色々とあります乗り物の中で、船というのはたいへんに贅沢なものとされていますな・・・
外国へ行くのに、時間をかけて船で行く・・・そしてず~っと世界中をまわる・・・
これはもうたいへんな贅沢でございますが・・・
昔も舟遊びというので、江戸時代にはたいへんにさかんだったそうです・・・
「猪牙(ちょき)で小便千両」なんて言葉がございまして、ちょき舟というのに乗って小便をする・・・
これに千両かかった・・・
別に1回で千両というわけではございません・・・
釣りになんかいらっしゃってご経験になる方はいらっしゃるかもしれませんが、慣れないうちは揺れてる舟でもって、『構いませんよ?どうぞおやんなさい!』なんて言われたって、中々おいそれとできるものではございません・・・
体勢を整えておいて、でるぞ~でるぞ~と自分に言い聞かせる・・・
でるぞ~・・・もうでるぞ~!なんてんで、やっと出かかった!なんて時に、舟がぐわぁ!っと傾いたりすると、ぐっと止まっちゃう・・・
中々できない・・・
これがだんだんだんだん慣れてくるってと、ごく当たり前にできるようになる・・・
その時には、千両を使い果たしているというくらいに贅沢な遊びだったそうですな・・・
柳橋あたりから、芸者・太鼓を連れまして、どんちゃんどんちゃん騒ぎながら吉原あたりへ繰り込もうなんていうのは、贅の極みなんてことを言っておりますが・・・
ですから大川の周りには、舟宿がありまして、そこでの遊びを気に入っちゃった大家の若旦那なんてのが居候を決め込んでおりまして・・・
主よりえばっておりまして・・・
船徳を聞くなら「古今亭志ん朝」
古今亭志ん朝の落語は、華やかな語り口とリズム感あふれる演出が特徴です。「船徳」では、彼の卓越した語りの技と船上での鮮やかな情景描写が楽しめます。活き活きとしたキャラクターが織り成す物語をお楽しみください。
いいじゃねえかよお~!頼むよ親方ぁ!!
いやいや・・・およしなさいよ・・
悪いことは言わないから・・・
船頭なんてとんでもないよ、よしなさい!
あなただってうちへ帰りゃ御大家の若旦那!一家の主になれる人なんだから!
いやいいんだよ俺は・・・嫌なんだよ・・・
若旦那若旦那って言われてんのが嫌!
大体ねえ商人嫌いだよ、そろばんパチパチはじいて今日はいくら儲かったって細かいこと言うんだ・・・女々しくていけないよ!?
やっぱり男らしい商売はないかなと思ってずっと考えてたんだ・・・
それで俺は船頭が気に入ってるんだから・・・・
だから船頭にしとくれよ!
う~ん・・・あなたを船頭にしてご覧なさい?
あたしがあなたのおとっつあんやおっかさんに恨まれるじゃありませんか・・・
そんなことはないよ?そりゃこっちがなりたくないってのを親方が無理にしたってんだったら恨まれるだろうけどさ・・・
私がどうしてもなりたいってんだからさ!しておくれよお~!頼むよお!
弱りましたなぁどうも・・・だってあなた力仕事したことないんでしょ?
ね?こうやってはたで見てるってと楽なように見えるんですがねぇ・・・
あの船っていうのは大変なんですよ?
いいじゃねえか!どうしてもなりてえんだから!
いけない?・・・いいよ?
どうしても親方いけないって言うんだったらねえ、何もここだけが舟宿じゃないんだから!
他の所行って船頭になるよ!
ちょ、ちょっとお待ちなさいよお・・・しょうがねえなぁどうも・・・
一旦言い出したらあとに引かねえんだから・・・
分かりましたよ、おなんなさい・・・
ですけれどもねぇ!若旦那・・・いいですか?
なってみて、あ、これは俺に向いてねえなと思ったらおやめなさいよ?いいですか?
いいんだよ、なんでもいいんだ、へへへ・・・
船頭にしてくれりゃそれでいいんだ・・・
してくれんのね?どうもありがとう!
じゃあね、ここへうちの若い衆を集めて欲しいんだ!
どうするんです?
今日から俺が船頭になることをもってな、ひとつ披露宴をあげようと思ってな!
あなたすることが大業ですね・・・
みんなが集まったら親方の口からそう言って欲しいんですが、今までみたいに私のことを若旦那若旦那と呼んでもらいたくねえんだ・・・
徳って呼び捨てにするように、そう言っておくれよ!
いいんですか?
いいんだよ?そう言っておくれよ!
船頭のなりをして一生懸命漕いでる時に、向こうから『おおーい、若旦那――!』なんて言うのは、なんか馬鹿にされてるような気がするようだから・・・
そう言っておくれよ!
ものがキマらないでしょ?だからスパッと呼び捨てにしてもらいてえんだ!
そうですか、分かりました・・・
おう!竹ぇ!河岸行って若い衆呼んできな~!
は~~~い!!
ちょいと皆さん?呼んでますよ?
親方が呼んでますよ?呼んでるってんだよ!
なんだよもう・・・みんな聞こえてんのに聞こえないふりしてんだから・・・
意地の悪い人ばっかり揃ってるねぇ・・・
ちょいと?シロさん?
お前さん今聞こえたんでしょ?耳がピクピクっと動いたよ?
隣にいるクマさんもそうだよ?シロさん?クマさん?
シロクマさーーーん!!
続けて呼ぶな畜生!なんだい!!
なんだいじゃないよ!親方呼んでんだよ!怒ってたよ~?
なんで?
なんでだか知らないよ?早く行かないってと大変だから!
分かった行くよ!
けっ!
おうみんな顔貸せ!親方が怒ってるってよ!なんだろうねえ?
何言ってるんだよ~?あんな女の言うこと真に受けちゃいけないよ~!
あんな間の悪い奴はいないんだから!
女中もいいけれどもねぇ、古くなるってと人のこと馬鹿にしていけねえや!
何がったってね?俺はこないだ桟橋のところでふんどし洗ってたんだよ・・・
そしたらあの女が上に来やがって
大変だよ!燃えてるよ!大変だ!燃えてるよ!って言うんだよ・・・
こっちは慌ててぱぁ~っと駆け上がってってさ!
『おうどこが燃えてんだい!』って言ったら
『へっついの下が燃えてるよ!もう少しでおまんまが炊けますよ?』ってこういうこと言いやがんだよ・・・
もう悔しいったらありゃしねえや!おかげでもってふんどし一本流しちゃったよ・・・
それからずっとふんどし締めてねえ・・・
馬鹿言っちゃいけねえ・・・小言じゃねえとは言い切れねえんだよ?
俺ぁこんなことしちゃったんだけど、ことによるってとそれが見つかって小言が来るんじゃねえかなんてんで
てめえで思い当たるやつはね、こっちから謝っちゃった方がいいってんだ・・・
なんか思い当たるふしのあるやつはいねえか?
おいたっつあん!なんか考えてるね、なんかあるのか?
うん・・ことによるってとあれが見つかったか?
おお、早いね・・・どうしたの?
うん、実はね、こないだ出来て来た新造があるだろ?
※新造・・・新しくできた船。
あれに親方は『俺が乗るまでお前達乗っちゃいけねえぞ!?』ってこういってたんだ・・・
だけどさぁ!俺はどうしても、新しい舟を見るってと動いてくるんだ!
乗りたくって乗りたくって!
ところがねえ!こないだあの舟に限ってね?
親方が中々乗らねえんだよ・・・
ね?しょうがねえや、我慢ならなくなっちゃってさ、みんなが出払ってるときにそ~っと舟を出したんだ・・・
いやぁ~気持ちのいいもんだ、新しい舟ってのは・・・
ところがね?悪いことはできねえってもんだ、普段そんなことはないんだけれどもね?
間の悪いときにってのはしょうがないんだ・・・
橋の下をくぐるときにね、ちょいと脇を見てたんだね・・・
橋桁にぶつけて、舟の鼻っ先ぶつけちゃったんだよ・・・・
大工の方に回そうと思ったんだけど、そうなるってとさ、親方の耳に入るだろ?
だからうまい具合に回しておいて、荒縄でぐる~っと巻いておいたんだよ・・・
ことによるってと、そいつかもしれねえなぁ・・・
それだ!それだよ!?そらぁ、もう親方も船のことになると夢中なんだから!
それに違いないんだよ!バカだねえ!俺たちに教えりゃいいんだよぉ!
そしたらみんなで分からないように、すう~っと大工の方に回してやるんだよお!
自分1人でなんとかしようとするからそうなるんだよ、それで違いねぇや!
う~ん・・・だけどなぁ・・・
みんなで来いって言うんだからなぁ・・・まだ他にもあるんじゃねえか?
おめえもなんかあるんだろ?
うん・・・ただね?
こんなことが小言になるかなぁと思って考えてんだよ・・・
どうしたの?
こないだみんなが出払っちゃって、俺一人になっちゃったらねぇ・・・
姉さんが『ちょいとお前使いに行ってくるから、留守番頼むよ?』って言われたから
『ようがすよ』ってんで、姉さん出しちゃったから仰向けになってね、壁に足を立てかけて本を読んでたんだ・・・
そしたら『お待ちどう様~~!!』ってんで蕎麦屋が、天ぷらそば二つ持ってきたんだよ・・・
いやに景気がいいねぇ・・・
いやそれがそうじゃねえんだよ・・・俺は頼んだ覚えがねえんだ・・・
あつらえた覚えはねえんだけれども、向こうがせっかく持ってきたんだから、ものは蕎麦だろ?
もったいねえや、のびちまったら・・・
ペロッとやっちゃったんだよ・・・
そしたら隣のうちのかみさんの声が聞こえたよ・・・
『何をしてんだろうねえ!蕎麦屋遅いねえ!』なんてことを言ってんだ・・・
へへ・・・蕎麦屋が隣のうちと間違えて持ってきたんだろうねぇ・・・
空になったどんぶりを隣のうちの台所へそ~っと置いてきたよ?
知らん顔をしてたんだよ?
そうするとまた隣から
『あらっ!誰か食べたんじゃないかねぇ!食べたんなら食べたって言ってくれなきゃこっちはいつまでも待つだろ本当に!しょうがないねぇ!あと二つってそう言っておくれ!チャリンっ』なんてんで
俺ぁ一番しまいのチャリンってのが気になっちまったから台所また覗きに行ったんだよ?
そしたら、どんぶりの上に蕎麦代がのってやがんの!
だからそいつをそ~っと・・・
おいおいおいおい!小言になるかなぁじゃねえよ!
立派な犯罪じゃねえか!しょうがねえなぁ、本当に・・・
まあいつまでも待たせると親方また、かぁ~っとなっちゃうから早いとこ行こうじゃねえか!な?
それでどんどんどんどん自分のしくじりを謝ってった方がいいよ?
さあ!行こう行こう!?
えぇ~親方!お呼びですか!?
おう!こっち上がれ!
へえ!・・・えぇ~、なんでございましょう?
おめえたちにちょっとばかり言っておきたいことがある!
あ、そ、それはもう分かっております・・・分かってますよぉ!?
それはまあごもっともでございますが、ちょ、ちょっとお待ちになってください!
おう!たっつあん!ちょっとこっちへ・・・
親方、なんでございましょ?
この野郎のことでもって、お腹立ちでございましょ?
分かってんですよ!?この野郎親方乗る前に先に乗っちまいやがってねぇ!
それで橋桁に舟の鼻っ先ぶつけちゃったってんですよ!
それを大工の方に回すってと親方に気づかれちまうってんでねぇ、野郎は荒縄で巻いて誤魔化しておいたってこう言うんですよ・・・
野郎親方乗る前に先に乗っちまいやがってねぇ!
だから今みんなでさんざん小言を言いましてねぇ!もう大変悪いと思ってるんです!本人は!
ね?こいつも何も悪気があってこんなことしたんじゃないんですよ・・・
商売熱心からこういうことになったんで、この野郎の商売熱心に免じて一つ勘弁してもらいてえんです、お願えします・・・
謝んな、謝んなよ・・・
どうも真にあいすいません・・・
この野郎・・・何度言ったら分かるんだ?
新造は俺が乗って調子を見てからまわすんじゃねえか・・・
それを俺より先に乗りやがって・・・
鼻っ先欠いたら欠いたでもって、どうして早く大工に回しとかねえんだい!
急に客が来た時にそんな舟が出せるか!本当に・・・
いつやったんでい!ちっとも知らなかった!!
・・・
ちっとも知らねえってそう言ってんじゃねえか・・・
どうも・・・このことじゃねえんですか!?
このことじゃねえ!
いやまだあるんですよ!おう!ちょっと来い!
この野郎しょうがねえんですよ!
蕎麦屋がね?隣のうちと間違えてもってきた天ぷらそばを二つ食っちゃったってんでね、その空を隣のうちの台所に置いておいた・・・
そしたら隣のうちのかみさんが誰か食べたんだろ?ってんで、どんぶりの蓋の上に蕎麦代を置いたんですな・・・
そしたらそれをまたこいつが持ってきちゃったっていうことなんですよぉ!だけど親方の前ですがね?
何もこの野郎だって悪気があってやったわけじゃ・・・
何を言ってやがんだ!悪気がなくてそんなことができるか!
もう本当にどいつもこいつもろくなことをしてねえんだから・・・
そんなことで呼んだんじゃねえんだ・・・
実はな?ここにいらっしゃる若旦那・・・
いくらお止めしても言うこと聞いてくださらねえ・・・
こっちも根負けしちゃったんだ・・・
引き受けたんだけれども、どうしても船頭になりてえってんだよ・・・
それで、まあ今日からお前たちの仲間入りだ!
一番下なんだから色々とめんどうみてくれよ?
へ? わ、若旦那!?船頭に!?
やった!やったねぇ!ようござんすよ!前からそう言ってたもの!
一緒に飲みに連れて行ったいただいた時にもそんな話が出ましたよ?
確か雨の降る日でした・・・
二人で飲んでるときに、あなた言ってたじゃありませんか・・・
俺の女は船頭っていう商売が好きだって言うから、俺ぁ一度でいいから船頭になってやりてえんだってんで、あなた涙を浮かべてしみじみあたしに打ち明けたよ?
結構ですよ!あなたなんぞはねぇ、様子がいいんだから!
船頭の姿して舟なんて引っ張ってごらんなさい!?
ようがすよ!?女の子で一杯になって、羨ましい限りですよ?
馬鹿野郎!そんなこと言っておだてるからなりたがるんじゃねえか!
今までみてえに若旦那若旦那って呼んでもらいたくねえ、徳って呼び捨てにしてくれってんだから、そうしてやんな!
へ?若旦那を徳って?呼び捨てに?
そりゃあ出来ませんよ・・・
だって親方そうでしょ?今までごちになったりいただいたりしてんだよ?
いきなり船頭になったからって手のひらを返すような、そんなことはあっしは出来ねえや・・・
それは呼べねえや・・・なぁお前は呼べるか?
呼べるよ
え?
呼べるよ・・・
お前呼べるか?
呼べるよ、何言ってやがんでい!
今まで若旦那だって船頭になれば一番下だよ?
そういうものをね、若旦那って言ってごらん?
本人がかえって気を遣うんだよ?
それは呼び捨てにしてやった方がどれだけ気が楽かわかりゃしねえや・・・
本当におべっかばっかり使いやがって本当に・・・
どきな!本当に・・・いいか?みんな聞いてなよ?
じゃあ若旦那を呼びますから、いいですか?
よく聞いてろよ?いいか?
・・・おう!・・・よく聞いてろ?
おう!!・・・なんか言ったか?言わねえ?そうか・・・
おう!!・・・おう!!
あう!・・・かあー!!
カラスだよそれじゃあ!早く呼べよ!
うるせえなぁ、畜生!
短く切っていけねえなと思ったら長くのばせばいいんだ!
おーーーーーう!っとくらぁ!
徳やーーーーーい!ってんだ!
ごめんなさい・・・
謝るな!
ってんで、大変ですな・・・
棹は三年、櫓は三月(さおはさんねん、ろはみつき)なんてことを言いましてね、あんな小さな舟でもこれは中々やっかいなもんだってことですが・・・
若旦那、船頭になったんですけれども舟の上に第一乗せてくれないもんで、毎日毎日ぼんやりしている・・・
四万六千日お暑い盛りでございます・・・
船徳を聞くなら「古今亭志ん朝」
古今亭志ん朝の落語は、華やかな語り口とリズム感あふれる演出が特徴です。「船徳」では、彼の卓越した語りの技と船上での鮮やかな情景描写が楽しめます。活き活きとしたキャラクターが織り成す物語をお楽しみください。
どうもたまんないねえこの暑さってえものは!
はぁ~!またねぇ、この蔵前通というのはあそこに観音様が見えてんだ、お堂がさ!
本当にしょうがないこう暑くちゃっねぇ!
なんとか涼しいときにしてもらえるとありがたいねえ!これもねえ!
あなたねぇ!そうぐずぐず言ってちゃいけませんよ?
これからお参りをしようってのに・・・
信心なんですから!つらいことでも辛抱しなさいよ?
四万六千日毎日お参りに行くところを一日で済ますよってんですから、そのくらいのことは我慢したっていいじゃありませんか!
お前さんはいいんだよ?そうやってこうもりなんてハイカラなものをさしてるから・・・
おてんとさま遮ってますよ・・・
あたしをご覧なさい、おでこの所がひりひりしたよ?
汗はかくしさ!せめてほこりをかぶりたい!
汗冗談じゃないよ!そうしてす~っと涼しくなるものはねえかなぁ!
あ!あった・・・あったよ!
この先にね、知ってる舟屋がある・・・
そこから舟を出してもらってお桟橋まで行ってお参りしよう、どうだい?
いけません、いけませんよ舟はあなたぁ・・・酔いますよ!
酔はないよぉ!大丈夫だよ!
いつでも水の上をすぅ~っと行くんだから考えただけだって涼しいじゃねえか!
いやあなた水の上をすう~っといけばそりゃいいですよ・・・
水の下をすう~っと・・・
いくわけないよ!大丈夫だよ!
海じゃないよ、川だから心配いらないよ?
まあとにかくあたしに任せておきなさい・・・このうちなんだ、中々いいんだよ?
こんちわ!
はい!あらぁまあしばらくじゃございませんか!
あっ、お連れさんでございますか?
どうもお世話様でございます・・・さあどうぞどうぞ・・・
あのちょいとお竹や!お竹!
本当に用があるときにどっか行っちまうんだからしょうがない・・・
ちょいと・・・ちょいと徳さん・・・徳さん・・・若旦那・・・
あぁ、どうもお休みの所あいすいません・・・
お客様がお二人お見えになりました・・・
台所へ行ってね、あの麦茶とおしぼりをよろしくお願いします・・・
あいすいませんね、お使い立てしてしまって・・・どうも・・・
まあ本当にどうなさったんですか、御言付けやらお手紙やらたくさん預かってるんですよ?
本当ですよぉ!お安くございませんよ?
こんちわ!何を言ってんだよぉ!
つまんないこと言っちゃいけない、からかっちゃいけないよ!
いや来たい来たいとは思ってたんだけど、野暮用続き・・・
本当だよ?まあ勘弁しておくれよ?
今日はね、友達と二人でもって四万六千日のお参り!
歩いてきて、もうどうもこの暑さってのはないよ・・・
だからね、ここから舟を出してもらって大桟橋までってんで、それで来たんだよ? お願いしますよ?
あらそうですか、ごめんなさいねぇ・・・
今ちょうどみんな出払ってるんですよ・・・
いえ舟はあるんですけれども、漕ぎ手がいないんですよ・・・
なにしろ忙しいったってね、今日は親父まで出ているんですから!
なんだねぇおい・・・嫌がる友達無理に引っ張ってきたんだよ?
頼むよぉ、ひとつなんとかならないかい?
だめかい?なんだよもう~!
舟があって船頭がいないなんて、こんな間抜けな話はないねぇ・・・
へい、いらっしゃいまし・・・
お待ちどう様・・・
はいどうも・・・
ねえ!おかみ!そこをなん・・・
・・・おかみ?
何を言ってんだい、船頭いるじゃねえか・・・
いるよぉ!あそこにいるじゃねえか・・・
今ここへ持ってきてすぅ~っと行っちゃったあれ・・・
あぁ~、あれですかぁ?
あれはあの~・・・あれなんですよ・・・
なんだいあれってのは?
なんでしょう?
なんだんだ、船頭なんだろ!?
分かってるよぉ!隠したってだめだい!
だからこうしようじゃねえか!大桟橋まで行ってすぐに帰してよこすから!
だからその間に客が来たらさ、ちょいとお待ち願いますってんで、ちょっと待っててもらえばいいじゃねえか!
長年の馴染じゃねえかさぁ、そんな冷たいこといいっこなしだ!
いいよ!じゃあ俺が直に掛け合うよ!
おう!若い衆!若い衆!
・・・へ?
なんです?お呼びになりました?
おう!ひとつ大桟橋までやってもらえねえかな!?
え?大桟橋?あのぉ、あんた方乗せて?あたしが漕いで?
当たり前だよ
行きます!行きますよ!
いやあの、だめ、後生です、この通り・・・行かないで・・・
そんなあたしがまた親方に叱られるじゃありませんか!そんな乱暴なことしちゃ・・・
大丈夫ですよ!任せてくださいよ!
船頭になっても毎日ぼんやり昼寝ばっかりなんだから!
ねえ、腕がなってるんですよ!この前みたいにひっくり返すようなことはありませんよ!
・・ねぇ・・なんか嫌なこといってるよ・・・
大丈夫だよ!心配しちゃいけませんよ?
若いうちは色々としくじりがあるよ? なんでもうまくいくわけじゃない!
そういうしくじりを重ねて行って、だんだんだんだんうまくなって一人前になるんですよ?
前の話ですよ?今はそんなことはないよ?
じゃあいいですよ!すぐに舟に乗っちゃってください!あたしも支度しますから!
お願いしますよ、舟出させてくださいよ!
まあいいじゃねえかおかみ!当人が行くってんだから無理に止めることはないよ?
なんだい意地の悪い・・・
さっ、舟に乗っちゃお!若い衆が乗っていいってんだから!
乗ろう!舟乗っちゃえばこっちのもんだから・・・
どっこいしょのしょっと・・・ほら、どうだい?
川の傍へ来た途端すぅ~っと風が変わったでしょ?
涼しくなった・・・これが値打ちだ!
さ、乗るよ?どっこいしょのしょっと・・・
さっ、お乗んなさい!こちらへ!
え?怖い?怖いことはないよ?
しょうがないねぇ、どうも・・・
臆病なんだから・・・私がひとつ手を取りましょうね、いいかい?
ほらまたいじゃってまたいじゃって!
そうそうそう・・・座って座って・・・別にどうってことはないんだよ?
どうだい?え?どうだい?
おまえさん好きだからそう言うけれども、これずいぶん揺れますね・・・
揺れるよ~!そりゃ揺れますけれども、どうってことはないよ?
さっきも言った通りね、海じゃないんだ、川なんだから大丈夫ですよ?
すぅ~っと行くんだよ?
これね、下の魚なんかがね、ぴゅ~っと抜けてったりするんだ、見えるんだ!
これがなんとも言えないんだ!舟が気にったら他の乗り物は乗れませんよ?
舟に限りますよ?どこ行くにも・・・
はい!?な~におかみ!?若い衆?いませんよ?
日箱は置いてあるんだよ?
だから準備だけしてどっか行っちゃったんだよ!?
探しとくれ!え?こっちもさぁ!
そんなにゆっくりしてられないんだよ?憚りにでも入ってるんじゃないの?
見たけどいません?
しょうがねえなぁどうも・・・何やってんだろうなぁあの若い衆・・・
あ!こっちの方から出てきたよ?横丁から!
おい!何してんだよ!早くこっち来いよ!
どうも!あいすいませんでした!
客ぅ舟に乗っけて、自分がどっか行っちゃしょうがねえじゃねえか!
何をしてたんだい!
どうも・・・今ちょいと髭剃ってたもんですから・・・
い、い、色っぽいね・・・
無精ひげ生やして舟漕がれるより、そりゃこっちの方がいいんだ・・・
じゃあ頼むよ?
へい!ふ~ん♪ふ~む♪んんっ!
おっ、見栄切ってるよ?見栄!
いいね、ああいうのは好きだよ?じゃあ頼むよ?
はい、やっとくれ!
へい!へへへ・・大丈夫ですよ・・・
ぐぅとも言わせませんから・・・
じゃ、姉さん、行ってきますから
気を付けて・・・いいですか?無理しちゃいけませんよ?
どうも!長いことお待たせしました!
いえ帰りもど~ぞ!またお待ちしておりますので・・・
いいですか?どこ行っても着けちゃってくださいよ?
あとから帰ってきた人すぐに追いかけますから・・・
石垣にでもどこにでもつけちゃうんですよ?
どうもぉ~!
何をしてんですか?お客さんがお待ちじゃありませんか、お出しなさいよ・・・
もう・・・早くしてくださいよ、もっと腰を張って!
腰張ってるんですよ!腰張ってるんだけども、動かねえ・・・
こんなおかしい話はねえな本当に・・・
ふっ!!だぁ!!がぁぁ!!
何してんだよぉ!まだつないであるじゃねえか!
もやってあると、中々舟は出ねえもんでございます・・・えぇ・・・
よっ・・・ふっ・・・今度は出ますよ?
嬉しそうだねぇ・・・喜んでやがんだから・・・
大丈夫かい?
大丈夫です!
よっ・・・ほっ・・・
ほら、いい形でしょ?ほっ、よっ・・・
いやぁっと!すっ!ほっ!ほっ!
やぁやぁやぁ!とぁ!ったたたぁ!
・・・お客さん・・あの・・・
竿を流しちゃった・・・
すいません・・・ちょっと取ってくれませんか?
馬鹿野郎・・・てめえで取りゃいいじゃねえか・・・
あたし泳げないんですよ・・・
なんだい・・・もう櫓(ろ)に変わるんだろ?
ええもう櫓に変わるんです・・・
櫓とくればあたしはね、ぐぅとも言わせませんから・・・
※櫓・・・和船(わせん)における漕具(そうぐ)の一つ。
大丈夫でございます・・・ぐっ・・・
それっ!ようっ!そ~れ♪舟~に♪船頭~♪
おいおいちょっと待ってくれよおい・・・
喉がいいのは分かったけどねぇ!どうしてこの舟はこうぐるぐる回るんだよ!
回らないでいけないのかい!?
ええいつもここで二度ずつ回るんです・・・
もう少しの辛抱でございます・・・
今日はなんでございますか? 四万六千日?ああそうですか!
他歩くってと暑くてしょうがないでしょ?
やっぱりこういう時はね!舟に限るんですよ!
それっ!・・・ほらっ!出た!ほらっ!出たぁ~!
うっふふっふ・・・ ふ~~♪んん~~♪
竹屋のおじさーーーーん!!ここですよ~~~!
今お客様二人乗っけて、大桟橋まで行ってきますよーーーーー!
おおーーーーい!徳さーーーーーん!
お前さん一人でかーーーーーい!
大丈夫かーーーーーーい!
おいちょっと待っとくれ!待っとくれ!今嫌な話をしてました!
うるさいねぇ君は!そんなのいちいち気にしてちゃいけないよ!?
どうってことないよな?
へい!どうってことはございません!
ただちょいとしくじるってとみんなして、ああして心配してくれるんでね?
ありがたいもんでございますよ!
ほぉ・・・何をやったんだ?
ええ、大したことはないんですがね?
赤ん坊もったおかみさん川の真ん中で落っことした
おいおいおい!大したことあるじゃねえか!
動じねえやつだねぇ・・・
それよりもさっきからこの舟だんだんだんだん脇に寄ってくんだよ?
前へ進むより脇へ進む方が早いよ?
なんとかしておくれ?だんだん寄ってくよ?石垣についちゃうよ?
ええ、この舟は石垣が好きなもんでございますから・・・
おいおい冗談じゃないよ・・・
ほらほら!つくよ!つく・・・っと!
・・・何をしてんだよ・・・教えてんじゃねえか石垣につくよって・・・
こんな所につけちゃってどうすんだよ!本当に・・・
後ろごらん!あんなに広いんだろ?
本当に・・・どうしてこんなところに・・・
急いでんだこっちは!早く出しな!早く出しなよ!
はぁはぁはぁ・・・うるさい!
だから素人は嫌いだってんだよ・・・舟の乗り方ひとつ知らねえんだから・・・
そっちから見ると簡単なように見えるかもしれないけれどもねぇ!これ意外と難しいんだから!
いざとなったらこっち来て漕いでみればいいんだ!
端に乗ってる太ってる旦那!ぼんやりこうもり傘なんぞさしてないでねぇ!
それつぼめてちょいと石垣突いてください!
でないってといくらこうやって漕いでも離れないんです!
進みはしますよ?でも石垣ずっとこすっていかなくちゃならない・・・
ね?竿流しちゃってないの知ってんでしょ?
だからこうもり傘をつぼめて、石垣を突きなさいよ!
おい君・・・どうしてあたしはあれに小言を言われるんだい?
申し訳ない申し訳ない・・・申し訳ないけれども、ここんところは我慢しとくれ?
後であいつをあたしは張り倒すから!
ここはあたしの顔を立ててひとつね、いつまでもここにいたくはないでしょ?
分かったよ本当に・・・だから私は舟ってのは嫌だってそう言ったんだ・・・
あなたが乗ろうって言うからこういうことになったんだ・・・
分かったよ!いいかい!?突くからね!?離れたら漕いでおくれよ?いいね!?
いきますよ!?
そぉ~~れ・・・よ~し離れた!漕ぎなさい!
よしっ!うまくいった!はははっ!
あぁ!ちょっと待っとくれ!
石垣の間にこうもり傘挟まっちゃった!あそこへ戻っておくれ!
いえもうあそこへは二度と戻らないことになってるんです・・・
どうぞひとつお諦めを・・・
おい冗談じゃないよ!どうしてあんな損をしなくちゃいけないんだよ!
まあまあいいじゃないか、どうせあんなものは福引で当たったんでしょ?
福引で当たったってあたしのもんだよ!?どこで損をするかわかりゃしない!
もう~男がなんだい、こうもり傘のことでぐずぐず言ってちゃいけませんよぉ!
それよりね、舟の気分を味わいなさい舟の気分を!どうだい舟の気分は?
どうだいじゃないよ・・・さっきから揺れてお辞儀ばかりしちまうじゃねえか!
どうしてこうお辞儀ばかりしちゃうんだろうねえ・・・
いやいや君だけじゃないよ?あたしもお辞儀してるんだからお互いに失礼がなくていいでしょ?
どうだい?ほらっ!他歩いてる人も一緒にお辞儀してるよ?世の中義理堅いね本当に・・・
あぁ~こうやって運動をしながら向こう行ってね、ものを食べるってとうまく食べられるってやつですよ・・・
あたしね、今ちょいとたばこを吸いたい心持ちなんですよ?
そこにある日箱をとってもらいたい、日箱を・・・
こんなさなかにたばこなんて吸うことはないでしょ?
それがそうでないんだよ!こういう時に吸いたいの!
しょうがないねぇ・・・だからあたしはたばこ吸いってのは嫌いなんだよ!
分かったよ本当に・・・向こうへ着いてからゆっくり吸えばいいのに・・・
こんなさなかによく吸いたくなるねぇ・・・
何をしてんの?あたしが出してんだから早く火を付けなさいよ!
付けようとすると君引っ込めるね!
君とは長い付き合いですよ?どうしてそう薄情なんだい?
んん・・・ふぅ~!あぁ~ついたついた!
うん!うまいねえ!お辞儀をしながらたばこを吸うと!景色をご覧なさい?
上下いっぺんに見られますよ?こんな結構なことはないよ!
ほらほらだんだん揺れが少なくなってきたでしょ?
こう水の上をすべるようにしてね、おい!また端に寄ってきたよ!?
おい!若い衆!どうした!目をつぶっちまって!
へぇ・・・汗がね、目の中に入っちまって向こうが見えないんですがね・・・
向こうから大きな舟が来たら避けてください?
冗談じゃないよおい!なんとかなんないのかい!?
なんとかなんないのかいったって、あなた方ちょいと伺いますが泳ぎを知ってますか?
おい嫌なことを聞いたね!知らないよ!
なぜ稽古をしなかったんです!
おい馬鹿なこと言っちゃいけません!なんでもいいからさ!
真っすぐちゃんとやっとくれ真っすぐ!
はぁはぁ・・・はぁ・・・
どうぞ・・・どうぞ!
なんだいどうぞってのは・・・どうぞったってまだ川の中じゃねえか!上がれやしないよ?
しょうがねえなぁ・・・ちょっとお前さん!しっかりしなさい!
いやもう・・・ダメですよ・・・
もう漕げませんあたしは・・・もう嫌だ・・・
嫌だってあなた・・・おいこんな勝手な奴ってのはないよおい・・・
嫌だってことはねえじゃねえか!
まあまあそう怒っちゃいけませんよぉ・・・
あそこんところにね!小さな桟橋があるんだ!
あそこまでつけろあそこまで!え?もうなんともできねえ?
しょうがねえなぁ本当に・・・
こうなりゃもうあたしがあなたのことおぶるよ?
もうこの辺は浅いから大丈夫だ・・・さっ、おぶさっておぶさって?
大丈夫かい?重いねえ・・・大きなお尻だ・・・
よいしょのしょっと・・・どっこいしょ、よっこらしょっと・・・
さあ上がっとくれ!はぁ~!いやすまなかった!
舟なんてのはあんなもんじゃないんだよ?もっとすぅ~っと行くんだ!
あんなやつは初め・・・
舟ん中でもってひっくり返っちゃってるよ・・・
はぁ・・・お客さん・・・上がりましたか?
上がったよ!
おめでとう存じます・・・
弱ってるなぁ!俺たちはこのまま行っちゃうけどいいかい?
お願いがあるんですぅ・・・
なんだい?
船頭1人雇ってくださいな・・・
船徳を聞くなら「古今亭志ん朝」
古今亭志ん朝の落語は、華やかな語り口とリズム感あふれる演出が特徴です。「船徳」では、彼の卓越した語りの技と船上での鮮やかな情景描写が楽しめます。活き活きとしたキャラクターが織り成す物語をお楽しみください。
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