夏のある日のことでございまして・・・
青菜を聞くなら「柳家小さん」
元は上方落語だった青菜を江戸落語に移植したのが三代目柳家小さん。その後、四代目、五代目柳家小さんへと青菜が導かれている。滑稽噺の中でも上品な落語が「青菜」だが、植木屋のうまく上品さを出せずに憎めない様子を小さんが上手く演じている。
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植木屋さん、ご精がでますな

おっ!どうも!旦那ですか!

そこで旦那が涼んでらしたってことをあっしは気づきませんで・・・

どうも失礼を致しました・・・

あなたがこのところ毎日毎日うちに来てくださって仕事をしてくださる・・

真に心持ちがよい・・・

それにまたあなたが水をまいてくださると、これがまたとてもいい・・・

うちの女共に任せますとね?水たまりばかりこしらえて、どうも思うように水がいきわたらない・・・

あなたが水をまくとまるで夕立ちがひと過ぎしたように庭中くまなくいきわたる・・・

青いものから雫がおちて、そこを通して来る風などは・・涼しいなぁ・・・

へぇ・・そうでございますねぇ~あっしもねぇ・・・

こうやってお屋敷でもって仕事をさせていただいてますから、涼しい思いをさせていただいてるようなもんでして・・・

いや別にあっしの所だってね?風の来ねえことはございませんよ?ときどきは来ますがね?

なにしろあっしの所は長屋の一番奥の突き当りですから!

あっしんところまで届く風ってのは長屋の羽目にひっこすり、こっちの板部へひっこすって、やっと曲がりくねってあっしの所へ届くでしょう?

もうあっしん所へ届くころには、もうすっかり生温かくなってますからねぇ・・・

こういう風が吹くようじゃ、今晩あたり化け猫でも出てくるじゃねえかと言うようなねぇ、そんな風になりますよ?

化け猫が出る風というのは面白いな・・・

時に、あなたはなんですか?御酒はお好きですかな?

へい?御酒ってと酒ですか?

あっ・・酒ってのはあっしはもう~ある程度もうあるだけ飲んじゃうんですよ!

ほうほう、なんですかな?そのあるだけ飲むってのは・・・

えぇ!ですからね?五十銭あれば五十銭だけ飲んじゃう!一円あれば一円だけ飲んじゃう!

三円もってりゃ飲めなくったってなんとか酒屋に無理やり頼みこんで、ひとったらしでも売ってもらおうって・・・

ははぁ・・それじゃあ本当にお好きなんだ・・・

あたしは今ねぇ、こうやって庭を眺めながら涼んで一杯、実はやっていたところで・・・

へ?あっ!こっちの方を?あぁそうですかぁ!

そうなるってと旦那もやはりお酒はよほどお好きなようで!

いやいやよほどお好きと言うようなこともないが・・・

こんな風情で庭を眺めながら、ちょいと舐めるなんということはおつなもんですからなぁ・・・

どうです?あとは私が一口つけただけですが、あなた片づけてくださらんかな?

へ?片づけてってことは、それあっしに御馳走してくれるんですか?

あっ、そうっすかぁ・・いやそりゃあねぇ、好きっすからねぇ・・・

あっしは勧められて断ったことはねぇんですけどねぇ・・・

まだなんたってそろそろ決めようかなと思ってた時ですから・・・

いやまだそれでも仕事中ですからねぇ・・・

仕事中ですからお断りします!って立派に言ってみてえんですが・・・

あっしはいくら言ったってねえ、腹ん中が黙ってねえんですよ?

お断りしますって言ったとたんに腹ん中から『いただいておきなさい・・・』

な~んて声が聞こえるってともう、揉め事の元になりますから!?

え?あ、そうっすか!じゃあここんところはあっしが素直に折れて、頂戴します!

あぁそうですか・・まぁそうしてくださった方があたしも嬉しい・・・

さあさあどうぞこちらこちらへ・・・そこへ遠慮なくおかけなさい・・・

そこのガラスのコップでお上がりなさい・・・

え?ガラスのコップ?あっ・・これやっぱりガラスのコップでいいんですか?

コップって言うのかなぁ?おちょこって言うのかなぁ、どっちかなぁ?って思ってたんですが

そうですか!じゃあえへへ!頂戴させていただきます!

それは上方の友人から届いた柳陰(やなぎかげ)というお酒でな?

柳陰?へぇ~・・・

柳陰ってとなんですねぇ、なんか幽霊かなんかが出てきそうな酒ですねぇ・・・

じゃあ頂戴いたします・・・

・・・ごくっ・・・

旦那、これあれじゃないですか?『直し』じゃねえですか?

そうですね、こちらの方では直しと言いますが、上方の方ではそれは柳陰とこう言っております・・・

ああ~!よくありますねえ!所が変わるってとひとつの物でも呼び名が変わるってねぇ!

あぁそうですかぁ・・・

だけど旦那なんですねぇ、こういう時にまたこういう物もまたおつなもんですねぇ!

驚きました!さっぱりしてねぇ!いいですよこれは!

・・・ごくっ・・・

あぁ!いいなこりゃあ!うまいですねこれねぇ!

それにこれずいぶん冷えてますねえ!

いやいや、それは冷えていると言うほどのことでもないんだが、あなたは今までひなたでもって仕事をしていたので、口の中に熱がある・・・

まあそれでそんなものでも冷えてる、冷たいと感じるのでしょうなぁ・・・

あぁ~なるほど、確かにあっしはひなたで仕事をしてたから口ん中に熱・・・

あぁ!そういやぁなんだかねぇ!口ん中でねばねばしてますからね?

熱がありますね!こりゃあ結構なもんだ!

・・・ごくっ・・

旦那これはうまいですよぉ~うまい酒ですよ!

そこに、鯉の洗いがあるからお上がりなさい・・・

へ?鯉の・・・

あっ!これ鯉の洗いですか!

いやさっきからね?なんかあるなとは思ってたんですけどね?

あっしは面目ねえんですが、あっしはこの歳になるまで鯉の洗いってもんは頂戴したことがねえんですよ・・・

あのぉ始めてなんで食い方もよく分かりませんが、えぇ、ちょいと頂戴いたします・・・

こ、これはどうするんですか?み、味噌につけて?あ、そうっすか・・・

あれぇ?あっしは鯉ってのは黒いもんだとばかり思ってましたがねぇ!

ずいぶん白くなりましたねぇ・・・これだけ洗うにはずいぶん石鹸つけて・・・

いやいや洗いと言っても別に洗濯をしたわけじゃありませんから、身は白いので・・・

黒いのはあれは皮です

あ!皮ですか!あっどうも知らねえってのはねぇ!だらしがねえもんですねえ!

へえへえ!じゃあ頂戴いたします!

これをさっそくこうやって・・はい・・・もぐもぐ・・・

へぇ~・・・旦那これうまいもんですねぇ!美味いですねぇ!

いやいや美味いと言うほどのことでもないでしょうが、これはもうごく淡白なもので・・・

あぁタンパクね?そうですねぇ・・・

あの旦那すいませんがこの『タンパク』をもう一切れ欲しいんですが、大丈夫ですか?

あっ、いい?それじゃあ頂戴いたします・・・

もぐもぐ・・もぐもぐ・・・

あぁうめえやこりゃあ・・旦那これはよく冷えてますねぇ・・・

それはよく冷えてます、ご覧なさい・・・

下に氷がしいてある・・その上にのっているからよく冷える・・・

へ!?氷が!?あっ!本当だ・・ひぇ~・・・

驚いたぁ、やっぱりお屋敷ですねぇ・・・

あっしなんてね?自慢じゃありませんが、ひと夏のうちに氷なんてものはぶっかきなんざ、口の中に一度入るか二度入るか分からねえぐらいのもんですよ!

へたするってとひと夏のうちに氷はお目にかかれねえなんてこともありますからねぇ!

それが、ちょいと氷が欲しいなと思ったときにすっとこういうところへ出てくるってのは、やっぱりお屋敷だもんねぇ・・

驚きましたねぇ・・へぇ~さすがだなぁ・・・

あのぉ、旦那・・・あの・・ガキみてえだって笑わねえでもらいてえんですが、どうですか・・・

この氷ひとっかけ、あっしほおばってみてえんですが、もらってもようござんすか?

そうっすか!もらってもいい!?じゃあ頂戴致します!ええ!

・・・

ひぇ~!・・・ずずっ・・おおぉ・・頭が痛ぇや・・ひぇ~!!

旦那この氷はずいぶん冷えてますねえ!

氷が冷えてるというのは面白いな・・・

しかしあなたのようにそうやって出すもの出すものなんでもおいしいといってくれると、真に心持がよい・・・

時に植木屋さん・・・あなたは菜はお好きですかな?

へ?

菜のおひたしはお好きですかな?

ああ!菜のおひたしって青菜!?

あっしは菜ってくるってともう、でえ好きで!

でえ好き?

あ・・大好き・・・

別に言い直さんでもよろしいが・・・

今さっそく台所からこちらへ、取り寄せますが・・・

いいえ!そんなわざわざ取り寄せてくれなくても、あっしは勝手が分かってますからぐるっとまわってねえ!あの女中さんからいただきますから!

いやいやそんなことをしたんじゃ酒の味が落ちますからな?

うん、まあちょっとお待ちなさい・・・取り寄せましょう・・・

・・・これよ・・・奥や・・・

旦那様・・お呼びでございますか?

おお、奥か・・・

植木屋さんが菜がお好きだとおっしゃるからかつお節をたっぷりかけて、こちらへ持ってきてあげなさい・・・

・・・旦那様?

なんだ?

鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官(くろうほうがん)・・・

あぁ・・そうかい・・じゃあ義経にしておきなさい・・・

植木屋さんどうもすまぬことをしたね・・・

勝手もとが分からんというのが男のだらしのないところで、まだあると思っていた菜がみんなになってしまったそうだ・・・

ひとつお許しいただきたい・・・

いえいえ!許すも許さねえもねえんですよ!

あっしは、はなっからそんなもんはねえと思えばそれで済むんですからね?

それはそれでいいんですけれども、あの・・・

どなたかお客さんがお見えになったようですから、どうぞそちらへおでになってください

いえ、別に誰も来ませんよ?

え・・でも今奥様が・・・

いえ、奥は『もう菜がみんなになってしまった、なくなってしまった』と・・・

・・・

そういう話は出てなかったような気がするんですがねぇ・・・

どなたかおいでになってんでしょ?

いいですよ、あっしにねぇ、まあ気は使わねえでしょうけれども、遠慮・・・

まあ遠慮もしねえでしょうけれどもねぇ、どうぞどうぞ、あちらへお出になってください!

いえ誰もきません・・・

え、だって来ましたよ、あのぉ・・奥様が、ね?

なんか鞍馬さんとか牛若さんがお出でになったって・・・

あぁ~・・あれですか・・ははっ・・どうも・・・

まああなたはねぇ、うちのお出入りの方だからお話してもよろしいがね?

あれは私と奥との隠し言葉というやつで・・・

仮にですよ?来客の折にあたしがそう言ったものがないと・・・

もうなくなってしまったとかもう支度ができないということになると、あたしも気まずい思いをするし、お客様もしらけてしまう・・・

そこでもって私と奥との隠し言葉・・・

『鞍馬から牛若丸が出でまして、その名を九郎判官(くろうほうがん)』

その菜は食べてしまった・・だからその菜はもうない、ね?

『その菜を食らう』半官・・・

それじゃあ仕方がないから良し(義)にしておきなさいというので、義経にしておけと・・

これは九郎判官・義経の洒落で、私と奥との隠し言葉・・・

こうすれば人様に知れることもない・・・

はぁ・・なるほどね~・・驚きましたねぇ・・・

それだったらうちの中の恥が表に知れねえで済むってやつですよ!

あぁ・・そうか・・そうだよねぇ・・・

そうすりゃあうちの恥が表に知れねえってとこが・・・違うなぁ・・・

うちのかかあはね?うちの中でも知らなくていいようなことをわざわざ表へ向かって言うんですよ!

大変ですよ・・『菜持って来い』なんて言ったら・・・

三日前に買ったつまみ菜がいつまであると思ってんだい!!』って・・・

あともう何にも言えなくなっちゃうんですからねあっしは・・

そうしてのべつ『いわしが冷めちゃう!いわしが冷めちゃう!』って・・・

のべつにいわしが冷めちゃうって言われたらあっしが朝・昼・晩といわしを食ってんのが、長屋中に知れ渡っちゃうじゃありませんか!!

そりゃあ知れ渡ったっていいですよ?確かに朝・昼・晩と食ってますけど!

食ってますけど、食ってると分かってるようなもんを人にわざわざ教えるってのはねぇ!

・・・鞍馬から牛若丸・・・その名を九郎判官・・・違うよなぁ・・・

・・・ごくっ・・ごくっ・・・

旦那・・・

柳陰が義経になりました・・・

あぁ、こりゃあどうも、とんだ失礼をしましたな・・・それじゃあ後をとりますから・・

いやいやいや!別に催促したわけじゃないんですよ!

あっしもなんか言ってみてえなと思っただけですからね?

これはあっしと旦那の隠し言葉ってやつで・・・

もうね!本当にもう結構ですから!充分頂戴いたしました!

明日また早いですから、今日はこれでもうおしまいに致します!

どうも、ありがとうございました!!
青菜を聞くなら「柳家小さん」
元は上方落語だった青菜を江戸落語に移植したのが三代目柳家小さん。その後、四代目、五代目柳家小さんへと青菜が導かれている。滑稽噺の中でも上品な落語が「青菜」だが、植木屋のうまく上品さを出せずに憎めない様子を小さんが上手く演じている。
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どうだい!違うねぇ!やっぱり!

『鞍馬から牛若丸が出まして、その名を九郎判官』旦那が義経にしたわけだよ・・

へぇ・・お屋敷ってのはねぇ・・・

どっか違うと思ったらそういうとこまで違うんだからなぁ・・・

俺だっていっぺんくれえよ?

ちょいと~!何をぐずぐずぐずぐず言いながら帰って来るんだよぉ!

いわしが冷めちゃうよ!いわしが!!

始まりやがったなこん畜生~!

おうおうおう!いわしを焼いてもいいけどなぁ!

焼くならちゃんと焼けちゃんと!頭ぐらいとったらどうだ!?頭ぐらい!

何を贅沢なことを言うんじゃないよぉ!こういう所に需要があるんだよ?

かるしゅ~むってのがあるよの!?かるしゅ~むってのが!

だからこういう所を食べておくってと体を壊さないんだよ?

だからご覧?犬は風邪ひかないだろ?

犬と俺を一緒に並べるやつがあるかよ!

お前さんと犬とは一緒にならない・・・

そうだろ?なぁ・・・

いい犬は高く売れるもの

なっ!この野郎おめえ俺を売る気になってやがんな?隙をみて!

あぶねえ野郎だなこいつぁ!

今日はおめえの前だけれども、こんな馬鹿に感心しちゃったことはねえんだ!

驚いたな!今日ぐれえ感心したことはねえ!

何を言ってんだい・・・二言目には感心した感心したって首かしげて帰って来るんだい

何に感心したんだい?

今日はな?あれはおめえなんだぞ?

お屋敷でもってな!もう気が乗らねえから仕事片づけようと思って、出ちまおうと思ってたところによぉ!

後ろで旦那が涼んでらしたんだなぁ・・・

『植木屋さん精が出ますね』なんて言われたから、ドキっとして腹ん中見透かされたのかと思ったら

そしたらおめえ旦那が召し上がっていた酒を片づけてくれ、飲ましてくれるってんだよ!

飲ましてくれるって言うからよぉ!それじゃあいただきますって俺ぁ飲んだ!

『柳陰』って酒だぞ?

柳陰ったって幽霊が出てくるような酒じゃあねえぞ?

そんなことお前さんに言われなくたって分かってるよぉ!

そんなこと言うけどなんにも知らねえから、俺がこうやってひとつひとつ教えてやるんだから、ひとつひとつちゃんと覚えろよ!

柳陰ったってなぁ!あれはおめえここらで言うんじゃねえんだ!上方の方では柳陰ってんだ!

知ってるよぉ・・そのくらいのことはぁ・・当り前じゃないか・・

お、お前はどうしてそうやって人の話をねぇ!

すぐ『会ったり前だぁ!そんなのすぐ分かり切ってるよ!』って、そういうこと言ったって話が先進まない・・・

お前いっぺんでも俺にそう言ったことある?

『あぁ、そうなの?へぇ~そうだねぇ』って例え分かってたってそういう風に相槌を打つんだよ!

てめえはなんでもそうだ!『会ったり前だぁ!決まってらぁ!』ってお前!

ね?その酒はこっちで言う『直し』・・・

そんなこと分かって・・・

分かってないから俺が言ってんの!ちゃんと聞け!

それで俺がうめえうめえって酒飲んでたら、鯉の洗いってのを御馳走してくれたんだ!鯉の洗い!

鯉の洗いったって、これぁおめえ黒いんじゃねえんだぞ?白いんだよぉ!

当たり前だよぉ!そんなことはぁ!黒いのは皮だい

あ、知ってんの?まあ知ってりゃあしょうがねえけどよぉ・・・

それでおめえ俺がうめえうめえって食ってたら旦那も嬉しくなったんだろうなぁ・・・

『植木屋さん菜をお上がりか?』って・・・

『菜のおひたしはお好きか?』って聞くから俺はでえ好きだってそう言ったんだ!

そしたらよ?すぐに取り寄せてやろうってんでなぁ!こうやってよ・・・

何してんのそれ・・・なんか乗り移ったの?

乗り移ったんじゃないんだよ!これからおめえ手を叩くんだよ・・・

(手を叩いて)・・これよ・・・(手を叩いて)・・・奥や・・・・

な?そうするってとふすまをすぅ~っと開けて、隣から奥様が・・・

・・・おい!・・おい!こっちを見ろこっちを!

俺が話をしようとするとすぐ横を向いてたばこを飲み始めるんじゃないよ!

たまにはちゃんと聞け!

この形をみろこの形を!

この形?あぁ・・・そういうカエルが出ると雨が降る・・・

これカエルの真似してるんじゃねえんだ!こういう形をするんだよ奥様が!

両手を前について!ちょっと腰をおとしてな?

旦那様・・・お呼びでございますか?

植木屋さんが菜がお好きだというから、かつお節をたっぷりかけて持ってきてあげなさい・・・

旦那様・・・

なんだ?

鞍馬から牛若丸が出でまして、その名を九郎判官・・・と言うってと旦那が

ほう、そうか・・じゃあ義経にしておけ・・・

ってどうだよおい!?これがおめえに分かるか!?

分かるよぉ!それくらいのことはぁ!・・・火傷のまじないだろ?

や、火傷のまじない!?おめえなんざそんなこと言ってるからな?それくらいのもんなんだ!

そうじゃないんだよ!これぁお前つまり奥様と旦那の隠し言葉ってやつだ!

仮にお前、らくらいの折によ?

なんだい?

らくらいの折に!

雷が落ちんの?

客が来るの!

それ来客だろ?

あぁそうそうそう・・・

来客の折によ、ないとかもう食べちゃったとか言うと、お互いに恥をかくってんだ!

だから表へ知れないようにして奥さんと旦那の隠し言葉・・・

鞍馬から牛若丸が出でまして、その名をって・・・

菜は食べちゃった!もうない!ね?それをその名を九郎判官・・・

じゃあ仕方がない・・良しにしようってんで、義経にしておけって・・・

ね?どうだい?これが奥様と旦那の隠し言葉だい・・・

てめえにこれだけのことが言えるか!?

言えるよ?

言えるぅ!?じゃあおめえ今言ったの覚えたか!?

覚えたよぉ~!

でもすぐ忘れる・・・

忘れちゃいけねえや、じゃあおめえ覚えたって言ったな!?

ちょ、ちょっと待ってろ!今それやるから!

たつ公が長屋の所に戻って来やがって、どっか出掛けてやがったんだろ!

今こっち呼んでそれやるからなぁ?

ちょっと酒持って来い、酒!一合しかない?いいからいいから!

早く持って来いってんだよ!?それからその魚、いい!

そのいわしの塩焼きでいいから!こっち持ってきて!

それでお前は次の間・・・あぁうちは次の間はねえんだもんなぁ!

なきゃあ、じゃあ押し入れ入ってろ押し入れ!

やだよぉ~~!このくそ暑い時に押し入れ・・・

いいから!入っておけ!
青菜を聞くなら「柳家小さん」
元は上方落語だった青菜を江戸落語に移植したのが三代目柳家小さん。その後、四代目、五代目柳家小さんへと青菜が導かれている。滑稽噺の中でも上品な落語が「青菜」だが、植木屋のうまく上品さを出せずに憎めない様子を小さんが上手く演じている。
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ご精が出ますなぁ・・・

おう!なんだおめえか!今日はずいぶん早いじゃねえか!もう帰ってきたのか?

ご精が出ますなぁ!

あぁ俺か?俺よぉ、今日精出ねえんだ、仕事休んじゃってよぉ!

昼寝したもんだからよ?体かったるくなっちゃて、それから今湯入って帰ってきちゃったんだ!

ご精が出ますなぁ!!

おめえ人の話聞いてないね・・・

今日精でねえんだよ俺はぁ!昼寝しちゃったんだから!

昼寝にご精が出ますなぁ!

昼寝に精出すやつはねえやな・・・

あなたが毎日来て、水をまいてくださると、庭に水がいきわたって、青いものから雫が落ちる・・そこを通して来る風なぞは・・・

涼しいなぁ・・・

な~にを言ってやがんでい!

青いもんなんかどこにもありゃしねえじゃねえかよぉ!そこにあんのはゴミだめだぁ!

あ、ゴミだめの根本に石油乳剤をまいて

その中をハサミムシがしっぽを持ち上げてくるくるまわってるところを抜けてくる風なぞは・・・

涼しいなぁ・・・

おめえどうかしてんじゃねえかおい・・・

涼しかねぇよ!?ありゃただ臭えだけだあれは!

えぇ~・・あ、あなたは御酒はお好きか?

なんだ御酒って酒か?酒はおめえ好きだよ、でえ好きだ!

あなたにお酒を御馳走しよう・・・

本当か?おめえ・・今までおめえにたかられたことはずいぶんあったけれどよぉ!

おめえにごちになるってのは生まれて始めてだぜおい!

いいの!?じゃあ本当にもらっちゃうよ?

えぇ・・さ、さあさあそこへ、おかけ・・汚れてもかまわん・・・

・・・それは俺が言うセリフだよぉ!

たまには掃除したらどうだ!まっ茶色じゃねえかよぉ!

ガラスのコップでお上がり・・・

ガラスのコップなんかねえや・・・

おちょこをガラスのコップだと思ってお上がり・・・

なんだよぉおい・・やけなこと言ってやがんなぁ・・じゃあもらうよ?

それは上方の友人から届いた柳陰だ!

柳陰ぇ?なんだ、こっちでいう直しだなぁ・・・

つまんねえもん飲んでやがんなぁおい・・・まあなんでもいいや・・・

・・・ごくっ・・

おっ?あれぇ?なんだこれ?当たり前の酒じゃねえかよこれは!

えぇ・・でもそれをまぁ・・柳陰だと思ってお上がり!

いやいいよ別にそんなもんじゃなくたって・・・

俺ぁまともな酒の方がいける口だよ?うめえよこれ!

えぇ・・あなたは今までひなたで働いていたから、口の中に熱がある・・・

それでそんなものでも冷たいと感じるのだなぁ・・・

・・これ別に冷たくないよぉ?ひなた水じゃねえかよぉ!生温けえや!

あなたは今までひなたで働いていたから口の中に熱がある・・・

いや俺熱ないよ?

いえ・・・あなたは口の中に熱があるの!

ないってんだよ!

で、でも少しはある・・・

そりゃあ少しはあるよ・・ちょっとなきゃ死んじゃうからよ?

・・・そ、そこに鯉の洗いがあるからお上がり・・・

鯉の洗いぃ?贅沢なことを・・・

これいわしの塩焼きじゃねえかよ!

まあでもそれを鯉の洗いだと思ってお上がり!

何言ってんだ、しょうがねえなぁ・・・

まあいいや、そんなものより俺はいわしの方がよっぽど好きだよ?

・・・もぐもぐ・・お!うめえぜこのいわしは!

こりゃあうめえや脂がのってんじゃねえか!うめえな脂がのって!

いやいや・・美味いと言うほどのことはない・・・

それはごく淡白なものだ・・・

俺ぁ脂がのってるってそう言ってんじゃねえかよ!

脂がのってて淡白ってのはあるかよ!

まあいいや!なんでもいいんだよ、俺ぁよ?

これうまきゃあそれでいいんだから!

下に氷がしいてある・・・

嘘つきやがれ!そんなもんあるわけねえやな!

・・・

・・・時に植木屋さん・・・

よせよぉおい・・・植木屋はおめえじゃねえかよぉ!

俺ぁ大工だよぉ!

で、でも今日だけ植木屋におなり・・・・

いやだよぉ!

あなたは菜のおひたしはお好きか?

なに?

菜のおひたしはお好きか?

嫌いだよ?

・・・いやあなたは菜のおひたしはお好きか?

嫌いだよ!俺ぁ青いものは大っ嫌いんだよ!

今までいっぺんだって食ったことはねえんだから!

あなた・・な、うぅ・・な、菜のおびだしはぉ好きがぁ・・・

泣くこたぁねえだろぉおい!?嫌いなものは嫌いだよぉ!

それぁひどいよお前ぇ・・・それはいくらなんでもないんじゃないの?

今までこっちの出したもん飲んだり食ったりしておいて、いきなりここへ来て寝返りを打つってのは、それはあんまり友達甲斐がないよぉおめえ!

例え嫌いでも少しは好きって言え!

なんだなぁ、やっきなことばかり言いやがって・・・

ふふっ・・・今さっそく取り寄せる・・・

いいよ!取り寄せなくっても!

(手を叩いて)・・・これよ・・(手を叩いて)・・奥や・・・

ガラッ!!旦那様ぁぁぁぁぁぁ!!

あ~びっくりしたぁ!な~にをやってんだよお前達はぁ!

さっきからかみさんの姿がみえねえと思ったら、このくそ暑いさなかに今まで押し入れん中に入ってやがって!

ほら見ろ!頭から水かぶったみたいにびっちょりじゃねえかよおい!

うるせえ、余計なこと言わねえで黙って見てろい!

植木屋さんが菜がお好きだと言うから、かつお節をたっぷりかけてこちらにもってきておあげ!

旦那様ぁぁぁ・・・

なんだ?

く、鞍馬からぁ・・牛若丸がぁ・・はぁはぁ・・

はぁはぁ・・出でまして・・その名を九郎判官義経・・・

・・・弁慶にしておきなさい・・・
青菜を聞くなら「柳家小さん」
元は上方落語だった青菜を江戸落語に移植したのが三代目柳家小さん。その後、四代目、五代目柳家小さんへと青菜が導かれている。滑稽噺の中でも上品な落語が「青菜」だが、植木屋のうまく上品さを出せずに憎めない様子を小さんが上手く演じている。
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