落語【粗忽長屋】台本 吹き出し風

落語 台本

あるそそっかしい男が浅草のとある長屋の突先までやってまいりますと、大変な人だかりでございまして・・・

粗忽長屋を聞くなら「柳家小さん」

柳家小さんの「粗忽長屋」は、勘違いと滑稽さが絶妙に絡み合う、江戸の庶民の姿を描いた一席です。登場人物たちのとぼけたやり取りに、小さんの温かみある語りが加わり、笑いとともにどこかほのぼのとした気持ちにさせてくれます。古典落語の魅力を存分に味わえる作品です。

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ある男
ある男

あらっ、ずいぶん人だかりが集まってんな、なんだこれ・・・

ある男
ある男

すいません!これ何やってんでございます?

ある男
ある男

いやあたくしもよく分からないんでございますけれどもね、なんでも行き倒れだそうですよ?

ある男
ある男

え?

ある男
ある男

行き倒れだそうです!

ある男
ある男

生き倒れ!?あたくし見たことないんですよ!なんとか見られませんかね?

ある男
ある男

いやでもこの人だかりですからねぇ・・・

ある男
ある男

あぁ弱っちゃったな、あっ!こういう時は人の股ぐらをちょいとくぐって・・・

ある男
ある男

はいはい!ごめんなさい!ごめんなさい!通りますよ!

ある男
ある男

あの皆さんねぇ、いつまで見てたって変わるもんじゃないんですから・・・

ある男
ある男

お前さん変なことから顔出すんじゃありませんよ?

ある男
ある男

あっ、すいません、遅くなりました・・・

ある男
ある男

いや別に待っちゃおりませんよ・・・

ある男
ある男

お前さん今来たところ?じゃあちょうど良かった!お前さんこちらへ来てご覧なさい?

ある男
ある男

すいませんなんかあの生き倒れだそうで!

ある男
ある男

えぇそうなんですよ・・・

ある男
ある男

これからやるんですか?

ある男
ある男

え?なんだい?

ある男
ある男

生き倒れなんですよね?まだ始まらないんですか?

ある男
ある男

・・・う~んと、めんどくさい人来ちゃったな・・・

ある男
ある男

あの行き倒れって分かんないかな、つまり、死んでるんですよ!

ある男
ある男

え?生き倒れでしょ?

ある男
ある男

だから死んでるんですよ・・・

ある男
ある男

生き・倒れで死んでる!?とんちですか?

ある男
ある男

とんちじゃありませんよ・・・分かんない人だな・・・・

ある男
ある男

とにかくちょいと見てごらんなさいよ・・・

ある男
ある男

あぁそうですか、めくっちゃっていいんですか?

ある男
ある男

あぁ!どうしたんだおめえ!

ある男
ある男

どうしたんだってことはお前さんこの人を知ってるのかい?

ある男
ある男

え?誰が?

ある男
ある男

いやお前さんだよ・・・お前さんとあたししか話をしてないんだろう・・・

ある男
ある男

いや知ってるどころの話じゃありません、これ熊の野郎ですよ!

ある男
ある男

熊の野郎って言ってるところを見ると、知り合いかい?

ある男
ある男

え?誰の?

ある男
ある男

お前さんのだよ!あたしとお前さんしか話をしてないだろう!?

ある男
ある男

ええ!そりゃあもううちの隣に住まってる野郎ですよ!

ある男
ある男

お隣さん!?

ある男
ある男

そうなんですよ!もうね、兄弟同様の付き合いなんですよ!

ある男
ある男

生まれたときは別々だが死ぬときは別々だってそういう仲なんです!

ある男
ある男

じゃあごく当たり前の仲?

ある男
ある男

ごく当たり前の仲なんです!どうしてこんなことになったかなぁ・・・

ある男
ある男

おい!おい!しっかりしろ!

ある男
ある男

しっかりしろったって死んじゃってるんですから・・・

ある男
ある男

なんでこんなことになっちゃったんだろうなぁ・・・

ある男
ある男

おい!おめえが殺したのか!?

ある男
ある男

いやあたしじゃありませんよ・・・

ある男
ある男

とにかくね、この人の身元が分からなくて困っていたんだが、よかったよかった・・・

ある男
ある男

じゃあお前さん今からこの人の家族の方呼びに行きますか?

ある男
ある男

いやいや!とんでもない!家族もなんにもない!

ある男
ある男

身寄り頼りもない本当に寂しい野郎なんです!

ある男
ある男

あっしはね、兄弟同様で付き合ってるようなもんですがね!

ある男
ある男

あぁそうですか、身寄り頼りがなんにもない、それは困りましたなぁ・・・

ある男
ある男

まあいつまでもこうして寝かしておくわけにはいかないから、どうだろうお前さん、その兄弟同様の付き合いってんですから・・・

ある男
ある男

これをちょいと引き取ってもらうわけにはいかないかな?

ある男
ある男

え?あたしがですか?いやぁまあねぇ・・・兄弟同様と言っても赤の他人ですからね!

ある男
ある男

言ってることがバラバラじゃないか・・・まあとにかくね、お願いしたい!

ある男
ある男

お願いしたいったって、死ぬような野郎じゃないんですよ!

ある男
ある男

今朝もこの野郎に会ってね?

ある男
ある男

どうだ浅草行かねえか!って言ったら『いやめんどくさいからいいよぉ・・・』なんてこと言いやがってね?

ある男
ある男

それがまさかこんなことになるとは思わなかった!

ある男
ある男

え?え?じゃあお前さん今朝この人に会ったの?

ある男
ある男

あ!そう!じゃ違う違う!あのね、この人はね昨夜からここに倒れてたんだから!?

ある男
ある男

そうでしょ?いやあいつね、そういうところがありますよ!

ある男
ある男

だからなんでしょうね、昨夜ここで倒れたのに気づかないでうちへ帰ってきちゃったんでしょうね!?いやあいつね、そういうところがありますよ!

ある男
ある男

うん、いやだからあのその人とこの人は違うという考えに至らないかな?

ある男
ある男

だって熊の野郎ですよ!

ある男
ある男

いやこの人は熊さんじゃなくて他の人!

ある男
ある男

いや熊の野郎で間違いない!お前熊の何を知ってんの!?

ある男
ある男

昨日今日の付き合いでしょ?あっしは長い付き合いなんですよ!

ある男
ある男

長い付き合いの熊ってんですから、これほど間違いないことはないでしょう!?

ある男
ある男

いやお前さんが一番心もとないんだよ・・・そんなわけ・・・

ある男
ある男

うるせえなこん畜生!あぁ分かりました!

ある男
ある男

そこまで言うんだったら当人連れてきますよ!

ある男
ある男

・・・ん?なに?

ある男
ある男

当人連れてきます!当人を連れて来て、これお前だろ?あ!俺だ!と言えばことが丸く収まりますからね!ちょいと待っててくださいな!

ある男
ある男

あ、ちょっとお前さん待って!お前さん!

ある男
ある男

みなさんも笑ってないで、止めてくださいよ!

ある男
ある男

えへへ・・・あそこまで言うってことは、連れてくるんじゃないですかねぇ?

ある男
ある男

馬鹿なこと言うんじゃない!お前さん早く帰ってらっしゃい!

粗忽長屋を聞くなら「柳家小さん」

柳家小さんの「粗忽長屋」は、勘違いと滑稽さが絶妙に絡み合う、江戸の庶民の姿を描いた一席です。登場人物たちのとぼけたやり取りに、小さんの温かみある語りが加わり、笑いとともにどこかほのぼのとした気持ちにさせてくれます。古典落語の魅力を存分に味わえる作品です。

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ある男
ある男

しょうがねえなぁ熊の野郎は本当に・・・

ある男
ある男

おい!熊!熊!

熊

はっはっは・・・兄貴何やってんだろうなぁ・・・

熊

空き家叩いて熊ぁ!熊ぁ!って怒鳴ってやがらぁ・・・

熊

そそっかしいんだからねぇ・・・大体この中に熊なんて野郎は・・・

熊

あ、俺だ・・・

熊

兄貴!兄貴!俺こっち!

ある男
ある男

この野郎いつの間に引っ越しやがったこん畜生!

熊

ごめんね?

ある男
ある男

ごめんねじゃねえやこん畜生!おめえとんでもねえことやりやがったな?

熊

何が?

ある男
ある男

何がじゃねえよ、な!?よく聞けよ!?いいか?おめえなぁ・・・

ある男
ある男

浅草でもって・・・昨夜なぁ・・・死んでるよ・・・

ある男
ある男

死んでるよ・・・

熊

へ?俺が?死んでる?

ある男
ある男

死んでた・・・

熊

い、いやだって俺死んだような心持ちしねえんだけど・・・

ある男
ある男

生意気なこと言ってんじゃねえよ!今まで死んだことがあんのか?ねぇだろ!?

ある男
ある男

ねえくせに死んだやつの心持ちが分かるかよ!?俺見たもん!おめえだったよ!

熊

あ、そう・・・兄貴が言うんだったら間違いねぇか・・・で、元気だった?

ある男
ある男

元気じゃねえよ・・・死んでるんだから・・・

熊

うわぁ・・・えぇ・・・どうしよう?、元気だった?

ある男
ある男

どうしようじゃねえよ!本当に・・・なんでそんなところで死んでるんだよ!・

熊

何でって言ってもなぁ・・・いやぁそうかなぁ・・・

熊

確かに昨夜浅草に飲みに行ったんだよ、うん・・・

熊

ただその後酔っ払ってよく覚えてねえんだ・・・

ある男
ある男

それだよ!?それ!

ある男
ある男

悪い魚かなんか食ったのが当たっちまってよ!それで倒れたのに気が付かねえでうちに帰ってきちゃったんだよ!

熊

なるほど、それだったら辻褄合うな・・・

ある男
ある男

な!?なら行くぞ!

熊

どこに?

ある男
ある男

浅草にだよ!

熊

え?何しに?

ある男
ある男

死骸を引き取りに!

熊

誰の?

ある男
ある男

おめえのだよ!

熊

俺の?いやぁでも今更これ私の死骸ですなんて、決まりが悪くない?

ある男
ある男

決まり悪がってどうすんだ!向こうでも困ってんだ身元が分からなくて!

ある男
ある男

たまたま俺が通りかかったから良かったんだ!はなは向こうも喜んでたんだけどな?

ある男
ある男

そのうち死骸持っていかれるのもったいねえ!とこう思ったんだろうな・・・

ある男
ある男

あんまりうるせえからじゃあ当人連れてきますよ!って言ったら向こうも当人って言葉に思わず言葉がぐっと詰まったってやつだ・・・

ある男
ある男

だからおめえが行きゃ、全てことがまるく収まるってやつだ!

ある男
ある男

本当にしょうがねえんだから全くどうも・・・

ある男
ある男

なんでそんなとこで倒れてんだよ!おめえが行きゃ、全てことがまるく収まるってやつだ!

熊

いやぁ気が付かなかったなぁ・・・これからどうすんの?

ある男
ある男

弔いだ弔い!

熊

うわぁ・・・弔いかぁ、兄貴も手伝ってくれる?

ある男
ある男

当たり前だよ!おめえも色々やらなくちゃいけねえぞ!?

熊

へ?俺が?

ある男
ある男

そうだよ、いらっしゃった人にご挨拶しなきゃいけねえだろ?

熊

うわぁ色々忙しいんだな・・・

ある男
ある男

忙しいんだよぉ!ほら見ろこの人だかり!

ある男
ある男

ちょっとそこどいて!

ある男
ある男

どいて!

ある男
ある男

どけってんだこん畜生!当人連れて来たんだから!

ある男
ある男

・・・本当に連れてきましたよ!?こっちおいでこっちおいで!

ある男
ある男

どうも!お待たせしました!

ある男
ある男

違ったでしょ!?

ある男
ある男

いやそれがね!話をしたら死んだような心持ちがしねえなんて、しらばっくれてやがったんですがね?

ある男
ある男

なに恥ずかしがってんだ、いいから来いってんだ、こっち来いってんだ!

ある男
ある男

ほらほらほら・・・あの方に色々お世話になったんだから、ちゃんとお礼申し上げて!

熊

すいません!なんか昨夜あたしがここで倒れちゃったそうで・・・

ある男
ある男

馬鹿が一人増えちゃったよ・・・

ある男
ある男

あのねぇ!違うんだから!あなたも見てごらんなさい!見れば分かりますから!

熊

いえ、いいです・・・自分の死んだ顔なんてみたくありません・・・

ある男
ある男

なに馬鹿なこと言ってんですか!いいからほら、ごらんなさい!

ある男
ある男

ほら!向こうでも心配してんじゃねえか!いいからほら見ろ!見ろ!おめえだろ?

熊

俺!?

ある男
ある男

おめえだよ!

熊

えぇ俺こんなに人相悪かったかなぁ・・・

ある男
ある男

そりゃあ一晩でもって人相も悪くなるだろう!?

熊

でもさぁ・・・こんなに目腫れぼったかったかなぁ・・・

ある男
ある男

んん?だから目を腫れぼったくしたらおめえだろ!?

熊

・・・そう言われてみると・・・

ある男
ある男

騙されるんじゃないよ!この人はお前さんじゃないんだから!

ある男
ある男

うるせえなぁ!もう一押しなんだから黙ってろおめえは!

ある男
ある男

ほら!おめえだろ?おめえだろ!?

熊

・・・

熊

・・・俺だ!俺だぁ!

ある男
ある男

そうだろ?

熊

俺だぁ・・・やい!俺ぇ・・・どうしてこんなところで死にやがったんだ本当に・・・

熊

こんなことならもっと美味えもん食っときゃよかった・・・

ある男
ある男

しょうがないね、お前さん・・・

ある男
ある男

自分で見て分かんなきゃいけないだろ!?お前さんじゃない・・・

ある男
ある男

うるせえなこん畜生!当人が見て当人だ!って言ってんだ!これほど間違いねえことねえじゃねえか!

ある男
ある男

さあさあ!運び出そう!

熊

でも兄貴・・・わけわかんなくなっちゃった・・・

ある男
ある男

何が?

熊

何がってね、抱かれてんのは確かに俺なんだよ・・・

熊

じゃあ抱いてる俺はどこの誰なんだ?

粗忽長屋を聞くなら「柳家小さん」

柳家小さんの「粗忽長屋」は、勘違いと滑稽さが絶妙に絡み合う、江戸の庶民の姿を描いた一席です。登場人物たちのとぼけたやり取りに、小さんの温かみある語りが加わり、笑いとともにどこかほのぼのとした気持ちにさせてくれます。古典落語の魅力を存分に味わえる作品です。

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粗忽長屋を聞いての感想

もしかしたら、初めて聞いた人は『なんだこれ?最後の最後まで意味わからねえ!』と思った人もいると思います。

私も最初聞いたときには、全く意味が分からなくて動揺しました。

この粗忽長屋は、本当に粗忽(そそっかしい)な物語なんだということを知らないと理解しにくい落語だと思います。

兄貴も熊も本当に馬鹿でどうしようもないわけです。

そこに死んでいる熊(この死人は熊ではありませんが)がいるのに、熊の家に行って、熊を呼んで来ようとするのは、普通の人じゃ考えられません。

馬鹿の次元が一次元違っています。

そして、熊も最高に粗忽な人ですから、兄貴も熊もまともではないということを頭に入れるとぐっと理解しやすくなるのではないかと思います。

『常識ではこうだ』という気持ちで聞くと、粗忽な人の行動に全く理解を示すことができません。

偏差値3のやつでも理解できないアホさ加減の奴が出てくる落語だと思えば、常識を外して聞くことが出来ます。

例えば、私たちの頭の中には『自分という人間としての存在はこの世に一つしかない』と勝手に思っています。

しかし兄貴や熊の中では『たまたま似ている奴がいる、あぁ!こいつはあいつだな!』とこの世に同じ人間が二人以上いても何ら不思議ではないという中で生きています。

もしかしたら、本当にあの死人は熊さんだったのかもしれません。

周りの人は『まさか熊さんという同じ人間がこの世に二人もいるはずがない』という固定観念に縛られていますので、当然兄貴や熊さんの思考が理解できるはずもなく、むしろ自分達と次元の違う考えに対して『馬鹿げている』と笑います。

馬鹿と天才は紙一重と言いますが、ごくありふれた本当の常識にさえとらわれないという点では本当にその通りだと思います。

『何を言ってるんだ君は馬鹿か』と言われるかもしれませんが、この考えは結構大切だと思っていて、普通に生きてるとそれが当たり前になって、疑わなくなります。

疑わなくなるとその状況に甘んじて、視野の狭い人間になると思うからです。話がそれましたね。

そして、最後のサゲ(オチ)の部分ですが、ここも、ん?と首を傾げた人もいると思います。

普通の人であれば、自分が抱いているこの死人は自分ではないということに気づきます。

しかしながら、熊さんは本当にどうしようもないくらい馬鹿で信じやすいので、兄貴に言い寄られたのもあって死人こそ自分なんだと確信してしまいます。

そこで、『あれ?この死人が俺だとすると、今喋ってる俺はどこの誰なんだろう?』と自分の存在を疑ったというオチになっています。

真面目であれば真面目であるほど、馬鹿の気持ちは分からないものです。

粗忽長屋を理解できれば、あなたも馬鹿野郎の気持ちが少しは分かるかも・・・

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