかな明き盲(あきめくら)だったって・・おとっつあん明き盲なんだってねぇ・・・

あたいがここにいたのが良く見えたねぇ・・・

何を言ってやがんでい・・・そういうこっちゃねえんだよ・・・

まあおっかさんの言う通りだ、これからはどんな商売だってちゃあんと読み書きが出来なきゃしょうがねえ・・・

おとっつあんはそれで困ってんだ・・

苦しい中でおめえを学校にやってんだ、おめえはちゃんと勉強しなくちゃいけねえぞ?なっ?

・・それでおっかさん、おとっつあんのことなんか言ってたか?

うん!のべつ言ってるよ!あの飲んだくれには手ぇ焼いたって・・・

そうかぁ・・ひでえこと言われんなぁ・・・

もっともしょうがねえや、あの時分にはおとっつあん酒ばっかり飲んでおっかさん困らせてたからなぁ・・・

さぞ恨んでるんだろうなぁ・・・

いや恨んでなんかはいないよ?本当だよ?恨んでなんかはいない!

あのねぇ・・・こないだこんなことがあったんだよ?

学校で動物園連れてってもらったんだ・・・

それで何を見て来た?ってこういう風に聞かれたからね、象や虎や熊や・・・ってそう言ったら

『象や虎は構わないけれども、熊はお前のおとっつあんの名前じゃないか、呼び捨てにする人がありますか』

なんて、ふふっ・・・まんざらでもねぇや・・・

なにを言ってやがる・・・そうか・・・

そうだよぉ!恨んでなんかいないんだよ?よく雨なんて降るとね?

表に遊びに行かれないからね、あたいがおっかさんの側にいてお仕事の手伝いなんかしてるんだよ?

そういう時に色んな話してくれんだよ?こないだもね?

おとっつあんとおっかさんの馴れ初めってのを聞いちゃった・・・

つまらねえことを話してやがんだなぁ・・そうかぁ・・・

おっかさんがお屋敷へ御奉公へ上がってたら、そこにおとっつあんが仕事に来てたんだって?

それで初めのうちに半襟だとか前掛けとか買ってくれて、まあ親切な人だなぁと思ってたら、そのうちにね、あのお屋敷の奥様から話があって・・・

あの人は独り身で、職人として腕はいいし、気持ちの優しい人だからあの人と一緒になったらどうだ?って言われて、それで一緒になったんだってね?

半襟や前掛けが効いたね?

生意気なことを言うない・・そうかぁ・・・

まあ恨んでないってのを聞いただけでもおとっつあんほっとするよ、本当にありがてえ話だ・・

それであたしたちをこんな風にしたのも、おとっつあんがやったんじゃない!ってんだ・・・

じゃあ誰がやったの?って聞いたら・・・

お酒がそうさせたんだって・・・

だからお前さんも大きくなってお酒なんか飲むんじゃないよって、おっかさんよくそう言ってるよ・・・

あぁそうか・・そらぁそうだ・・・

酒なんざぁな、飲まなくてすむなら飲まねえほうがいいや!

だけどな?おとっつあんもその酒やめて、もう三年になるんだ・・・

今1人でもって、一生懸命仕事してんだ・・・

え?ひ、1人で?酒やめちゃって1人で?

あの吉原の女どうしたの?

・・・知ってたのかい!?

そらぁもう知ってるよぉ!一緒にいるんじゃないの?

いねえんだよ、もう当の昔にいなくなっちゃった・・・

俺ぁ1人で一所懸命やってたんだ

あそう・・寂しくねえ?

・・・まあ子供と違って大人ってのは色々用があるからな?

ましてや今おとっつあん忙しいんだ!だから寂しいことはねぇんだ・・・

そんなこたぁねえだろ?寂しいよぉ?

家おいでよ、すぐそこだからさ!ね?おっかさんも喜ぶからお家へ行こう!

いやいやいやいや、それはダメそれはダメ・・そうはいかねえんだよ・・・

いや何がって、大人ってのは子供と違って色々とこ面倒くせえことがあるんだい・・・

ちょいと具合が悪いから行かれねえんだい・・・

そのうち行かれるようになったら、おとっつあんそのうち行くよ!

今ぁちょいと具合が悪いんだ勘弁してくれな!う~ん!

あっ、そうだ・・久方ぶりだ・・・

おめえに小遣いやろう・・・さっ手ぇ出してみな・・

へ?あっ、どうも・・・

お、おとっつあんこれ五十銭じゃねえか・・・あたいお釣りないよ?

お釣りなんていいんだよ!おめえにそっくりやるんだぁ!

そっくりくれるの?

へぇ!前は一銭くれったってなぁ!

目三角にして怒ったんだよおとっつあん、それが五十銭そっくりくれるんだって・・

歳はとりてえもんだ・・・

生意気なことを言うない、それより・・・無駄なもんに使うんじゃねえぞ?

無駄なもんに使わないよ?あ、あたいは鉛筆買うんだよ?鉛筆!

なんだ持ってねえのかおめえは?

いや持ってねえことはねえんだけれども、おっかさんがねえ、買ってくれねえんだよ!

その代わりね?他行ってよくもらってきてくれるんだよ、でももうはなっから短えんだ!

だからちょっと削るってともうこんなに短くなってね?

もう手の中で踊っちゃって、書きにくくてしょうがねえんだい!

新しいのをいっぺん買って削ってみたかったんだ!

だからこれで買うんだい!いいだろ?

ああ、そういうことだったら構わねえや、ただ・・・それな・・・

おとっつあんにもらったってことは内緒にしとけよ?

いやなぜってな・・・ちょいとその、具合が悪いから・・ね?

もし聞かれたらよその知らねえおじさんにもらったとこう言うんだ・・

ふ~ん・・なんだかよく分からないけれども、じゃあそう言えばいいんだね?

おとっつあんにもらったって言っちゃだめなんだね?おとっつあんに会ったってことも?

言うなよ?な?頼むぞ!?

うん、分かったよ

うん!・・ん?ちょっ・・ちょっとちょっとなんだなんだ・・

顔をこっちへ向けて・・おいおいおいおい・・どうしたんだよおい・・・

下のとこだよ、ここ!なんだ俺ぁ墨かなんかで汚してんのかと思ったらそうじゃねえや・・・

傷があったんだこれ、かさぶたになってら・・・

おう、気を付けなくちゃだめだよおめえ、おっかさん心配するじゃねえか・・・

男の向う傷なんてもんはいいもんじゃねえんだい・・・

ああ・・ここ?

ここねえこの先に伊藤さんってお家があるんだよ

それでその家のぼっちゃんとこないだ、こま廻して遊んでたんだよ

で、あたいがきいたから『あたいがきいた!勝ったんです!』って言ったら『いや!俺が勝った』って言うからあたいが勝った!

ってそう言ったら俺が勝ったんだっていきなりねえ、こまでもってここんところをぽ~んと叩いたんだよ・・・

そしたら血が出てきて、あんまり痛えからあたい、泣きながら帰ってきたら、おっかさんが怒ったよ!すごい怒り方をしたよ?

『どこの子がやったんだ!いくら父親がいないからったってこんなことをされて黙ってたんじゃしまいには何されるか分かんないから!おっかさん掛け合いに行くから、どこの子がやったんだか言いな!』ってこういうから

伊藤さんのぼっちゃんがやったんだ!って言ったら

『痛いだろうけれども我慢しな』って・・・

薄情なことを言うじゃねえか!どうしてだい!

あたいも悔しいからどうしてだ!って聞いたら、『伊藤さんからお仕事たくさんいただいてんだ・・・

こんなことで掛け合いに行ってお仕事がもらえなくなっちゃったら、二人して路頭に迷わなきゃなんないんだから、痛いだろうけれども我慢しろ・・・

おっかさんの方から頼むから我慢しておくれ』って・・・

そん時にね・・おっかさん泣きながらそう言ってたよ?

『こういう時にねぇ、あんな飲んだくれでもいてくれたら、どんだけ助かるか分かりゃあしない』ってそう言ってたよ?

だからおとっつあん!お家行こうよ!すぐそこなんだから!ねえお家!

ちょ、ちょっと待ってくれ、すまねえすまねえ・・・

俺が馬鹿したせいでおめえにまでこんなに苦労かけて申し訳ねえ・・なぁ・・・

まあ勘弁してくれ、そのうちにな・・・

行けるようになってきたら、必ず行くんだから今日はひとつ勘弁してくれ・・・

すまねえすまねえ・・・

泣くんじゃねえよ!男がいちいちそんなことでもって泣くんじゃねえみっともねえな!

めそめそめそめそ泣くんじゃないよ?

おとっつあんだって泣いてるじゃねえか・・・

おとっつあん泣いてるんじゃねえんだい!目から汗が出てんだい・・なぁ!

あ・・あ~そうそうそう・・おめえ・・あのぉ・・なんだったな・・

うなぎが好きだったな?うなぎ食ってるか?

うなぎなんぞ食ってやしないよぉ、うなぎの顔も忘れちゃったよ・・・

情けねえことを言ってやがらぁ・・・

そうか、よし!あのなぁ!あそこの鰻屋!

うの字って書いてるあそこの鰻屋、俺ぁ入ったことはねえんだけれども、明日お昼におめえに鰻を食わしてやるよ?

ほ、本当!?い、今じゃない?

今じゃない・・・

今なぁおとっつあんこれからすぐに木場まで行かなくちゃならないんだ・・・

番頭さん先に行ってんだ、後から追いつかなくちゃならねえから・・

おめえといつまでもここで付き合ってるわけにはいかねえんだ、おめえはとにかくな、もう帰んな・・な?

それで明日!お昼でもってあそこに待ち合わせしようじゃねえか!

必ず来いよ?必ず食わしてやるから!

本当!?じゃあおっかあも連れて行っていい?

お、おっかさんはだめなんだよ・・・

だからさっきも言ったろ?いいか?おとっつあんにもらったことも、会ったことも内緒だぞ?

うなぎを食いにつれて行ってもらったことも内緒!

もし聞かれたときには『どっかの知らねえおじさんにもらった』ってこう言っとけばいいんだ!

約束やぶるってと、おとっつあんすぐに帰っちゃうぞ?

分かったか!?つれて行ってもらったことも内緒!

うん!

気を付けて帰れよ?

駆け出すな駆け出すな!転ぶから!えぇ!?

ああ、そこ入んのか?わかったわかった・・

はぁ・・大きくなりやがったなぁ・・どうも・・・

おっかさん!ただいま~!

ただいまじゃないよ、何をしてたんだろうねぇ本当に・・・

こっちへお上がりよ、早くしておくれよぉ・・・

今日はいつもよりお仕事がいっぱい溜まってんだから・・

ね?いつまでも遊んでないで早く帰ってきておくれ?っておっかさんあれだけ頼んだじゃないか!

それをいつまでもまぁ・・遊んでてしょうがないねぇ・・ご覧よ?

こんなにお仕事が溜まっちゃってんだよ?明日の朝までに縫いあげなくちゃいけないんだから!ね?

う、糸がなくなっちゃっ困ってんだから・・・さあ糸まくんだからこっちおいで、手を貸しておくれ?

本当にしょうがないねぇ、お前さんは出るってと中々帰って来てくれないんだから・・・

まぁまた汚い顔をしてぇ、鼻をかみなさいよ鼻を!

ズズゥ・・かみなへぇよったってしょうがねえんだよ、今手がふさがってるから・・・

後でかめばいいんだけどもさぁ・・ちゃあんとかめばそんなことにはなんないんだからさぁ、いつでもかまないからそういうことになんの!

ほらほら落としちゃったらだめだよぉ・・ちゃんとかけてくんなきゃ・・

糸がこんがらがるじゃないか、ほらまた落っことすぅ!

ちゃんとしっかりかけて!拳固握ってるからいけないんだよ?

広げてごらん?それでこういう風におくればいいんだよ?ほらここをこう・・・

・・・

・・・こ、これどうしたの?え?どうしたの?

そ、・・それぁ・・あ、あたいのなんだよ・・・

お前がどうして五十銭なんてお金持ってんの?

持ってんのったってしょうがねぇ・・持ってんだもん・・・

だからどうして持ってんの!?

・・・もらったの・・・

もらった!?誰に!?

誰って・・・よその知らねえおじさんにもらったんだ・・

嘘つくんじゃないよ?えぇ!?

一銭や二銭の金ならともかく五十銭なんてお金をどこの誰がくれるんだい!!

誰がくれるんだいったって、くれちゃったもんはしょうがねえじゃねえかぁ!

これあたいのなんだよぉ!返してくれよぉ!

お前どっかから持って来たね?

そうじゃないよ!盗ったんじゃねえ、盗んだじゃねえ、もらったんだからぁ!

だからそれあたいのなんだから返してくれよぉ!

だからどこの誰にもらったんだか教えてご覧!

お礼にいかなくちゃなんねえんだから言ってごらん!

・・そ、それはどっかの知らねえおじさんなんだからぁ・・

勘弁してくれよぉ・・こんなところで勘弁してくれよぉ・・

・・・ちょっとこっちへおいで・・・

え?

ちょっとこっちへおいで!

・・やだよぉ・・・

じゃあこれ返すから、こっちへ取りに来な・・・

・・・放っとくれよぉ・・

言うこと聞かないねぇ、じゃあおっかさんここへ置いておくから・・

欲しかったら取りに来な・・・

こないだ家からそこにこまが置いてあるんだけれども誰のこまなんだい?

こま?どこに?こまなんぞありゃしねえじゃ・・・

こっちへ来いってんだ!

こまぁ・・・

・・・情けないことをしてくれたねお前は!

おっかさんはねぇ、三度のものを一度に減らしたってひもじい思いをさせたことはない!

欲しいものはなんでも買ってやってる!

買えないものは諦めろっていつもそう言ってるじゃないか!

それなのに人様からこんなことをして・・・

だけどしょうがない・・・やっちゃったことはしょうがないから・・

おっかさんお詫びに行くから!ね?どっから持ってきたんだか言いなさい!

コラっ!どっから持ってきたんだか言わないか!本当に強情なんだから・・・

よ~し、言うな・・・おっかさんが言わせてみせるから・・・

これがなんだか分かるね?お前見えるだろう?

これはね・・おとっつあんが使ってた玄能(=トンカチ)だよ?

どういうわけだか、おとっつあんと別れるときにお前が家の風呂敷の方に入れてきたんだ!

これで折檻(せっかん)するのは、おっかさんが折檻するんじゃない・・・

おとっつあんが折檻するのも同じなんだから!

どっから持ってきたんだか言わないとこの玄能で・・・

頭叩き割るから!!

うわぁぁぁぁぁ~~~~ん・・・

盗んだじゃねぇ、盗んだじゃねぇ!もらったんだよぉもらったんだよぉ~~!

誰にもらったんだい!!

うっ・・・うわぁぁぁぁぁ~~~~ん!!

おとっつあんにもらったんだ、おとっつあんにもらったんだ~~!!

え・・なに・・・

おまえおとっつあんに会ったのかい?

おとっつあんったら前に乗り出して来やがったぁ・・・

何を言ってるんだい・・えぇ?

じゃあ早くそう言えばいいじゃないかぁ!馬鹿だねぇ・・・

なぜ言わなかったんだい!?

おとっつあんが言っちゃいけねえってんだもん・・・

よその知らねえおじさんにもらったって言っとけって言うから言わなかった・・・

そうかい・・・どこで会ったの?

え?・・あぁ表で?あの角の所でかい?

そう・・・

相変わらずなんだろう?酔っ払って汚いなりしてたろ?

そんなことはないよ・・お酒なんかねぇ、もうやめて三年になるんだって・・・

それで吉原の変な女もいないしね、今1人でもっておとっつあん・・・

一生懸命お仕事してんだってそう言ってたよ?

お金もいっぱい持ってるようだったよ?綺麗なお着物着てたよ?

羽織だとか半纏だとか何枚も重ねて着てたよ?

嘘じゃねえ本当だよぉ・・

まあ、じゃああの人今1人でいるのかい?・・お酒をやめて・・・

そう・・・あの人はねぇ、酒さえ飲まなきゃ・・・

で、おとっつあん・・・おっかさんのこと何か聞いてたかい?

へへへっ・・・両方で同じようなこと言ってやがんだ

何を言ってんだい・・・

あ!そうそう、明日ね!

あそこの角の鰻屋でもってうなぎ食わせてくれるってんで、行っても構わないかい?

あぁ構わないとも!
あくる日になるってと女の方では嬉しいですから、ちょいと新しいなりをさせて出してやる・・・
もう~気になって気になってしょうがありませんから時刻がくるってともう我慢がしきれません・・・
自分もなにか新しい半纏なんかをひっかけるってと、鏡台の前に座って鼻の頭を三つばかりポンポンポンとはり倒し、鰻屋の前を行ったり来たり行ったり来たり・・・
とうとう我慢ができないで・・・

ごめんくださいまし・・・

おぉ、これはどうもいらっしゃいまし!亀ちゃんですか?

今ね、二階の方に来てますよ!どっかの親方とご一緒ですから!

ええ、どうぞお上がりくださいまし!

そうですか、どうもいつもうちの子がいつも真に申し訳ございません・・・

何かありましたらどうぞ叱って下さいましな・・・

はい、どうもありがとうございます、お邪魔いたします・・・

ごほん・・・

ちょいとお亀や?ちょっと亀や~

おとっつあん・・・おっかさん来たおっかさん・・・

馬鹿野郎!呼ぶなってそう言ったじゃねえか!

しょうがないよ、来ちゃったんだから!

来ちゃったもんはしょうがないじゃないかぁ!

おっかあ!ここだよここ!上がっておいでよ!

あらまぁやだねぇ、お前はそんなところに見ず知らずのお方とご一緒になってぇ・・・

知ってるくせにあんなこといってやがんだぁ、あはは!

おっかさんこっち上がっておいでよ!ねぇ!お話があるから上がっておいでよ!

あ~もう、上がってこないよぉ・・恥ずかしがってんだ・・・

おとっつあん呼んでやってくれよ、呼んでやってくれってんだよ!

もう~世話が焼けるねえ・・・

生意気なことを言うない!

まぁ・・・

実はこの子がお小遣いをいただいたり、うなぎをご馳走になるって言いますから・・・

誰に?って聞いたら『よその知らないおじさんだ』ってこう言うもんですから・・・

それから会ってお礼を言わなければならないと思い、伺ったんですが・・・

お前さんでしたの・・・

しばらくでございました・・・お達者な様子で何よりでございます・・・

・・んん!ごほっ!・・あぁ!おかげ様で・・・

ううん!あぁ!・・はぁ・・うぅぅん・・

ははは・・いや昨日・・

歩いてたら角でばったりこの野郎に出くわして、おめえ亀じゃねえかってんでね・・うん・・・

元気か?ってったら元気だってんだ・・・

うなぎ食うか?って聞いたら食いてえ!ってこう言うから、今すぐにはいけねえけれども明日の昼だったら食わしてやっからここへ来い

おっかさんには内緒にしとけってこう言ったんだよ・・へへっ・・・

子供なんてもんはしょうがねえもんだ・・ねぇ・・すぐ喋っちゃうんだから本当に・・

おしゃべりなんだから・・ふっ・・ふっふっふっふ・・あっはっはっはぁ!・・・

ふふっ・・・昨日歩いてたらこの野郎にばったり会ってね?

元気か?ってったら元気だってんだ・・うなぎ食うか?って食うって言いやがんだ・・うん・・

それから、今はだめだけれども明日の昼行ってうなぎ食おうじゃねえかってんで、おっかさんには内緒にしとけよってのに喋っちまうんだから本当にしょうがねえなぁ本当に・・

もう・・弱っちまう本当に・・・へっへっへ!どうも・・

昨日この野郎にそこで

おとっつあん同じことばっかり言ってんじゃねえかぁ~!

うるせえや!何言ってんだいこの野郎めぇ・・・

へっ・・どうもしばらくだった・・・

俺も達者だがさっきお前の顔見て『あぁおめえも達者でなによりだ』とこう思った・・・

よかった本当によかった・・・

昨日本当にこいつに会ってびっくりして女手ひとつでここまで育てんのは用意なことじゃねえと思って

俺ぁこの野郎の父親としておめえに改めて礼を言うよ・・・

ありがとう・・・

それからあんなひどいことをしちゃって・・・

なんとお詫びを言ったらいいか分からねえがとにかく・・

すまなかった・・勘弁してくれ・・・

それから昨夜一晩ゆっくり考えたんだけれども・・・

こいつを片親で育てんのはいいこっちゃねえ・・・

そりゃあ欠けてんなら話は別だけれども、俺もいておめえもいて・・・

いるんだったら二人で育ててやった方がいいと俺は思うんだ・・・

まあいまさらこんなこと言えた義理じゃねえが・・・

どうだろう?

これからまた先・・二人でこいつを育てていくってのは・・・

押しの太い話かねぇ・・・

本当ですか!?本当ですかお前さん?

ありがとうございます!こっちの方からもお願いしますよ!

まぁ~・・よかった・・よかったねぇ亀ちゃん・・・

またおとっつあんと一緒に暮らせるんだよ?

いやぁあたしはね、もう生涯お前さんとは会えないと思ったし、もし会えたってまさか一緒に暮らせるとは思ってもいませんでした・・・

それがまたお前さんの口からそういうことを言ってもらえて・・・

本当にありがとうございます・・・

これもみんなひとえに、この子がいてくれたおかげですねぇ・・・

子は夫婦の鎹(かすがい)だってえが全くですよ・・・
※鎹(かすがい)・・・材木と材木とをつなぎとめるために打ち込む、両端の曲がった大釘。

え?あたい鎹なの!?

あ!それでおっかさん玄能でぶつって言ったんだ!
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