落語【粗忽の使者】台本 吹き出し風

落語 台本

そそっかしい人のことを粗忽者なんてことを言います・・・

落語の方ではこの粗忽者がよくでてくるんでございますけれども・・・

粗忽の使者を聞くなら「柳家小さん」

柳家小さんの「粗忽の使者」は、忘れっぽさが生む滑稽さと哀愁が交錯する一席です。頼まれごとを巡る行き違いが、次第に大きな混乱を招く様子を、小さんが巧みに描き出します。江戸の風情と人情が溢れる、味わい深い古典落語の一作です。

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ある男
ある男

なにをゲラゲラ笑ってんだよ!

ある男
ある男

へっへっへっへ!いや世の中にね!こんなおかしい話はねえと思ってよ!

ある男
ある男

今日このお屋敷にさ、お使者って殿様の名代のね?俺は本物見たことなかったからね?

ある男
ある男

側に行っちゃいけねえって言われたんだけど、見てえと思って隣の部屋から入ってきたんだよ!

ある男
ある男

こいつがそそっかしいったってなんたって・・・

ある男
ある男

ほら!田中三太夫の旦那、ここのお屋敷の!うん!出てきてちゃんと挨拶してんだよ・・・

ある男
ある男

『本日はお使者のお役目ご苦労様でございます・・・拙者は当家の家臣、田中三太夫と申すものでござる・・・』ってんだ

ある男
ある男

今度はそのお使者の野郎の番だ、かしこまって・・・

ある男
ある男

『これはこれはご丁寧なるご挨拶痛み入ります・・・拙者は当家の家臣!田中三太夫と申すものでござる!』ってんだよ?

ある男
ある男

俺はおやおや?と思っちゃったよ?そしたらその野郎気が付きやがってね?

ある男
ある男

・・・ではござらぬって言っちゃったよ、手前はぁ・・・ってしばらく自分の名前考えててね?

ある男
ある男

『あっ、地武太治部右衛門と申すものでござる!』ってんだ

ある男
ある男

世間話を二つ三つした後に田中の旦那が『さっそくでございまするがお使者の口上をお聞かせください!』って言ったんだ・・・

ある男
ある男

そしたらその野郎の様子がおかしいんだ、旦那は心配して聞いたよ?

ある男
ある男

具合が悪いんじゃねえか?って言ったらそうじゃないって・・・どうなされましたか?って聞いたら

ある男
ある男

『お使者の口上を忘れました』ってんだよ・・・

ある男
ある男

なんとか思い出す手立てはねえのかと聞いたら、ガキの頃から物忘れが激しくて、何か物を忘れると野郎の親父がケツをぎゅ~!っとひねるんだって・・・

ある男
ある男

痛いだろ?痛え!と思うと忘れたことが出てくると言うんだ・・・

ある男
ある男

『ご貴殿まことに申し訳ござらぬが、拙者の尻をおひねり下さらぬか?』って・・・

ある男
ある男

旦那は安心したよ?そんなことで思い出すなら、切腹にも及ばないし良かった良かったってね?

ある男
ある男

窮屈袋って袴ね、あいつを外して、ぐるっとケツをまくったんだよ・・・

ある男
ある男

俺の見てるちょうど真ん中に侍のケツがどーん!

ある男
ある男

初めて見たよ俺は侍のケツ!

ある男
ある男

田中の旦那が指をポキポキ鳴らしながら『痛かったら痛いと仰せ願いたい・・・では参りましょう!』

ある男
ある男

『この辺でいかがでござる!地武太氏!』ってひねったんだよ・・・

ある男
ある男

そしたらその野郎涼しい顔して、『もはやおひねりでござるか?』って聞いてんだよ・・・

ある男
ある男

今度は両手で『いかがでござる地武太氏!』

ある男
ある男

『もっと強く!』ってんだ・・・旦那音を上げちゃったよ、これ以上指先に力が出ねえってんだな・・・

ある男
ある男

そしたらその野郎の言い草がよかったよ?『ご当家にもっと指先に力のある者はござらぬか?』ってんだ・・・

ある男
ある男

そりゃ剣術に強いやつとかね?柔の使い手はいるよ?

ある男
ある男

指先だけに力のあるやつは分からないと・・・

ある男
ある男

でもまあ探していないことはねえと思うからちょいとお待ちよってんだ・・・

ある男
ある男

今田中の旦那が指先に力量のあるのを探してるから俺が行ってこようと思ってね?

ある男
ある男

馬鹿野郎・・・どうしてお前はそうお先ばしりなんだよ・・・

ある男
ある男

田中の旦那はお屋敷の柔の指南役・・・力は三人力!お前が行って通じるわけがねえや!

ある男
ある男

いやだからさ、旦那みたいに素手でやらないんだよ、俺はちょっと道具を使おうと思ってね?

ある男
ある男

持って来た!これ!釘抜き!閻魔ね!これでこう・・・

ある男
ある男

おい・・・そんなことしたら危ないよぉ・・・ケツの肉ちぎるよ!

ある男
ある男

いいよちぎったってぇ・・・ケツの肉のひとつやふたつ・・・

ある男
ある男

本当に大丈夫かい?

ある男
ある男

大丈夫大丈夫!それじゃ行ってくるよ!

ある男
ある男

こんちわ!まっぴらごめんねえ!まっぴらごめんねえ!

誰じゃぴらぴら申しておるのは・・・

なんじゃ?

ある男
ある男

えぇ、ちょいと田中の旦那にお目にかかりてえんで!

田中氏に?しばらく待ちなさい・・・

もし!田中氏!ご貴殿に用があるという職人が来ておりますが?

田中三太夫
田中三太夫

ほぉ・・・その方か?

ある男
ある男

あっ!旦那!さっきはどうもご苦労様です!

田中三太夫
田中三太夫

人違いではないか?作事場なぞ見回っておらんぞ?

ある男
ある男

いやぁ!ご使者の後ろへ回って、いかがでござる地武太氏!ってあれ、どうなりました?

田中三太夫
田中三太夫

これ!あれを見ておったか!けしからん奴じゃ!他言は無用じゃぞ!?

ある男
ある男

えぇ、おしゃべりはしませんけれども、いたんですか?指先に力量のある人は?

田中三太夫
田中三太夫

さような馬鹿馬鹿しいものは分からん・・・困っておる・・・

ある男
ある男

あっしが行って、ひねってきましょうか?

田中三太夫
田中三太夫

その方、さように指先に力があるか?

ある男
ある男

あるかどころじゃねえんだよ!じゃあ疑るんだったら旦那ケツをお出しなさい!

ある男
ある男

今肉ちぎるから・・・

田中三太夫
田中三太夫

乱暴だな・・・しばらく待ちなさい・・・

田中三太夫
田中三太夫

ではこれを当家の若侍にしたてあげて、そうすればお使者に対して失礼もあるまい・・・

田中三太夫
田中三太夫

では紋服、袴と持ってまいれ・・・

田中三太夫
田中三太夫

その方これに着替えてもらってな、襟元をよく合わしてな、袴をつけて毛先を綺麗に整えて・・・

田中三太夫
田中三太夫

お使者の前に出たら言葉遣いは丁寧に・・・何事もことばの頭にはおの字をつけて、下にはござる、あるいはたてまつるとこう言う・・・

ある男
ある男

あぁなるほどね・・・おに奉るね・・・おっ奉る

田中三太夫
田中三太夫

なんだおっ奉るとは・・・その方名前は?

ある男
ある男

えぇ!留っこってんです!

田中三太夫
田中三太夫

・・・何?

ある男
ある男

留っこ!

田中三太夫
田中三太夫

とめっこ?留次郎とか留三郎とか・・・

ある男
ある男

いやぁなんだか知りませんよ、ガキの時分から留めっこで通ってますから・・・

ある男
ある男

向こうの方から『おう!留っこ!』って言われたら、

ある男
ある男

わぉぉぉぉぉーーーーーーん!ってんで駆け出すんだ!

田中三太夫
田中三太夫

犬だなまるで・・・

田中三太夫
田中三太夫

侍に留めっこなぞという名前はおかしいから、拙者は田中三太夫、田中を返して中田・・・

田中三太夫
田中三太夫

中田留太夫というのがその方の名前じゃ!

田中三太夫
田中三太夫

さあこちらへ参れ・・・

田中三太夫
田中三太夫

ここへ控えておれ、拙者がその方の名前を読んだらこちらへ入ってくるようにな・・・よいな?

粗忽の使者を聞くなら「柳家小さん」

柳家小さんの「粗忽の使者」は、忘れっぽさが生む滑稽さと哀愁が交錯する一席です。頼まれごとを巡る行き違いが、次第に大きな混乱を招く様子を、小さんが巧みに描き出します。江戸の風情と人情が溢れる、味わい深い古典落語の一作です。

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田中三太夫
田中三太夫

長らくお待たせをいたしました!さぞ、お待ちどうのことでござりましょう・・・

治部右衛門
治部右衛門

・・・

治部右衛門
治部右衛門

・・・どなたでござったか?

田中三太夫
田中三太夫

もはやお忘れでござるか?

田中三太夫
田中三太夫

最前お目通りを致しました、田中三太夫めにござります!

治部右衛門
治部右衛門

おぉ!田中氏!そういえばどこかで会ったような気もいたす・・・

治部右衛門
治部右衛門

して何の御用じゃ?

田中三太夫
田中三太夫

もはやそれもお忘れか・・・

田中三太夫
田中三太夫

ご貴殿の意識をひねりまする、指先に力量のある者を・・・

治部右衛門
治部右衛門

それでござった!してその指先に力のある御人は!?

田中三太夫
田中三太夫

はぁ、今隣に控えさせております、すぐにここへ呼び入れますので・・・しばらく・・・

田中三太夫
田中三太夫

お次に控えし、中田留太夫どの!ここへ!

田中三太夫
田中三太夫

・・・

田中三太夫
田中三太夫

中田留太夫どの!ここへ!・・・あれ・・・留太夫どの・・・これ・・・

田中三太夫
田中三太夫

留めっこ!

中田留太夫
中田留太夫

わぉぉーーーう!!

田中三太夫
田中三太夫

太夫どの!

中田留太夫
中田留太夫

えっへっへっへ・・・あっしじゃねえと思ったんですよ・・・

田中三太夫
田中三太夫

さっそく仕事にかかりなさい・・・

中田留太夫
中田留太夫

かかりなさいって、旦那がそこにいたんじゃやりにくいよぉ・・・

中田留太夫
中田留太夫

ちょっと旦那仕事する間、次の間にお出でござるよ!

田中三太夫
田中三太夫

粗相があってはならん!

中田留太夫
中田留太夫

粗相なんかないって、大丈夫だよあっしは・・・

中田留太夫
中田留太夫

大丈夫大丈夫!お襖はおぴしゃりとお閉めでござるよ?

中田留太夫
中田留太夫

さあ、おじさん!

治部右衛門
治部右衛門

・・・おじさん?異な言葉遣いの御人じゃ・・・

中田留太夫
中田留太夫

ごじんもニンジンもないよおめえ・・・

中田留太夫
中田留太夫

お使者に来て口上を忘れるなんてそんなとぼけたことはねえや・・・

中田留太夫
中田留太夫

俺はこんな格好してるけど侍じゃねえんだよ!

中田留太夫
中田留太夫

職人なんだよ!お前さんが可哀想だから出てやったんだから・・・

中田留太夫
中田留太夫

さあ!ケツひねるから!早くまくっちゃえ!

治部右衛門
治部右衛門

・・・では・・・お願い申す!

中田留太夫
中田留太夫

あらぁ・・・また傍で見たら汚いケツだこりゃあ・・・

中田留太夫
中田留太夫

こんな毛を生やしてどうするってんだ・・・コオロギでも飼おうってんじゃねえだろうな・・・

中田留太夫
中田留太夫

俺は並の奴より力があるから、痛いなんて言って後ろ向くなよ?いいかい?

中田留太夫
中田留太夫

よいしょっ!・・・どうだい!?どうだ?

治部右衛門
治部右衛門

う~ん・・・ご貴殿真に冷たいお手をしてござるな・・・

治部右衛門
治部右衛門

もう少々手荒く・・・

中田留太夫
中田留太夫

えぇ?いいのかいそんなこと言って・・・

中田留太夫
中田留太夫

あらぁケツがかちかち、たこになってるよこれ・・・

中田留太夫
中田留太夫

よ~し、今度はつかんどいて半分ひねるから!いくぞ!

中田留太夫
中田留太夫

いよぉぉぉぉ!!!よったぁ!!いよぉ!どうだぁ!ったぁ!・・・

治部右衛門
治部右衛門

あぁ!・・・いやぁ!これはまた大変な力量でござる!痛み耐えがたし!

中田留太夫
中田留太夫

そうこなくっちゃ面白くねえや!

中田留太夫
中田留太夫

思い出せよぉ!閻魔のこ~~~!!!

治部右衛門
治部右衛門

うぅぅ!!・・・いやぁっはっはっは!

治部右衛門
治部右衛門

・・・思い出した!思い出してござる!

三太夫が合いの襖をガラリ!

田中三太夫
田中三太夫

して、お使者の口上は!?

治部右衛門
治部右衛門

屋敷を出る折、聞かずに参った・・・

粗忽の使者を聞くなら「柳家小さん」

柳家小さんの「粗忽の使者」は、忘れっぽさが生む滑稽さと哀愁が交錯する一席です。頼まれごとを巡る行き違いが、次第に大きな混乱を招く様子を、小さんが巧みに描き出します。江戸の風情と人情が溢れる、味わい深い古典落語の一作です。

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粗忽の使者を聞いて

物忘れが激しいと忘れたことも忘れるという、珍事件が起きるんですね!

でも地武太氏ほど忘れる人であれば、どんなに嫌なことがあってもすぐ忘れてしまうので、それはそれですごくいい特性ですよね。

今回の内容には書いていませんが、そもそも地武太氏を使者に遣わしたお殿様も、地武太氏が物忘れが激しく面白いやつだと分かっている上で地武太氏を使者に遣わしています。

だから、地武太氏が殿様に口上聞くの忘れてお屋敷を出てしまいましたと謝っても、お殿様は笑い話にしてしまうでしょう。

もっとも、殿様に口上を聞くのを忘れてお屋敷を出ましたと言わなければならないことすら忘れてしまいそうなものですね、この地武太氏は・・・

地武太氏は物をひとつも覚えていませんでしたが、我々も覚えられる量には限りがあるようです。

『マジカルナンバー7±2』と言って、数字や単語の並びは大体5~9つまでしか覚えられないような容量になっているそうです。

だからいくら記憶力が良くても、最大の誤差は4つまでですね。

記憶力のある人は頭がいいからではなく、覚えるための工夫をしているから頭がいいんですね。

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