阿波・徳島の在に田能村という小さな村がありまして・・・
ここに久兵衛さんというお百姓が歳をとったおっかさんと一緒に暮らしてました・・・
この久兵衛さん大変に親孝行・・・
周りの人からも田能村の久兵衛さんということで田能久田能久と呼ばれておりましたのは、親孝行だからだけじゃありません・・・
畑仕事もずいぶんやるんですが、芝居が大好きでございます・・・
それもただ見るだけじゃありません、自分でもやってみようという・・・
これが中々にうまくて、好きこそ物の上手なれというやつで・・・
この久兵衛さんを座頭にして一座を作ってみようじゃねえかってんで、『田能久一座』ってのができまして・・・
伊予の宇和島からお声がかかりまして、やってまいりますってと大変に評判がいい・・・
ところが三日前になりまして、国元から手紙が参りまして・・・
開いてみるってとこの久兵衛さんのおっかさんが病気だという・・・
元々親孝行な人ですから、もうお芝居なんぞは手につきません・・・
仕方がありません、仲間に後を頼むってと旅支度を整えて・・・
その頃は役者さんはカツラを自分で作っちゃ持ち歩いたもんだったんだそうですな・・・
この大事なカツラを三つ四つ風呂敷を包んで首のところへ結わえるってと、伊予の宇和島を発ちまして、タッタカタッタカ徳島めがけまして・・・
途中、法華津峠と鳥坂峠という二つの険しい峠があります・・・
法華津峠を越えまして、鳥坂峠にかかってきたときには少し陽が傾いてきております・・・
山から下りて来た木こりが久兵衛さん見て・・・
田能久を聞くなら「立川談志」
立川談志の「田能久」は、知恵者が織り成す一風変わった物語です。田能久の計略が、談志の鋭い語りで見事に描かれ、笑いと共に深い洞察を提供します。ユーモアと皮肉が交錯する、聴き応えのある一席です。
\Amazon Audileで聞けます/

おお~い、どこ行きなさる?この峠を今から!?

いや~・・・この峠はな、悪いものが住んでいる・・・夜越しをすると危ねえからやめた方がいい・・・

いやでもおっかさんが病気なもんですから!へぇへぇ、ありがとうございます!
ってんでタッタカタッタカタッタカタッタカ・・・
そのうちに陽がどっぷり消えたなぁと思うとポツリポツリと降り出した雨が盆を返したようにザァーー!・・・
こいつはいけない!ってんで辺りを見回すと、昼間木こりが休んだりなんかする掘立小屋なんかがあったので、そこへ飛び込んだ・・・
着物を脱いで火を起こすってと乾かしておく・・・
宿で作ってくれたおむすびを食べる・・・
火の暖かさと日頃の疲れ、そしておむすびを食べた後ですからウトウトウトウト~っと寝てしまった・・・
どれくらい休みましたか、山の夜風というものは冷たいもので、ぴゅ~ぴゅ~っと来たんで・・・

おぉ・・・寒い・・・あぁ、火が消えちゃったから寒いんだ・・・

あれ?小屋の入り口に・・・すごいおじいさんが立ってるねぇ・・・

ひげボ~ボ~で白い行衣を着て・・・えぇ・・・おっかねえ顔をして・・・

小屋の持ち主か・・・俺が勝手に入ってるから、怒って・・・

あぁ、近づいてくる・・・寝たふりしよう・・・

zzz…zzz…

旅人・・・起きろ!

ひゃあ!す、すいません!あなたのお小屋とは知らずにごめんなさい!

あぁいやいや勝手に入っても構わねえ俺の小屋じゃねえからなぁ・・・

それより、麓で人間に夜越しするなと止められたか?

やっぱりそうか・・・どうも人間が邪魔していけねぇ・・・

着物脱いで裸になって俺の口へ飛び込め・・・

はっはっは・・・味を忘れるところだった・・・

あ、あの味ってなんの味でございましょう?

人間の味だよ!

に、人間ってあ、ああ、あなたは一体ど、ど、どなたなんでございますか?

俺はこの峠に年古く住む、うわばみだ!

う、う、う、うわ様!

なんだうわ様とは・・・気安く呼ぶな・・・さっさと支度して俺の腹へ飛び込め・・・

着物は脱げよ?どうも着物ってのはのど越しが悪いからな・・・

や、やめてください!あたしはあのお願いです!年取ったおっかさんが・・・

うるせえ!

本当なんです!年取ったおっかさんが病気でひと目あってから・・・

この通りです、お願いですから・・・

この野郎・・・往生際の悪い野郎だ!情けねえ・・・

てめえは一体どこの何て者だ!!

あ、あたくしは・・・阿波徳島の、た、田能久ってもんでございます!

なに?

た、たた、た、田能久ってもんでございます!

たぬき?おめえ、たぬきなのか?

へ?

へじゃねえや・・・俺達うわばみはな、人間しか飲んじゃいけねえって決まりがあるんだ・・・

おめえはたぬきか!?

・・・

・・・たぬきです!えぇ!もう間違なく!間違いなくたぬきでございます!

ぽんぽんぽん!

・・・ふん、そうかぁ・・・弱ったなぁ・・・

だからさっきお前目開いたまんまいびきかいてたのか?

そうですそうです!あれが俗にいう狸寝入りでございます!

ぽんぽんぽん!

それはもういい・・・せっかく人間飲めると思ったのによぉ・・・

狸の金は八畳敷きなんてことを言うが・・・

ええ!八畳、広がります!

そうかぁ・・・それにな、狸は八化けなんて言うが、化けられるのか?

へ?

化けられないというなら人間だと思って飲んじまうぞ・・・

え、あ、いや、その・・・あっ!ちょっと向こう向いててもらえますか!
田能久さん思い出したのか、首につけてきた芝居のカツラですな・・・ 女形のカツラをパッとかぶるってと・・・

どうぞ、こちらへ向いてくださいまし!

いかがでございます?

え?

おぉ!女に化けた!他にも化けて見せろ!

ちょっと向こう向いててください!
今度は石川五右衛門のカツラをかぶって・・・

カーーー!!

おぉ化けたぁ!なるほどすげえなぁ!

じゃあ次は坊さんに・・・

もういい分かった分かった・・・なるほどな・・・

俺のようなうわばみはな、老いぼれた姿のじじいにしか化けられねえ・・・

いやぁ!これでもずいぶん昔は人間をぺろぺろ飲めたんだが、近頃はすっかり正体がバレちまって逃げられちまう・・・

しかし、いいやつだなおめえは・・・おめえと親類付き合いでもしてえな・・・

親類付き合いってからには、世の中の怖い・恐ろしいなんてものくらいは、お互い教え合おう・・・

おめえなんぞは世の中で一体一番何が怖い?

あ、あたくしはその・・・金が怖いです・・・

金?

金のために人の命が取ったり取られたり、あんな恐ろしいものは・・・

そうか・・・俺はあんなものは怖くないはねぇが・・・

う、う、うわばみ様は?

うわばみ様なんて堅苦しい・・・うわさんと呼んでくれ・・・

うわさんは何が怖い?

俺はな、たばこのヤニと柿渋だ・・・

たばこのヤニが体につくと、そこから腐っちまう・・・

柿渋がつくと体が突っ張らかって体が動かなくなる・・・

誰にも言っちゃいけねえぞ?

えぇ!言いません!

とくに人間には言っちゃいけねえぞ!?人間に知られたら必ずお前に仕返しをするからそのつもりでいろ?

はっはっは・・・だけどお前いいな・・・

二、三日うちへ泊まって行かねえか?すぐそこのな?木の下の洞穴が俺の家だ・・・

泊まって俺に化け方を教えてくれ・・・

いやあのおっかさんが・・・

あぁ!そうだった!親たぬきの塩梅が悪いのか・・・行ってやれ行ってやれ・・・

すいませーん!
頭を下げた瞬間に老人の姿がぱっと消える・・・
もう田能久さん命からがらバタバタバタバタ!・・・
山を下りてくる、ちょうど夜明けになりまして、山を登ろうとした漁師さんが・・・

お~い!どうした!?

はぁ!あ、あのあたくし!

あれ?お前さん田能久さんだね?

そ、そうです!

よく知ってるよ!え?なに!?

うわばみが怖いのは!?たばこのヤニと柿渋!?

よく聞き出してくれた!じゃあお前さんはおっかさんの所に戻りな!後のことは俺たちに任せとけ!
ってんで、これから村の者が集まりまして、たばこのヤニと柿渋をひと樽に一杯ずつ集めて、これに水をくわえて・・・
これをぐるぐる~っと混ぜて、たばこのヤニと柿渋のカクテルをこしらえまして・・・
これを山へ運んでいく・・・
あっ!あそこだ!というその穴の前を人間がトボトボトボと歩いていく・・・
太鼓をガンガーン!と鳴らす・・・
うわばみが、ん?と見ると美味そうな人間が・・・

おぉ!ありがたい!
穴からずるずるっと這い出すと、元よりおとりですからぴゅ~っと逃げちまう・・・
待ってました!木の上からたばこのヤニと柿渋のカクテルを
ざばぁ~ん!ざばぁ~ん!

う、うわぁぁぁ!!ぎゃあああああ!!
ってんであっちへバタリ、こっちへバタリ・・・
血だらけになったうわばみが、えい!っと念仏をひとつ・・・
風がびゅ~っと吹いたかと思うと姿がいなくなっちまう・・・
一方久兵衛さん、おっかさんの所へ戻ってみるってと、体はすっかり、ほんの風邪でございました・・・
よかったねぇってんで休んでおりますと、真夜中時分表の戸を・・・

開けろ!開けねえか!

どなたで?

いいから開けねえか!

はいはい・・・
久兵衛さんががらっと開けて見ると、峠で会ったあの老人が、額が切れて血は流れて泥だらけ・・・
もうものすごい形相で・・・

おぅい!!

はぁっ!・・・あ・・・ぽんぽんぽん・・・

なにがぽんぽんだ!よくもおめえ人間に俺の怖いものを教えたなぁ!

てめえに仕返しだぁ!!
どーん!っと木の箱を投げていった・・・
そのまんま姿をくらましてしまった・・・
なんだろう?田能久さんがこの箱を開けて見ると、山吹色の小判でした・・・
あぁそうか!怖がってたからなんてんで、この箱がぱりんっ!っと割れるってと山吹色の小判が八畳間いっぱいにざぁーーー!!!っと広がった・・・
駆けつけた村人がそれを見て、

お~い!見なよ!田能久の金は八畳敷きだ・・・
田能久を聞くなら「立川談志」
立川談志の「田能久」は、知恵者が織り成す一風変わった物語です。田能久の計略が、談志の鋭い語りで見事に描かれ、笑いと共に深い洞察を提供します。ユーモアと皮肉が交錯する、聴き応えのある一席です。
\Amazon Audileで聞けます/
田能久を聞いて
オチを少し解説させて頂くと、「田能久の金は八畳敷き」。これは、「たぬきの金玉八畳敷き」と掛けたオチになっています。
たぬきの金玉八畳敷きとは、読んで字のごとく「たぬきの睾丸は良く広がる」ことを比喩して言われているのですが、実際本当に狸の睾丸が広いのかと言われると決してそうではありません。
タヌキの金玉はなぜ大きいの?誰がいつ最初に言ったんだ問題を解決(実際は小粒)
https://mag.japaaan.com/archives/84996
こちらのページが大変参考になったのですが、元々は江戸時代の浮世絵にまで遡ります。

画像引用:https://mag.japaaan.com/archives/84996
なぜ江戸時代には、たぬきの金玉が広く描かれていたのか?
これは、江戸時代の金細工職人が金伯を作る際に金をたぬきの皮に包んで叩くと広がる(金も増える)と言われていることから広がったそうです。
落語に話を戻すと、うわばみが田能久の家に金をばら撒いてくれたおかげで、まるでたぬきの金玉が八畳敷きに広がるようにお金が増えて裕福になったね、という意味が込められているのです。
意味が分かると聴く落語にもより深みが出ますね。
コメント