最近はどこもセールスセールスで、どれだけ安くするかで競争したりなんかしています・・・
それにつられて、店の店員も『これだけ安くしてるんだから客は逃がさない!』ってんで、もう目をギラギラさせて待ち構えてますから、できればそういうところには近寄りたくない・・・
ただ、こういう店員をう~んとうならせるようなことが出来たら、それも楽しいんでしょうけれども・・・
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兄貴!兄貴! 大変だよ大変!

なに?

うるさいな!大変大変って・・・何が大変なんだよ!

いや実はね?うちのあの台所のね、水瓶(みずがめ)の水がね?・・・外出するのよ!

無断で断りもなく上から下へ模様に沿ってつ~っとね、外出を・・・

なんだいそりゃ・・・そりゃ漏ってるんじゃねえか?

そうそう!漏ってる漏ってる!うちのかかあもそう言ってた!

漏ってるというのは水が外出することか?

何をくだらねえこと言ってやがんでい・・・

それがどうしたんだい?

それでうちのかかあが言うには、買い替えなければならない・・・

それじゃあ一荷(いっか)入りの水瓶よりも倍入る二荷(にか)入りの水瓶にしようってそう言うからよ?

じゃあ俺が買ってこよう!って言ったらお前さんは一人で行かない方がいい、お前さんと言う人はなんか店の親父を喜ばせて帰ってくる不思議な術を持っている・・・

その点あの源さんという人は人間がずる賢く出来ているからあの人に頼めば、親父をだまくらかして、ちょっとでも安く買ってくるから源さんと一緒に行ってきなってそう言われてきたんだけど・・・

源さん一緒に行ってくれない?

・・・お前誰の前でその話をしているんだ・・・

え?源さん・・・あっ!そうそう!これはかかあもそう言ってた!

これはあまり本人の前で言わない方がいいって・・・

本当にまあ・・・まあお前に言われても腹が立たねえから不思議でしょうがねえや・・・

ここにあるな、棒と荒縄持ちな・・・

な~に?

棒と荒縄を持てっての!

棒と荒縄って何すんの?

棒と荒縄を持てっての!

何すんのって向こうで買った水瓶担いで持ってくるんじゃねえか・・・

いやそんなのはみんな向こうでやってくれる!

それがお前バカだってんだよ・・・?

あたしがなんだろ?お前が色々うだうだ言ってちょっとでも安く買いたいとこう言うことなんだろ?

そうそうそう・・・分かればいい・・・

なにが分かればいいだ!だからそうだったらそれを持てってんだよ!

ちょいとでも引いてくれと頼めば値切りやすいってもんだ!さあ持ちな持ちな!

そう?すまねえなぁ、兄貴忙しいところ・・・

何が忙しいところだ・・・しっかりしなくちゃいけねえぞ?俺が今から色々知恵を働かせてな・・・

知恵働かすも何もいいんだけどさ・・・あの~物を買うのにうまく買うのと下手に買うってのがあるのかな?

そりゃそうだ・・・なんだって上手い下手はあるんだい・・・

じゃあ上手い買い物ってどんな買い物だ?

上手い買い物っていうのはまあ一言で言うとなんだな・・・『向こうの言いなりにならない』

つまり親父におやっ?っと思わせる、こういうことを一言言っておかなくちゃいけないな・・・

どういうこと?

どういうことってまあこれから八百屋に行って、こう・・・まあ大根を買うとするな?

いや今は瀬戸物屋に行って水瓶を・・・

だから!お前の頭の中には仮にという言葉が入る隙間がないのか!

仮に八百屋に行くとしてもだ!いい大根だな親父これをくれよと言うんじゃなくて、『水気がねえな』と一言言ってみな?

水気がねえなと言われると、こいつ見てるとこは見てるなと親父もドキッとするだろ?

ドキッとさせて少し追い詰める形を取らなきゃいけねえんだ、着物ならシワがあるなとか人形買うなら、どうもこの人形は人相がよくねえとかそういうことを言うんだ・・・

それで親父があぁこれは一筋縄ではいかないなと思うと足元を見られないとこういうわけだ・・・

あぁ~なるほどなぁ・・・なんでも兄貴は色んなこと知ってんなぁ・・・

おう・・・お?着いたぞ?

ずら~っと瀬戸物屋が並んでる・・・お前の好きな瀬戸物屋を選んで入ろう、どこがいい?

そうだなぁ・・・好きなとこでいいって言われたらやっぱりあそこがいいかなぁ・・・

あそこ?あそこっておめえ郵便局じゃねえか・・・

なんでこれだけ並んでて郵便局を選ぶんだよ!

だって店の前に大きな瀬戸物が・・・

郵便ポストだあれは・・・黙ってろ・・・ここがいいんじゃねえかと思うからここ入ろうじゃねえか!

おう親父!厄介になるよ!

へい!いらっしゃいまし!どうぞお入り下さいまし!何をお求めでございますかな?

ちょいとね、水瓶を見せてもらおうと思ってね?

ありがとう存じます・・・水瓶でしたらずっと手前の方に並んでおりますのが一荷入りの水瓶でございます・・・

後ろの方にありますのが倍入ります二荷入りの水瓶でございます・・・

あぁそう、ありがとう!いや俺の買い物じゃねえんだ、連れが買いてえってんで俺が付き合いで来たんだけれどもね・・・

おう!今親父が出てきて喋ってるぞ!早く来な!早くしろっての!入ってこいってんだよ!

ったくもたもたしやがって・・・おいおいちゃんと帯を結びなおせ、着物の裾引きずって何してんだよ・・・

え?足元を見られないように?

・・・今の一言でお前という人間の全てが分かるな・・・

いやぁあのね!こいつの好きなものを選んでやりたいと思うんでね!

おう!ここにずらっと並んでる水瓶どれがいい!?どれがいいってんだよ!

え・・・どれがいいってそうやいやい言われても困るけど・・・

う~ん・・・どれもよくないな・・・

どれも良くないってどれかいいやつがあるだろうよ!?

だって兄貴水瓶ってのは口が開いてて底があるから水が入るんだろ?

当たりめえじゃねえか・・・

これみんな口が塞がってて底が開いてるよ?

・・・今これみんな水瓶が伏せてあるんだ

・・・どうしてそういうボケが出来るんだお前は・・・

どれがいいんだ?こっちから二番目のこれがいいんじゃねえかと思うがどうだ?

水気がねぇなぁ・・・

・・・お前思い通りのところに切り込んでくるなぁ・・・

いいじゃねえか!今水が張ってねえんだから水気があるわけねえだろ!

けどこれは全体にしわがあり過ぎて・・・

模様だこれは!

しかし人相がよくねえ・・・

はり倒すぞこの野郎本当にまぁ・・・

おう!親父!この二番目の瓶いくらか教えてくれねえか?

ありがとう存じます・・・

これはもうどなた様でも同じなのでございますが、第一にこの瀬戸物屋がこれだけずらっと並んでいる中で手前どもを選んでいただきまして本当にありがとうございます・・・

初めてのお客様でもございます!えぇ!ぐわぁ~!っとお勉強させていただきましょう!

一つ三円五十銭でいかがでございましょう?

あぁなるほどねぇ・・・やっぱりうまいこと言うねぇ・・・

長年商人やってるとこういうことを言えるってんだよ・・・

確かにこれだけある中でてめえの所を選んだとそういう風に俺達を褒めておいて、始めての客だからぐっとまけて三円五十銭・・・

ありがたいねぇ・・・

だけど親父、これなんだな?

これが仮にだ、俺たちが初めてここへ来たんじゃなくて、ぐ~っとお勉強しなかったらこの瓶いくらなの?

えぇ!その場合ですと三円五十銭~!

同じじゃねえかこの野郎!

そこなんとか引いてもらえねえかなぁ・・・

みなさんそうおっしゃるんでございます・・・いえお客様お気を悪くしないでいただきたい・・・

考えてもみてください、たかだか瀬戸物屋でございます・・・

こんなものはちょいともう何かが欠けたというだけでもどれだけの利幅があった所でどうにもなりません・・・

もう割ったといっても数が増えたとなっても嬉しくもなんともございません、どっちにしても大して儲からない商売でございます・・・

色々とご不満もございましょうが、ここはひとつこのままでお帰りください・・・

いやだからそれなんだよ・・・

気持ちは分かるんだけども、俺はな?こいつのちょいと付き合いで来たんだよ?分かるだろ?

ちょっと見てくれ見れくれ!あいつの形を!棒と荒縄を持ってんだよ!

買った瓶を自分達で担いで自分達で持っていこうってんだ、これだけの気持ちで店へ来る客もそういないだろう・・・

その気持ちも汲んでちょいとまけてくれよぉ!

左様でございますか?

まあそれだけおっしゃればそれはまぁ・・・お気持ちはありがとう存じます・・・

まあ縛って担いで持って行っていただけるというんでございましたら・・・まぁそうですねぇ・・・

おいくらぐらいかそちらからおっしゃって頂いた方が手前どもも考えやすいんでございますがなぁ・・・

そうかい?それじゃあ言わしてもらうけど・・・

親父実はよ・・・俺は小さい時分に、鉄板で火傷してな?

その時の恐怖と共に聞いたあのジュ~って音がもう耳に残って苦しくて嫌なんだよ・・・

そこでなんなんだが・・・三円五十というその五ジュ~ってのを取ってもらえねえかなぁ?

・・・凄い方ですねぇ~・・・ものを値切るのに幼児体験をおっしゃるんでございますか?

いや五十銭はいくらなんでもお客様乱暴も極まっておりますよ!

五銭だ六銭だの話だったらいくらか相談に乗ろうかと心の支度をしておりましたが五十銭というのは・・・

手前どもでもできることできないことがございますんで!それはもうご勘弁下さいまし!

いや棒と荒縄は分かります・・・棒と荒縄で五銭か六銭かと思っておりましたから、あ、いや・・・いやぁ・・・そのもうだ・・・んもう、いや・・・もう・・・

引き下がる気持ちはないんですねあなたには・・・

分かりましたよ・・・我々商人にも魔日というのがございます・・・

こういう日はなかった方がよかったなとそういう日もございます・・・月に何度かそういう日がありまして、たまたま今回そういう日に当たったと思います・・・

それからお客様の準備の良さとよくお喋りになるその前向きな気持ち・・・全てを考慮致しまして・・・

三円に致しましょう!

してくれる?・・・もう見込んだ通りの江戸っ子!嬉しいねえおい・・・

ありがとうよ!その代わり方々で宣伝してまたここに来るようにするからよ!な?

三円出しな!

え?

三円出せっての!

なに三円出せって?

今親父と話して値が決まったから三円出せってんだよ!

あっ!なんだ俺の瓶買ってたの!?

なんだ兄貴がべらべらべらべら喋ってるから兄貴も瓶買うのかと思ってたよ!ここに三円置くよ!

馬鹿なこと言ってんじゃねえよ・・・早くよこせ・・・

おう!親父!ここに三円置いとくからよ!

あぁ気にすることはねぇ!こっちで縛って担いで持ってくからよ!

おう担げ!よしっ!おう親父!ありがとうよ!

ありがとうございましたぁ~!またどうぞぉ~!

さあ担げ担げ!無事終わったしなぁ!

終わってないよ兄貴・・・兄貴!何にも聞いてねえな人の言うこと!

何が?

何がじゃないよ!俺が買いたいのは二荷入りの水瓶だよ!?

これ一荷入りの水瓶じゃないか!このままだとかかあに叱られちまうよ!

そんなことわかってるよ・・・これこのまま行くとな、自然に二荷入りに変わるんだ・・・

え!?これこのまま行くと二荷入りに変わる!?風に当たったりなんかすると?

馬鹿だねお前は・・・そこ左に曲がればいいんだよ・・・左に曲がれ!よし来たぞ!

あれ兄貴・・・これさっきの店と同じじゃねえか・・・

いいんだこれから入るんだからよ・・・

おう!親父!親父!

あっ!どうも!なんでございましょう?お忘れ物か何かで?

忘れ物かなにか?嬉しいなぁ!そう言ってくれるところを見ると俺達二人の顔、覚えてる?

・・・また先ほどの続きでございますかぁ?何をおっしゃるんです今お帰りになったところじゃございませんか・・・

あの何かご用でございましょうか?

実はさぁ・・・あんまり恥ずかしくて言いたくないんだけどね?

この連れてるこいつ・・・いや気づいてるとは思うんだけどね?

馬鹿なのよぉ・・・

いや表には出てないよ?今潜伏期間に入ってるからね・・・

担いでる途中に、後ろから俺の欲しかった瓶は二荷入りの水瓶だ!一荷入りの水瓶じゃねえ!ってそんなことを言うんだよ・・・

そんなこと分かってんだったら最初から・・・

おいおい兄貴、俺は最初から・・・

うるさいよお前は黙ってろ・・・

それでなぁ、ちょっと間違えちゃったもんで・・・

なんですかお客様・・・そんな息切らしてそして人を馬鹿呼ばわりして言うようなことじゃないじゃございませんかぁ~

つまりなんでございましょ?二荷入りの水瓶をお買いになりたかったのに!一荷入りと間違えてお帰りになったってよくあることですよぉ!

なにもそんなことまでおっしゃらなくても!えぇ!結構でございますよ!?

あ、そう?嬉しいじゃねえか、ぽんとそう言ってくれるってのは・・・

で、二荷入りの水瓶ってのはそこだったな?

えぇ!手前どもの横にございます!この一列がそうでございます!

あぁそうかい!う~んどれがいい?あの三番目のあれなんかどうだ?

あれがいいと思うけど、あれはいくらだい?

ありがとう存じます・・・いくらということになりますと、これはもう同じでございます、一荷入りの水瓶が三円五十銭でございます・・・

二荷入りはちょうど倍入ります・・・お値段も倍になりまして、七円でお願いしてるんでございますよ

・・・

・・・

・・・

・・・ただ者ではないとは思っておりました・・・

三円で売ったんですもんねぇ一荷入りの水瓶を・・・二荷入りが倍で六円で一円のひらき・・・

お客様・・・世の中にはできることと出来ないことがございます・・・

棒と荒縄までは中々良い支度でございました・・・

しかしこの作戦は見事外れでございます・・・読めましたのでいくらなんでも一円のひらきは・・・

いいですかお客様・・・あたし五十銭でも腹を切るつもりでおまけしたんでございます・・・

これが一円ということになりますと、手前どもなんのために今まで商いを続けてきたのか分かりません!

恐れ入りますが、そういうお買い物をなさりたいんでございましたらよそへ行っても構わないというくらいに・・・

そういうこと言うなよお前・・・俺たちはここで買いたくてこれだけ並んでる店の中でおめえんとこで買いたくてこうやって来てるんだい・・・

な?それをお前よそで・・・いや確かに一円は乱暴かもしれない、乱暴かもしれないが・・・

俺がここで一円引いて売ってもらったということになるとだ・・・町内帰って俺が黙ってないって話だろうよ!

おめえんとこの屋号ず~っと言って歩くよ!?俺仕事休んだっていいもん!

ここまでの気持ちがあるんだ!損して得取れって言葉思い出せよ・・・

な?今は一円かもしれねえが、これから何十円の儲けとなって帰ってくるぜ?

・・・

・・・本当に帰って来ますかね・・・

来ると思うよぉ?

・・・手前どもにはこの魔日というものがございまして・・・もうこういう日はなかったと思って済む日もございます・・・

もうこうなりましたら、あなたにはもう参りました!結構でございます!

もう瓶もうなかったもんだと思って、これもう六円でお引き取りになってください!

いい?いい?ありがとう!もうこれだ!もう江戸っ子の鏡だね親父!

嬉しいなぁ!もうず~っと言ってまわるぞ!おめえんとこの屋号!

じゃあこの二荷入りの瓶を六円だったな!?

えぇ!もう結構でございます!

そうかい、ありがとうよ!

でぇ・・・

もう一つ頼みがあるんだけどよ・・・ここまでしといちゃもう聞く耳もねえだろうなぁ・・・

・・・いやそれはもう聞く耳があるとかないとか・・・それはもうないと言えば聞く鼻すらないんでございますけれども・・・

まあ聞くだけなら何でもお聞きいたします・・・なんでございます?

聞くだけ聞いてくれる?いや聞くだけでもいいよ・・・

実はこいつの家、台所が狭いんだ・・・でね、瓶が二つあったってしょうがないんだよ・・・

だからできることなら、この一荷の水瓶引き取ってもらえたらありがてえなぁと思ってさ・・・

そりゃもう元々通りの三円でってわけにはいかないだろうから、十銭でもニ十銭でも引いてくれて構わないから、ただ二つあってもしょうがないからこの一荷の瓶引き取ってもらえたらありがたいと思ってさぁ・・・

頼めるかなぁ・・・

・・・

・・・あぁいや今ボ~っとしておりまして、なんでございます?

いやだからさ、こいつの家の台所が狭いから瓶が二つあっても用をなさないだろ?

だから一つで足りるから、この一荷入りの水瓶はいくらかで引き取ってもらいたい!

三円丸々とは言わねえ!

こっちだって一旦は買ったものだからちょっと引いてくれても構わねえから引き取ってもらえたらありがたいなとこういうことなんだ!

いやいくら引いてくれたって構わないよ!

お客様・・・こんなこと言わしてもらっちゃなんですが、これだけ瀬戸物屋が並んでおりますが、手前どもは一度もそういう商売をしたことはございません!

そりゃよそで買った水瓶を手前どもで引き取れ!あるいは買って十日も二十日も経ったものを持ってきて使い終わった後に引きとってくれ!

これはもうとんでもないことでございます!

今買って今お戻りになってまだ縄も解いてないという・・・

これは三円のものを元通り三円で引き取らせていただきますよ!

・・・はぁ~嬉しいねえ・・・商人はこうでなくちゃいけねえよ?

俺たちが構わないと言ってるものを三円のものは三円で引き取るというその物の考え方が素晴らしいじゃねえかなぁ!

ありがとうよ、親父!それじゃ引き取ってくれるかい!?

当たり前でございます!どうぞ手前どもで出たものでございます!お戻し下さいまし!

さっき三円渡してあったな?

えぇ!ありがとう存じます!ここにまだすぐお戻りになったもんですから、しまいもしないでここに三円ございます!

三円そこにあるんだな、それで一荷入りの水瓶を三円で引き取ってくれるんだな?

えぇえぇ!左様でございます!

じゃあここの三円と一荷入りの水瓶の三円で二荷入り持ってっていいな?

・・・

えぇえぇ!どうもありがとう存じます!持ってってください!

おう!ありがとよ!親父!

どうもありがとうございました!またどうぞ!

少~し急げ・・・

急げ急げ・・・早くしろってんだ・・・

兄貴ぃ・・・俺にも分かったぁ・・・

兄貴頭がいいなぁ!あれじゃ親父生涯気が付かねえよ!

おい大きな声出すんじゃねえ・・・おい!いいから!急げ!股を大きく広げろ!大きく!

お客様!すいません!お客様!お戻りくださいませ!ちょっとお客様!

馬鹿・・・お前が大きな声出すから呼ばれちまったじゃねえか・・・

いいよいいよ、瓶持ったまま走って逃げれるか・・・いい、いい・・・戻れ戻れ・・・

どうした親父!?なんか用か?

申し訳ございません、お呼び止めいたしまして・・・

あの・・・ちょっとお勘定のことで・・・

そりゃいけねえな、勘定のことははっきりしなくちゃいけねえ!どうしたんだい?

あのお持ち帰り頂こうとしております、その二荷入りの水瓶・・・六円なんでございます・・・

おう、そうだよ?

ここに三円しかないんでございます・・・

え?三円しかねえ?いやそりゃそうだろうよ、ここにある一荷入りの水瓶・・・

これ三円で引き取ってくれたんじゃねえのか?

・・・

・・・忘れておりました・・・どうもお呼び止めいたしまして申し訳ございませんでした!

分かればいいんだ分かれば!さあ行くぞ!

さあ・・・小走りで行け小走りで・・・急げ・・・

兄貴ぃ・・・あの親父の頭の中どんちゃん騒ぎしてんだ・・・

面白えな、面白えな!

いいから早く急げってんだ!

お客様ぁ!ちょっとお戻りください!お客様!

馬鹿野郎・・・おめえが・・・いいから戻れ戻れ!

おい・・・親父・・・今度はちょいといい加減にしてもらおうじゃねえか!

表歩いてる奴らが勘定どうのこうのって言うからジロジロ見てんじゃねえか!なにがどうしたってんだよ!?

申し訳ございません、怒らないで下さいませ・・・どうもその勘定が合わないんでございます!

勘定が合わねえ勘定が合わねえって・・・はぁ~・・・そろばん出せそろばんを!

いえこれはそろばんを使うほどのものじゃないと思うんですが・・・

生意気言うな!お前が分からねえからそろばん出せって言ってんだ!

分かりましたそろばんはすぐに出るんでございます・・・そろばんはすぐに出るんですけど、はい支度は出来ました!

まずこの金の三円・・・そこに三円と入れろ・・・

はい・・・この三円はすぐに入るんでございます・・・

この引き取ってくれた一荷入りの水瓶、三円で引き取ってくれたんだな?それを三円とそこに入れろ・・・

・・・

・・・お客様・・・全てはこれなんでございます・・・

いえ、分かります・・・三円と入れろとおっしゃるのは分かるんですが、私は入れてもいいと思うのですが・・・

指が入りたがらないのでございます・・・

なんで入りたがらねえんだ?えぇ!?三円!・・・

あぁ!分かったじゃあ元から話してやる!勘違いすると人間てのはどうしても元に戻らねえもんだ中々よ!

いいか!?おめえはこの瓶を見て入れようとするから入るわけねぇじゃねえか!

おめえは瓶をそろばんに入れるわけじゃねえだろ?この瓶を引き取って売るんだろ?

おめえんとこに並んでるこの瓶どうすんの?生涯並べて一緒に暮らすの!?そうじゃないでしょ?

売るんだろ!?売って金に換えてそろばんに入れるんだろ?

これだって今引き取ったんだ確かに瓶だよ?これを売るんだろ!?

売ったら三円とそのそろばんの中にいれなきゃしょうがねえじゃねえだろ!?<

・・・

・・・な、何だかよく分からないのに、説得力はあるんだよなぁ・・・

いえ、ですから・・・あ、いや大丈夫なんでございます・・・

気持ちを改めまして、あのこれ三円でございましょ?三円入れるんでございます・・・

それでこれでございましょ?少し端の方の別の所に入れてみましょうか?

ん~・・・ちょ、ちょっとお待ちくださいませ!

お金は三円あるんでございます!で、瓶が・・・そのですから、あぁ~・・・そうなるともう少し大きいそろばんが欲しい・・・

そういうことじゃないだろ!?・・・馬鹿だなお前は・・・

三円と三円を足すことが出来ないの!?

いや出来ないわけじゃないんです!そりゃ三円と三円は六円です!

六円ですけれども!六円・・・分かっていただけませんか?

なんかこうぽっかり空いた何かがこう・・・埋まらないんですよ!

分かりますよあなたに言われなくたって三円と三円が六円のことくらい!

だけど生まれて初めてなんです!瓶と瓶を足すのが!

・・・もう、なんか理屈は分かっているのになんで合わない・・・こうモヤモヤした気持ちが!

あなたに言われなくても分かってるんです!馬鹿じゃありませんよこっちだって!

三円と三円は六円!これは分かってるんです!六円と分かってるのに、どうぞ!と言えないこの気持ちですよ!

はぁ・・・はぁ・・・なんかクラクラしてきましたよ・・・

もう分かりました!もう結構です!やいのやいの言わないで下さい!

その二荷入りの水瓶持ってってください!

・・・本当だな?本当に持ってっていいんだな?

なんか言うんじゃねえぞ?よ~し!担げ!

あ!ちょっとお客様!

なんだこの野郎・・・まだなんか用か!?

もう頭ごちゃごちゃで紛らわしいですから・・・

この三円もお持ち帰り下さい・・・
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壺算を聞いて
始めて聞いた方は途中で『?』となったかもしれません。
私は初めて聞いたときには途中で頭が混乱してパニックになりました。
もし私と同じようにパニックになってる方のために、『壺算』についておさらいしておきましょう。
まず兄貴は最初に三円五十銭の一荷入りの水瓶を値切って三円で買いました。
その後、一荷入りではなく二荷入りの水瓶を買う為、お店に戻ってきました。
二荷入りの水瓶は三円五十銭の二倍で七円、ですが、三円に値切っているので六円になりました。
二荷入りの水瓶は六円です。
さて、二荷入りの水瓶を買うと、一荷入りの水瓶もありますので、兄貴の手元には一荷入り・二荷入りの水瓶があります。
欲しいのは二荷入りの水瓶ですので、一荷入りの水瓶は瀬戸物屋さんに返します。
ややこしくなるのは、ここからです。
本来であれば、一荷入りの水瓶を瀬戸物屋さんに返したときに瀬戸物屋さんが兄貴に三円を返さなければならないのです。返した上で、兄貴は二荷入りの水瓶を六円で購入する必要があります。
ここで、一荷入りの水瓶=三円であるはずなのです。
しかし、兄貴が誤魔化したのは、兄貴が元々出した三円+一荷入りの水瓶に三円の価値があるだろう?(三円で引き取ってくれるのだろう?)=だから六円だということです。
そもそも三円で引き取ること自体がおかしいということです。
この説明は分かりやすいかな?
しかしながら、だんだん聞いてるうちに、???となるのは、兄貴の言葉巧みな話術だからでしょうか?
一言で表すと凄いですね。
あまり現実と結びつけるのは良くないですが、現実で考えるとこれは詐欺ですね。
確かにこの落語は兄貴の話術にまんまと親父が騙されているのが面白おかしいですが、これを現実に考えれば、自分はどこかで騙されているんじゃないか?という錯覚に陥ります。
どこで誰かどんな嘘をついているのか分かりませんし、それは身近な人かもしれませんし、自分に関わる大きな組織かもしれません。
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