そそっかしい人のことを粗忽者なんてことを言います・・・
落語の方ではこの粗忽者がよくでてくるんでございますけれども・・・
粗忽の使者を聞くなら「柳家小さん」
柳家小さんの「粗忽の使者」は、忘れっぽさが生む滑稽さと哀愁が交錯する一席です。頼まれごとを巡る行き違いが、次第に大きな混乱を招く様子を、小さんが巧みに描き出します。江戸の風情と人情が溢れる、味わい深い古典落語の一作です。
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なにをゲラゲラ笑ってんだよ!
へっへっへっへ!いや世の中にね!こんなおかしい話はねえと思ってよ!
今日このお屋敷にさ、お使者って殿様の名代のね?俺は本物見たことなかったからね?
側に行っちゃいけねえって言われたんだけど、見てえと思って隣の部屋から入ってきたんだよ!
こいつがそそっかしいったってなんたって・・・
ほら!田中三太夫の旦那、ここのお屋敷の!うん!出てきてちゃんと挨拶してんだよ・・・
『本日はお使者のお役目ご苦労様でございます・・・拙者は当家の家臣、田中三太夫と申すものでござる・・・』ってんだ
今度はそのお使者の野郎の番だ、かしこまって・・・
『これはこれはご丁寧なるご挨拶痛み入ります・・・拙者は当家の家臣!田中三太夫と申すものでござる!』ってんだよ?
俺はおやおや?と思っちゃったよ?そしたらその野郎気が付きやがってね?
・・・ではござらぬって言っちゃったよ、手前はぁ・・・ってしばらく自分の名前考えててね?
『あっ、地武太治部右衛門と申すものでござる!』ってんだ
世間話を二つ三つした後に田中の旦那が『さっそくでございまするがお使者の口上をお聞かせください!』って言ったんだ・・・
そしたらその野郎の様子がおかしいんだ、旦那は心配して聞いたよ?
具合が悪いんじゃねえか?って言ったらそうじゃないって・・・どうなされましたか?って聞いたら
『お使者の口上を忘れました』ってんだよ・・・
なんとか思い出す手立てはねえのかと聞いたら、ガキの頃から物忘れが激しくて、何か物を忘れると野郎の親父がケツをぎゅ~!っとひねるんだって・・・
痛いだろ?痛え!と思うと忘れたことが出てくると言うんだ・・・
『ご貴殿まことに申し訳ござらぬが、拙者の尻をおひねり下さらぬか?』って・・・
旦那は安心したよ?そんなことで思い出すなら、切腹にも及ばないし良かった良かったってね?
窮屈袋って袴ね、あいつを外して、ぐるっとケツをまくったんだよ・・・
俺の見てるちょうど真ん中に侍のケツがどーん!
初めて見たよ俺は侍のケツ!
田中の旦那が指をポキポキ鳴らしながら『痛かったら痛いと仰せ願いたい・・・では参りましょう!』
『この辺でいかがでござる!地武太氏!』ってひねったんだよ・・・
そしたらその野郎涼しい顔して、『もはやおひねりでござるか?』って聞いてんだよ・・・
今度は両手で『いかがでござる地武太氏!』
『もっと強く!』ってんだ・・・旦那音を上げちゃったよ、これ以上指先に力が出ねえってんだな・・・
そしたらその野郎の言い草がよかったよ?『ご当家にもっと指先に力のある者はござらぬか?』ってんだ・・・
そりゃ剣術に強いやつとかね?柔の使い手はいるよ?
指先だけに力のあるやつは分からないと・・・
でもまあ探していないことはねえと思うからちょいとお待ちよってんだ・・・
今田中の旦那が指先に力量のあるのを探してるから俺が行ってこようと思ってね?
馬鹿野郎・・・どうしてお前はそうお先ばしりなんだよ・・・
田中の旦那はお屋敷の柔の指南役・・・力は三人力!お前が行って通じるわけがねえや!
いやだからさ、旦那みたいに素手でやらないんだよ、俺はちょっと道具を使おうと思ってね?
持って来た!これ!釘抜き!閻魔ね!これでこう・・・
おい・・・そんなことしたら危ないよぉ・・・ケツの肉ちぎるよ!
いいよちぎったってぇ・・・ケツの肉のひとつやふたつ・・・
本当に大丈夫かい?
大丈夫大丈夫!それじゃ行ってくるよ!
こんちわ!まっぴらごめんねえ!まっぴらごめんねえ!
誰じゃぴらぴら申しておるのは・・・
なんじゃ?
えぇ、ちょいと田中の旦那にお目にかかりてえんで!
田中氏に?しばらく待ちなさい・・・
もし!田中氏!ご貴殿に用があるという職人が来ておりますが?
ほぉ・・・その方か?
あっ!旦那!さっきはどうもご苦労様です!
人違いではないか?作事場なぞ見回っておらんぞ?
いやぁ!ご使者の後ろへ回って、いかがでござる地武太氏!ってあれ、どうなりました?
これ!あれを見ておったか!けしからん奴じゃ!他言は無用じゃぞ!?
えぇ、おしゃべりはしませんけれども、いたんですか?指先に力量のある人は?
さような馬鹿馬鹿しいものは分からん・・・困っておる・・・
あっしが行って、ひねってきましょうか?
その方、さように指先に力があるか?
あるかどころじゃねえんだよ!じゃあ疑るんだったら旦那ケツをお出しなさい!
今肉ちぎるから・・・
乱暴だな・・・しばらく待ちなさい・・・
ではこれを当家の若侍にしたてあげて、そうすればお使者に対して失礼もあるまい・・・
では紋服、袴と持ってまいれ・・・
その方これに着替えてもらってな、襟元をよく合わしてな、袴をつけて毛先を綺麗に整えて・・・
お使者の前に出たら言葉遣いは丁寧に・・・何事もことばの頭にはおの字をつけて、下にはござる、あるいはたてまつるとこう言う・・・
あぁなるほどね・・・おに奉るね・・・おっ奉る
なんだおっ奉るとは・・・その方名前は?
えぇ!留っこってんです!
・・・何?
留っこ!
とめっこ?留次郎とか留三郎とか・・・
いやぁなんだか知りませんよ、ガキの時分から留めっこで通ってますから・・・
向こうの方から『おう!留っこ!』って言われたら、
わぉぉぉぉぉーーーーーーん!ってんで駆け出すんだ!
犬だなまるで・・・
侍に留めっこなぞという名前はおかしいから、拙者は田中三太夫、田中を返して中田・・・
中田留太夫というのがその方の名前じゃ!
さあこちらへ参れ・・・
ここへ控えておれ、拙者がその方の名前を読んだらこちらへ入ってくるようにな・・・よいな?
粗忽の使者を聞くなら「柳家小さん」
柳家小さんの「粗忽の使者」は、忘れっぽさが生む滑稽さと哀愁が交錯する一席です。頼まれごとを巡る行き違いが、次第に大きな混乱を招く様子を、小さんが巧みに描き出します。江戸の風情と人情が溢れる、味わい深い古典落語の一作です。
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長らくお待たせをいたしました!さぞ、お待ちどうのことでござりましょう・・・
・・・
・・・どなたでござったか?
もはやお忘れでござるか?
最前お目通りを致しました、田中三太夫めにござります!
おぉ!田中氏!そういえばどこかで会ったような気もいたす・・・
して何の御用じゃ?
もはやそれもお忘れか・・・
ご貴殿の意識をひねりまする、指先に力量のある者を・・・
それでござった!してその指先に力のある御人は!?
はぁ、今隣に控えさせております、すぐにここへ呼び入れますので・・・しばらく・・・
お次に控えし、中田留太夫どの!ここへ!
・・・
中田留太夫どの!ここへ!・・・あれ・・・留太夫どの・・・これ・・・
留めっこ!
わぉぉーーーう!!
太夫どの!
えっへっへっへ・・・あっしじゃねえと思ったんですよ・・・
さっそく仕事にかかりなさい・・・
かかりなさいって、旦那がそこにいたんじゃやりにくいよぉ・・・
ちょっと旦那仕事する間、次の間にお出でござるよ!
粗相があってはならん!
粗相なんかないって、大丈夫だよあっしは・・・
大丈夫大丈夫!お襖はおぴしゃりとお閉めでござるよ?
さあ、おじさん!
・・・おじさん?異な言葉遣いの御人じゃ・・・
ごじんもニンジンもないよおめえ・・・
お使者に来て口上を忘れるなんてそんなとぼけたことはねえや・・・
俺はこんな格好してるけど侍じゃねえんだよ!
職人なんだよ!お前さんが可哀想だから出てやったんだから・・・
さあ!ケツひねるから!早くまくっちゃえ!
・・・では・・・お願い申す!
あらぁ・・・また傍で見たら汚いケツだこりゃあ・・・
こんな毛を生やしてどうするってんだ・・・コオロギでも飼おうってんじゃねえだろうな・・・
俺は並の奴より力があるから、痛いなんて言って後ろ向くなよ?いいかい?
よいしょっ!・・・どうだい!?どうだ?
う~ん・・・ご貴殿真に冷たいお手をしてござるな・・・
もう少々手荒く・・・
えぇ?いいのかいそんなこと言って・・・
あらぁケツがかちかち、たこになってるよこれ・・・
よ~し、今度はつかんどいて半分ひねるから!いくぞ!
いよぉぉぉぉ!!!よったぁ!!いよぉ!どうだぁ!ったぁ!・・・
あぁ!・・・いやぁ!これはまた大変な力量でござる!痛み耐えがたし!
そうこなくっちゃ面白くねえや!
思い出せよぉ!閻魔のこ~~~!!!
うぅぅ!!・・・いやぁっはっはっは!
・・・思い出した!思い出してござる!
三太夫が合いの襖をガラリ!
して、お使者の口上は!?
屋敷を出る折、聞かずに参った・・・
粗忽の使者を聞くなら「柳家小さん」
柳家小さんの「粗忽の使者」は、忘れっぽさが生む滑稽さと哀愁が交錯する一席です。頼まれごとを巡る行き違いが、次第に大きな混乱を招く様子を、小さんが巧みに描き出します。江戸の風情と人情が溢れる、味わい深い古典落語の一作です。
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粗忽の使者を聞いて
物忘れが激しいと忘れたことも忘れるという、珍事件が起きるんですね!
でも地武太氏ほど忘れる人であれば、どんなに嫌なことがあってもすぐ忘れてしまうので、それはそれですごくいい特性ですよね。
今回の内容には書いていませんが、そもそも地武太氏を使者に遣わしたお殿様も、地武太氏が物忘れが激しく面白いやつだと分かっている上で地武太氏を使者に遣わしています。
だから、地武太氏が殿様に口上聞くの忘れてお屋敷を出てしまいましたと謝っても、お殿様は笑い話にしてしまうでしょう。
もっとも、殿様に口上を聞くのを忘れてお屋敷を出ましたと言わなければならないことすら忘れてしまいそうなものですね、この地武太氏は・・・
地武太氏は物をひとつも覚えていませんでしたが、我々も覚えられる量には限りがあるようです。
『マジカルナンバー7±2』と言って、数字や単語の並びは大体5~9つまでしか覚えられないような容量になっているそうです。
だからいくら記憶力が良くても、最大の誤差は4つまでですね。
記憶力のある人は頭がいいからではなく、覚えるための工夫をしているから頭がいいんですね。
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