人力車しかなかったような時代には、酔っ払いの天下で、夜遅くなるってと足取りのおぼつかない酔っ払いが大きな声を張り上げながら現れたそうでございますが・・・
替わり目を聞くなら「立川談志」
立川談志の「変わり目」は、酔っぱらいと女房、うどん屋が織りなすドタバタ劇を、鋭い言葉のセンスと独特の間で見事に描く。
言葉遊びが光るオチまでの展開が絶妙で、笑いの中に深い人間観察が感じられる一席です。談志ならではの味わい深い「変わり目」を堪能できる。
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さぁ〜!こんちくしょう〜!矢でも鉄砲でもなんでも来いってぇんだぁ〜!べらぼうめぇ!
一でな〜し!っとくるよぉ!
二でな〜し♪三でな〜し♪四でもなければ、五でもな〜しぃ〜♪六でもなければ、七でもな〜しぃ♪ 八でもなければ、九でもな〜し♪
十、十一、十二十三十四、十五、十六、十七、十八♪・・・
十、十一、十二十三十四、十五、十六、十七、十八♪・・・
止まんないねぇこの歌はどこまで言っても・・・
あぁ〜!いい心持ちだ!
ちょいと大将!大将!もし!大将!
な、なんだ!今呼んだのはおめぇか?
左様でございます!
なんでい!人のことを大将大将言いやがって!俺がいつ戦に行ったぁ!?
いやぁそういうわけじゃないんですがないんですがね・・・
お足元がふらついて危のうございます、いかがでございましょう?
車(人力車のこと)を差し上げたいんですがな・・・
車?おぉ〜!いいなぁ!差し上げてくれぇ!う〜んと高く!
いや持ち上げるんじゃないんですよ・・・乗っていただきたいんですがな?
車にかぁ?いやぁいいよ、俺は今乗りたくねぇからよ・・・
そんなこと言わないでいいじゃないですか、帰り車なんでお安くしときますがな!いかがなさいます?
なにをぉ!?帰り車だぁ?何を言いやがんでい!
帰り車だって客に進めると、客の方が「おっ!こいつは帰り車だから安く乗れるな!」と思うから、おめえは嘘をついて帰り車だと言ってんだろ!?
恐れ入りますな・・・実はそれが本当なんでございます・・・
偉い!偉いよぉ!その商売熱心なところが気に入った!
それじゃあ乗ってくれますか!?
いやだぁ!
なんですか、あなた喜ばしてがっかりさせちゃいけませんよぉ!
お願いしますよ、頼みますから乗ってくださいよぉ!
しょうがねえなぁ!こちとら江戸っ子だぁ!
人に頼まれて嫌と言った後には引き下がれねえ!なぁ!
よ〜し!じゃあ車乗ってくよ!
へぇ!左様でございますか!
それじゃあ今抑えてますから、よく捕まって、大丈夫ですか?
立ってるってと危のうございますよ!座っちゃってください!座っちゃって!
え〜!どちらへ参られますかな?
え?
どちらへ参られますかな?
どちらへ参りますぅ?どちらへ参りますって俺に聞くなよ〜!
そりゃお前俺が、「おい車屋〜!どこそこまで乗せてってくれ〜!」って言って乗ったわけじゃねえんだよ?
俺が歩いてるところをおめえが乗ってくれ乗ってくれというもんだから、しょうがねえ、おめえの顔を立てて乗ったんだから・・・
どこへでも好きなところへ連れてきなよ!
そういうのは困るんですがねぇ・・・どっか行くところはないんですか?
どこにも行くところねぇんだよ!
でもどっか行きましょうよ!
どこへ行こうなぁ・・・おめえのうち行こうか?
いやうちは困るんですがな・・・じゃあとりあえずまっすぐ行くのはどうです?
おぉいいな!まっすぐ行ってくれ!
そのあとは右と左、どちらに曲がります?
いや俺は曲がったことが大嫌いなんだ!どんどん真っ直ぐ行ってくれぇ!
それは困りますなぁどうも・・・
それじゃあとりあえず真っ直ぐ行きますがな、曲がるところがきたら教えてくださいな!そしたらちゃんと曲がりますから!
よろしゅうございますね?行きますよ!よっ!そらぁ!っとっとぉ!
おぉっとちょっと待ってくれ待ってくれ!
おめえがいきなり持ち上げたから、俺ぁ仰向けになっちゃったよ・・・
おい、そこにな、明かりのついてる家があるだろ?そこにこんばんわと訪ねてくれ?
それで向こうがなんですか?と聞いてきたら、なんでもありませんよぉ〜!っつっておめえ逃げてこい・・・
こんな夜中にくだらねぇ遊びしやがってんで、向こうが追っかけてくんのが速えか、俺乗っけておめえが逃げんのが速いか、ひとつ競争しよう・・・
いやですよぉ〜!そういうのはぁ〜!もうこのまま行きましょうよ〜!
だめだよ!そんなこと言わねえでやってくれ!おめえがやらねえと今度俺ぁ車から降りねえぞ?
さぁ〜あ!殺せぇ!
しょうがないねぇこの人は、どうも・・・
こちらですか?怒られたら謝ってくださいよ?弱ったなぁ全くもう・・・
こんな遅くまで明かりつけて起きてることねぇやなぁ、このうちも・・・
えぇ〜、こんばんわ・・・こんばんわ・・・こんばんわ!
はい!まぁ〜車屋さんじゃありませんか、何か?
えぇ、どうも、いやぁ今そこで酔っ払い一人乗せちゃったんです・・・
どうしてもこちらを尋ねねぇってと車から降りねえって言うもんですから、誠にすいませんが、別になんの用もないんでございますよ・・・
あぁそうですか・・・大変ですねぇ、酔っ払いの面倒まで見なきゃいけないんですから、本当にご苦労様でございます・・・
あらあらあらまぁまぁ、本当にへべのれけというやつですよ、まああんなに酔っ払っちゃって・・・
あぁ!ちょ、ちょっとだめですよ!旦那入ってちゃ!
ちょ、ちょっとおかみさん止めてください!止めてください!
いいんですよ、うちの人ですから・・・
あ・・・
あ、あのぉ〜どうも大変にすいません・・・あ、あの大変にお世話になり・・・
そんなことないでしょう?こっちの方がお世話になったんでしょ?どの辺から乗せたんです?
え?い、いやぁどの辺ってほどじゃないんですよ・・・
おたくの前の所で乗せましてね?まだ車回ってないんですよ・・・
あらそうですか、酔っ払うとそんなことばかりしてるんですよ・・・
あのこれ本当に少ないんですが、後でタバコでも買ってくださいな・・・
いえ!冗談言っちゃいけませんよ、おたくの旦那をおたくの前で乗っけて、あたしは御足(お金)もらいにくいよ・・・
まあまあいいじゃありませんか、またいろいろとね、お世話になることがあるかもしれませんから・・・
ありがとうございました、ご苦労様でした・・・
あっ、そこ閉めてってくださいな、はいっ、どうもご苦労様でございました!おやすみなさい・・・
どうも〜!うっふっふっふ・・・
・・・
どうしてお前さんうちの前から車に乗るんだよぉ!
乗るんだよぉ!ったってしょうがねぇじゃねえか!
向こうが乗ってくれって頼むから俺ぁ乗ったんだよ!
それよりもおめえ、車屋がいらねぇいらねぇって言ってんのに、無理に銭やって・・・
俺がいくら稼いでも足りねえと思ったら、おめえ・・・
あの車屋に貢いでたな?
何を言ってんだよぉ!まぁ〜どれだけ飲んできたのか知らないけど、臭いねぇ〜!もう早くお寝なさいよ!
え?
寝なさいよ!
いやぁ!俺は寝ない!
寝ないでどうすんの!?
ね、寝ないで俺はちょっと、こういうことをしようじゃねえか・・・
な〜に?この手つき?
こうやりゃあわかるじゃねえかぁ!こうやって硫酸飲むやつはいないんだよ?なぁ?
こうやったら決まってんだろ?酒だよ!
何をいってんだよ、シラフだったら飲ませないこともないけどさぁ・・・
本当にそんなに酔っ払ってきてだめですよ、飲ませるもんかねぇ!だめ!いけません!
飲ませんませんよぉ!
・・・おめえ近頃このうちでずいぶんいい顔になったね・・・えぇ!?
おめぇ一体誰に向かってその口の聞き方してんの?俺ぁこのうちの主ですよ?
主というのは、このうちで一番偉ぇんだ!戸主だよ戸主!
嘘だと思ったら、おめえ区役所行って聞いてみろ!俺が一番偉ぇんだ!
偉くないとは言わないけどさぁ〜!そんなに酔っ払ったら飲めないでしょ!?
そらぁ飲めないでしょじゃないんだよ!おめえ男としてそういうことを言われると、意地でも飲みたくなるんだ!
だいたい男ってのは、世の中逆らって生きてんだ!人が右だって言ったら左へ行きたくなんだよぉ!なぁ!?
だから俺が帰ってきたときにだよ?おめえが「あなたお帰りなさいまし!」ってつぅ〜っと行ってだよ?
表まで迎えに来て
「あなたずいぶんとお酔いになられてるようですけども、外は外、うちはうち・・・うちのお酌じゃうまくないでしょうけれども、あなた一杯いかが?」
くらいなこと言ってみなぁ!?
そうすりゃあ、「うちで支度をしてんのに外で飲んできちゃって悪かった!飲むのはよそう、飲みませんよ!」ってこういうことになるんだよ・・・
それをおめえみたいに「飲ませませんよぉ!」なんてなことを言うから、こっちは意地でも「飲むぞぉ〜!」ってなんだよぉ!
あたしだってね?支度だけはしてあるんだよ?
外は外、うちはうち、あたしのお酌じゃうまくないでしょうけれども一杯やるかい?
じゃ、もらおうか・・・
なんだよこの人はぁ!インチキじゃないかねぇ!
インチキだよぉ!インチキしなきゃうちじゃ飲めねぇんだからぁ!なんでもいいから早く持ってきてくれぇ!
頼むよぉ!頼むよぉ〜♪ぉぉ・・・
おいおい、ちょっと待ってくれ、な〜にこれ?いや酒はわかってるよ、酒は・・・
え?湯のみに冷で酒を一杯注いでだよ?それを俺の前に置いて、すっとそっちへ離れて俺をじ〜っと観察するなよ・・・
なんだいこりゃあ・・・こんな寂しい話はないよ?
何にもないの!?つまむものは!
何にもないよ!
な、何にもないっておめえ投げやりになってなんか言うねぇ・・・
なんかこう口の中に放り込んでさ、上の歯と下の歯をトントントントンっとぶつけ合わせたいという料簡に俺は今なってるんだ・・・
な〜んにもないの!?
な〜んにもないんだよぉ!もうちょいと早く帰ってきてたら、今そこに油虫ならいたけど・・・
こんちくしょう!油虫で飲めるかい!えぇ〜!?
あるでしょ〜!人が住んでるうちだよ!なんかないわけがない!
ちょっと台所行って探してごらん?俺が今朝食べ残した納豆の残りが三十七粒半残ってるんだ・・・あれだしなよ!
それあたし食べちゃったよ・・・
えぇ?
あたし食べちゃったぁ!
・・・
あぁ驚いた・・・俺今おめえに呑まれんのかと思ったよ・・・大きな口を開けるねお前は・・・
それよりもっと開けなきゃいけない時どうすんの?口の両脇を裂かなきゃなんないよ?
お前は言葉遣いがいけないよ?あれはどうした?って聞いたら、お前は女なんだから「食べちゃった!」なんて言うんじゃあないんだよ・・・
日本にはいい言葉がたくさんあるんだよ?
あれどうした?
いただきました・・・
いい言葉じゃあねえか、こういうことを言ってんだよ?そうすりゃお前ね、こんなんなって口が開いて、呑まれそうになるなんてことはないんだよ・・・
いい言葉じゃあねえか、こういうことを言ってんだよ?
そうすりゃお前ね、こんなんなって口が開いて、呑まれそうになるなんてことはないんだよ・・・
わかんなことはないだろう?あれどうした?って言われて、いただきました・・・
いいか?あれどうした?
いただきました・・・
こうなりゃいいんだよ・・・
あれどうした?
食べちゃったぁ〜!
こうなるじゃねえか・・・な?だからそういう風にいいなよ・・・
そう?じゃあ、いただきました・・・
そうだと言われりゃ、しょうがねえや、他のもんを俺ぁまた考えるよ?
昆布の佃煮は?
いただきました・・・
あぁそう・・・鮭の焼いたやつが残って
いただきましたぁ・・・
みんないただいちゃうんだから・・・なんかないのかい!?
何にもないんだよぉ!遅く帰ってきてうるさいねぇ本当に!
じゃあどう?横丁の屋台のおでんで!
おぉいいとも・・・いや嬉しいねぇ!おでんに気がつく!
あ、いや、うん、ひとつ買ってきておくれよ・・・とにかくね、俺が好きなのは、やきだからな・・・
やきってな〜に?
いや、やきって何なんて聞くなよおめえ・・・焼き豆腐のことをやきって言うんだよ・・・
じゃあ焼き豆腐って言えばいいじゃないか・・・
そんなおめえやきどうふぅ〜なんて長ったらしいこと言えねえんだよ!
おでん屋の親父に、「おう!やきひとつ!」って言えば、向こうですっと出してくれんだよ・・・
そうかい・・・あとは?
あとは、がんだな・・・
鳥かい?
鳥じゃない、がんもどきだよ!がんもどきのことをがんと言うの!
あとお前の好きなもの買ってきていいよ・・・
あぁそう?じゃああたし、じとペんがいいねぇ・・・
なんだいそりゃあ・・・
すじにはんぺん・・・
変な詰め方するなよ!早くいっておくれ早く!早く行けって!
早く行けってのに、また出かけるとなると鏡台の前に座りやがって!
いいんだよおめえ顔なんざどうだって!おめえは顔なんざねぇ方がいいんだよ?
手と足だけあって俺の用さえしてりゃいいんだから!ぐずぐずしてるってと叩き出すぞぉ!
手と足だけあって俺の用さえしてりゃいいんだから!ぐずぐずしてるってと叩き出すぞぉ!
ちくしょうーー!馬鹿ぁーー!
・・・
はぁ・・・ありがてぇなぁ・・・俺は表ではこんなこと言ったことはねぇけれども、表行きゃみんな褒めてくれんだよ・・・
おめえんとこのかみさんはいい女だってんで、そりゃ俺だっていい女だ、いいかかあだってそう思ってるよ?
だけどそんなことを面と向かって言ってごらん?
おめえはいい女だよなんて言ったら、女なんざすぐにその気になりやがって、こんなんなってひっくり返ってそうかしら?ってんで調子に乗るんだ・・・
だからこんちくしょう!おたふく〜!間抜け〜!馬鹿ぁ〜ってなことを言ってるけど
本当は俺ぁ感謝してんだ・・・
いつもこんな酔っ払いの面倒を見てくれて本当にありがとうございます
っていつも俺ぁ拝んでんだからぁ!
あっ!おめえまだそこにいたのかよぉ!
元全部見られちゃったよぉ!
替わり目を聞いて
この演目は、元々もう少し長い演目でして、このあとうどん屋も絡んできます。しかしながら、五代目古今亭志ん生さんの改作によって、今回のサゲのように、少し短く、夫婦の人情噺を描いたような形となりました。
もし、気になる方がいらっしゃれば調べてみてください。
ただ、そうなるとやはり人情噺とだけあって、難しく若い噺家さんでは芸がクサくなったり、わざとらしくなってしまいます。
長年の下積みを経て、人間らしさが板についてきた年齢になってようやくなせる演目です。
替わり目を聞くと、昔は、人の本音や思っていることは当事者同士では筒抜けだったのではないかなと感じました。現代は、顔が見えなくても、いくらでも連絡手段はありますし、SNSで身近に人を感じることはできます。
しかしながら、その人がどんなことを考えているのかを読み取るのは難しい時代になったのではないかな?と思いました。
時代が進むに連れて、一人の人間が背負うキャラクターの数が増えたと思うからです。
家族と一緒にいる時の自分。友達と一緒にいる時の自分。 学校、会社にいる時の自分。SNSをやっている時の自分。それぞれで、違った自分がいるようになっています。
それに比べて、昔(落語の世界)では、役割がきちんと決まっていて、ブレません。また「替わり目」の最後のオチのように、本音をポロっと口に漏らしただけで、相手に簡単に伝わります。
一見、不便な世界だと思うかもしれませんが、世の中本音を言った方が信用されると私は思っています。
だからこそ、今は「嘘、偽り」に対してのバッシングが強いように思われます。今は便利な世の中にはなりましたが、人間対人間、Face to Face(面と向かって)という意味では本音を引き出しづらい不便な世の中になったのかもしれませんね。
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