落語【強情灸】台本 吹き出し風

落語 台本

よく江戸っ子の熱湯好きなんてことを申しまして、江戸っ子なんてのは好んで熱い湯に入ったなんてことを伺いました・・・

ところがよく聞いてみるってと、そうばかりじゃないようですね・・・

大体江戸っ子なんてものは負けず嫌いですから、人にどうこう言われて出来ないなんてことは言えない・・・

『おめえなにか!?こんなぬるい湯に入れねえのか!?』なんてなことを言われて・・・

『な~にこんなものどうってことはねえや!ふ~ん!』なんてなことを言いながら、煮えかえるような熱い湯へ歯を食いしばって、ん~!ってんで無理して入って患っちゃったなんて人がよくいたんだそうですな・・・

ですから、今でも東京の方の下町の銭湯、開けた戸のところをすっと入って行くってとよくそんな場面に出くわします・・・

誰も入ってない湯舟の中にお年寄りが一人で入ってるんで、『あぁ、こんなおじいさんが入ってるんだから、俺達若いもんに入れないわけがないだろう』なんてんで、ちょいと手を突っ込むってと、飛び上がるくらい熱い湯に平気で入ってる・・・

よくこんな熱い湯に入れるなぁと思って、体をじ~っと観察するってと、若い時分から熱い湯に入り続けているんでしょうな・・・

体に湯だこなんてのが出来ている・・・だから普通の熱さじゃ何も感じない・・・

背中を見るってと若い時分には、さぞ威勢がよかったろうと思わせる彫り物なんかがしてありますな・・・ 牡丹に唐獅子なんかが・・・

これは歳をとっちゃってるからブルドックがキャベツくわえてるのと同じように見える・・・

頭の上に手ぬぐいを乗っけて鼻歌なんかを歌ってる・・・入ろうと思ったって熱くて入れない・・・

しょうがないから、水を入れようかなと思うってと、たいがいそういう方は蛇口のところで頑張ってますから、こっちがちょっと手を出そうとすると・・・

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ちょ、ちょ!だぁ!ダメだダメ!水で埋めちゃあ!何をしてんだよ!

おめえだって男じゃねえか!このくらいの湯に入れなくてどうすんだ!そのまま入んな!

へい、どうもすいません・・・

なんてんで、入ることはできないし、水で埋めることもできない・・・

しょうがないから顔だけ洗って、表へ出て風邪ひいちゃったりなんかして・・・

馬鹿なことになるもんですが・・・

毎朝湯があったなんて昔は、毎朝湯が開くと方々からこういう連中が集まってきたそうですな・・・

耳に湯銭を挟んで、手ぬぐいを方にぽ~んと引っ掛けて、鼻歌なんかを歌いながら・・・

んん~~~♪いよ~~~~♪

お湯の五、六軒手前から三尺をほどきだす・・・

※三尺(さんじゃく)・・・3尺 (約 114cm) の長さの並幅の帯。

表から裸になってくるんだから早いですよ?もうどこにも止まらないでそのまんま湯に入っちゃう・・・

何をしてんだよ!じれってえな!俺もう裸になっちゃってんだよぉ!

何をしてんの、おめえはぐずぐずしてぇ!

なに?ふんどしのひもがこんがらがって解けねえ?本当にしょうがないやつだねぇ・・・

まだ解けねえのか?バカバカバカ!歯で解こうったって無理だよ!そこまで口が届くか!?

おめえ海老じゃねえんだよ?しょうがないねぇ、先に入ってるからあとから来いよ!?

ほ~ら♪朝湯だ~♪

あっ、おはようございます!相変わらずご隠居早いねえ!

いつも友達と話をしてるんだよ、たまには隠居より早く入ってりゃ隠居驚くだろうって言ってるんだけれども、さすがに朝には早えな、年寄りには勝てませんよ?

だけどお互い様!なんたってこの朝早くの朝湯に限りますよ?

これに入るってと体がきゅっと締まって、仕事行ってね、いい仕事ができるんだ!本当ですよ!

この湯に入ってひとつ・・・ちょっとそこ失礼しますよ!?

よぉっ!・・・あっつぅぅぅ~~~

ん~~♪んん~♪ふ~♪・・・はぁ~・・・

おーーい!早く来いよぉぉぉ!

どうだ!?湯の具合は!?

湯の具合はぁ、湯の具合だぁ!

なんだ、それじゃ分からねえぞ?熱いのかい、ぬるいのかい?

ぬるくてしょうがねえや!風邪ひいちゃうよこんなの!

そういうわけにはいかないだろ?

俺達だけで貸し切ったわけじゃねえんだ、中にはぬる湯好きの人だっているんだからよ、たまには物は付き合いだ我慢して入んな!なぁ!

どんだけぬるいんだ?俺がちょっとみてやろうじゃねえか!どいてみな・・・

そんなぬるいなんてそんなことが・・・

なっあっつうぅぅぅ~!ぅぅぅぅぅぅぅ~~~~♪んん~~~♪

なるほど・・・これはおめえの言う通りぬるいな・・・ぬるい!

これはお前の言う通りだ!でもまあしょうがねえじゃねえか!二人でもって我慢して入ろう!

ひのふのみで一緒に入ろうじゃねえか!

そりゃいいや!

いくぞぉ!?ひ~の~ふ~の~み~~!!!

ぐぐぁぁぁぁぁ・・・んんん・・・

がぁぁぁぁ!・・・こ・・・これはぬ、ぬるいねぇ・・・ぐぐぁぁぁぁぁ・・・んんん・・・

あんまりぬるいんでうなっちゃうなぁ・・・この前もぬるいけれども、この前入った湯もぬるかったなぁ!

今ぬるいのになんか口を利くんじゃないよ!

馬鹿野郎!湯のぬるいのにこっち向くなぁー!!

大変な騒ぎでございまして・・・ 大勢こういうのが揃っていたんだそうでございますな・・・

どうした?しばらくの間顔見せなかったじゃねえかよ・・・

え?なにを?仕事が忙しかった?

そりゃ結構だな!今もなにか?仕事の帰りか?

いやそうじゃねえんだよ・・・もうね・・・とにかく今日ばかりは驚いた・・・

どうしたんだよ?

いや実はね、『峰』のお灸を据えに行ってきたんだよ・・・

『峰』のお灸を!?おめえが行ったの!?

悔しいな、先越されたねえ・・・いや体の具合は悪くねえけれどもよ?

熱い熱いって評判だから町内でいの一番に行って据えてやろうと思ったんだが、てめえに先越されたのは悔しいなぁ!

それでなにか?ちょっとはピリッとくるのか?

ちょっとはピりなんてそんな生易しいもんじゃないよ!

なるほど評判通り!熱いのなんのって、お灸はたいしたことはないんだ、豆粒みたいなもんなんだけどね?

これに火がついてごらん?こんなに熱いものはないね!

ちょいと気の弱い奴なら火が付く途端にきゃー!ってんで、天井突き破ってどっか行っちゃうくらいだよ?

いいねえ!そんな話聞くと体がうずいてきちゃうよ?すぐに行って据えられるかな?

それがそういうわけにもいかないんだよ・・・

やっぱり効くとみてね、方々から患ったような顔した連中が大勢集まって来て、ごった返してやがんだよ・・・

俺がすっと入って行ったらいらっしゃ~い!なんてんでね、番号札渡しやがんだよ!?

なんに使うのかなと思って見てたら後で分かったよ?

みんな据えようと思ってる人もね、中で人が熱がってんのを見て据えそびれて帰っちゃう奴がいるらしんだ!

それじゃあなんにもならないから、番号札渡して番号の順に順に否応なしに据えちゃおうって話だよ・・・

それで俺の番号ひょいっと見たら『への十七番』としてあっから、への十七番ってのはどこだ!って聞いたら・・・

ず~っとお尻の方でございますよって言ってやがんだ・・・

何をくだらねえこと言ってやがんでい!早くしてもらいてえなぁ!なんて俺がぐずぐず文句言ってたんだ・・・・

そしたらね?俺よか二十番くらい前だったかなぁ・・・ちょいとおつな年増がいたよ?・・

歳の方は二十七、八、三十凸凹ってところだ・・・

少し浅黒いだけれども目元の涼しい鼻筋の通った、ちょいと受け口の何とも言えねえ色気のある女!

ね?俺よか二十番くらい前だったかなぁ・・・ちょいとおつな年増がいたよ?・・・

その女がちょいと俺の方をちらっ、ちらっと見てやがって、しばらく経つとす~っと寄ってきやがって・・・

『お兄さん?さっきからずいぶんお急ぎのご様子ですけれども、もしよろしかったら変わって差し上げましょうか?』って言うから、いいんですか?って言ったら、

『いえあたしも据えようと思ってきたんですけれども、みなさんがあんまり熱がってるのを見て据えそびれております・・・もう少し経ったらその気になると思います・・・あたくしの方からお願いしますからどうぞ代わってくださいな』ってこう言うから、

そうですか、じゃあお願いしますよ!ってんで代わってもらったから、すぐに俺の番になっちゃった・・・

うまくやりやがったねぇ・・・それでどうしたい?

どうぞこちらへ!って言われて入ったのがちょうど二十畳ばかりだったかねぇ・・・

こっちの方に四、五人、こっちの方に五、六人、背中から煙出してうなってやがんだ・・・

その真ん中を俺が手ぬぐいを持ってな?おう、ちょっくらごめんねえ!ちょっくらごめんねえ!って言いながら真ん中を!いい気分だよ?

みんな俺の方を見て、『まあ、あの人あんなに威勢よく入って来たけども、果たして我慢が出来るでしょうか?』

『いやぁ無理じゃありませんか?』って色んなことを言ってやがんだよ!?

それを聞いて俺が黙ってるわけにはいかねえじゃねえか!

それからてめえの据える所へ行って、すっとケツをまくってな!怒鳴ってやったんだよ!?

おう!早くしな!こっちは忙しいんだ!早く据えてもらいてえやぁ!ってそう言ったらね・・・

へんてこな野郎がペコペコっと入って来てな?

『あなたいらっしゃいまし、このお灸はたいへんにお熱いんでございますが、体のためにはよろしんでございますから、どうぞ我慢してくださいまし?』

って妙な調子の野郎なんだよ?

何を言いやがんでい!熱い熱いってたかが灸じゃねえかよ!まさか背中でたきびでもするめえし!

って言ったら驚いてやがったよ?どうやって据えるんだ?って聞いたら、片側十六つ、両方で三十二据えるって言うから

そんなもん、一粒やって次、一粒やって次ってやってたら時間がもったいねえから、構わねえから三十二いっぺんに据えてくれってそう言ったんだよ!

まさか据えやしないと思ったんだけどな・・・

だけどその野郎はどういう育ちをしたんだろうかねぇ・・・

嫌に人のことを信用する野郎でね、『左様でございますか~』ってなことを言いやがって、もぐさ持ってきやがってくっつけ始めやがったんだよ

まずいこと言っちゃったなぁと思ったけれども、みんなのいる前で啖呵きっちゃったんだ、いまさら勘弁してくれなんて言えねえじゃねえか・・・

まあいいや、一粒でも火がついてるのを見て、あぁこれはとてもじゃないが三十二は無理だなと思ってそこんところでもって俺はね?

おう!さっきの兄ちゃん?さっきは俺が言い過ぎた、勘弁してくんねえって言おうと思ったんだ・・・

そしたらね?そん畜生が線香に火が付いたのを持って来やがって、俺の鼻先で『あなた本当によろしいんでございますか~』なんてんで、鼻っ先で回しやがんだよ!

人のことトンボか何かだと間違えてんだよ!

癪に障ったから『構わねえからやってくれぇ~』って同じ口調で言ったやった!

そうしたらその野郎が後ろの方に回って、ずっ、ずずずずずず!!

早えんだよこれが!慣れてるから途中で止めてる暇がないの!いっぺんに火がついちゃったろ?

俺背中に爆弾が落っこちたのかと思ったよ?

あんまり熱いから表へ駆け出そうと思ったんだけどもよ、背中からおめえ煙だして駆け出してみねえな!

カチカチ山のたぬきだよ!?

しょうがねえから膝の上に手ぬぐいをかけておいたから、それ掴んでぐぅぅ!っと我慢してたらみんなが驚いていたよ?

みんなお灸を据えるの止めてね、俺の周りをぐるっと取り囲んで、見物始めたよ!?

『まあこの人はなんて凄い人でしょう、これが本当に男ですね江戸っ子ですね!』なんてんで急に評判がよくなっちゃったよ?

さっき番号くれた女なんかみんなの間から見てやがってね

まあこの人はなんて凄い人なんだろう、これが本当に男ってんだね・・・

頼りがいがあるじゃないか、私だっていつまでも一人でいられるわけじゃないんだから?こういう人と一緒になりたいよぉ~

なんてんで、思っていやしないかと思ってよ?

な~にを言ってんだよぉ!長生きをするよてめえは!

俺ならそんなものは屁でもないよ?

いやいやそれはそんなことはないよ!?なにしろ俺がやっとのことで据えられたんだから!

じゃあなにか!?おめえには据えられて俺には据えられねえってことか?

いやそういうわけじゃないけれども・・・

そう言いたくなるじゃねえか!何を言ってやがんでい、てめえのそんなのろけ話聞かされてこっちだって引っ込んでるわけにはいかねえんだい!

灸なんてのこうやって据えるんだってところをちゃんと見せてやっから、いいか!?よ~く見とけよ!?

おっかあー!もぐさ持って来いもぐさ!いいんだよ!かまわねえからそっくりこっちへよこしなよ!

生意気なこと言ってやがんでいこん畜生が!ひでえ目に遭わせなくちゃいけねえ!

どうってことはねえ!これ袋ごと破いちゃえ!ほら見ろ?こんなあるぞこんなに!

これおめえ、なんだよ?全部お灸にしたら三十二どころの騒ぎじゃないよ?

これを俺がひとまとめにして据えようってんだから・・・

なにを言ってやがんでい、冗談じゃねえ!言いてえこといいやがって・・・よく見てろ?

ん・・・ぶっ・・・ん~~♪んん~~♪これをこうして~~~♪・・・んん~♪

おい!どうだい!見ろ!

なんかおにぎりみてえなものこしらえちゃって・・・それどうすんの?

どうすんのって決まってんじゃねえか!これに火つけんだ!

およしよぉ!それは熱い・・・

熱いからいいんだい!何言ってやがんでい!

俺の据える灸は、てめえの据えてきた灸とはわけが違うんだ!

炭火だ炭火!なぁ!ん~~♪ふ~・・・ふ~・・・

よっ・・・

ほ~らどうだ!熱くもなんともねえや!朝飯前だ!

それまだ火がまわらねえからだよ!まわったら大変だよ!腕に穴が開くよ?

開いたっていいじゃねえか!ここに穴が開いてみろ?喧嘩の時に都合がいいんだよ?

向こうが殴ってきたときに、避けながら覗けるんだから!

何を言ってんだ冗談じゃねえや!人間なんてのは気の持ちようだ!

熱いと思ったら熱いんだ!こんなもの屁でもねえと思えば、怖がることはねえんだい!

大げさなことを言いやがって本当になぁ!情けねえや俺はそんな友達を持ったかと思うとさぁ!

いいにおいだ!たまんないよ?

だんだんだんだん火が回って来てな?一番最初は顔をチリチリっとやってな?

その後肉がジュっといってな?しまいには骨がパキっと音を立てて割れるときの気持ちのよさなんてものはないよ!?

本当だよぉ、ほらだんだんあったまってきたよぉ?

これっばかりで三十二で熱かった?何を言ってやがんでい!

おめえ石川五右衛門って人を知ってるか?

あの人なんざ釜茹での刑になったんだぞ釜茹で!

釜茹でったってお湯じゃねえよ?油だよ?

油がぐらぐら煮え立ってるところへドボンと飛び込んで、にこっと笑って辞世の句を残すんだ!

『石川や 浜の真砂は尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ』なんて詠むんだぞ!?

まだあるぞ!?八百屋お七!娘だよ?

十五で全身火だらけになって、あの世へすっと行っちゃって、この方がよっぽど男だよ?江戸っ子だよ!

なんでい!これっばかりの三十二で熱かった?やっと俺だから我慢が出来た?

生意気なことを言うな、冗談じゃねえや本当に!だからおめえなんざ少しは石川ぁ・・・

あぁ・・・

だからおめえなんざ石川・・・ぁぁぁんんん!!ぁぁぁぁ!!

んあああ!!あああ!!あああ!

あ~あ冷てえ・・・

強情だねぇおい!熱かったろ!?

いや熱くはねえが、五右衛門は熱かったろぅ・・・

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