良く信心なんてことを言いまして、信心は徳の余りなんてことを言いましてね
世の中を生き抜いてきて、ある程度暮らしの方もそれなりに豊かで、人生経験も豊富だから人のこともよく聞けるようなことになって、初めて信心というものが出来るんだそうですな・・・
若い時分は中々、信心というもんは出来ないそうで、『冗談じゃねえや!神様なんぞこの世にいるわけねえじゃねえか!!』なんて手を合わせるなんてことはまず致しません・・・
それでも全く行かないと言われればそうでもないんでございまして、世の中の付き合い、習わしでもって行くというようなこともあります・・・
ぞろぞろを聞くなら「立川談志」
立川談志の「ぞろぞろ」は、吉原田んぼの太郎稲荷にまつわる奇妙で面白い物語です。寂れた茶店が突然の繁盛を迎え、そこから始まる不思議な出来事が次々と展開されます。談志の語りで、人々の騒動と太郎稲荷のご利益が絶妙に絡み合う、ユーモラスな一席です。
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おい!どうだい!深川の不動様にちょいとお参りに行かねえかい?
お参りに行ってどうすんだい?
いや別にどうもしねえよ
じゃあ行ったってしょうがねえじゃねえか
そんなこと言うなよぉ、お参りに行ってごらんよぉ・・・
お稽古帰りの芸者衆なんかが来て拝んでんだよ?たまんねえぞ!?
そうかぁ?
じゃあちょっと待て、床屋行くからがねえじゃねえか
なんという、こんなような料簡で行くんですが、それじゃあ何にもならない・・
一生懸命誠心誠意手を合わせて、願い事をする・・無念無想というやつですな・・
ちゃんと手を合わせて、手を口の所へ持ってきて、指の先が鼻に向かってきていなくてはいけないそうですな・・・
そうして、まあ無念無想ですから目を閉じてこうやってるんですが、残念なことに鼻を閉じることが出来ませんから、隣に綺麗なご婦人なんかが来るってと、そのいい匂いはふわぁ~っとくる・・・
それはやっぱりいくら拝んでても、そちらの方へ気が向いてしまうようなもんでございますな・・
まあそれでも、だんだんと歳をとってくると、方々へお参りに行こうということになってくるんですが・・・
近頃あまり言わなくなった言葉に間の宿(あいのしゅく)という言葉がありまして、あっちも賑やかな土地でこっちも賑やかな土地でその間に挟まれている・・・
なんだかこう中途半端で商売なんかやらせても、何をやってもうまくいかない・・・
必ず失敗をして、さびれた所になってしまう・・
そういう所を間の宿なんて言いますな・・・
東京なんかでも今では大変賑やかですが、昔は方々にその間の宿というのがたくさんあったそうですな・・・
そしてまあ、商売は中々うまくいかない・・
ある間の宿でもって、色んなものが結構あったんですけど、うまくいかないからって店をたたんで他の所へ移ってしまう・・二軒だけ残りまして・・・
一軒が荒物屋さんで年寄り夫婦がやっております・・・道を挟んで向かい側に髪結い床、まあ床屋さんですな、独り者の親方でございます。
二軒ともばかに暇でございまして・・・
なんだいおばあさん、え?お茶?もういいよ・・・
もう・・のべつお茶ばかりなんだよぉ・・・
こっちはそれでなくても年寄りで小便近えんだから・・・
朝からそう茶ばかり飲ませなさんな、忙しくてしょうがないよ・・・
ああ、いいよいいよ!下げなくても!
こんなに暇なんだ、茶でも飲んでなくちゃやってらんねぇやな・・・
だけどなぁ、おばあさんの前だけども、俺ぁもう嫌になっちゃったね・・・
なにがです?
何がですって、どうしてこう暇なんだろうね?本当にもう嫌だね!
そんな愚痴をこぼしたってしょうがないじゃありませんかぁ・・・
なんでも事は成り行きですよ?
商いってんですから飽きずにやらなくちゃいけませんよ?
そりゃ分かってるよ!お前さんに言われるまでもないよ?
だからあたくしも飽きずにここまでやってきましたけどもねえ!
こう暇が続くってともう飽きるねえ本当に!
端っからこっちは儲けよう、稼ごうってんで商売始めたんじゃない!
間の宿だから元々何やってもうまくいかないことは分かってますよ!?
それでもあたしは承知で始めたんだよ!?
大した儲けはなくてもいいと思ってね?
変な所へ出てって大しくじりをするよりはよっぽどいいと思ってさ!?
でもそれにしたって、こんなに暇になっちゃうとは思わなかったよ?
飴玉ひとっつだって売れやしねえ、嫌にもなるだろう?愚痴もこぼすじゃねえか!
それですよぉおじいさん・・・
愚痴をこぼすくらいなら信心でもなさったらどうです?
信心?よそうじゃねえか・・・
俺ぁ若い頃から信心なんてもんはねえんだ、お前さんも知ってるだろう?
今更手を合わせてどうするんだよ・・・
だからその愚痴を神様の前でこぼすくらいならお願いに変えたらいかがです?
なんだいそりゃ?
ですから、商売繁盛を神様の前でお願いをするんですよ!
よしなよおめえ・・・
今まで信心なんてしたことないのに、いきなり手を合わせて商売繁盛お願いしますなんて出来るかい!?
神様だってきっと怒るよ!
怒りませんよ神様は、苦しい時の神頼みっていうじゃありませんか・・・
とにかく行ってごらんなさいましよ、悪いことは言わないから!
そうかい?まあ暇だから行ったって構わないけどさぁ・・・
あたしは今まで不信心だよ?どこ行ったらいいか分からねえ・・・
どこかいい所はあるかい?
そりゃあありますとも、いくらでも!
この近くだとお岩稲荷というお稲荷様が、前は結構御参詣の方がいたんですがねぇ・・・
この頃まるっきりいらっしゃらない、もうすっかりさびれてるんでございますよ・・・
ですからおじいさん明日の朝ですよ?
綺麗にお掃除をしてお参りしてきてごらんなさい、必ずいいことがありますから!
そうかい?じゃあやってみようかな?
あくる朝起きるってと、おじいさんお岩稲荷へやってきた・・・
なるほど汚いほこらが一つある、蜘蛛の巣を掃って、綺麗に掃除をして・・・
え~どうもお稲荷さん!
あたくしこの先でもって荒物屋をしておりますジジイでございます!
今までお参りなんてことしたことなくて、いきなりこんなことをお願いしてね、どうかひとつ怒らないでいただきたいんでございますが・・・
どうも暇で仕方がないんですよ!辛抱はしてたんですけどもう我慢が出来ません!真に申し訳ございませんが、商売繁盛宜しくお願いをします!
どうも暇で仕方がないんですよ!辛抱はしてたんですけどもう我慢が出来ません!
真に申し訳ございませんが、商売繁盛宜しくお願いをします!
おいおばあさん?今帰ったよ?
いやぁ、どうも気分がいいよ!?
いやいやご利益なんてどうでもいいんだよ?
こんなに気持ちのいいものだったとは思わなかったよ?信心ってのは・・・
なんだかね、胸のつかえが取れた気がするよ!こんなに気持ちのいいもんだったんだなぁ!
こんなことならもっと若い時分からお参りに行けば良かったとつくづくそう思うねぇ!
あ~よかったよかった・・・
ん?おばあさん!洗濯物はないかい?
いや雨だよ!降ってきたよ!?早く取り込んだ方がいいよ?
おいおいおいおい・・なんだこの降りはよ・・・
こんな降りってのはないよ?
あんなにいい天気だったのに帰ってきたらいきなり雨かい?
しょうがねえなぁおい・・・
普段でも人通らねえのに、雨で道がぬかるんで人がさらに通らなくなる・・・
これだから俺ぁ信心なんか嫌だったんだよ!
帰ってきたらすぐ雨だ!ご利益なんざねえじゃねえか!
これじゃあ客は来ねえだろうなぁ・・・
おう!!おはよう!!
へい!いらっしゃい!
おばあさん!?お客さん来たよ?
おばあさん!?お客さん来たよ?
いや~どうもひでえ雨だなぁこりゃあ!
おう!おとっつあん!俺にわらじくんねえか?
わ、わらじ!?ああそうですか、ありがとうございます!
いやあどうも、久しぶりのお客様でございますから・・・
わらじかぁ・・どこにありますかなぁ・・・
しばらく商いしてないもんですから・・・
あっ!あなたの上見てご覧下さい?頭の所にぶら下がってましょ?
それなんですよ!それ一足しかないんですよ、売れ残ったやつなんです・・・
ちょいと手入れしてなくてほこりかぶってますが、それちょいと掃っていただければ・・・
ええ!もう新品ですから!八文になります!
すいません、そこにお勘定置いていただいて、ええ!ありがとうございます!!どうも~!
いやぁ・・おばあさん・・・
お客様来て売れ残ったわらじ買ってっちゃったよ・・・
これがご利益ってもんかなぁ?
おう!ごめんよ!
へい!いらっしゃい!
またお客様だよ・・・
なに差し上げましょう?
わらじもらいてんだ!
わらじでございますか、これはどうも真にすいませんなぁ・・・
今一足売れたばかりなんですよ!どうかひとつ他をあたっていただけませんか?
おとっつあんよぉ、他をあたってくれったってここら辺はあたる所他にじゃねえかよ
なんとかひとつ探してくれよ!どっか店の隅にでもありゃしねえか?
いやぁ今たった一足残ってたのが売れ残ったばっかりなんでございますよ・・・
ないものは売れませんでございますから・・・
それもそうだけどなぁ、このぬかるんだ道だよ?
わらじ履かなきゃ歩けやしねえ、本当に・・・
ん?なんだよおとっつあん!
ここにわらじぶら下がってるじゃねえか!
え?そんなことはないです、今売れたばかりなんですから・・・
あれば売りますがあるわけが・・・
ああ・・ありますねえ・・・
看板かい?
いえ、看板じゃあございません!お詫びいたしますんでどうぞこれ持ってって下さい!
八文になります!
な、なんだろうねえおばあさん・・・
さっきの人は御あし(お金)だけおいてわらじ持って行かなかったのかな?
そんなことたぁねえよなぁ?あたしの思い違いで二足売れ残ってたのかなぁ?
なんだか変だなぁ・・・
ごめん下さいやす!
へい!なんだか馬鹿に忙しくなったなぁ・・・
何を差し上げましょうか?
わらじもらいてんだけどもね
わらじ!?
あいすいません、今売れたばかりでないんでございますよ・・・
ねえ?
こりゃあ困ったねぇ、俺ぁこれからね、国に帰るんだ・・・
このぬかるんだ道じゃあ履き替えがなきゃあとても往来は出来ねえからねぇ・・・
弱ったもんだこりゃあ本当に・・えぇ・・・
おう、ここにあるわらじは売らねえのか?
いやぁそんなことはございません、あれば売るんです!
ないんですからそれはぁ・・・
ありますねえ・・・
これは大変失礼しました!持ってって下さい!八文です!
ええそこにお勘定置いていただければ!ありがとうございます!まいど~!
・・・おかしいなぁ・・どうも・・
お、おばあさんおばあさん!あ、あそこ、ご覧よ?
新しいわらじがぶら下がってるだろ?あれどうしたと思う?
今のお客様がわらじを引っ張ったらね?天井裏から新しいわらじがぞろぞろっと出てきたんだよ!
こ、これが信心!?ご利益ってもんか!
いやぁお稲荷様ありがとうございますありがとうございます・・・
ぞろぞろを聞くなら「立川談志」
立川談志の「ぞろぞろ」は、吉原田んぼの太郎稲荷にまつわる奇妙で面白い物語です。寂れた茶店が突然の繁盛を迎え、そこから始まる不思議な出来事が次々と展開されます。談志の語りで、人々の騒動と太郎稲荷のご利益が絶妙に絡み合う、ユーモラスな一席です。
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なんだよおい・・向かいの荒物屋、今日は馬鹿に客が入るねえ・・・
何を買ってるんだろう、こちとら暇で暇でしょうがねえってのに・・
あぁ、わらじを買っていくのか!このぬかるんだ道だもんな!
わらじを履かなくちゃ歩けやしねえもんな、いいもん売ってんなあ、うちでもわらじ売ってりゃよかったなぁ・・・
へへっ、髪結い床でわらじ売ったってしょうがねえやなぁ!
あっ!また入ってった!どんどん来るなあ!
客がわらじ、すっと引っ張ってまたつっと出て・・・
あれぇ?
客がわらじ引っ張るってと後から新しいわらじが天井裏からぞろぞろっと出て来てやがる・・・
はは~ん、暇だからなんか考えやがったんだなあの親父は・・・
どういうことになってやがんのかな?
よし!行って聞いてみよう!
ごめんよ!
へい!わらじでございますか?
おう!おとっつあんおとっつあん!俺だよ!
ああ!親方!よくおいでくださいました!さあどうぞこちらへ!
おばあさん?向かいの床屋の親方!お茶入れてくれ!
まあまあおかけになって!いやぁ大変な雨だねえ・・・
ああ大変だ!大変だけども馬鹿に繁盛だねえ!
え?そうなんだよ!!
おかげさまでね、わらじが馬鹿に売れるんだ!このぬかるんだ道だからね!
そらぁ売れるのも無理ねえけども、あれ一体どうなってんだい?
へ?なに?
何じゃあないよ?
このわらじをすっと引っ張るってと後から後から新しいわらじが出てくるじゃねえか?
どういう仕掛けになってるんだ?
いっぱい繋げておいて、天井でまとめて・・・
いやぁそうじゃない・・
あれ見たかい?あれは違うんだよ、あれはひとりでにそうなるんだ・・・
ひとりでに?なにを馬鹿なことを!
いやぁ嘘じゃあねえんだ!それ引っ張って見なよ!
これ引っ張ったらひとりでに出てくる?
嘘だろ?おい・・・
やってみるよ?・・・よっ・・
なっ、なるほど・・・こりゃなんだい?
なんだいじゃないよ!いいかい?あたしの言うことよく聞いておくれよ?
ばあさんに、あんまりあたしが暇で暇でしょうがねえって言うから信心をしろって言うんだよ・・・
馬鹿なことを言っちゃいけない、あたしは今まで信心をしたことはない、手を合わせたこともないんだ!ってそう言ったら
いやあたしに騙されたと思って信心してきなさい!と言われて、この先にあるお岩稲荷にお参り行ったよ?
掃除をして、お参りして帰って来た・・・で、この雨だよ?
なんだ!あれだけいい天気だったのに、こんな雨じゃ余計に客が来やしねえと思っていたところに客が来てわらじくれってんだよ・・・
たった一足のわらじが売れたよ?
そしたらまた客が来て、またわらじをくれって言うから、わらじはもうないんですって言ってそこを見たら、わらじがそこへぶら下がって来るじゃねえか!
それを客はパッと引っ張って行ったんだよ・・・
それでまた入って来てわらじって言うんだ・・・
もうありません!ここにあるよ!ってんでもうあたし訳が分かりませんで
じ~っと見てたら、引っ張った後新しいわらじが今みたいにぞろぞろっと出てきたんだよ!
これは親方!信心のご利益!お前さんも暇だろ?
だから明日お前さんもお岩稲荷に行ってごらん?よく掃除をしてお参りして帰って来るんだよ?
必ずご利益があるから!
そうかい?じゃあ俺もやってみよう!
ってんで、親方あくる朝、早く起きるってとお岩稲荷にやって来て綺麗に掃除をして・・・
パンパンっ!
どうもお稲荷さん!あたしね!
この先の荒物屋の向かいでもって髪結い床やってるんでございますが、暇で暇でしょうがないんでございます!
それでちょっと聞いたんですが、ここにお参りするとご利益があると聞いたもんで・・・
荒物屋と同じご利益を!同様のご利益を宜しくお願い致します!!
よぉーーし!!これでいいぞぉ!
おーい!!親方!親方!!
おう!なんだいおとっつあん?
なんだいじゃねえやい親方!
ぼんやりしてちゃだめだい!早く帰りなよ!
どうしたんだい?
おまえさんとこ、客でいっぱいだよ!?
そんな、すぐに・・・
いやいや本当なんだよ!親方が出て行ったろ?
入れ替わりに客がすっと入って行ったんだよ!
ところが誰もいねえから帰りかけたんだ、だから俺がそこを今すぐに親方戻ってきますからもうちょっと待ってて下さいよ!って止めておいたんだ・・・
そしたら続いてまた二人入って、その後また三人入って、お前さんの所狭いだろ?入るところがないよ?
みんな奥に入ってたばこ吸ってるよ?
一番しまいに入った人なんか憚り(便所)入って待ってるよ!?
本当かよおい、嘘じゃ・・・
嘘じゃない!ほらご覧よ!?
ああ本当だ!これあたしの所だねえ・・・
ずいぶんといっぱいになったねえ・・・
おとっつあんおとっつあん!俺がここにいる客やるだろ?
そうすると新しい客がまたぞろぞろっと入るんだよ?ありがてえなぁどうも!!
いらっしゃい!!
おめえ親方か?ぼんやりしてちゃだめだよ!
早くしてくれ!すぐに旅に出るんだ!
髪はいいよ?ひげだけちょいと剃ってもらいてえんだ!俺が一番だよ?
へい!ありがとうございます!すぐにかかりますんで!
二番の方もすぐやりますんで準備してて下さいまし!
親方かみそりを合わせて、客の顔をすっと剃るってと
新しいひげが、ぞろぞろっ・・・
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