落語【青菜】台本 吹き出し風

落語 台本

夏のある日のことでございまして・・・

青菜を聞くなら「柳家小さん」

元は上方落語だった青菜を江戸落語に移植したのが三代目柳家小さん。その後、四代目、五代目柳家小さんへと青菜が導かれている。滑稽噺の中でも上品な落語が「青菜」だが、植木屋のうまく上品さを出せずに憎めない様子を小さんが上手く演じている。

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ご隠居
ご隠居

植木屋さん、ご精がでますな

植木屋
植木屋

おっ!どうも!旦那ですか!

植木屋
植木屋

そこで旦那が涼んでらしたってことをあっしは気づきませんで・・・

植木屋
植木屋

どうも失礼を致しました・・・

ご隠居
ご隠居

あなたがこのところ毎日毎日うちに来てくださって仕事をしてくださる・・

ご隠居
ご隠居

真に心持ちがよい・・・

ご隠居
ご隠居

それにまたあなたが水をまいてくださると、これがまたとてもいい・・・

ご隠居
ご隠居

うちの女共に任せますとね?水たまりばかりこしらえて、どうも思うように水がいきわたらない・・・

ご隠居
ご隠居

あなたが水をまくとまるで夕立ちがひと過ぎしたように庭中くまなくいきわたる・・・

ご隠居
ご隠居

青いものから雫がおちて、そこを通して来る風などは・・涼しいなぁ・・・

植木屋
植木屋

へぇ・・そうでございますねぇ~あっしもねぇ・・・

植木屋
植木屋

こうやってお屋敷でもって仕事をさせていただいてますから、涼しい思いをさせていただいてるようなもんでして・・・

植木屋
植木屋

いや別にあっしの所だってね?風の来ねえことはございませんよ?ときどきは来ますがね?

植木屋
植木屋

なにしろあっしの所は長屋の一番奥の突き当りですから!

植木屋
植木屋

あっしんところまで届く風ってのは長屋の羽目にひっこすり、こっちの板部へひっこすって、やっと曲がりくねってあっしの所へ届くでしょう?

植木屋
植木屋

もうあっしん所へ届くころには、もうすっかり生温かくなってますからねぇ・・・

植木屋
植木屋

こういう風が吹くようじゃ、今晩あたり化け猫でも出てくるじゃねえかと言うようなねぇ、そんな風になりますよ?

ご隠居
ご隠居

化け猫が出る風というのは面白いな・・・

ご隠居
ご隠居

時に、あなたはなんですか?御酒はお好きですかな?

植木屋
植木屋

へい?御酒ってと酒ですか?

植木屋
植木屋

あっ・・酒ってのはあっしはもう~ある程度もうあるだけ飲んじゃうんですよ!

ご隠居
ご隠居

ほうほう、なんですかな?そのあるだけ飲むってのは・・・

植木屋
植木屋

えぇ!ですからね?五十銭あれば五十銭だけ飲んじゃう!一円あれば一円だけ飲んじゃう!

植木屋
植木屋

三円もってりゃ飲めなくったってなんとか酒屋に無理やり頼みこんで、ひとったらしでも売ってもらおうって・・・

ご隠居
ご隠居

ははぁ・・それじゃあ本当にお好きなんだ・・・

ご隠居
ご隠居

あたしは今ねぇ、こうやって庭を眺めながら涼んで一杯、実はやっていたところで・・・

植木屋
植木屋

へ?あっ!こっちの方を?あぁそうですかぁ!

植木屋
植木屋

そうなるってと旦那もやはりお酒はよほどお好きなようで!

ご隠居
ご隠居

いやいやよほどお好きと言うようなこともないが・・・

ご隠居
ご隠居

こんな風情で庭を眺めながら、ちょいと舐めるなんということはおつなもんですからなぁ・・・

ご隠居
ご隠居

どうです?あとは私が一口つけただけですが、あなた片づけてくださらんかな?

植木屋
植木屋

へ?片づけてってことは、それあっしに御馳走してくれるんですか?

植木屋
植木屋

あっ、そうっすかぁ・・いやそりゃあねぇ、好きっすからねぇ・・・

植木屋
植木屋

あっしは勧められて断ったことはねぇんですけどねぇ・・・

植木屋
植木屋

まだなんたってそろそろ決めようかなと思ってた時ですから・・・

植木屋
植木屋

いやまだそれでも仕事中ですからねぇ・・・

植木屋
植木屋

仕事中ですからお断りします!って立派に言ってみてえんですが・・・

植木屋
植木屋

あっしはいくら言ったってねえ、腹ん中が黙ってねえんですよ?

植木屋
植木屋

お断りしますって言ったとたんに腹ん中から『いただいておきなさい・・・』

植木屋
植木屋

な~んて声が聞こえるってともう、揉め事の元になりますから!?

植木屋
植木屋

え?あ、そうっすか!じゃあここんところはあっしが素直に折れて、頂戴します!

ご隠居
ご隠居

あぁそうですか・・まぁそうしてくださった方があたしも嬉しい・・・

ご隠居
ご隠居

さあさあどうぞこちらこちらへ・・・そこへ遠慮なくおかけなさい・・・

ご隠居
ご隠居

そこのガラスのコップでお上がりなさい・・・

植木屋
植木屋

え?ガラスのコップ?あっ・・これやっぱりガラスのコップでいいんですか?

植木屋
植木屋

コップって言うのかなぁ?おちょこって言うのかなぁ、どっちかなぁ?って思ってたんですが

植木屋
植木屋

そうですか!じゃあえへへ!頂戴させていただきます!

ご隠居
ご隠居

それは上方の友人から届いた柳陰(やなぎかげ)というお酒でな?

植木屋
植木屋

柳陰?へぇ~・・・

植木屋
植木屋

柳陰ってとなんですねぇ、なんか幽霊かなんかが出てきそうな酒ですねぇ・・・

植木屋
植木屋

じゃあ頂戴いたします・・・

植木屋
植木屋

・・・ごくっ・・・

植木屋
植木屋

旦那、これあれじゃないですか?『直し』じゃねえですか?

ご隠居
ご隠居

そうですね、こちらの方では直しと言いますが、上方の方ではそれは柳陰とこう言っております・・・

植木屋
植木屋

ああ~!よくありますねえ!所が変わるってとひとつの物でも呼び名が変わるってねぇ!

植木屋
植木屋

あぁそうですかぁ・・・

植木屋
植木屋

だけど旦那なんですねぇ、こういう時にまたこういう物もまたおつなもんですねぇ!

植木屋
植木屋

驚きました!さっぱりしてねぇ!いいですよこれは!

植木屋
植木屋

・・・ごくっ・・・

植木屋
植木屋

あぁ!いいなこりゃあ!うまいですねこれねぇ!

植木屋
植木屋

それにこれずいぶん冷えてますねえ!

ご隠居
ご隠居

いやいや、それは冷えていると言うほどのことでもないんだが、あなたは今までひなたでもって仕事をしていたので、口の中に熱がある・・・

ご隠居
ご隠居

まあそれでそんなものでも冷えてる、冷たいと感じるのでしょうなぁ・・・

植木屋
植木屋

あぁ~なるほど、確かにあっしはひなたで仕事をしてたから口ん中に熱・・・

植木屋
植木屋

あぁ!そういやぁなんだかねぇ!口ん中でねばねばしてますからね?

植木屋
植木屋

熱がありますね!こりゃあ結構なもんだ!

植木屋
植木屋

・・・ごくっ・・

植木屋
植木屋

旦那これはうまいですよぉ~うまい酒ですよ!

ご隠居
ご隠居

そこに、鯉の洗いがあるからお上がりなさい・・・

植木屋
植木屋

へ?鯉の・・・

植木屋
植木屋

あっ!これ鯉の洗いですか!

植木屋
植木屋

いやさっきからね?なんかあるなとは思ってたんですけどね?

植木屋
植木屋

あっしは面目ねえんですが、あっしはこの歳になるまで鯉の洗いってもんは頂戴したことがねえんですよ・・・

植木屋
植木屋

あのぉ始めてなんで食い方もよく分かりませんが、えぇ、ちょいと頂戴いたします・・・

植木屋
植木屋

こ、これはどうするんですか?み、味噌につけて?あ、そうっすか・・・

植木屋
植木屋

あれぇ?あっしは鯉ってのは黒いもんだとばかり思ってましたがねぇ!

植木屋
植木屋

ずいぶん白くなりましたねぇ・・・これだけ洗うにはずいぶん石鹸つけて・・・

ご隠居
ご隠居

いやいや洗いと言っても別に洗濯をしたわけじゃありませんから、身は白いので・・・

ご隠居
ご隠居

黒いのはあれは皮です

植木屋
植木屋

あ!皮ですか!あっどうも知らねえってのはねぇ!だらしがねえもんですねえ!

植木屋
植木屋

へえへえ!じゃあ頂戴いたします!

植木屋
植木屋

これをさっそくこうやって・・はい・・・もぐもぐ・・・

植木屋
植木屋

へぇ~・・・旦那これうまいもんですねぇ!美味いですねぇ!

ご隠居
ご隠居

いやいや美味いと言うほどのことでもないでしょうが、これはもうごく淡白なもので・・・

植木屋
植木屋

あぁタンパクね?そうですねぇ・・・

植木屋
植木屋

あの旦那すいませんがこの『タンパク』をもう一切れ欲しいんですが、大丈夫ですか?

植木屋
植木屋

あっ、いい?それじゃあ頂戴いたします・・・

植木屋
植木屋

もぐもぐ・・もぐもぐ・・・

植木屋
植木屋

あぁうめえやこりゃあ・・旦那これはよく冷えてますねぇ・・・

ご隠居
ご隠居

それはよく冷えてます、ご覧なさい・・・

ご隠居
ご隠居

下に氷がしいてある・・その上にのっているからよく冷える・・・

植木屋
植木屋

へ!?氷が!?あっ!本当だ・・ひぇ~・・・

植木屋
植木屋

驚いたぁ、やっぱりお屋敷ですねぇ・・・

植木屋
植木屋

あっしなんてね?自慢じゃありませんが、ひと夏のうちに氷なんてものはぶっかきなんざ、口の中に一度入るか二度入るか分からねえぐらいのもんですよ!

植木屋
植木屋

へたするってとひと夏のうちに氷はお目にかかれねえなんてこともありますからねぇ!

植木屋
植木屋

それが、ちょいと氷が欲しいなと思ったときにすっとこういうところへ出てくるってのは、やっぱりお屋敷だもんねぇ・・

植木屋
植木屋

驚きましたねぇ・・へぇ~さすがだなぁ・・・

植木屋
植木屋

あのぉ、旦那・・・あの・・ガキみてえだって笑わねえでもらいてえんですが、どうですか・・・

植木屋
植木屋

この氷ひとっかけ、あっしほおばってみてえんですが、もらってもようござんすか?

植木屋
植木屋

そうっすか!もらってもいい!?じゃあ頂戴致します!ええ!

植木屋
植木屋

・・・

植木屋
植木屋

ひぇ~!・・・ずずっ・・おおぉ・・頭が痛ぇや・・ひぇ~!!

植木屋
植木屋

旦那この氷はずいぶん冷えてますねえ!

ご隠居
ご隠居

氷が冷えてるというのは面白いな・・・

ご隠居
ご隠居

しかしあなたのようにそうやって出すもの出すものなんでもおいしいといってくれると、真に心持がよい・・・

ご隠居
ご隠居

時に植木屋さん・・・あなたは菜はお好きですかな?

植木屋
植木屋

へ?

ご隠居
ご隠居

菜のおひたしはお好きですかな?

植木屋
植木屋

ああ!菜のおひたしって青菜!?

植木屋
植木屋

あっしは菜ってくるってともう、でえ好きで!

ご隠居
ご隠居

でえ好き?

植木屋
植木屋

あ・・大好き・・・

ご隠居
ご隠居

別に言い直さんでもよろしいが・・・

ご隠居
ご隠居

今さっそく台所からこちらへ、取り寄せますが・・・

植木屋
植木屋

いいえ!そんなわざわざ取り寄せてくれなくても、あっしは勝手が分かってますからぐるっとまわってねえ!あの女中さんからいただきますから!

ご隠居
ご隠居

いやいやそんなことをしたんじゃ酒の味が落ちますからな?

ご隠居
ご隠居

うん、まあちょっとお待ちなさい・・・取り寄せましょう・・・

ご隠居
ご隠居

・・・これよ・・・奥や・・・

奥

旦那様・・お呼びでございますか?

ご隠居
ご隠居

おお、奥か・・・

ご隠居
ご隠居

植木屋さんが菜がお好きだとおっしゃるからかつお節をたっぷりかけて、こちらへ持ってきてあげなさい・・・

奥

・・・旦那様?

ご隠居
ご隠居

なんだ?

奥

鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官(くろうほうがん)・・・

ご隠居
ご隠居

あぁ・・そうかい・・じゃあ義経にしておきなさい・・・

ご隠居
ご隠居

植木屋さんどうもすまぬことをしたね・・・

ご隠居
ご隠居

勝手もとが分からんというのが男のだらしのないところで、まだあると思っていた菜がみんなになってしまったそうだ・・・

ご隠居
ご隠居

ひとつお許しいただきたい・・・

植木屋
植木屋

いえいえ!許すも許さねえもねえんですよ!

植木屋
植木屋

あっしは、はなっからそんなもんはねえと思えばそれで済むんですからね?

植木屋
植木屋

それはそれでいいんですけれども、あの・・・

植木屋
植木屋

どなたかお客さんがお見えになったようですから、どうぞそちらへおでになってください

ご隠居
ご隠居

いえ、別に誰も来ませんよ?

植木屋
植木屋

え・・でも今奥様が・・・

ご隠居
ご隠居

いえ、奥は『もう菜がみんなになってしまった、なくなってしまった』と・・・

植木屋
植木屋

・・・

植木屋
植木屋

そういう話は出てなかったような気がするんですがねぇ・・・

植木屋
植木屋

どなたかおいでになってんでしょ?

植木屋
植木屋

いいですよ、あっしにねぇ、まあ気は使わねえでしょうけれども、遠慮・・・

植木屋
植木屋

まあ遠慮もしねえでしょうけれどもねぇ、どうぞどうぞ、あちらへお出になってください!

ご隠居
ご隠居

いえ誰もきません・・・

植木屋
植木屋

え、だって来ましたよ、あのぉ・・奥様が、ね?

植木屋
植木屋

なんか鞍馬さんとか牛若さんがお出でになったって・・・

ご隠居
ご隠居

あぁ~・・あれですか・・ははっ・・どうも・・・

ご隠居
ご隠居

まああなたはねぇ、うちのお出入りの方だからお話してもよろしいがね?

ご隠居
ご隠居

あれは私と奥との隠し言葉というやつで・・・

ご隠居
ご隠居

仮にですよ?来客の折にあたしがそう言ったものがないと・・・

ご隠居
ご隠居

もうなくなってしまったとかもう支度ができないということになると、あたしも気まずい思いをするし、お客様もしらけてしまう・・・

ご隠居
ご隠居

そこでもって私と奥との隠し言葉・・・

ご隠居
ご隠居

『鞍馬から牛若丸が出でまして、その名を九郎判官(くろうほうがん)』

ご隠居
ご隠居

その菜は食べてしまった・・だからその菜はもうない、ね?

ご隠居
ご隠居

『その菜を食らう』半官・・・

ご隠居
ご隠居

それじゃあ仕方がないから良し(義)にしておきなさいというので、義経にしておけと・・

ご隠居
ご隠居

これは九郎判官・義経の洒落で、私と奥との隠し言葉・・・

ご隠居
ご隠居

こうすれば人様に知れることもない・・・

植木屋
植木屋

はぁ・・なるほどね~・・驚きましたねぇ・・・

植木屋
植木屋

それだったらうちの中の恥が表に知れねえで済むってやつですよ!

植木屋
植木屋

あぁ・・そうか・・そうだよねぇ・・・

植木屋
植木屋

そうすりゃあうちの恥が表に知れねえってとこが・・・違うなぁ・・・

植木屋
植木屋

うちのかかあはね?うちの中でも知らなくていいようなことをわざわざ表へ向かって言うんですよ!

植木屋
植木屋

大変ですよ・・『菜持って来い』なんて言ったら・・・

植木屋
植木屋

三日前に買ったつまみ菜がいつまであると思ってんだい!!』って・・・

植木屋
植木屋

あともう何にも言えなくなっちゃうんですからねあっしは・・

植木屋
植木屋

そうしてのべつ『いわしが冷めちゃう!いわしが冷めちゃう!』って・・・

植木屋
植木屋

のべつにいわしが冷めちゃうって言われたらあっしが朝・昼・晩といわしを食ってんのが、長屋中に知れ渡っちゃうじゃありませんか!!

植木屋
植木屋

そりゃあ知れ渡ったっていいですよ?確かに朝・昼・晩と食ってますけど!

植木屋
植木屋

食ってますけど、食ってると分かってるようなもんを人にわざわざ教えるってのはねぇ!

植木屋
植木屋

・・・鞍馬から牛若丸・・・その名を九郎判官・・・違うよなぁ・・・

植木屋
植木屋

・・・ごくっ・・ごくっ・・・

植木屋
植木屋

旦那・・・

植木屋
植木屋

柳陰が義経になりました・・・

ご隠居
ご隠居

あぁ、こりゃあどうも、とんだ失礼をしましたな・・・それじゃあ後をとりますから・・

植木屋
植木屋

いやいやいや!別に催促したわけじゃないんですよ!

植木屋
植木屋

あっしもなんか言ってみてえなと思っただけですからね?

植木屋
植木屋

これはあっしと旦那の隠し言葉ってやつで・・・

植木屋
植木屋

もうね!本当にもう結構ですから!充分頂戴いたしました!

植木屋
植木屋

明日また早いですから、今日はこれでもうおしまいに致します!

植木屋
植木屋

どうも、ありがとうございました!!

青菜を聞くなら「柳家小さん」

元は上方落語だった青菜を江戸落語に移植したのが三代目柳家小さん。その後、四代目、五代目柳家小さんへと青菜が導かれている。滑稽噺の中でも上品な落語が「青菜」だが、植木屋のうまく上品さを出せずに憎めない様子を小さんが上手く演じている。

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植木屋
植木屋

どうだい!違うねぇ!やっぱり!

植木屋
植木屋

『鞍馬から牛若丸が出まして、その名を九郎判官』旦那が義経にしたわけだよ・・

植木屋
植木屋

へぇ・・お屋敷ってのはねぇ・・・

植木屋
植木屋

どっか違うと思ったらそういうとこまで違うんだからなぁ・・・

植木屋
植木屋

俺だっていっぺんくれえよ?

かみさん
かみさん

ちょいと~!何をぐずぐずぐずぐず言いながら帰って来るんだよぉ!

かみさん
かみさん

いわしが冷めちゃうよ!いわしが!!

植木屋
植木屋

始まりやがったなこん畜生~!

植木屋
植木屋

おうおうおう!いわしを焼いてもいいけどなぁ!

植木屋
植木屋

焼くならちゃんと焼けちゃんと!頭ぐらいとったらどうだ!?頭ぐらい!

かみさん
かみさん

何を贅沢なことを言うんじゃないよぉ!こういう所に需要があるんだよ?

かみさん
かみさん

かるしゅ~むってのがあるよの!?かるしゅ~むってのが!

かみさん
かみさん

だからこういう所を食べておくってと体を壊さないんだよ?

かみさん
かみさん

だからご覧?犬は風邪ひかないだろ?

植木屋
植木屋

犬と俺を一緒に並べるやつがあるかよ!

かみさん
かみさん

お前さんと犬とは一緒にならない・・・

植木屋
植木屋

そうだろ?なぁ・・・

かみさん
かみさん

いい犬は高く売れるもの

植木屋
植木屋

なっ!この野郎おめえ俺を売る気になってやがんな?隙をみて!

植木屋
植木屋

あぶねえ野郎だなこいつぁ!

植木屋
植木屋

今日はおめえの前だけれども、こんな馬鹿に感心しちゃったことはねえんだ!

植木屋
植木屋

驚いたな!今日ぐれえ感心したことはねえ!

かみさん
かみさん

何を言ってんだい・・・二言目には感心した感心したって首かしげて帰って来るんだい

かみさん
かみさん

何に感心したんだい?

植木屋
植木屋

今日はな?あれはおめえなんだぞ?

植木屋
植木屋

お屋敷でもってな!もう気が乗らねえから仕事片づけようと思って、出ちまおうと思ってたところによぉ!

植木屋
植木屋

後ろで旦那が涼んでらしたんだなぁ・・・

植木屋
植木屋

『植木屋さん精が出ますね』なんて言われたから、ドキっとして腹ん中見透かされたのかと思ったら

植木屋
植木屋

そしたらおめえ旦那が召し上がっていた酒を片づけてくれ、飲ましてくれるってんだよ!

植木屋
植木屋

飲ましてくれるって言うからよぉ!それじゃあいただきますって俺ぁ飲んだ!

植木屋
植木屋

『柳陰』って酒だぞ?

植木屋
植木屋

柳陰ったって幽霊が出てくるような酒じゃあねえぞ?

かみさん
かみさん

そんなことお前さんに言われなくたって分かってるよぉ!

植木屋
植木屋

そんなこと言うけどなんにも知らねえから、俺がこうやってひとつひとつ教えてやるんだから、ひとつひとつちゃんと覚えろよ!

植木屋
植木屋

柳陰ったってなぁ!あれはおめえここらで言うんじゃねえんだ!上方の方では柳陰ってんだ!

かみさん
かみさん

知ってるよぉ・・そのくらいのことはぁ・・当り前じゃないか・・

植木屋
植木屋

お、お前はどうしてそうやって人の話をねぇ!

植木屋
植木屋

すぐ『会ったり前だぁ!そんなのすぐ分かり切ってるよ!』って、そういうこと言ったって話が先進まない・・・

植木屋
植木屋

お前いっぺんでも俺にそう言ったことある?

植木屋
植木屋

『あぁ、そうなの?へぇ~そうだねぇ』って例え分かってたってそういう風に相槌を打つんだよ!

植木屋
植木屋

てめえはなんでもそうだ!『会ったり前だぁ!決まってらぁ!』ってお前!

植木屋
植木屋

ね?その酒はこっちで言う『直し』・・・

かみさん
かみさん

そんなこと分かって・・・

植木屋
植木屋

分かってないから俺が言ってんの!ちゃんと聞け!

植木屋
植木屋

それで俺がうめえうめえって酒飲んでたら、鯉の洗いってのを御馳走してくれたんだ!鯉の洗い!

植木屋
植木屋

鯉の洗いったって、これぁおめえ黒いんじゃねえんだぞ?白いんだよぉ!

かみさん
かみさん

当たり前だよぉ!そんなことはぁ!黒いのは皮だい

植木屋
植木屋

あ、知ってんの?まあ知ってりゃあしょうがねえけどよぉ・・・

植木屋
植木屋

それでおめえ俺がうめえうめえって食ってたら旦那も嬉しくなったんだろうなぁ・・・

植木屋
植木屋

『植木屋さん菜をお上がりか?』って・・・

植木屋
植木屋

『菜のおひたしはお好きか?』って聞くから俺はでえ好きだってそう言ったんだ!

植木屋
植木屋

そしたらよ?すぐに取り寄せてやろうってんでなぁ!こうやってよ・・・

かみさん
かみさん

何してんのそれ・・・なんか乗り移ったの?

植木屋
植木屋

乗り移ったんじゃないんだよ!これからおめえ手を叩くんだよ・・・

植木屋
植木屋

(手を叩いて)・・これよ・・・(手を叩いて)・・・奥や・・・・

植木屋
植木屋

な?そうするってとふすまをすぅ~っと開けて、隣から奥様が・・・

植木屋
植木屋

・・・おい!・・おい!こっちを見ろこっちを!

植木屋
植木屋

俺が話をしようとするとすぐ横を向いてたばこを飲み始めるんじゃないよ!

植木屋
植木屋

たまにはちゃんと聞け!

植木屋
植木屋

この形をみろこの形を!

かみさん
かみさん

この形?あぁ・・・そういうカエルが出ると雨が降る・・・

植木屋
植木屋

これカエルの真似してるんじゃねえんだ!こういう形をするんだよ奥様が!

植木屋
植木屋

両手を前について!ちょっと腰をおとしてな?

植木屋
植木屋

旦那様・・・お呼びでございますか?

植木屋
植木屋

植木屋さんが菜がお好きだというから、かつお節をたっぷりかけて持ってきてあげなさい・・・

植木屋
植木屋

旦那様・・・

植木屋
植木屋

なんだ?

植木屋
植木屋

鞍馬から牛若丸が出でまして、その名を九郎判官・・・と言うってと旦那が

植木屋
植木屋

ほう、そうか・・じゃあ義経にしておけ・・・

植木屋
植木屋

ってどうだよおい!?これがおめえに分かるか!?

かみさん
かみさん

分かるよぉ!それくらいのことはぁ!・・・火傷のまじないだろ?

植木屋
植木屋

や、火傷のまじない!?おめえなんざそんなこと言ってるからな?それくらいのもんなんだ!

植木屋
植木屋

そうじゃないんだよ!これぁお前つまり奥様と旦那の隠し言葉ってやつだ!

植木屋
植木屋

仮にお前、らくらいの折によ?

かみさん
かみさん

なんだい?

植木屋
植木屋

らくらいの折に!

かみさん
かみさん

雷が落ちんの?

植木屋
植木屋

客が来るの!

かみさん
かみさん

それ来客だろ?

植木屋
植木屋

あぁそうそうそう・・・

植木屋
植木屋

来客の折によ、ないとかもう食べちゃったとか言うと、お互いに恥をかくってんだ!

植木屋
植木屋

だから表へ知れないようにして奥さんと旦那の隠し言葉・・・

植木屋
植木屋

鞍馬から牛若丸が出でまして、その名をって・・・

植木屋
植木屋

菜は食べちゃった!もうない!ね?それをその名を九郎判官・・・

植木屋
植木屋

じゃあ仕方がない・・良しにしようってんで、義経にしておけって・・・

植木屋
植木屋

ね?どうだい?これが奥様と旦那の隠し言葉だい・・・

植木屋
植木屋

てめえにこれだけのことが言えるか!?

かみさん
かみさん

言えるよ?

植木屋
植木屋

言えるぅ!?じゃあおめえ今言ったの覚えたか!?

かみさん
かみさん

覚えたよぉ~!

かみさん
かみさん

でもすぐ忘れる・・・

植木屋
植木屋

忘れちゃいけねえや、じゃあおめえ覚えたって言ったな!?

植木屋
植木屋

ちょ、ちょっと待ってろ!今それやるから!

植木屋
植木屋

たつ公が長屋の所に戻って来やがって、どっか出掛けてやがったんだろ!

植木屋
植木屋

今こっち呼んでそれやるからなぁ?

植木屋
植木屋

ちょっと酒持って来い、酒!一合しかない?いいからいいから!

植木屋
植木屋

早く持って来いってんだよ!?それからその魚、いい!

植木屋
植木屋

そのいわしの塩焼きでいいから!こっち持ってきて!

植木屋
植木屋

それでお前は次の間・・・あぁうちは次の間はねえんだもんなぁ!

植木屋
植木屋

なきゃあ、じゃあ押し入れ入ってろ押し入れ!

かみさん
かみさん

やだよぉ~~!このくそ暑い時に押し入れ・・・

植木屋
植木屋

いいから!入っておけ!

青菜を聞くなら「柳家小さん」

元は上方落語だった青菜を江戸落語に移植したのが三代目柳家小さん。その後、四代目、五代目柳家小さんへと青菜が導かれている。滑稽噺の中でも上品な落語が「青菜」だが、植木屋のうまく上品さを出せずに憎めない様子を小さんが上手く演じている。

\Amazon Audileで聞けます/

植木屋
植木屋

ご精が出ますなぁ・・・

たつ
たつ

おう!なんだおめえか!今日はずいぶん早いじゃねえか!もう帰ってきたのか?

植木屋
植木屋

ご精が出ますなぁ!

たつ
たつ

あぁ俺か?俺よぉ、今日精出ねえんだ、仕事休んじゃってよぉ!

たつ
たつ

昼寝したもんだからよ?体かったるくなっちゃて、それから今湯入って帰ってきちゃったんだ!

植木屋
植木屋

ご精が出ますなぁ!!

たつ
たつ

おめえ人の話聞いてないね・・・

たつ
たつ

今日精でねえんだよ俺はぁ!昼寝しちゃったんだから!

植木屋
植木屋

昼寝にご精が出ますなぁ!

たつ
たつ

昼寝に精出すやつはねえやな・・・

植木屋
植木屋

あなたが毎日来て、水をまいてくださると、庭に水がいきわたって、青いものから雫が落ちる・・そこを通して来る風なぞは・・・

植木屋
植木屋

涼しいなぁ・・・

たつ
たつ

な~にを言ってやがんでい!

たつ
たつ

青いもんなんかどこにもありゃしねえじゃねえかよぉ!そこにあんのはゴミだめだぁ!

植木屋
植木屋

あ、ゴミだめの根本に石油乳剤をまいて

植木屋
植木屋

その中をハサミムシがしっぽを持ち上げてくるくるまわってるところを抜けてくる風なぞは・・・

植木屋
植木屋

涼しいなぁ・・・

たつ
たつ

おめえどうかしてんじゃねえかおい・・・

たつ
たつ

涼しかねぇよ!?ありゃただ臭えだけだあれは!

植木屋
植木屋

えぇ~・・あ、あなたは御酒はお好きか?

たつ
たつ

なんだ御酒って酒か?酒はおめえ好きだよ、でえ好きだ!

植木屋
植木屋

あなたにお酒を御馳走しよう・・・

たつ
たつ

本当か?おめえ・・今までおめえにたかられたことはずいぶんあったけれどよぉ!

たつ
たつ

おめえにごちになるってのは生まれて始めてだぜおい!

たつ
たつ

いいの!?じゃあ本当にもらっちゃうよ?

植木屋
植木屋

えぇ・・さ、さあさあそこへ、おかけ・・汚れてもかまわん・・・

たつ
たつ

・・・それは俺が言うセリフだよぉ!

たつ
たつ

たまには掃除したらどうだ!まっ茶色じゃねえかよぉ!

植木屋
植木屋

ガラスのコップでお上がり・・・

たつ
たつ

ガラスのコップなんかねえや・・・

植木屋
植木屋

おちょこをガラスのコップだと思ってお上がり・・・

たつ
たつ

なんだよぉおい・・やけなこと言ってやがんなぁ・・じゃあもらうよ?

植木屋
植木屋

それは上方の友人から届いた柳陰だ!

たつ
たつ

柳陰ぇ?なんだ、こっちでいう直しだなぁ・・・

たつ
たつ

つまんねえもん飲んでやがんなぁおい・・・まあなんでもいいや・・・

たつ
たつ

・・・ごくっ・・

たつ
たつ

おっ?あれぇ?なんだこれ?当たり前の酒じゃねえかよこれは!

植木屋
植木屋

えぇ・・でもそれをまぁ・・柳陰だと思ってお上がり!

たつ
たつ

いやいいよ別にそんなもんじゃなくたって・・・

たつ
たつ

俺ぁまともな酒の方がいける口だよ?うめえよこれ!

植木屋
植木屋

えぇ・・あなたは今までひなたで働いていたから、口の中に熱がある・・・

植木屋
植木屋

それでそんなものでも冷たいと感じるのだなぁ・・・

たつ
たつ

・・これ別に冷たくないよぉ?ひなた水じゃねえかよぉ!生温けえや!

植木屋
植木屋

あなたは今までひなたで働いていたから口の中に熱がある・・・

たつ
たつ

いや俺熱ないよ?

植木屋
植木屋

いえ・・・あなたは口の中に熱があるの!

たつ
たつ

ないってんだよ!

植木屋
植木屋

で、でも少しはある・・・

たつ
たつ

そりゃあ少しはあるよ・・ちょっとなきゃ死んじゃうからよ?

植木屋
植木屋

・・・そ、そこに鯉の洗いがあるからお上がり・・・

たつ
たつ

鯉の洗いぃ?贅沢なことを・・・

たつ
たつ

これいわしの塩焼きじゃねえかよ!

植木屋
植木屋

まあでもそれを鯉の洗いだと思ってお上がり!

たつ
たつ

何言ってんだ、しょうがねえなぁ・・・

たつ
たつ

まあいいや、そんなものより俺はいわしの方がよっぽど好きだよ?

たつ
たつ

・・・もぐもぐ・・お!うめえぜこのいわしは!

たつ
たつ

こりゃあうめえや脂がのってんじゃねえか!うめえな脂がのって!

植木屋
植木屋

いやいや・・美味いと言うほどのことはない・・・

植木屋
植木屋

それはごく淡白なものだ・・・

たつ
たつ

俺ぁ脂がのってるってそう言ってんじゃねえかよ!

植木屋
植木屋

脂がのってて淡白ってのはあるかよ!

たつ
たつ

まあいいや!なんでもいいんだよ、俺ぁよ?

たつ
たつ

これうまきゃあそれでいいんだから!

植木屋
植木屋

下に氷がしいてある・・・

たつ
たつ

嘘つきやがれ!そんなもんあるわけねえやな!

植木屋
植木屋

・・・

植木屋
植木屋

・・・時に植木屋さん・・・

たつ
たつ

よせよぉおい・・・植木屋はおめえじゃねえかよぉ!

たつ
たつ

俺ぁ大工だよぉ!

植木屋
植木屋

で、でも今日だけ植木屋におなり・・・・

たつ
たつ

いやだよぉ!

植木屋
植木屋

あなたは菜のおひたしはお好きか?

たつ
たつ

なに?

植木屋
植木屋

菜のおひたしはお好きか?

たつ
たつ

嫌いだよ?

植木屋
植木屋

・・・いやあなたは菜のおひたしはお好きか?

たつ
たつ

嫌いだよ!俺ぁ青いものは大っ嫌いんだよ!

たつ
たつ

今までいっぺんだって食ったことはねえんだから!

植木屋
植木屋

あなた・・な、うぅ・・な、菜のおびだしはぉ好きがぁ・・・

たつ
たつ

泣くこたぁねえだろぉおい!?嫌いなものは嫌いだよぉ!

植木屋
植木屋

それぁひどいよお前ぇ・・・それはいくらなんでもないんじゃないの?

植木屋
植木屋

今までこっちの出したもん飲んだり食ったりしておいて、いきなりここへ来て寝返りを打つってのは、それはあんまり友達甲斐がないよぉおめえ!

植木屋
植木屋

例え嫌いでも少しは好きって言え!

たつ
たつ

なんだなぁ、やっきなことばかり言いやがって・・・

植木屋
植木屋

ふふっ・・・今さっそく取り寄せる・・・

たつ
たつ

いいよ!取り寄せなくっても!

植木屋
植木屋

(手を叩いて)・・・これよ・・(手を叩いて)・・奥や・・・

かみさん
かみさん

ガラッ!!旦那様ぁぁぁぁぁぁ!!

たつ
たつ

あ~びっくりしたぁ!な~にをやってんだよお前達はぁ!

たつ
たつ

さっきからかみさんの姿がみえねえと思ったら、このくそ暑いさなかに今まで押し入れん中に入ってやがって!

たつ
たつ

ほら見ろ!頭から水かぶったみたいにびっちょりじゃねえかよおい!

植木屋
植木屋

うるせえ、余計なこと言わねえで黙って見てろい!

植木屋
植木屋

植木屋さんが菜がお好きだと言うから、かつお節をたっぷりかけてこちらにもってきておあげ!

かみさん
かみさん

旦那様ぁぁぁ・・・

植木屋
植木屋

なんだ?

かみさん
かみさん

く、鞍馬からぁ・・牛若丸がぁ・・はぁはぁ・・

かみさん
かみさん

はぁはぁ・・出でまして・・その名を九郎判官義経・・・

植木屋
植木屋

・・・弁慶にしておきなさい・・・

青菜を聞くなら「柳家小さん」

元は上方落語だった青菜を江戸落語に移植したのが三代目柳家小さん。その後、四代目、五代目柳家小さんへと青菜が導かれている。滑稽噺の中でも上品な落語が「青菜」だが、植木屋のうまく上品さを出せずに憎めない様子を小さんが上手く演じている。

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