落語【ぞろぞろ】台本 吹き出し風

落語 台本

良く信心なんてことを言いまして、信心は徳の余りなんてことを言いましてね

世の中を生き抜いてきて、ある程度暮らしの方もそれなりに豊かで、人生経験も豊富だから人のこともよく聞けるようなことになって、初めて信心というものが出来るんだそうですな・・・

若い時分は中々、信心というもんは出来ないそうで、『冗談じゃねえや!神様なんぞこの世にいるわけねえじゃねえか!!』なんて手を合わせるなんてことはまず致しません・・・

それでも全く行かないと言われればそうでもないんでございまして、世の中の付き合い、習わしでもって行くというようなこともあります・・・

ぞろぞろを聞くなら「立川談志」

立川談志の「ぞろぞろ」は、吉原田んぼの太郎稲荷にまつわる奇妙で面白い物語です。寂れた茶店が突然の繁盛を迎え、そこから始まる不思議な出来事が次々と展開されます。談志の語りで、人々の騒動と太郎稲荷のご利益が絶妙に絡み合う、ユーモラスな一席です。

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ある男
ある男

おい!どうだい!深川の不動様にちょいとお参りに行かねえかい?

お参りに行ってどうすんだい?

ある男
ある男

いや別にどうもしねえよ

じゃあ行ったってしょうがねえじゃねえか

ある男
ある男

そんなこと言うなよぉ、お参りに行ってごらんよぉ・・・

ある男
ある男

お稽古帰りの芸者衆なんかが来て拝んでんだよ?たまんねえぞ!?

ある男
ある男

そうかぁ?

ある男
ある男

じゃあちょっと待て、床屋行くからがねえじゃねえか

なんという、こんなような料簡で行くんですが、それじゃあ何にもならない・・

一生懸命誠心誠意手を合わせて、願い事をする・・無念無想というやつですな・・

ちゃんと手を合わせて、手を口の所へ持ってきて、指の先が鼻に向かってきていなくてはいけないそうですな・・・

そうして、まあ無念無想ですから目を閉じてこうやってるんですが、残念なことに鼻を閉じることが出来ませんから、隣に綺麗なご婦人なんかが来るってと、そのいい匂いはふわぁ~っとくる・・・

それはやっぱりいくら拝んでても、そちらの方へ気が向いてしまうようなもんでございますな・・

まあそれでも、だんだんと歳をとってくると、方々へお参りに行こうということになってくるんですが・・・

近頃あまり言わなくなった言葉に間の宿(あいのしゅく)という言葉がありまして、あっちも賑やかな土地でこっちも賑やかな土地でその間に挟まれている・・・

なんだかこう中途半端で商売なんかやらせても、何をやってもうまくいかない・・・

必ず失敗をして、さびれた所になってしまう・・

そういう所を間の宿なんて言いますな・・・

東京なんかでも今では大変賑やかですが、昔は方々にその間の宿というのがたくさんあったそうですな・・・

そしてまあ、商売は中々うまくいかない・・

ある間の宿でもって、色んなものが結構あったんですけど、うまくいかないからって店をたたんで他の所へ移ってしまう・・二軒だけ残りまして・・・

一軒が荒物屋さんで年寄り夫婦がやっております・・・道を挟んで向かい側に髪結い床、まあ床屋さんですな、独り者の親方でございます。

二軒ともばかに暇でございまして・・・

荒物屋
荒物屋

なんだいおばあさん、え?お茶?もういいよ・・・

荒物屋
荒物屋

もう・・のべつお茶ばかりなんだよぉ・・・

荒物屋
荒物屋

こっちはそれでなくても年寄りで小便近えんだから・・・

荒物屋
荒物屋

朝からそう茶ばかり飲ませなさんな、忙しくてしょうがないよ・・・

荒物屋
荒物屋

ああ、いいよいいよ!下げなくても!

荒物屋
荒物屋

こんなに暇なんだ、茶でも飲んでなくちゃやってらんねぇやな・・・

荒物屋
荒物屋

だけどなぁ、おばあさんの前だけども、俺ぁもう嫌になっちゃったね・・・

おばあさん
おばあさん

なにがです?

荒物屋
荒物屋

何がですって、どうしてこう暇なんだろうね?本当にもう嫌だね!

おばあさん
おばあさん

そんな愚痴をこぼしたってしょうがないじゃありませんかぁ・・・

おばあさん
おばあさん

なんでも事は成り行きですよ?

おばあさん
おばあさん

商いってんですから飽きずにやらなくちゃいけませんよ?

荒物屋
荒物屋

そりゃ分かってるよ!お前さんに言われるまでもないよ?

荒物屋
荒物屋

だからあたくしも飽きずにここまでやってきましたけどもねえ!

荒物屋
荒物屋

こう暇が続くってともう飽きるねえ本当に!

荒物屋
荒物屋

端っからこっちは儲けよう、稼ごうってんで商売始めたんじゃない!

荒物屋
荒物屋

間の宿だから元々何やってもうまくいかないことは分かってますよ!?

荒物屋
荒物屋

それでもあたしは承知で始めたんだよ!?

荒物屋
荒物屋

大した儲けはなくてもいいと思ってね?

荒物屋
荒物屋

変な所へ出てって大しくじりをするよりはよっぽどいいと思ってさ!?

荒物屋
荒物屋

でもそれにしたって、こんなに暇になっちゃうとは思わなかったよ?

荒物屋
荒物屋

飴玉ひとっつだって売れやしねえ、嫌にもなるだろう?愚痴もこぼすじゃねえか!

おばあさん
おばあさん

それですよぉおじいさん・・・

おばあさん
おばあさん

愚痴をこぼすくらいなら信心でもなさったらどうです?

荒物屋
荒物屋

信心?よそうじゃねえか・・・

荒物屋
荒物屋

俺ぁ若い頃から信心なんてもんはねえんだ、お前さんも知ってるだろう?

荒物屋
荒物屋

今更手を合わせてどうするんだよ・・・

おばあさん
おばあさん

だからその愚痴を神様の前でこぼすくらいならお願いに変えたらいかがです?

荒物屋
荒物屋

なんだいそりゃ?

おばあさん
おばあさん

ですから、商売繁盛を神様の前でお願いをするんですよ!

荒物屋
荒物屋

よしなよおめえ・・・

荒物屋
荒物屋

今まで信心なんてしたことないのに、いきなり手を合わせて商売繁盛お願いしますなんて出来るかい!?

荒物屋
荒物屋

神様だってきっと怒るよ!

おばあさん
おばあさん

怒りませんよ神様は、苦しい時の神頼みっていうじゃありませんか・・・

おばあさん
おばあさん

とにかく行ってごらんなさいましよ、悪いことは言わないから!

荒物屋
荒物屋

そうかい?まあ暇だから行ったって構わないけどさぁ・・・

荒物屋
荒物屋

あたしは今まで不信心だよ?どこ行ったらいいか分からねえ・・・

荒物屋
荒物屋

どこかいい所はあるかい?

おばあさん
おばあさん

そりゃあありますとも、いくらでも!

おばあさん
おばあさん

この近くだとお岩稲荷というお稲荷様が、前は結構御参詣の方がいたんですがねぇ・・・

おばあさん
おばあさん

この頃まるっきりいらっしゃらない、もうすっかりさびれてるんでございますよ・・・

おばあさん
おばあさん

ですからおじいさん明日の朝ですよ?

おばあさん
おばあさん

綺麗にお掃除をしてお参りしてきてごらんなさい、必ずいいことがありますから!

荒物屋
荒物屋

そうかい?じゃあやってみようかな?

あくる朝起きるってと、おじいさんお岩稲荷へやってきた・・・

なるほど汚いほこらが一つある、蜘蛛の巣を掃って、綺麗に掃除をして・・・

荒物屋
荒物屋

え~どうもお稲荷さん!

荒物屋
荒物屋

あたくしこの先でもって荒物屋をしておりますジジイでございます!

荒物屋
荒物屋

今までお参りなんてことしたことなくて、いきなりこんなことをお願いしてね、どうかひとつ怒らないでいただきたいんでございますが・・・

荒物屋
荒物屋

どうも暇で仕方がないんですよ!辛抱はしてたんですけどもう我慢が出来ません!真に申し訳ございませんが、商売繁盛宜しくお願いをします!

荒物屋
荒物屋

どうも暇で仕方がないんですよ!辛抱はしてたんですけどもう我慢が出来ません!

荒物屋
荒物屋

真に申し訳ございませんが、商売繁盛宜しくお願いをします!

荒物屋
荒物屋

おいおばあさん?今帰ったよ?

荒物屋
荒物屋

いやぁ、どうも気分がいいよ!?

荒物屋
荒物屋

いやいやご利益なんてどうでもいいんだよ?

荒物屋
荒物屋

こんなに気持ちのいいものだったとは思わなかったよ?信心ってのは・・・

荒物屋
荒物屋

なんだかね、胸のつかえが取れた気がするよ!こんなに気持ちのいいもんだったんだなぁ!

荒物屋
荒物屋

こんなことならもっと若い時分からお参りに行けば良かったとつくづくそう思うねぇ!

荒物屋
荒物屋

あ~よかったよかった・・・

荒物屋
荒物屋

ん?おばあさん!洗濯物はないかい?

荒物屋
荒物屋

いや雨だよ!降ってきたよ!?早く取り込んだ方がいいよ?

荒物屋
荒物屋

おいおいおいおい・・なんだこの降りはよ・・・

荒物屋
荒物屋

こんな降りってのはないよ?

荒物屋
荒物屋

あんなにいい天気だったのに帰ってきたらいきなり雨かい?

荒物屋
荒物屋

しょうがねえなぁおい・・・

荒物屋
荒物屋

普段でも人通らねえのに、雨で道がぬかるんで人がさらに通らなくなる・・・

荒物屋
荒物屋

これだから俺ぁ信心なんか嫌だったんだよ!

荒物屋
荒物屋

帰ってきたらすぐ雨だ!ご利益なんざねえじゃねえか!

荒物屋
荒物屋

これじゃあ客は来ねえだろうなぁ・・・

お客
お客

おう!!おはよう!!

荒物屋
荒物屋

へい!いらっしゃい!

荒物屋
荒物屋

おばあさん!?お客さん来たよ?

荒物屋
荒物屋

おばあさん!?お客さん来たよ?

お客
お客

いや~どうもひでえ雨だなぁこりゃあ!

お客
お客

おう!おとっつあん!俺にわらじくんねえか?

荒物屋
荒物屋

わ、わらじ!?ああそうですか、ありがとうございます!

荒物屋
荒物屋

いやあどうも、久しぶりのお客様でございますから・・・

荒物屋
荒物屋

わらじかぁ・・どこにありますかなぁ・・・

荒物屋
荒物屋

しばらく商いしてないもんですから・・・

荒物屋
荒物屋

あっ!あなたの上見てご覧下さい?頭の所にぶら下がってましょ?

荒物屋
荒物屋

それなんですよ!それ一足しかないんですよ、売れ残ったやつなんです・・・

荒物屋
荒物屋

ちょいと手入れしてなくてほこりかぶってますが、それちょいと掃っていただければ・・・

荒物屋
荒物屋

ええ!もう新品ですから!八文になります!

荒物屋
荒物屋

すいません、そこにお勘定置いていただいて、ええ!ありがとうございます!!どうも~!

荒物屋
荒物屋

いやぁ・・おばあさん・・・

荒物屋
荒物屋

お客様来て売れ残ったわらじ買ってっちゃったよ・・・

荒物屋
荒物屋

これがご利益ってもんかなぁ?

お客
お客

おう!ごめんよ!

荒物屋
荒物屋

へい!いらっしゃい!

荒物屋
荒物屋

またお客様だよ・・・

荒物屋
荒物屋

なに差し上げましょう?

お客
お客

わらじもらいてんだ!

荒物屋
荒物屋

わらじでございますか、これはどうも真にすいませんなぁ・・・

荒物屋
荒物屋

今一足売れたばかりなんですよ!どうかひとつ他をあたっていただけませんか?

お客
お客

おとっつあんよぉ、他をあたってくれったってここら辺はあたる所他にじゃねえかよ

お客
お客

なんとかひとつ探してくれよ!どっか店の隅にでもありゃしねえか?

荒物屋
荒物屋

いやぁ今たった一足残ってたのが売れ残ったばっかりなんでございますよ・・・

荒物屋
荒物屋

ないものは売れませんでございますから・・・

お客
お客

それもそうだけどなぁ、このぬかるんだ道だよ?

お客
お客

わらじ履かなきゃ歩けやしねえ、本当に・・・

お客
お客

ん?なんだよおとっつあん!

お客
お客

ここにわらじぶら下がってるじゃねえか!

荒物屋
荒物屋

え?そんなことはないです、今売れたばかりなんですから・・・

荒物屋
荒物屋

あれば売りますがあるわけが・・・

荒物屋
荒物屋

ああ・・ありますねえ・・・

お客
お客

看板かい?

荒物屋
荒物屋

いえ、看板じゃあございません!お詫びいたしますんでどうぞこれ持ってって下さい!

荒物屋
荒物屋

八文になります!

荒物屋
荒物屋

な、なんだろうねえおばあさん・・・

荒物屋
荒物屋

さっきの人は御あし(お金)だけおいてわらじ持って行かなかったのかな?

荒物屋
荒物屋

そんなことたぁねえよなぁ?あたしの思い違いで二足売れ残ってたのかなぁ?

荒物屋
荒物屋

なんだか変だなぁ・・・

お客
お客

ごめん下さいやす!

荒物屋
荒物屋

へい!なんだか馬鹿に忙しくなったなぁ・・・

荒物屋
荒物屋

何を差し上げましょうか?

お客
お客

わらじもらいてんだけどもね

荒物屋
荒物屋

わらじ!?

荒物屋
荒物屋

あいすいません、今売れたばかりでないんでございますよ・・・

お客
お客

ねえ?

お客
お客

こりゃあ困ったねぇ、俺ぁこれからね、国に帰るんだ・・・

お客
お客

このぬかるんだ道じゃあ履き替えがなきゃあとても往来は出来ねえからねぇ・・・

お客
お客

弱ったもんだこりゃあ本当に・・えぇ・・・

お客
お客

おう、ここにあるわらじは売らねえのか?

荒物屋
荒物屋

いやぁそんなことはございません、あれば売るんです!

荒物屋
荒物屋

ないんですからそれはぁ・・・

荒物屋
荒物屋

ありますねえ・・・

荒物屋
荒物屋

これは大変失礼しました!持ってって下さい!八文です!

荒物屋
荒物屋

ええそこにお勘定置いていただければ!ありがとうございます!まいど~!

荒物屋
荒物屋

・・・おかしいなぁ・・どうも・・

荒物屋
荒物屋

お、おばあさんおばあさん!あ、あそこ、ご覧よ?

荒物屋
荒物屋

新しいわらじがぶら下がってるだろ?あれどうしたと思う?

荒物屋
荒物屋

今のお客様がわらじを引っ張ったらね?天井裏から新しいわらじがぞろぞろっと出てきたんだよ!

荒物屋
荒物屋

こ、これが信心!?ご利益ってもんか!

荒物屋
荒物屋

いやぁお稲荷様ありがとうございますありがとうございます・・・

ぞろぞろを聞くなら「立川談志」

立川談志の「ぞろぞろ」は、吉原田んぼの太郎稲荷にまつわる奇妙で面白い物語です。寂れた茶店が突然の繁盛を迎え、そこから始まる不思議な出来事が次々と展開されます。談志の語りで、人々の騒動と太郎稲荷のご利益が絶妙に絡み合う、ユーモラスな一席です。

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床屋
床屋

なんだよおい・・向かいの荒物屋、今日は馬鹿に客が入るねえ・・・

床屋
床屋

何を買ってるんだろう、こちとら暇で暇でしょうがねえってのに・・

床屋
床屋

あぁ、わらじを買っていくのか!このぬかるんだ道だもんな!

床屋
床屋

わらじを履かなくちゃ歩けやしねえもんな、いいもん売ってんなあ、うちでもわらじ売ってりゃよかったなぁ・・・

床屋
床屋

へへっ、髪結い床でわらじ売ったってしょうがねえやなぁ!

床屋
床屋

あっ!また入ってった!どんどん来るなあ!

床屋
床屋

客がわらじ、すっと引っ張ってまたつっと出て・・・

床屋
床屋

あれぇ?

床屋
床屋

客がわらじ引っ張るってと後から新しいわらじが天井裏からぞろぞろっと出て来てやがる・・・

床屋
床屋

はは~ん、暇だからなんか考えやがったんだなあの親父は・・・

床屋
床屋

どういうことになってやがんのかな?

床屋
床屋

よし!行って聞いてみよう!

床屋
床屋

ごめんよ!

荒物屋
荒物屋

へい!わらじでございますか?

床屋
床屋

おう!おとっつあんおとっつあん!俺だよ!

荒物屋
荒物屋

ああ!親方!よくおいでくださいました!さあどうぞこちらへ!

荒物屋
荒物屋

おばあさん?向かいの床屋の親方!お茶入れてくれ!

荒物屋
荒物屋

まあまあおかけになって!いやぁ大変な雨だねえ・・・

床屋
床屋

ああ大変だ!大変だけども馬鹿に繁盛だねえ!

荒物屋
荒物屋

え?そうなんだよ!!

荒物屋
荒物屋

おかげさまでね、わらじが馬鹿に売れるんだ!このぬかるんだ道だからね!

床屋
床屋

そらぁ売れるのも無理ねえけども、あれ一体どうなってんだい?

荒物屋
荒物屋

へ?なに?

床屋
床屋

何じゃあないよ?

床屋
床屋

このわらじをすっと引っ張るってと後から後から新しいわらじが出てくるじゃねえか?

床屋
床屋

どういう仕掛けになってるんだ?

床屋
床屋

いっぱい繋げておいて、天井でまとめて・・・

荒物屋
荒物屋

いやぁそうじゃない・・

荒物屋
荒物屋

あれ見たかい?あれは違うんだよ、あれはひとりでにそうなるんだ・・・

床屋
床屋

ひとりでに?なにを馬鹿なことを!

荒物屋
荒物屋

いやぁ嘘じゃあねえんだ!それ引っ張って見なよ!

床屋
床屋

これ引っ張ったらひとりでに出てくる?

床屋
床屋

嘘だろ?おい・・・

床屋
床屋

やってみるよ?・・・よっ・・

床屋
床屋

なっ、なるほど・・・こりゃなんだい?

荒物屋
荒物屋

なんだいじゃないよ!いいかい?あたしの言うことよく聞いておくれよ?

荒物屋
荒物屋

ばあさんに、あんまりあたしが暇で暇でしょうがねえって言うから信心をしろって言うんだよ・・・

荒物屋
荒物屋

馬鹿なことを言っちゃいけない、あたしは今まで信心をしたことはない、手を合わせたこともないんだ!ってそう言ったら

荒物屋
荒物屋

いやあたしに騙されたと思って信心してきなさい!と言われて、この先にあるお岩稲荷にお参り行ったよ?

荒物屋
荒物屋

掃除をして、お参りして帰って来た・・・で、この雨だよ?

荒物屋
荒物屋

なんだ!あれだけいい天気だったのに、こんな雨じゃ余計に客が来やしねえと思っていたところに客が来てわらじくれってんだよ・・・

荒物屋
荒物屋

たった一足のわらじが売れたよ?

荒物屋
荒物屋

そしたらまた客が来て、またわらじをくれって言うから、わらじはもうないんですって言ってそこを見たら、わらじがそこへぶら下がって来るじゃねえか!

荒物屋
荒物屋

それを客はパッと引っ張って行ったんだよ・・・

荒物屋
荒物屋

それでまた入って来てわらじって言うんだ・・・

荒物屋
荒物屋

もうありません!ここにあるよ!ってんでもうあたし訳が分かりませんで

荒物屋
荒物屋

じ~っと見てたら、引っ張った後新しいわらじが今みたいにぞろぞろっと出てきたんだよ!

荒物屋
荒物屋

これは親方!信心のご利益!お前さんも暇だろ?

荒物屋
荒物屋

だから明日お前さんもお岩稲荷に行ってごらん?よく掃除をしてお参りして帰って来るんだよ?

荒物屋
荒物屋

必ずご利益があるから!

床屋
床屋

そうかい?じゃあ俺もやってみよう!

ってんで、親方あくる朝、早く起きるってとお岩稲荷にやって来て綺麗に掃除をして・・・

床屋
床屋

パンパンっ!

床屋
床屋

どうもお稲荷さん!あたしね!

床屋
床屋

この先の荒物屋の向かいでもって髪結い床やってるんでございますが、暇で暇でしょうがないんでございます!

床屋
床屋

それでちょっと聞いたんですが、ここにお参りするとご利益があると聞いたもんで・・・

床屋
床屋

荒物屋と同じご利益を!同様のご利益を宜しくお願い致します!!

床屋
床屋

よぉーーし!!これでいいぞぉ!

荒物屋
荒物屋

おーい!!親方!親方!!

床屋
床屋

おう!なんだいおとっつあん?

荒物屋
荒物屋

なんだいじゃねえやい親方!

荒物屋
荒物屋

ぼんやりしてちゃだめだい!早く帰りなよ!

床屋
床屋

どうしたんだい?

荒物屋
荒物屋

おまえさんとこ、客でいっぱいだよ!?

床屋
床屋

そんな、すぐに・・・

荒物屋
荒物屋

いやいや本当なんだよ!親方が出て行ったろ?

荒物屋
荒物屋

入れ替わりに客がすっと入って行ったんだよ!

荒物屋
荒物屋

ところが誰もいねえから帰りかけたんだ、だから俺がそこを今すぐに親方戻ってきますからもうちょっと待ってて下さいよ!って止めておいたんだ・・・

荒物屋
荒物屋

そしたら続いてまた二人入って、その後また三人入って、お前さんの所狭いだろ?入るところがないよ?

荒物屋
荒物屋

みんな奥に入ってたばこ吸ってるよ?

荒物屋
荒物屋

一番しまいに入った人なんか憚り(便所)入って待ってるよ!?

床屋
床屋

本当かよおい、嘘じゃ・・・

荒物屋
荒物屋

嘘じゃない!ほらご覧よ!?

床屋
床屋

ああ本当だ!これあたしの所だねえ・・・

床屋
床屋

ずいぶんといっぱいになったねえ・・・

床屋
床屋

おとっつあんおとっつあん!俺がここにいる客やるだろ?

床屋
床屋

そうすると新しい客がまたぞろぞろっと入るんだよ?ありがてえなぁどうも!!

床屋
床屋

いらっしゃい!!

お客
お客

おめえ親方か?ぼんやりしてちゃだめだよ!

お客
お客

早くしてくれ!すぐに旅に出るんだ!

お客
お客

髪はいいよ?ひげだけちょいと剃ってもらいてえんだ!俺が一番だよ?

床屋
床屋

へい!ありがとうございます!すぐにかかりますんで!

床屋
床屋

二番の方もすぐやりますんで準備してて下さいまし!

親方かみそりを合わせて、客の顔をすっと剃るってと

新しいひげが、ぞろぞろっ・・・

ぞろぞろを聞くなら「立川談志」

立川談志の「ぞろぞろ」は、吉原田んぼの太郎稲荷にまつわる奇妙で面白い物語です。寂れた茶店が突然の繁盛を迎え、そこから始まる不思議な出来事が次々と展開されます。談志の語りで、人々の騒動と太郎稲荷のご利益が絶妙に絡み合う、ユーモラスな一席です。

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