昔は人間に階級がついていたそうです・・・
ご存知とは思いますが、士農工商で一番偉いのがお侍さん・・・
天下の往来の七分を侍がえばって歩いているわけです・・・
残りの三分ですからもうごくわずか・・・
そこを大多数の庶民がみんなひしめき合いながら歩いたわけですな・・・
さらに特権階級と言われたお殿様、いわゆるお大名と言われている方たち・・・
さぞいい暮らしをしていたとお思いになるでしょうが、ところが決してそんなことはない・・・
我々が思う以上に窮屈な暮らしをしていたと伺いますが・・・
目黒のさんまを聞くなら「三遊亭金馬」
古今亭志ん朝が父・古今亭志ん生の他に「習うべき落語」を称した落語家「三代目三遊亭金馬」。余計な演出はせず、老若男女問わず分かりやすい確かな落語が特徴。その落語は楷書で書いたような落語と言われる。
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三太夫!三太夫はおるか!?
はっ、お召にござりますか?
うむ、かような好天のおり、屋敷におるは無聊(ぶりょう)であるぞ!
されば心身鍛錬のため、野掛けなどしてみては?
おお!遠乗りか!良いところへ申したな!いずれへ参る!?
はっ!されば目黒の里辺りはよろしいかと!
ほう!目黒か!よし、では目黒まで遠乗りだ!馬を引け!
それから馬の支度をさせるってと、ひらり馬上の人になる・・・
ぴしぃ!っと鞭をくれるってと、ぱっぱかぱっぱか走り出した・・・
続けぇ!
っていく方はいいんです・・・かわいそうなのはご家来で・・・
冗談じゃないよ!うちの殿様は・・・
続けぇ!って、1人で馬に乗って行っちゃったよ・・・
俺たちのこと何にも考えてねえんだあの人は!
しょうがねえなぁおい・・・行こうったって馬の支度もできねえしな・・・
歩いていこう・・・
なんてんで、えっちらおっちらやってきたもんですから、目黒に着いたときには、ずいぶん遅くなってしまいまして・・・
こらこらこら!なんじゃその方達は!たいそう遅れるではないか!
・・・はぁはぁ・・・恐れながら申し上げます・・・
殿は御乗馬、我らは徒歩、馬は四つ足、我らは二本足・・・
到底かなうところではございません・・・
黙れ黙れ!軟弱なことを申すな!
しかし腹が減ったな・・・弁当をもて!
・・・は?
弁当だ!
・・・弁当?
いやいや急なことのうえ、弁当は持参しておりません・・・
何!?弁当がないの!?
余は空腹じゃぞ?弁当!
どこかその辺に・・・マクドナルドはないか?
そんなことは言いませんが・・・
仕方がありません、木の切り株に腰を掛けてぼんやりしている・・・
そうすると、どっかでさんまでも焼くんでしょうか、匂いが煙とともにふわふわふわふわやってまいりまして・・・
お殿様の鼻をくすぐった・・・
ん!?なんじゃこの異な匂いは!?
はっ、どこぞでさんまを焼く匂いかと・・・
何!?さんま!?いかなるけだものだ?
けだものではございません・・・魚にございます・・・
ほぉ、食せるのか?
恐れながら『秋刀魚、鰯』と申しまして、下魚にございます・・・
高貴なお殿様のお口に合うものではございません・・・
黙れ黙れ!なぜそのようなことを申すか!
あれが食せんこれが食せんで、一軍の将たるものが務まるか!
構わんぞ!さんまと申すか?
余は食すぞ?くるしゅうない!目通り許す!
なんてんで、大変な騒ぎになります・・・
仕方がない、ご家来が匂いを頼りにやってまいりました百姓家・・・
庭の片隅を掘り起こしまして、そこに炭をいっぱいいけまして、もう真っ赤っかになった所をもう、網も串も何にも使わない・・・
さんまを直に突っ込んで焼いてしまう・・・これが一番おいしいそうですよ・・・
お百姓さんが買ってまいりました、十匹の魚を残らず焼いてもらう・・・
ふちの欠けたお皿へ盛りまして、そこへ自家製の裏の畑で取れた大根をたっぷりとおろして、お醤油をきゅ~っとかけて、お殿様の前へ差し出した・・・
さあお殿様これを見て驚いた!というのは、昔からお大名というのは、鯛より他は食べたことがないんです・・・
そこへもってきた秋刀魚です・・・それでもってまだ焼き立てです・・
脂がぴしっと乗って、あだどてっぱらの所に消し炭がくっついて、これがまだ赤くなったり青くなったりするもんですから、お殿様はこれを見て驚いたのなんのって・・・
ああぁぁ!!なんじゃこれは!爆弾か!?
いえ爆弾じゃありません、さんまでございます・・・
食して大事ないのか?
いたって美味なる魚にございます・・・
おぉ左様か!
おそるおそる箸をつけて口に入れてみたんですが、これが・・・
うまぁぁぁぁぁぁい!
こんなに力を入れて言うこともありませんが、誰が食べたっておいしいようにできている・・・
秋の晴れた一日、郊外に馬を飛ばして運動をして汗をかいて、お腹が空いているところへ、焼き立ての旬のあつあつの脂ののった秋刀魚ですから、これはまずいわけがない・・・
うん!うん!美味いなこれは!うん!
はっははは!いやぁ、目黒はよいところであるな!
かような魚が食せる!さんまと申すか!これは美味いな!
どこで覚えたんでしょうか、自分で頭と尻尾をもつと、くるっとひっくり返して、またパクパクパクパク・・・
十匹の魚全部食べちゃった・・・
頭と尻尾と骨が残ったぞ!これはその方どもにさげつかわす!
ありがたき幸せ・・・
ありがたくなんともない・・・
お殿様に申し上げます・・・
目黒におきまして、さんまを食せしこと他言なさらぬよう・・・
ん?なぜじゃ?
御国の重役らの耳に入りますと、我らが後で腹を切らねばなりません・・・
何!?その方達が?腹を切る?
そうか・・・面白い!
いや面白いではなくて、どうかご内聞に・・・
あぁ、分かった分かった・・
その方の迷惑になること、余は決して口外はせんぞ?帰るぞ!
目黒のさんまを聞くなら「三遊亭金馬」
古今亭志ん朝が父・古今亭志ん生の他に「習うべき落語」を称した落語家「三代目三遊亭金馬」。余計な演出はせず、老若男女問わず分かりやすい確かな落語が特徴。その落語は楷書で書いたような落語と言われる。
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ご機嫌うるわしくご帰還になった・・・
さあそれからというものは、お膳の上に出てくるのはあいも変わらず、鯛の一匹漬けという・・・
それも冷え切っちゃったやつですから、うまくもなんともない・・・
ん?ま~たこの魚か・・・
見ろ!この色の毒々しいこと!
大きな目で睨め付けておる・・・可愛げのない・・・
それに引き比べ、あの目黒で出会うた・・・
さんまちゃん・・・
あの黒々とした凛々しき姿・・・スリムなボディ・・・そしてあのナイーブな眼差し・・・
うふふっ・・さんまちゃんに会いたいっ!
すっかりさんまに恋い焦がれてしまいまして・・・
三太夫!三太夫はおるか!?
はっ!お召しにござりますか?
うん!この節・・・目黒には参らぬのぉ・・・
は・・ははぁ・・・目黒は風光明媚・・・
風光などはどうでもよい!
あのおり食せし・・・なんと申したかの・・・余は忘れてしまった・・・
あの長やかなる、黒やかなる、脂がぴしっと乗った・・・
殿!殿!どうかそれはご内聞に!!
分かっておる!うろたえるな!バカ者が!余は目黒とは申した!
目黒とは申したが、さんまとは申しておらん・・・
これではなんにもなりません・・・
そのうちにご親類筋にあたります、お殿様からご招待を受けて、いわゆる園遊会というような・・・
お好きなお料理をなんでも差し上げますという・・・
まあいわゆるリクエストにお答えするということです・・・
さあお殿様ここで言わなきゃ食べるときがないと思いますから、
うん、余はさんまであるぞ!
これを聞いた賄い方が驚いた・・・
伺ってきたか?
はい、あのぉ・・・
さんまでございます・・・
何!?さんまぁ!?それは貴公の聞き違いだろう・・・
あの御大家の殿がさんまをご存知なわけがない!その方は取り次ぎが粗忽でいかんな・・・
いま一度聞いてまいれ!
はっ・・・
恐れ入りますが、いま一度、お料理のお名前を・・・
分からんやつじゃな・・・余はさんまであるぞ、長やかなる黒やかなる魚である!
ははあ!
さあもう間違いありません・・・
すぐに馬を飛ばして魚河岸へやってまいます・・・
昔は日本橋にございます、房州でとれた本場をさんまをたくさん仕入れてきたんですが、大変に脂の強い魚でございますから、こんな脂っこい魚を差し上げて、お体に触っては大変だってんで、一旦これを蒸し器にかけまして、脂をそっくり抜いちゃった・・・
さんま・・・ぱっさぱさになっちゃった・・・
割いて開いてみると小骨がいっぱいある・・・
こんなものは食べて喉に引っ掛かってしまっては大変だってんで虫眼鏡と毛抜きを持ってきて、一本一本丁寧に抜いちゃった・・・
かわいそうなのはさんま・・・
脂を抜かれて骨は抜かれてぐずぐずになっちゃった・・・
そのまま出すわけにはいけませんから、一工夫・・・
くずをかけて、あんかけという形にして、お殿様の前へ差し出した・・・
さあお殿様!今にもじゅうじゅうなってる秋刀魚が出てくるかと思っていたら様子が違う・・・
ん?なんじゃこれは?
お召しのさんまにございます!
何!?これがか?
さんまのムニエルにございます・・・
レモン風味、パリ風でございます・・・
何?左様か・・・
少々箸をつけて口元までもってくる・・・
これがまたかすかにさんまの匂いが致します・・・
おぉ!さんまじゃさんまじゃ!
姿形は違えど正真正銘のさんまじゃ!
会いたかったぞ!そちも健吾でなにより!
食べてみるってとうまくもなんともない・・・
さんまというものは脂があるから美味しいわけです・・・
んっ!?なんじゃこのさんまは!?
即答を許すぞ!このさんまいずれより求めた!?
はっ!人を魚河岸へ走らせまして、房州で取れました本場の秋刀魚にございます!
何!?房州!?あぁ、それはいかん・・・
さんまは目黒に限る・・・
目黒のさんまを聞くなら「三遊亭金馬」
古今亭志ん朝が父・古今亭志ん生の他に「習うべき落語」を称した落語家「三代目三遊亭金馬」。余計な演出はせず、老若男女問わず分かりやすい確かな落語が特徴。その落語は楷書で書いたような落語と言われる。
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