世の中には名前を残した方というのが数多くいらっしゃるようでございます・・・
何か発明発見をして名前を残した方、あるいは善根を積んで名前を残した方、色んな方がいらっしゃいます・・・
大工さんの方で、それも彫り物・細工物の方で名前を残した方に、甚五郎利勝という方がいらっしゃいます・・・
飛騨山添の住人だったそうですが、十三の時に、三代目墨縄甚兵衛の元に弟子入りをいたしまして、二十歳になりました時には師匠墨縄が眼を見張るばかりの上達を遂げていたそうですが・・・
そこで、甚五郎に『あたしはお前さんに教えることはみんな教えてしまって何もない・・・、あたしの弟弟子で玉園というのが京にいる、お前も京へ行って修行をするように・・・』
添え状を持たせまして、京におります玉園という方のところへ甚五郎を差し向けます・・・
文面を読んでみますと、『この人間は大層腕の確かな人間だ・・・ただしちょっと人も変わっている・・・酒も好きだけれども面倒を見てくれ』という文面のために、伏見に一軒うちを持たせまして、甚五郎を住まわせます・・・
ある時、御所から何か珍しいものをこしらえろという御下命が下りましたので、甚五郎にも腕試しだ、何かこしらえてみろ・・・
言われて甚五郎が竹で水仙をこしらえて御所に献上いたします・・・
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誰の作りしものだ?
手前どもにおります甚五郎という者が作りましたものにございます・・・
目どおり許す!
すぐに御目通りを許されて、大層なお褒めの言葉をいただいて、この時に左官というものを許されたんだそうでございます・・・
左甚五郎という名人がいるということが、日本全国津々浦々にだぁ〜っと広がりまして・・・
しかし元々変わった人ですから、あまりそういうことを鼻にもかけずに、伏見のうちでぶらぶらしている・・・
ある日のこと・・・
ごめんくださいまし!ごめん下さいまし!
はぁ〜い・・・
なんだい・・・
ちょっとお伺いいたしますが、左甚五郎先生のおたくはこちらでございましょうか?
うん・・・甚五郎のうちはここだよ・・・
恐れ入りますが、お目にかかりたいのでございますが・・・
お目にかかってるよ・・・もうお目にかかってるよ・・・
あなた様が有名な甚五郎先生で?
何か不審なことでもあるのか?
いえいえそうではございませんで、失礼をいたしまして・・・
実は手前は、江戸は駿河町三井八郎右衛門の所の番頭で、藤兵衛という者でございますが・・・
このたび主が、さるお方から運慶先生がこしらえました恵比寿を一体手に入れまして・・・
しかし、どうも恵比寿一体では具合が悪い、このたび左官を許されました甚五郎先生に大黒様を彫っていただいて、恵比寿大黒一対にして商売繁盛として残したい・・・
これをお願いに上がったような次第でございますが・・・
運慶先生のこしらえた恵比寿を手に入れた?お前さんそこに持ってるのか?
ちょいとこっちへ見せておくれ?どういう・・・
これかい・・・さすがに運慶先生だけのことはある、いい出来だ・・・
お顔がいい・・・福々しいお顔をしていらっしゃる、大した出来だ・・・
よし!あたしが大黒を彫ろう!
失礼でございますが、お代はいかほどで?
百両だ
え?
百両だ
あの、大黒様一体ででございますか?
高いと思ったらおよし・・・あたしの方から彫らせてくれと頼んだわけじゃない・・・
お前の方から彫ってくれと頼んだ・・・
しかしお前に聞くが・・・
三井は百両の金で土台がぐらつくのかい?
とんでもない話でございます!それでは何分よろしくお願いしますが・・・
手付けはいかほど置きましたらよろしゅうございましょう?
三十両も貰っておこうか・・・
ここに三十両という金がございますので、お納めのほどを・・・
百両のうち手付けに三十両・・・残りの七十両は出来上がりまして、お届けに上がりますので・・・
いつ頃出来上がるでございましょう?
わからない・・・
いや手前出来ますまで、この京に逗留(とうりゅう)いたしまして、出来ましたら江戸にもって帰りたいと思いますが・・・
そりゃ無理だ・・・
一年先になるか五年先になるか・・・
第一江戸で出来るか京で出来るか、奥州でできるか、どこで出来るかわからない・・・
出来た時にはこちらからお前さんの方に知らせてやるから・・・
お前さんそこまで取りにおいで・・・
それでもし出来なかったらこの三十両・・・
香典だと思って諦めとくれ・・・
何分よろしくお願いします!
甚五郎先生ここで三十両という金が手に入りましたために、もう京も見飽きてしまった・・・
繁盛を極めている江戸見物に行きたいということを玉園に話しますと、何事も修行のためだ、のんびりと行ってこい・・・
許しが出ましたので、すっかり支度を整えておいおい江戸に下ってまいりまして・・・
しかし元々呑気な人ですから、まっすぐ江戸には入りませんで・・・
あっちに遊びこっちに見物し・・・
今一歩で江戸に入るという神奈川の宿に入りました時にはもう懐の中には一文無し・・・
着ている着物も汚れ放題汚れて、荒んだ帯を締めて、擦り切れたわらじをつっかけて神奈川宿へ・・・
昔の宿場でござますので、暮れ方になりますと、道の両側に宿の客引き女中が真っ白におしろいを塗ってお神楽のお面のような顔をしまして、さかんにお客さんを呼び込んでおります・・・
ここへ甚五郎が入ってまいりまして・・・
もし〜!そちらのお客様?お泊まりではございませんか?
俺のことか?
いいえ、後ろの御出家様のことです!
誰も俺を呼ばねぇなぁ・・・
懐の中が一文無しってのが、透けて見えんのかねぇ・・・
早く呼んでくれねぇと宿を出ちまうよ・・・また野宿かい?
呼んでくれたらそこへ潜り込んじまうんだが・・・
早いとこ呼んでくれねえかなぁ・・・
もし!そちらのお客様!お泊まりではございませんか?
・・・俺のことか?
ええ!左様でございます!
よし!しめた!
なんでございます?
いやいやよく呼んでくれた!お前のうちに厄介になろう!
これはどうもありがとう存じます!どうぞこちらへ!
おい!お客様だよ!支度をして!
ようこそおいでをいただきまして!手前が当宿の主の大黒屋金兵衛と申しますが・・・
大黒屋金兵衛?欲の深い名前だねぇ・・・
まあその代わりと言ってはなんですが、当宿では一切奉公人をおきませんで、手前と家内とが親切を旨としてやっておりますが・・・
あたしはね、そういう所が大好きだ!
ことによると、当分お前の所に厄介になるよ?
ありがとうございます、ごゆっくりお過ごし下さいまし・・・
酒が好きだ・・・飲ませておくれ・・・
どうぞ、お召し上がり下さい!
1日三升だ・・・
三升!?
朝一升、昼一升、夜一升・・・
あたしは1日三升飲まないと二日酔いになる・・・
どうぞ、たんとお召し上がり下さい・・・
ここは神奈川だ・・・美味い魚はいくらでもあるだろう・・・
お前達に任せるから、美味い魚を食べさせておくれ?
承知をいたしました!
それからねぇ・・・茶代だのをいちいち出すのは面倒だ、まとめてでいいだろう?
どうぞお気遣いなく!
手前どもは何十日お泊まりいただきましても、お発ちになります時にまとめて頂戴しておりますので・・・
そうかい・・・それを聞いて安心した・・・
あ、それからね、怒っちゃいけないよ?いいかい?
お前さん達を決して疑ぐるわけじゃない・・・怒らないでおくれ?
実はね・・・この懐の物だ・・・
たいそう膨らんでますなぁ!
重くて仕方がない!
左様でございましょうなぁ!
帳場へ預けなくてはいけないのだが、あたしはあたしのものは自分の身につけておかないと心が落ち着かない・・・
だからひとつ勘弁しておくれ・・・
そりゃあもうお客様のご自由でござますので!
ただ、充分お気をつけになって・・・
それからねぇ、色んなことを言って申し訳ないが、静かな所が好きな人間だ・・・
部屋も静かな所へいれておくれ?
ちょうどいいところでございます!
二階の一番端に上段の間という所がございますので、そこへお入り願います!
ジョウダンの間?ふざけながら入るんだな?
なんです?
冗談の間
こりゃあどうも恐れ入りましたな!どうぞごゆっくり!
なんてんで、この甚五郎先生、毎日毎日朝一升昼一升夜一升・・・
三升の酒を飲んでゴロゴロゴロゴロしておりまして・・・
時間が経つにつれまして、台所を預かっているかみさんが黙っていませんで・・・
ちょいとちょいと!ちょいと!なんだいあの二階の客は!
酒飲んで部屋でもってゴロゴロゴロゴロしてんねぇ!
いいじゃねえか・・・客が二階の部屋で酒飲んでゴロゴロしてんのに不思議なことはないよ?
これが醤油を飲んでんだったら気味が悪いよ?
なんにもありゃしないじゃないか!
何言ってんだよぉ!本当にもう・・・
食べる魚だってそうだよ?
鯛やヒラメやたこやいかって竜宮城みたいなこと言ってんじゃないか!
お前さんの前だけどねぇ、あの人はそんな贅沢なことを言えるような身分じゃないと思うよ?
着ているものをご覧よ、着ているものを!あれは正宗だよ!?
なんだい着物が正宗ってのは?
触ると切れるよあれは・・・ああいう着物を正宗ってんだよ!
ご覧なさい、泊まってから一文の宿賃もいれないから台所のものはみんなきれちまったよ!
米はきれるし、砂糖はきれるし、麦はきれるし、塩はきれるし、味噌はきれるし、醤油はきれるし、薪はきれるし、炭はきれるし・・・
きれないのは包丁と2人の腐れ縁だよ!
・・・よく喋るねお前は・・・どう・・・
どうもこうもないよ!半分だけでもいいから宿賃貰っておいでよ!
それだめなんだよ・・・
どうしてなんだよ?
あの人が泊まるとき、何十日お泊まりいただきましてもお発ちになる時に・・・
言ったかはしれないけれどもさぁ!探りを入れてみるんだよ!
なんだいその探りを入れてみるってのは?
毎日部屋にいたのでは退屈でございましょう?
いかがでございましょう?神奈川八景でもご参詣なさいませんか?
なんでしたらこちらの方でご案内してもよろしゅうございますから・・・
これ行かないって言ったら危ないんだからね?
実は、この神奈川宿で決まったことでございますが、どんなお馴染みのお客様でも五日にいっぺんずつはお勘定いただくようになりましたからって言ってちょいともらっておいでよ!
分かった!行ってくるよ本当にもう!
本当にもう嫌なかかあだ・・・
人のこと見りゃぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ言う・・・冗談じゃねぇや・・・
え〜ごめんくださいまし!ごめんくださいまし!
ふっふふふ・・・ご亭主か・・・まあまあこっちへお入りよ!
汚い部屋だが・・・
あたしのうちだよここは・・・
えぇ、そうやって毎日お部屋でゴロゴロなさってるのは退屈でございましょう?
退屈しない・・・この窓から下を見ていると面白いな・・・
女は通るし、男は通るし、犬と猫は追っかけっこするし、退屈しない・・・面白いな・・・
いかがでございましょう?神奈川八景でもご参詣なさっては?
・・・絵で見てるからいい・・・
絵で!?
絵の方が腹が減らない・・・くたびれないな・・・
危ねぇなぁどうもな・・・
実はですな、近頃決まったことではございますが、当神奈川宿ではどんなお馴染みのお客様でも五日にいっぺんずつはお勘定を・・・
くれるのか?
そうじゃございません!頂戴することになったんでございますが・・・
勘定か・・・そろそろ言われる頃だと思った・・・
だいぶ下の方でキーキーキーキー聞こえてた・・・・
いくらになった?
ありがとう存じます・・・書付を持ってまいりましたので・・・
ただいままでのお勘定が二両三分三朱ですが・・・
二両三分三朱?間違いないかい?
間違いじゃございませんで・・・
安い!安すぎる!
ありがとう存じます!ぐっと勉強させていただいておりますので・・・
しかしな、二両三分三朱というのは半端だ・・・
どうだ?三両にしてお前に渡そう・・・
これはどうも!ありがとう存じます!
それでいいか?
結構でございます!
ご苦労様・・・
いや、あの・・・お勘定が三両三分三朱でございますんで!
だからさ!そこへあたしが一朱足して三両にしてお前に渡そう・・・
ありがとう存じます!
それでいいだろう?
ええ!結構でございます!
ご苦労様・・・
・・・お金が出ませんな?
金か?
はい・・・
金は・・・
ない!
へへへ・・・
なにぃ!?なんだじゃあお前さん一文無しかい?からっけつかい?
なんだいそのからっけつってのは・・・ないんだよ!
お前さん商売はなんだ、商売は?
番匠だ・・・!
なんだその番匠ってのは?
江戸でいう大工だな・・・
大工!?
あ、そう・・・
大工だったらなんだよ、宿賃の代わりにどっか傷んでるとこやなんかを直してもらおうじゃないか!
そうだ!試しにね、ここへ棚を吊っておくれ!
やめた方がいい・・・俺の吊った棚は物を乗せると落ちるぞ?
嫌な大工だねおい・・・
がたがた言わなくてもいい・・・裏にだいぶ立派な竹やぶがあるな?
ああ、あれはうちの竹やぶだよ?自慢の竹やぶなんだよ!
春先になるといいタケノコがぴょこぴょこ飛び出してね、あれはうちの竹やぶだよ!
すまないが、よ〜く切れるノコギリを一丁持ってきな・・・
どうするんだい?
ノコギリを持って竹やぶの中へおいで・・・
竹やぶの中で宿賃を払う算段をする・・・
・・・ノコギリ持ってぇ?竹やぶの中へ?
俺をバラバラにするつもりだな?
そんなことを言うな・・・
宿賃を払わない上にお前に怪我をさせる、そんなことはしない・・・
いいから持ってきな・・・
分かったよ!
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おっかあ!お前は目が高い!
あれ!一文無し!
だろぉぉ〜!?どうも目つきの悪い嫌なやつだと思ったよぉ!
お前さんはろくな客を読んでこないねぇ!本当にまあ!どうすんのさ!
どうするんだってな?よく切れるノコギリを一丁持ってこいって言うんだよ・・・
ノコギリをどうすんのさ!
ノコギリを持って裏の竹やぶに来いってんだ・・・
竹やぶの中で宿賃を払う算段をするって・・・
・・・ノコギリ持って?お前さんが一緒に竹やぶへ!?
どうも二、三日前から影が薄いと思ってたんだよ!?
お前さんバラバラに・・・
変なこと言うなよ!?おっかあまでそんなこと言ってやがんだから・・
おい!一文無し!
そう一文無しと言うなよ・・・
ノコギリ持ってきた?
持ってきたよ!
持ってきたら裏の竹やぶへおいで・・・
ほぉ・・・いい竹が揃ってるねぇ・・・
おう、さっきも言った通り自慢の竹やぶ!これはみんな孟宗竹ってやつだ!
ちょいと待ってておくれ・・・
ん・・・この竹とこの竹を二本、長さを三尺くらいに揃えて切っておくれ?
自分で切ればいいだろ、自分で切れば!
あたしが算段をするんだからお前が切りな・・・
人間体を動かさないと鈍るぞ・・・
おめえにそんなこと言われると思わなかったよ・・・
切れたか?ちょいと待ってておくれ・・・
ん、ここに細めの竹がある・・・長さを揃えて切っておくれ?
切れたか?切れたら座敷へ持ってきな・・・
そこへ置いて・・・宿賃を払う算段がついたらお前を呼ぶから・・・
それまで決して中を覗いてはいかんぞ?覗くと俺は算段をしない・・・
覗かないよ!鶴の恩返しじゃねえんだから・・・
早いとこ算段しておくれよ!
ピタッと閉めて下の階へ降りていく・・・
この様子をじっと見ておりました甚五郎が懐から取り出しました包み・・・
中から出しましたのが飛騨を発ちますときに師匠墨縄が譲ってくれた大鑿(おおのみ)・小鑿(このみ)・・・
命よりも大事に身につけていたもの・・・
これを取り出しますと、コツコツカリカリコツコツカリカリなにかやり始めた・・・
だいぶ夜がふけましてから、
ご亭主や!ご亭主や!
うるせえなぁあの一文無しはもう・・・
文無しのくせにえばってやがんだから・・・
人がせっかく寝てんのに変な声で起こしやがって本当にもう・・・
変な客呼び込んじゃったな本当に・・・
なんだい、一文無し?
いちいち一文無しと言うな・・・算段が出来た・・・
こっちへお入り・・・汚い部屋だが・・・
そっちこそ汚い汚い言ってるじゃねえか!なんだい?
出来た・・・
何が?
さぁ・・・これだ・・・
なんだいそれは?
なんだいそれって見て分からないかい?
竹っぺらの先になにか丸いもんがぶら下がってんねぇ・・・なにそれ?
竹でこしらえた、水仙のつぼみだ・・・
つまらねぇもんこしらえてもう・・・どうすんだよ、本当にもう・・・
同じくここに竹でこしらえた花立がある・・・
この中に水をいっぱいに汲んで、この水仙をさしておいてお前のうちの一番目にかかる所にかけておいて・・・
紙に売り物と書いて貼っておきな・・・
明日になれば必ず買い手がつく・・・ついたら宿賃を払う・・・
ついたら?・・・たら?
たらだのだろうてえのはあまりあてにならねえけれどもな・・・
お前に言っておくが、この花立の中の水をきらすと大変なことになるぞ?
分かったよもう・・・夜遅いんだからもうこっちへ貸しなよ!
そこは人のいい親父でございますので、花立の中に水をいっぱいにいたしまして、この中に竹の水仙をさして、表の目立ちます釘に立てかけて半紙に売り物と書いて奥へ入ります・・・
もう真夜中近くでございます・・・
宿屋稼業というものは朝の早いものですので、暗いうちに大戸を開けて、気になりますので昨日の花立を手にとってひょっと中を見て・・・
漏るんじゃねえかこれは・・・ずいぶん水が少なくなってんねぇ・・・
漏るような花立こしらえる・・・ろくな腕じゃねぇなぁあれは・・・
水きらすなってそう言ってたよな・・・
また水を入れておいて、中へ入ります・・・
この時に、何かの都合で朝早〜く神奈川宿に参りましたのが、肥後熊本の御曹司、細川越中の守様の行列が神奈川宿へ入って参りまして・・・
殿様の御駕篭が大黒屋の前に差し掛かりました時に・・・
お天道さまが上がってあたり一面に朝日がぱぁ〜っとさしますと、どういう仕掛けがしてございましたのか、竹でこしらえた水仙のつぼみがパチっと小さな音を出して立派に竹でこしらえた花が開いてあたり一面になんとも良い香りが漂いまして・・・
これを御駕篭の中でご覧になりました越中の守様が駕籠を止め、ピタッと止まりまして、ジッと駕籠の中からこれを見て・・・
刑部(ぎょうぶ)?刑部はおらぬか?
お呼びでございますか?
余はあれにかかっている竹の水仙たいそう気に入った・・・
求めて参れ、本陣で待っておるぞ?
そのまま御駕篭は本陣宿・・・
あとへ残りましたお側用人の大槻刑部・・・
ただただ堅いだけの人でございます・・・
堅いだけということは物を何も知らない人ということでございまして・・・
ったく・・・うちの守様は勝手だねぇ・・・
見るもの見るものみんな欲しがるねぇ・・・
あんなつまらねぇもの、俺が休みの日にこしらえてやるっての・・・
金出して買うことはねぇんだ・・・
許せよ・・・
いらっしゃいまし!
その方が主か?
手前が当宿の主、大黒屋金兵衛と申しますが・・・
欲の深い名前だな!
よく言われます・・・何のご用で?・・
実はな、拙者は越中の守様の側用人の大槻刑部という者である・・・
今お殿が御駕篭でご通行になって、あれにかかっている竹の水仙、たいそう御意にめした・・・
値(あたい)はいかほどだ?
なんです?
聞いてないのかお前は?殿がたいそう気に入った!
値(あたい)はいかほどだ?
あたいですか?・・・うちはあたいはない・・・
夜の中蕎麦屋が引っ張ってくるのが屋台・・・
何を申しおる!?日本人かお前は!
値段はいくらだと聞いておる!?
値段ですか、値段なら値段ってそう言ってくださいよ?
あたいはあたいはって言うから・・・
・・・ん〜!?
どうした?
あ、いや今これをこしらえました者が二階におりますから聞いて参ります!
恐れ入りますが、しばらくお待ちください・・・お茶を差し上げて!
おい!一文無し!
また始まりやがったな?どうした?
か、買い手がついた!
買い手がついたか・・・相手はどんなやつだ?
どんなやつだなんてことを言うと口が曲がるぞ?
名前を聞いて驚くな?
肥後熊本のお殿様、細川越中の守様だ!
おお!越中か!
そんなふんどしみたいな言い方すんなよ!
それでおめえ珍しい腕持ってんじゃねえか、今朝見たときはこう丸くなってたんでえ・・・
それがあの侍と喋りながらふっと見たらなんだかこう、花みたいに開いてんじゃねえか!
珍しい腕持ってんじゃねえか・・・
まああんなもんは売ったって五文か十文だが、相手は大名だ、どうだ?
思い切って一朱ぐらいなことを言ってみるか?
馬鹿なことを言うな・・・お前のとこの宿賃が二両三分三朱・・・
これを一朱で売ってどうする・・・
じゃあいくらって言うんだ?
そうだなぁ・・・他の大名であればいま少し欲しいところであるが・・・
越中の守様であれば、二百両もらっておこう・・・
自分で言ってきな!自分で!そんなこと言うような余裕はないよ?
そんなこと言ってみろ!
たかだか竹で作った水仙で二百両とは足元を見るのにもほどがある!
長いやつを引っこ抜いてギラリ!スパン!って首でも切られてみなよ!?
明日っから表歩くのに方向がつかなくなっちゃうよ!
無闇やたらに刀は抜くものではない・・・せいぜい殴られるくらいだ・・・
だから嫌なんだよ・・・お前今・・・
お前の前だが、この世に人と生まれて、何が苦しいと言って金儲けをするぐらい苦しいことはない!
行って苦しんでこい・・・
行ってくるよぉ馬鹿ぁ!
あいつはいいんだよ、二階で言ってりゃいいんだからもう・・・
言うこっちの身にもなってみろよ・・・
大変長らくお待たせを致しました・・・
なんだ司会者みたいなやつが出てきたな・・・
ええ、二階のやつの言うことには、他の大名であれば、いま少し欲しいところであるが・・・
越中ならば・・・
なにぃ!?
私がそう言ったんじゃないですよ!二階のやつがそう言ったんですよ!
『そんなふんどしみたいなこと言うな!』って・・・
お前の方も大概だな・・・いくらと申した?
ええ・・・二階のやつが申しますのには、他の大名であればいま少し欲しいところであるが・・・
うむ・・・
越中の守様であれば・・・
¥☆○×¥$☆^<%+€/!
何を言ってんだお前は・・・
はっきり喋れ!いくらだと申した?
ですからあの・・・他の大名であらば・・・
そこは分かった!いくらだと申した?
あの・・・越中の守様であれば・・・これだと申しました(手で二の形を作る)
ほう、左様か!二十文か?
・・・話がまるで合わねえなぁどうも・・・
二百両だと申しておりましたが!
なに!?二百両?
たかだか竹で作ったものに二百両とは、足元を見るにもほどがある!この馬鹿たれ!
ほら言わんこっちゃねぇ・・・だから殴られるってそう言ったんだ・・・
殴って買ってくれるならいいけれども買ってくれねえもんな・・・
真っ赤になって帰っちゃったよ!どうすんだよ!
怒るな怒るな・・・しばらく表で立ってて見ろ・・・
いまお前を殴ったやつが青くなって戻って来て、
『主よ、最善は手荒な真似をしてすまなかった・・・どうだ?先ほどの水仙わしに譲ってもらいたい』と・・・
お前の前に両手をついて、頭を下げる・・・
本当かよぉおい!どうもおめえの話は夢で屁踏んづけてる気がするが・・・
じゃあ立ってて見るよ!
こちらは大槻刑部でございます・・・
物を知らない人でございますから、竹細工を二百両と言われてかっかとしながら戻ってまいりまして・・・
殿!ただいま戻りましてございます!
刑部か・・・待ち兼ねておったぞ?いかがであった?
それがあまりに高価でございまして・・・
高いと申すか、いくらじゃと申した?
先方が申しますのには・・・
他の大名であれば・・・いま少し欲しいところであるが・・・
うん・・・
越中の守様であれば・・・これじゃと申しております・・・
なに?他の大名であらばもう少し欲しいところであるが、余であればこれじゃと?
ほう、そうか!二万両か!?
・・・話がまるで合わねえなぁどうも・・・
二百両だと申しおりましたが・・・
なに?二百両?
刑部、その方それを高いと申して求めてこなかったか?
物を知らんのにもほどがあるぞ?あれを作ったものを誰だと心得る?
初めて左官を許された名人、甚五郎の作りし物だ・・・
よいか?あの品は京の大内山に一品、あの旅籠に一品、この世にふたつという品である・・・
それを二百両だと高いと申して、求めてこぬたわけがどこにある!?
すぐに行って買い戻して参れ!
もしもあの品が売れて買い戻せなかった時には大槻刑部!
その方役目不届きにつき、切腹を言い渡す!
そんな馬鹿な!
こちらは宿屋の親父でございます・・・
本当に戻ってくるのかしらと、表でぼ〜っと立ってましたけれども・・・
慌てて本陣を飛び出しました大槻刑部、よほど慌てたと見えまして、下駄と草履を片っぽずつつっかけて、砂塵をまいてぶぁ〜っと・・・
きたきたきたきた!
あの野郎俺のこと殴りやがって畜生め!仇打つのはこの時だ!
とばかりに、慌てて竹の水仙を店の中へしまいこみますと、『売り切れました』とこれは悪いやつがいるもんでして・・・
許せよ!
いばるな!!
主!さきほどは手荒な真似をしてすまなかった・・・
どうか先ほどの水仙、二百両で売ってもらいたい・・・
あれねぇ・・・
あれ今三百両になったんですがなぁ!
わずかの間に百両も値が上がったのか!?
我々は変動相場制をとっておりますので!
あなたさっきひとつ殴ったでしょ?
ひとつ殴るごとに百両ずつ上がることになってるんで!
三百、五百はいと安いこと!どうか拙者に譲ってもらいたい!
あなたに伺いますが、どういうわけでそんな高い金を出してあれをお買い求めになるんです?
主・・・その方には分からぬか?
物を知らぬのにもほどがある!これを作りし方をどなたと思う!?
このたび左官を許された名人、甚五郎の作りし物だ!
へっ!?あの一文無しが!?
あの有名な甚五郎先生!?
どうか拙者に譲ってもらいたい!
三百金払って、大槻刑部・・・
竹の水仙を抱えて意気揚々と本陣を引き上げます・・・
あとへ残った宿屋の主人が驚いた・・・
おっかあ!
なんだよ?
おめえな、あの二階の人!あれただの人じゃねえ!
ただだよあれは!一文も払わないんだから、ただ・・・
とんでもない話だ!あの人が今有名な甚五郎先生だ!
はぁ〜!あの人が!?
目つきが上品だと思ったよ!
よくそういうことを言えるね!謝っちまおう!一緒に来な!
ごめん下さいまし!ごめん下さいまし!
おぉご亭主か・・・おかみさんも一緒じゃないか、まあこっちへお入り・・・
汚い部屋でございますが、そうさせていただきますんで!
左甚五郎先生とはつゆ知らず、数々のご無礼どうかお許しのほどを!
知られちゃったか、勘弁しておくれ・・・
お前達をからかうつもりじゃなかった・・・
とんでもございません・・・
あの竹の水仙でございますが、三百両で売れましたので、どうぞお納めのほどを・・・
三百両?あたしが言ったのは二百両だよ?
百両はそっちの儲けだ、そっちへとっときな・・・
いえとんでもございません!
いいからとっときな、考えてみればあたしが卸屋、お前が小売屋、百両はお前の儲けだ・・・
あとはあたしがもらっておくから、ちょいとお待ち・・・
さっ、ここに五十両ある・・・
これを宿賃、そして今までかけた迷惑料としてとっておいておくれ・・・
いえ!とんでもございません!
いいからとっておきな・・・
余ったらおかみさんに着物の一枚でも買ってやっとくれ、正宗でないやつをな・・・
あえて憎まれ口をきかせてもらうが、宿屋稼業をしていればどんな客が来るか知れない・・・
身なりで決して人の良し悪しを決めてはなりませんぞ?
恐れ入ります・・・甚五郎先生にお願いがございます!
ん?なんだな?
いかがでございましょう?
神奈川中の竹を買い占めますので、あの竹の水仙をこてこてこしらえていただいて・・・
馬鹿なことを言っちゃいけない・・・
お前さんの前だが、私は再びあれは作らぬつもりだ・・・
へ?どうしてでございます?
考えてご覧なさい・・・
竹に花を咲かせれば・・・
寿命が縮む・・・
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オチが分からない方へ
竹の寿命は、種類にもよりますが、数十年~百数年と言われています。
竹は寿命を迎えると稲に似た花を咲かせて枯れてしまいます。
竹に花を咲かせる=寿命が縮むということを掛けたオチになっております。
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