今でこそ、落語家、講釈師、曲芸師・・・
芸によってそれぞれ名前がありますけれども・・・
明治時代なんかは芸人をひとまとめにして遊芸稼ぎ人なんて言われておりました・・・
人々がまだ遊芸稼ぎ人なんて言われていた明治時代のお話でございますが・・・
不動坊を聞きたいなら「柳家小さん」
江戸には三代目柳家小さんが移入させたと言われる落語「不動坊」。その後、五代目小さんが受け継ぎ、今の「不動坊」を形作った。
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利吉さんいますか?
これはこれは大家さん!用があるんだったら言ってくれたら行きましたのに~!
こんな汚いところに来てもらいまして、かけてもらう所もありませんよ、本当に汚い家で・・・
そんなに汚い汚い言うなよ・・・これはわしの家だ・・・
あぁ、間違いありませんな・・・何の用で?
まあ立ち話もできないからな、ちょっとかけさしてもらうが・・・
しかし、おまえには感心してますよ利吉さん
何がです?
わしがいつ来てもその手を遊ばしているということがだよ・・・
家にいるならいるで何かこう手を使って仕事をしている・・・
この長屋にはお前を含めて男が4人いるけれども、他の男を見てごらん?・・・
のらくらのらくら年中遊んで、銭の支払いが近くなるとバタバタ~!っと働いて、ちょっと金が入ったらすぐに遊ぶ算段をつけている・・・
それに比べてお前さんはコツコツ働いて、さらに貯めたお金をあっちこっちへ融通しているみたいじゃないか・・・
それも別に高い利子をとるというわけでもない、お前さんに金を借りて助かっている者もたくさんいるということを聞いている・・・
ずいぶんと銭が貯まったのではないか?いやいや貸してくれと言ってるわけじゃないんだ・・・
しかしながら人というのは金だけあってもダメだ、持つものをちゃんと持たないと馬鹿になる・・・
嫁さんをもらう気はないかい?
ありがとうございます・・・
まあお嫁さんをもらうというお話もずいぶんこれまでいただいたんでございますけれどもね?
死んだ親父が言ってくれましたのが、『世の中で取り換えることができないのはかかあだけだ』ってことでして・・・
それから女という者は口の軽い人が多いですからねぇ・・・あっちで広めた噂をこっちへ広めこっちへ広めた噂をあっちで広めて・・・
まあまあそういうこともあるじゃろうが、わしが世話をしようという女はそんなしゃべりの女ではない・・・
いたって物言わずだ・・・
ほぉ!あっしはどちらかと言うとその物静かな方がいいですねぇ!
お前もよく知ってるこの長屋の女だぞ?
ちょっと待ってくださいよ・・・この長屋で物静かな女なんていましたか?
表出ればぎゃあぎゃあ、わーわーこそこそ話してるのばっかりじゃありませんか?
あっ!一人は無口な女がいますね!いますけど・・・あれは無理でしょ~!
今年で68でしょ?
誰がそんなおばあさん世話するか・・・
わしが世話をするのは奥から三番目、不動坊火焔のお滝さんはどうかと言っておるのじゃ!
馬鹿言っちゃいけませんよあんた!不動坊火焔のお滝さん!
ということは不動坊火焔という講釈師の亭主がもういるじゃありませんか!
なんだお前まだ知らなかったのか・・・実はな、不動坊の先生北海道に巡業をしに行ってたんだ・・・
大変にうまくいったそうだ・・・
だけれども、もうひと稼ぎできるだろうということで色々回ったが、これが散々なものでどこへ行っても金にならん・・・
もうとうとう金も尽きて身動きが取れなくなってチフスでころっと死んでしまったとこういうわけだ・・・
はぁ~!それは怖いもんですねえ!やっぱり欲をかくといけないんですかねぇ!
まあそれでな、チフスなんてのは感染する流行り病だからな、こんな病気で死んだものを放っておくわけにはいかないということで・・・
その時住まっていた宿屋の方で死体の始末をして、葬式もまあ真似事にしてもやってくれて御骨にして、それでお滝さんの所へ手紙が来たんだ・・・
『なんだかんだで35円の借金ができた、その金を持って御骨を受け取りに来い』と言う・・・
35円なんて金はないだろうから、とりあえずわしが金を貸したら、お滝さんそれを持って北海道まで行って支払いを済ませて御骨を持ってきて帰って来たとこういうわけだ・・・
だけれども、今度はわしの所に35円という借金ができた・・
お滝さんが言うには、『腐っても芸人でございますから着物の三枚くらいはある・・・それを売ったり、道具を売ったりすれば30や40の金はできないことはない・・・』
『だけれども、それをおたくへ返してしまったら明日からあたしは裸でいなければいけない・・・』
まあまだ老い朽ちたという年でもないし、どなたか35円を結納代わりに出してくれるお方があるならば今ある着物やらなにやらと一緒に縁付きたい』と言う・・・
まあ分からない話でもないと思ったから、この長屋でも気ごころの知れてるお前に話をしたんだよ・・・
相手はお滝さん、お嫁にもらってくれる気はないか?とこういう・・・
いやぁ!ありがとう!ありがとう~!あんないい人はいませんよ!?
べっぴんさんですし、人間が出来てますしね!人付き合いもできるし、仕事も行き届いてる!
もう~お滝さんだったらとっくに惚れてましたよ!
とうに惚れてたならややこしいな・・・それなら得心だな?
ええもう!得心得心大得心!お滝さんを嫁さんにもらえるなら40円でも出しますよ!
そうか・・・まあ向こうも困ってることだからな、40円出してくれるか?
そこはやっぱり35円・・・
なんだいもう・・・そしたら話を進めていいんだな?
ちょ、ちょっと待ってください、この35円という金は明日お宅へ届けます・・・
いやいや別に都合のついた時で・・・
いや!明日35円お宅へ持っていきます!
それでお滝さん・・・今晩から来てもらうわけにはいきませんかなぁ?
おい・・・留守番頼むわけじゃないんだぞ?今晩来てくれって・・・あのな・・・
いやいや!もうねお滝さんほどの人であれば誰が狙ってるか分からない!危ない危ない!
この長屋の男に知れたらすぐに押しかけるに決まってますよ!だから今晩ひとつお願いしますよ!
・・・まあ今日こんな話を持ち掛けようと思ったから、暦をちょっと見て来たんだが、今日は真に日は良い・・・
お滝さんに話をして、得心してくれたら今晩連れてくることにしようか?
あぁ!ありがとうございます!なにぶんよろしくお願いします!
そうと決まったらお前花婿だぞ?
まだましな方だけれども部屋は汚いし、首の所に垢がついてるし、風呂でも入ってきたらどうだ?
風呂ならきっちり二回入ってますよ!
日に二回も入ってるのか?
春と秋ですよ・・
お彼岸じゃないかそれじゃあ・・・
早いとこ風呂へ入って来なさい!
それで部屋を綺麗にしてお酒やらなんやら支度しておいてくれたら、お滝さん連れてきますからね!
いやぁ!ありがとうございます!それじゃあまた!
いやぁ!やっぱり真面目に生きてるといいことがあるもんだなぁ!
あれだけの女は中々いないよ?ちょっと風呂入って男前上げようかぁ
なんてんで、『めでたい、めでたい』とつぶやきながら、うきうきわくわくして銭湯へ行きまして・・・
不動坊を聞きたいなら「柳家小さん」
江戸には三代目柳家小さんが移入させたと言われる落語「不動坊」。その後、五代目小さんが受け継ぎ、今の「不動坊」を形作った。
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あぁ・・・いいお湯ですなぁ・・
えぇいいお湯ですなぁ・・・
めでたいですなぁ・・・
なんかめでたいことがありましたかな?
あぁいやいやこちらのめでたい話でございますけれどもな!
つかぬことをお聞きしますが、お前さんは嫁さんがいますか?
つかぬ事を聞きますなぁこの人は・・・そらぁこの年ですから、かかあも娘もいますよ・・・
あぁ!そうですか!やっぱりその嫁さんをもらうときに!
・・・仲人を入れてもらったか、それとも・・・取り合いかい?
なにを言ってるんだよ・・・取り合いなわけがない、仲人を入れてもらいましたよ!
あぁやっぱりか・・・
やっぱりな、仲のいいときはそんなのどうでもいいと思うけれども、もめたときには入れておいた方がいいですなぁ・・・
うちの方でもね、仲人入って・・・うふふ・・・
ちょっと変なことを聞きますが・・・
あんた今晩うちに嫁が来ると分かった昼間・・・どんな気持ちでした?
本当に変な話聞くなこの人は・・・35年前の話だよ?
う~ん・・・そうだなぁ・・・なんだか嬉しいような恥ずかしいような・・・
なんとなしにそわそわして、気の落ち着かないもんだ・・・
そぉ~ですそ~ですぅ!やっぱり気が落ち着かないもんですなぁ!
しかしなんだな・・・最初に会ったときなんて挨拶すりゃいいんだろな・・・
今まで長屋で何回か会ってるからな、まさか『お初にお目にかかります』なんて言えないし・・・
遠方からわざわざ・・・遠方じゃないか、近所だしな・・・
困ったなぁ!いやぁ!こんなことに困るなんて思ってなかったなぁ!
お滝さん!・・・あ!お滝さんはいいな!
お滝さ~ん!なんて呼んだら、『まあこの人は自分の女房をさん付けで呼ぶなんて思わなっかたわぁ!』
なんてことになってもダメかぁ・・・おい!お滝!
『まあこの人は、今までお滝さんお滝さんって言ってたのに?途端にお滝なんて!こんな人だとは思わなかったぁ!』
な~んてこんなことになっても嫌だなぁ!!いやぁ困ったなぁ!
おいちょっと見てみろ!なんか知らんがずいぶんあの人困ってますよ?面白いから見ていきましょ!
まあしかし、始めに言いたいことは言っておかなくちゃいけねえな・・・
縁あってお嫁さんに来ていただきましたが、お滝さん・・・
まあこれも不動坊の先生さえ生きていればこんなことにはならず、35円というわずかな金のために嫌な男に身を任せなくちゃいけないと思ったら、そりゃ可哀そうだ・・・
だけどな?こちらもそんな気持ちで来られたら構わないというやつだぞ?な?こっちのことも考えてもらわないと困る!
なぁお滝さん・・・なぁ!おい!こら!なんとか言ったらどうだ!
・・・ちょっと場所代わってもらえますかな?
私の顔見てえらく怒ってますよ、怖くて髭剃ってられないですよ、場所代わってくださいよ!
ぽ~んとかましてやると、相手は女・・・先立つものはただ涙・・・
・・・うぅぅ・・・わぁぁぁ~~~ん!!・・・
風呂屋のおっさーん!風呂にわあわあ泣いてる動物がいます!引きずり出してくださいな!
そらぁ・・・あたしじゃとて・・・
ああ気持ち悪い・・・今度は女形だよ・・・
不動坊という遊芸稼ぎ人を亭主に持つと、うわべは派手なようでございますが、夏は夏枯れ冬は冬枯れで芸人の息するところはわずかしかないんです・・・
同じ所帯で苦労をするなら、どうぞ堅気の方と所帯を持って苦労をしたいと思っていました・・・
利吉さん・・・この長屋にはあなたを含めて4人の男がおりますが、あんた以外の男でろくな人は一人もいません!
徳さんはわに革のひょうたんみたいな顔してますし、裕さんは十年履いた草履みたいな顔で、裏屋の新さんは商売柄とは言いながらも大きな太鼓を腹にかけてドンガドンガ言わして歩いてますけれども家ではしっぽり生活してますねぇ・・・
それに引き換え利吉さ~ん!あんたはお金があって親切で男前でほどがよろしい・・・
ほんに女と生まれたからはぁ!こんな殿と添いとげて~♪宮姫御前のぉぉぉ~~~♪
おい!浄瑠璃語り始めたぞ!髭なんか剃ってる場合じゃないよ!見てごらん見てごらん!
日頃念じたかいあって、今宵こうして来たからは♪
あんたに任した体じゃもの♪もう好きにしてくださいなぁ~♪
どっぱ~~ん!!
おいおい!湯にはまってしまったぞ!引き上げて引き上げて!頭から水かけてやりな!
おい!あんた大丈夫かよ!
あぁこれはどうもすいません・・・
利吉っつあん!もし!利吉っつあんじゃないですか!?
おお!これはこれは徳さん!
あんた一体そこで何を言ってたんです今!?
いやあの実は今、不動火焔さんのとこのお滝さんが今あたしの嫁さんになるんですよ!
それはまあ聞いてたらそんな話をしてましたけれども、今あんたがやってたのはなんだ?
いやまあお滝さんが来たら、あんなこと言おうかこんなこと言おうか、痴話喧嘩の下稽古を・・・
しょうもないことしてますなぁ!それじゃあお滝さんが来たらさっきのあれを言うつもりかい?
へ?あぁ、まああんなことをねぇ!
そうかい、それは聞き捨てならねえなぁ・・・
今聞いていたら、『この長屋にはあなたを含めて4人の男がおりますが、あんた以外の男でろくな人は一人もいません!徳さんはわに革のひょうたんみたいな顔してます!』
って言ってたな?誰の顔がわに革のひょうたんだって!えぇ!?誰の顔が・・・
いやぁ!それは徳さんつらい!
そりゃつらいよ!はっきり言ってくれ!
いやいやこれは決して徳さんのことを言ったんじゃないんです!
あのお滝さんの所にね、直し屋の得さんという人がいましてね?
その人のことを言ってたんでございますから!決してあんたのことを言ってたんじゃありませんから!
それじゃあさようなら!
ってんで逃げるようにして帰ったが、後に残った徳さんは怒ったのなんのって・・・
体を拭くのもそこそこに、家へ飛んで帰ると長屋の仲間を呼び集めた・・・
不動坊を聞きたいなら「柳家小さん」
江戸には三代目柳家小さんが移入させたと言われる落語「不動坊」。その後、五代目小さんが受け継ぎ、今の「不動坊」を形作った。
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みんなこっちへ入ってきな!
なんです?急に集まれって?
あの金貸しの利吉のとこへ、死んだ不動坊の女房のお滝さんが嫁入りするそうじゃないか!
あぁはいはい!俺もさっき聞いたばっかりだよ!祝いしないといけませんなぁ~
何が祝いだ!!
お前怒ってるな?
怒らずにいられるかってんだよ!俺はな、風呂行ったんだよ!
そしたら泣いたり、笑ったりおかしなやつがいるなぁと思ったらそいつが利吉だよ!?
黙って聞いてたら、『この長屋にはあなたを含めて4人の男がおりますが、あんた以外の男でろくな人は一人もいません!徳さんはわに革のひょうたんみたいな顔してます!』
なんてこんなことをぬかしていやがった!
・・・ふふっ・・・はっはっは!それは利吉さんうまいこと言いましたなぁ!
なんだとこの野郎!お前らのことも言ってたぞ!?
裕さんは十年履いた草履みたいな顔で、裏屋の新さんは商売柄とは言いながらも大きな太鼓を腹にかけてドンガドンガ言わして歩いてますけれども家ではしっぽり生活してますねぇ・・・なんてこと言ってたんだぞ!?
そりゃあ言うだろうねぇ・・・
・・・なに?お前まるでこたえてないな・・・なんでだ?
いやぁこの前利吉さんに5円借りてな、50銭ずつ返すやつを3回だけ払って後払ってない・・・
そんなことをしてるから馬鹿にされんだよぉ!
俺はむかついたからな!今晩なあの婚礼にケチをつけようと思ってな!
ほう・・・それじゃあこうしましょうか?
どうすんだ!?
今から三人で行ってな、利吉の前でい~!ってしようか?
・・・お前いくつになんだよ!子供でもそんなことしないぞ!?
いいか?まだ不動坊が死んで35日にもなってないのに嫁入りするんだ・・・
お滝さんの方でもちょっとまだ引きずってると思うんだよ・・・
そこへつけこんでな、不動坊の幽霊を出してやろうと思ってな!
幽霊さん?
ドロドロっと幽霊出してな、『わしが死ぬなりすぐに嫁入りとはどういうことか!それが怨めしゅうて浮かばれん!二人とも髪をおろして坊主になれ!』
と言って頭を丸めさせてな?次の朝みんなでわぁ~っと笑ってやろうという作戦だ!
はははぁ!面白えなぁ!それで誰が幽霊になんの?
この中の者ではいかん、顔にも覚えがあるし声にも馴染がある・・・
一人心当たりがある・・・隣村に住んでる軽田道斎というやつがいる、こいつも講釈師なんだ
こいつはな、不動坊の留守中お滝さんを口説いて、ばぁーん!と弾かれたんだ
だからそこんところのむかつき・うっぷんを焚き付ければやってくれると思うんだよ・・・
それは俺に任してくれ・・・それからね、商売道具を使って悪いんだけれども、太鼓を貸しとくれ新さん・・・
幽霊が出てくるときにひゅ~どろどろどろ・・・のどろどろどろがあるだろ?
そこを太鼓で表現しようと思うんだ、あるとないでは凄みが違うからな?
それから裕さんは瓶にたくさんアルコールを買って来てくれ・・・
え?何に使うの?
幽霊火だ幽霊火・・・ボッと燃やしてな?みんなそれぞれ準備したら後は真っ暗になった時分にまた集まろう!
分かったぁ!というので、話がまとまりまして・・・
晩になりまして、まだ早いと言うのでちびちび酒を飲んでおりまして・・・
軽田なんちゃらって人はどうなってんですかね?
あぁそろそろ来ると思うんだがな・・・
こんばんわ!
おっ!来ましたな!いやぁどうも変なことを頼んでしまって申しわけない!
いえいえ!あたしもこういうのは好きな質でございますよ?
あぁそうですか!そらぁ良かった!さぁさぁ一杯飲んで!
これはこれは恐れ入ります・・・
それでセリフの方は覚えていただけました?
はいはい・・・
わしが死ぬなりすぐに嫁入りとはどういうことだ、それが怨めしゅうてよう浮かばん・・・二人とも坊主になれぇい!
それでよろしいですよろしいです・・・
それでね、衣装ですけれどもね、この鼠色の長襦袢ね、丈も長いからね・・・いい幽霊になれるかと思うんだ・・・
ちょっと着替えてみてくださいな・・・
はいはい・・・こんなところでどうでしょう?
ほうほう雰囲気が出てますな、よろしいでしょう、それじゃあ行きましょう!
ってんで外へ出ます・・・季節は冬・・・
雪がちらりと降ってきたと見えまして・・・
おぉ・・・寒ぅ・・・これは積もるぞ・・・こんなに寒いとは思わなかったなぁ・・・
あんた方はまだ着物を着ているからよろしいもんの、私はこの長襦袢一枚で・・・
あぁすいませんすいません・・・帰ったらまた暖かい所で一杯やりましょう・・・
さあ利吉の家の前だ・・・ちょっとなその間にはしごがあるからそれをとってくれ・・・
私が先に上がりますからな・・・先に太鼓を上げよう・・・
この紐の先にな・・・
この紐に太鼓をくくりつけて・・・そうそう・・・よいしょっと・・・
それから幽霊先にあげて・・・気を付けてくださいギシギシ言ってますから・・・しょっと・・・
どっこいしょっと・・・次々上がってこい・・・よいしょっ・・・
いいですか?この天窓から降りてもらうんですがな、つるし上げるこの綱がなかったんでな・・・
このさらしを・・・まあはっきり言うと6尺のふんどしを三枚結んでるだけなんですが・・・
これをこう腰に巻いて・・・こっから下がってもらおうと思いましてな・・・
・・・ふんどしが切れるようなことは・・・
大丈夫です!うまくやりますから!
それから言わなきゃいけないのが、この天窓の下が利吉んとこの井戸になってますんで・・・
・・・は・・・ふ、ふんどしが切れるようなことは?
大丈夫大丈夫・・・その天窓のへりのとこに手をかけてな、ゆっくり降りてな・・・
おい・・・幽霊火の準備をするぞ?アルコールは買ってきたか?
買って来てあるぞぉ!ほれ!
よしよし・・・このアルコールでボっと燃やして・・・
ん?中身出てこないぞ?・・・重いから入ってるんだけどな・・・
ん?なんか詰まってないか?おい!これ何詰めた?
これほらあの長屋の向かいにある餅屋で詰めてきた!
餅屋でアルコールなんか売ってたかな・・・
一つ5銭で詰めてもらったぁ!
一つ5銭って・・・お前あんころ餅入れて来たのか!?
馬鹿!アルコールとあんころ餅間違えて入れてくるやつがあるか!
あぁ・・・確かに餅屋のおじさんも詰めにくいって言ってた・・・
当たり前だ!馬鹿!あほ!間抜け!カス!くそ!
なんでそんなにボロクソ言われなきゃいかんのだ・・・
これをやると言ったのはお前だぞ!お前がアホか俺がアホか!下の利吉に聞いてみようか!
馬鹿・・・大きな声を出すな!
あのぉ・・・何か揉め事が起こったようですが、私の体を上げるか下げるかどちらかにしてくれないと腹にふんどしが食い込んで・・・
すいませんすいません・・・もういいよ幽霊火はいらない、太鼓と笛だけ頼むぞ・・・
いきますよ?下ろしますよ?・・・それっ!
ひゅ~~~どろどろどろどろ~~~!!
えぇ~怨めしい!怨めしい!
あら?お滝さん?なんか上から妙なもんが出てきましたよ?
お前は誰や!?そこにいんのは誰だ!?
不動坊火焔の幽霊!わしが死ぬなり嫁入りとはどういうことだ!
それが怨めしゅうてよう浮かばん!二人とも髪を下して坊主になれ!
は~ん?お前さん不動坊火焔の幽霊かい?
別にあっしは不動産に恨まれる筋合いはないと思いますがねぇ!
あんたが死んだ後にちゃんと仲人入れたんだ!何が気に入らねえんだこの野郎!
第一お前が残した35円の借金!誰が払ったと思ってんだよ!
・・・そ、そういうことは何も聞いていない・・・
とにかく怨めしい!
なんだ難儀な幽霊だなぁ・・・
まあお前さんもせっかくわざわざ遠い十万億土から来たんだ、ここに十円ある・・・
これで迷わず成仏してくれ!
・・・十円では怨めしい!
なんだい幽霊が駆け引きすんのかい!よしならば二十円でどうだ?
に、二十円・・・上に三人いるから、割れば一人五円・・・
よしっ!なら二十円で手を打とうか!
なんだ変な幽霊だ!もうその金受け取ったら後はもう出てくるなよ!
はぁ、えらく迷惑をおかけしました・・・
それではこれにてぇ~♪
幽霊が金儲けしてきたぞおい!引き上げろ引き上げろー!
降りるときは慎重に降りたから良かった・・・
無理やり引っ張ったもんだから、ふんどしの結び目が天窓の角へガッ!と食い込んで、引っ張った弾みでぷつ~ん!と切れてしまった・・・
幽霊は下の方へどしーーーん!!
上の三人は屋根から転げ落ちた・・・
あぁ痛ったぁ・・・太鼓を抱えて降りてきやがって・・・
幽霊どうする幽霊!?今家の中で痛い!って聞こえたぞ!・・・
気にしない気にしない!逃げろ逃げろ~~~!!!
ってんで三人とも、一目散に逃げてしまった・・・
なんか幽霊が痛いって言わなかったか!?痛いなんて言う幽霊がどこにいる!こっちへ来いこっちへ!
えぇ・・・あたくしは隣村に住んでおります、軽田道斎という講釈師でございまして・・・
ちょっと婚礼の晩の余興に・・・
何が余興だこの野郎!講釈師!?人を騙して銭取りやがって!
お前みたいなのは講釈師じゃない、横着師と言うんだ!
いいえ、ユウレイ(遊芸)稼ぎ人でございます・・・
不動坊を聞きたいなら「柳家小さん」
江戸には三代目柳家小さんが移入させたと言われる落語「不動坊」。その後、五代目小さんが受け継ぎ、今の「不動坊」を形作った。
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オチの解説
オチの「遊芸稼ぎ人」という言葉は、現代ではほとんど聞かない言葉だと思います。
遊芸稼ぎ人とは明治時代、講釈師や落語家がお金を稼ぐためには「遊芸稼ぎ人」と呼ばれる鑑札(免許)を受ける必要があったことに由来します。
軽田道斎は講釈師だったため、ユウレイ(幽霊)とユウゲイ(遊芸)を掛けたということですね。流石は古典落語、昔から受け継がれているだけあって昔の言葉も理解しないとオチが分からないこともあります。
現代では昔の言葉で分かりにくい場合は、落語家さんによって分かりやすいようにオチを変えていることもあるようです。
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