江戸の遊郭というところは、まず店先に“張見世”というのがありまして、格子越しに並んだ遊女の姿を客に見せる。
そこで雰囲気を味わってから、実際には客が遊女を選ぶのではなく、店が“お見立て”と称して、相手を決める仕組みになっておりました。
お見立ての後は“本部屋”。ここが正式に遊ぶ座敷でして、馴染みであれば上位の遊女が付くこともありますが、初めての客や、どうも財布の具合が怪しいとなると“廻し部屋”という共同の部屋に案内されることもあった。
店も商売ですから、客の見栄や期待をほどよく扱いながら、上手いところで利益を取るようにできておりまして。
しかし、昔から“狐と狸の化かし合い”とはよく言ったもので、騙す方が利口で、騙される方が馬鹿。
これがまさに、あの世界の理屈であったようです。
ですから当時、若い連中が集まって遊里の話をしても、「俺はこんなにモテた」なんて武勇伝は、たいして出てこなかったらしい。
むしろ大概は、この“廻し部屋”へ回された若い客の話のほうが多かったようでして、
お茶汲みを聞くなら「柳家小三治」
柳家小三治の「お茶汲み」は、吉原での巧妙なやり取りと仕返しを描いた噺である。小三治の独特な間の取り方と緻密な語りが、登場人物たちの駆け引きをより一層引き立てている。彼の語りによって、軽妙でありながらも深みのある笑いが展開される一席である。

どうした?

こないだなんだってね、町内の若いもん、みんなでもって仲へ遊びに行ったんだってな?

行った・・・

どうだった?

驚いた・・・

三日月女・・・

なんだいその三月女ってのは?

宵にちらりと見たばかり・・・

じゃあ、フラれちゃったんじゃねえか・・・

早く言えばな・・・

遅く言ったってそうだよ!

そっちはどうした?

月食・・・

なんだいその月食ってのは

まるっきり姿見せず・・・

ひでえな、おい・・・

面白かったか?

面白えわけねえじゃねえか、高ぇ銭払って遊びに行ったんだよ?

俺あんまり尺に触ったからな?

帰りがけに茶飲み茶碗三つ持って来た・・・

そっちはどうした?

皿5枚持ってきた・・・

瀬戸物屋入った泥棒だよ、まるで・・・

お前はどうした?

あんなにえげつねぇ振り方しやがってんでな?

俺は鉄瓶持ってきた!

鉄瓶を?

よくあんな大きなものが持ってこられたな・・・

手下げてくるってとバレちまうから

色々と考えて・・・

あの取っ手の所に紐を通し、首っ玉結わいてマタグラへぶら下げたんだ・・・

で、上から着物を着て・・・

廊下を歩いてる時は何でもなかったんだ・・・

梯子段を降りる時にちょいとたくし上げれりゃ良かったんだ・・・

うっかりそのまま降りたら鉄瓶のケツが梯子段にドーンとぶつかった・・・

湯がたらたらっとこぼれやがってね・・・

おばさんがそれ見ていてそこで手水(小便)しちゃいけねえって・・・

俺はてめぇの小便で火傷したの初めてだよ・・・

お前の言うことは大仰だよ・・・

そっちはどうした?

俺あんまりえげつねぇ振り方しやがって、金だらい持ってきた

やることがだんだん大きくなってくんな・・・

あんな大きな金だらいどうやって持ってきたんだよ

背中しょっちゃったんだ、で、着物を着てね・・・

帰ろうと思ったら女の野郎が見てやがって、送りに来やがんだ・・・

来なくていいものよ・・・

来なきゃいけねぇ時には来やがらねぇ・・・

ちょいと!ちょいと!

黙って帰るなんて薄情だよ!

今度いつ来んの?

いつ来てくれんのさ!?

と言って、ポンっと背中叩きやがった・・・

悪いとこ叩いたよ?

どうして?

だって背中で金だらいが、ぼぁ~んって音立てたんだ・・・

女は肝の潰しやがって

あらやだぁ、今の鐘はなんだろう?ってから

俺とお前の別れの鐘だろうって言ってやった!

何くだらねえこと言ってんだよ!

じゃあ何かい?

これだけ町内の若い者がいて、仲の女にモテた奴は一人もいねぇのか?

まぁ早く言えばな・・・

俺たちだけだから、これ構わねぇんだぞ?

もしも隣町のやつがここに1人でも混ざっててみろ?

二度目は効かなくなっちゃう・・・

祭りの時なんざ、威勢がつかねぇやな!

兄ぃ、さっきから俺たちに向かってポンポンポンポンと小言を言ってるけど・・・

小言言ってる兄はモテんのか!?

俺が持てるくれぇだったらおめえたちに小言言わねぇや!

なんだよ、おい!

しかし、なんだなぁ・・・

たまにはこの町内の若者で・・・

仲の女にモテてモテて、どうにもこうにもしょうがねえなんてな・・・

そんな奴は一人ぐらいいないのかな・・・

・・・

んにちわ~!

なんか変な野郎が入ってきやがった・・・

なんだ半公の野郎だよ・・・

どうした?

んん・・・ははは・・・

弱ったねぇ・・・

一人で弱ってやがるこの野郎は・・・

何を弱ってんだよ!?

みんなの前だけどね?

俺今日表歩くってと、まともに歩けねえんだよ・・・

腰がふらついて・・・

なんかあったのか!?

昨夜のお疲れ・・・

大掃除かなんかやったのか?

大掃除の疲れじゃないよ・・・

仲のこれにモテてね・・・

この野郎、ほら吹いたってネタは上がってんだぞ?

俺ぁこないだ馴染みの店行って聞いたんだ!

おめぇあそこの店じゃ、あんまりいい客じゃねぇって言うじゃねぇか!

ふふん・・・

昨夜はね・・・

馴染みの店じゃないんだよ・・・

はじめて・・・

俺ぁ初会でもってあんなにモテたのは生まれてはじめてだね・・・

お前が初会でモテた?

へえ、今年はカボチャの当たり年だなおい・・・

実はな、町内の若者はこれだけいるけれども

仲の女にモテたやつは1人もいねぇって、みんなでこう言ってたんだよ・・・

じゃ、おめえのそのモテた話っての、聞かしてもらいてえな・・・

ふふ・・・

お望みとあれば、弁じようか・・・

弁じようかなんて、生意気なこと言いやがる・・・

で、どういうわけなんだい?

実はみんなの前だけどおら昨日・・・

腹掛けのどんぶり(ポケット)に銭が少し入ってたんで、仲へ冷やかしに行ったんだよ・・・

で、いつものうちの前を通り越し、右曲がって左側のうち・・・

ふっとちょんちょん格子を覗くと、女が五人ばかり店へ張ってたね・・・

一番上(かみ)の女におら目が付いたんだ・・・

じ~っと見てるってと、若い衆がすぐに俺を見っけてね、面倒見始めたよ?

いかがでございましょう、親方!一つお遊びのほどを!

って言うから

若い衆さん!おめぇの所の玉の値段聞くなんてのは野暮だけども、どのくれぇなんだって聞いたら

いかがでございましょう!?

あっさりまとめて七十銭では?とこう言うからよ・・・

それでいいからってんで上がる途端に

後からああでもなければこうでもないってんで追い銭は嫌だよ?って言ったら

手前どもの店では決してそういうことはございませんで、どうぞご安心してお遊びのほど・・・

そうかい、じゃ、厄介になろうじゃねぇか・・・

ありがとう様で、お上がりになるよ~!という声を背中に聞いて・・・

幅の広い梯子段をとんとんとんとん~!と駆け上って引付けを通ったよ?

とすぐに若い衆が上がってきて

いらっしゃいませ・・・

ご初会様で?お馴染み様で?っていうから、実は若い衆さん・・・

おれぁ初会なんだよ・・・

で、通ぶってね、どんな子でもいいから引いてくれと言って気に入られねぇ子が来て、ツンとすんのも野暮な話・・・

岡惚れ※している子がいるんだけど面倒見てくれねぇかってったら
※岡惚れ・・・親しい交際もない相手や他人の恋人を、わきからひそかに恋い慕うこと。

承知をいたしました、どのお子さんでもお取りもちをいたしましょう!

どのお子さんです?って言うから

一番上にいた女の子をあげてもらいてぇと言ったら

承知をいたしましたってんで、すぐに若い衆が下に降りていく・・・

入れ違いにおばさんがお茶を入れてきた・・・

で、俺がそのお茶を飲んでるってと

しばやくすると廊下でもってバターン、バタンと上草履の足音がしてきたよ?

女が来たなよ思っていると!

と引きつけの障子がすっと開いて、女が一歩引付けへ入る途端に俺の顔をひょっと見るってと

キャーーー!!っと悲鳴を上げて逃げ出した

分かるなぁ・・・

そらぁ大概おめぇの面を見れば、びっくりするよ・・・

よく目回さなかったな・・・

余計なことを言うな!

しばらく経つと戻ってきたんだけれども

そういう声を出したために、座はしらけっぱなしだよ?

すぐにお引けということになって、俺ぁ部屋へ通された・・・

ただ女が俺の前に座りやがってね・・・

おまはんはさっき引付けでもって、あたいがあんな大きな声を出したんで、さぞびっくりしただろうね・・・

ってから、びっくりするに決まってんじゃねぇか!

いきなり人の面見てあんな大きな声出し上がって!

どういうわけなんだって聞いたら

初会で話もなし、寝るのもなんだからあたいの話を聞いてくれようか?ってから

話があるなら聞こうじゃねぇか、どういう話だ?

実はあたいは東京の生まれじゃございません・・・

静岡の在(田舎)の生まれの人間です・・・

村の若い者といい仲になって末は夫婦と約束をいたしました・・・

けどこっちも一人娘、向こうも一人息子・・・

嫁にも行かれなければ婿にも来られないという体・・・

仕方がないので二人で相談して悪いこととは知りながら、お互いに親の金を盗んでこの東京へ逃げてきました・・・

金のあるうちはあっちに遊びこっちに泊まり面白おかしく暮らしておりましたが

しまいには一銭も残らずにすってんてん・・・

ある時の相談に、男があたしにここにまとまった金があればそれを元手に商売ができるんだが

と言われたために、あたしはこの区内に身を沈めて金をこしらえて男に貢ぎました・・・

男はそれを元手に商売を始めたようです・・・

はなのうちは、手紙のやり取りもしておりましたがだんだんと遠のいて・・・

しまいにはばったりとイタチの道・・・

薄情なもんだ、私が傍にいないから他に増す華でもできたのかと思って人をもって尋ねてみると・・・

どっと床の病についているとのこと・・・

飛んでいって見取り看病もしてやりたいけれども、それもできないかごの鳥・・・

しまいには神信心まで始めましたけれども

その甲斐もなく情けない、男はとうとう死んでしまいましたってよ・・・

その女が俺の前でもって、ぽろぽろぽろぽろ泣き出しやがった・・・

ちょっと待てよおい・・・

待ちなよ!

モテていやしねぇじゃねぇか!

女ののろけ聞かされてんじゃねぇか!

腰がふらすもとに何にもなってねえよ!

せくな、急ぐな、慌てるなってんだよ!

話はこれからなんだから!

今日も今日とでぼんやりと張見世に座っていると!

初会でお名指しということで、よんどころなく梯子段をあがって引付け通って

障子を開けて一歩中に入ってほっと座っている男の顔を見たら

その死んだ男がそこに座っていたために、私はあんまりびっくりして大きな声を出しました・・・

けど、よく考えてみると死んだ人間が生き返るわけはなし

二度の心を取り直して再び引付け通って

よ~く見たならば、それがおまはんだったんだよ!

おまはんは死んだ男に瓜割らずしてそっくりなんだよ!

うっふっふっふ・・・

そういうんだよぉ!

う~ん、だんだん本筋になってきやがったな・・・

で、どうした?

死ぬ者貧乏で仕方がない・・・

今日限りに私は牛を馬に乗り換えておまはんに尽くすけれども

おまはんはあたいのような女んところへでも通ってきてくれようか・・・

っていうから喜んで俺ぁ花魁の所へ通おうじゃねぇかってったら

それが本当だったら嬉しいね♡

って俺のモモの所をぐっとつねった!

う~ん・・・

で、どうした?

で、私は来年三月この里から年が明けます・・・

年が明けた暁には、おまはんの所へ行って所帯の苦労がしてみたいけれども

おまはんはあたいの様な女でもおかみさんにしとくれようかってから

喜んで花魁だったら俺はかかあにしようじゃねえかって言ったら

本当かい?それが本当だったら嬉しいよ♡

今度はほっぺたぎゅっとつねった!

よくつねる女だね、おい!
お茶汲みを聞くなら「柳家小三治」
柳家小三治の「お茶汲み」は、吉原での巧妙なやり取りと仕返しを描いた噺である。小三治の独特な間の取り方と緻密な語りが、登場人物たちの駆け引きをより一層引き立てている。彼の語りによって、軽妙でありながらも深みのある笑いが展開される一席である。

だけど、そうなるとあたいは心配なことが1つあるってんで

何が心配だって聞いたらな?

男というものは呑気者で年知らずそこへ行くと

女は所帯の苦労や何かでどんどんどんどん年を取っていく・・・

おまはんは年を取ったあたいに愛想がつきて若いこういうのをこしらえて・・・

手に手に取って逃げ出してあたいはおまはんに捨てられるんじゃないか

それを思うと、悲しくて悲しくてってんで

その女またぽろぽろぽろぽろ泣き出しちゃった・・・

で、ちょっと気が付いたらな?

ここのところに急にほくろができた・・・

なんだい、そのほくろができたってな・・・

と見てると、このほくろがだんだん下がってくるんだよ・・・

珍しいほくろだね・・・

つけぼくろってのは聞いたことあるよ・・・

下がりぼくろってのはあまり聞いたことたぁねぇよ・・・

で、よく見たらな・・・

馬鹿にしてるじゃねぇか!

女の横に茶呑み茶碗が置いてあるんだよ・・・

中に茶がいっぱい汲んであるんだよ・・・

女は泣くふりしやがってな?

指先にその茶をつけちゃあ、目尻の所にこうやってなすりつけてんだよ・・・

で、その上からこう茶をなすりつけるから茶殻がだんだん下へ下がってくる・・・

・・・

たぶんそうじゃねぇかと思ったんだよ・・・

どうもおめぇがモテたってから、おかしいと思ったんだよ・・・

それでどうした?

一時は、かっ!と腹が立ったよ?

けどおめぇ、よく考えてみるとこれは振られてるんじゃねぇ・・・

モテててんじゃねぇか・・・

で、今むやみやたらに腹立てちゃ損だというのは

まだ夜明けまでには間があらぁ・・・

嫌な野郎だね、こいつぁ・・・

だから俺ぁ女の言うことを天から信用したようなふりをしてよ・・・

うまく話に乗ったために、表を歩いていくってと・・・

北から風が吹きゃ南に傾き、南から風が吹きゃ北に傾き・・・

お天道様黄色いの通り越して橙色に見えるとこういうわけだ・・・

ふ~ん・・・

世の中にはずいぶん変わった女がいるもんだな・・・

俺随分遊んだけれど、あんな女に会ったのは初めてだ・・・

俺も話に聞いたのは初めてだ・・・

おう!半公!

なんだ、熊さんじゃねぇか!

どうした?

おめぇ何か、これからもその女んところへ通うつもりか?

冗談言うな、あんな茶臭い女、いっぺんこっきりひねりっぱなしだよ!

だったら、俺がその女んところへ遊びに行っても構わねえかな?

構わねえよ、行ってきな・・・

たまにああいう女も面白いよ?

で、いつものお店の前を通り越して右曲がって左側?

店の名前はなんてんだ?

店の名前か?

安大黒楼ってんだ、女の名は青紫ってんだよ・・・

病人だね、まるで・・・

見てわかるか?

分かる!一目でわかるよ?

おでこが広くてね、目がぎょろっとしてて・・・

その代わり鼻の穴が広がってる・・・

で、おまけに口が大きい・・・

色が黒くてね、愛くるしい顔だ・・・

よせよ、おい・・・

おでこが広くて愛くるしいってのはねえよな・・・

じゃ、俺行って遊んでくっから!

おう、遊んできな!

しっかり行って、モテてきなよ!

どうもありがとう!

ありがてえ、ありがてえ・・・

ここんところずっと女日照りが続いてんだよな・・・

こうなりゃ、人の二番だろうが三番だろうが構わしねえや・・・

いつものお店の前を通り越して右曲がって左か、ここだな・・・

いるいる・・・

おでこが広くて目がギョロっとしてて口が大きく・・・

なんだかダボハゼみてえな顔した女だね、どうも・・・

親方!親方!

いかがですか?一つお遊びのほど!

若い衆さん・・・

おめぇんところの玉の値段なんぞ聞くのは野暮な話だけれども、どのくれぇだ・・・

いかがでしょうか?

すっかりまとめて七十銭ということでは?

それでいいからってんで、あがる途端に

後からああでもなければこうでもねぇって追い銭は嫌だよ?

いやいや手前どもの店では決してそういうことはございませんで!

どうぞ、安心してお遊びのほどを!

じゃ、厄介になろうじゃねぇか!

どうもありがとう様で!

おあがりになるよ~!

よっこらしょっと・・・

さ、引付け通った・・・

いらっしゃいませ!

ご初会様で?お馴染み様で?

初会・・・

でね?通ぶって、どの女の子でもいいからあげてくれなんと言って

気に入らねぇ女が来てツンとすんのも野暮な話・・・

岡惚れしている子がいるんだけど、面倒見てくれねぇかな?

どのお子さんをお取りもち致しましょう?

一番上にいた子をあげてもらいてぇんだ・・・

青紫さんでいらっしゃいますな!

承知をいたしました!しばらくお待ちを!

若い衆さん、下に降りてったね・・・

あ、おばさん、あ、お茶入れてきてくれたの?

今日はちょっとね、懐が寂しいんで、今度まで借りとくから・・・

じゃ、いただきますんでごちそうさま・・・

はぁ、ありがてぇありがてぇ・・・

う・・・

なんじゃい、これは・・・

いやに生ぬるくて生臭いお茶だね・・・

お、廊下に上草履の足音がしてきた・・・

女が来たんだね・・・

障子が開いた・・・

女が入ってきた・・・

あぁぁぁーーーーー!!!!

なんだい、この人は大きな声を出して・・・

びっくりするじゃあないか・・・

どうしたのおまはん・・・

花魁・・・

俺ぁ妙な気分になっちゃった・・・

お引けにしようじゃねぇか・・・

その方がいいよ?こっちへいらっしゃい、こっちへ・・・

憚りへはいいの?

あぁ、そう・・・

こっちへ通って、そこへお座り・・・

どうしたの?

今俺が引付けでお前の顔を見て大きな声を出した時にはさぞびっくりしただろうな・・・

びっくりするよ、あんな大きな声出すんだもの・・・

どうしたのさ・・・

初会で話もなし、寝るのもなんだから、俺の話を聞いてくれようかな・・・

あ、話があんの・・・

だったら聞きましょ?

どういう話?

実は俺はね、東京の生まれじゃねえんだ、静岡の在の人間なんだよ・・・

村の娘っこといい仲になった末は夫婦と約束をした・・・

しかし向こうは一人娘、こっちは一人息子・・・

婿にも行かれなければ、嫁にも行かれないという体・・・

しまいには無分別なことに二人で親の金を盗んで手に手を取ってこの東京へ逃げてきた・・・

金のあるうちはあっちに遊び、こっちに泊まり、面白おかしく暮らしていたんだが

しまいには一銭も残らずにすってんてん・・・

ある時の相談に俺が女にここにまとまった金があれば、それを元手に商売ができるんだがと言ったら

女は、この仲に身を沈めて金をこしらえてと俺に貢いでくれた・・・

俺はそれを元手に商売を始めた・・・

はなのうちは手紙のやり取りもしていたけれども、だんだん遠のいて

しまいにはばったりとイタチの道・・・

薄情なもんだ・・・

俺がそばにいねえから、他に増す華でもできたのかと人を持って尋ねて見ると

どっと床の病についているとのこと・・・

飛んで行って見取り看病もしてやりてえけれども、それもできねえ、籠の鳥・・・

しまいには神信心まで始めたんだけど、その甲斐もなく情けねえ・・・

女はとうとう死んじゃったんだよ・・・

あ、そう・・・

で、どうしたの?

今日も今日とて、友達に誘われて、この仲へ遊びに来た途中で友達とはぐれちまって・・・

ここのうちの前へぼっ~と立ってると若い衆に声をかけられて・・・

ふらふらっと上がって引付けでぼんやり座ってると・・・

そこへおめえが入ってきた・・・

入ってきた女の顔を見ると、その死んだ女が入ってきたために、俺ぁあんまりびっくりして大きな声を出したんだ・・・

けど考えてみると死んだ人間が生き返るわけはなし・・・

二度の心を取り直してよく見たらば、それが花魁、お前だったんだよ・・・

お前は死んだ女に瓜割らずしてそっくりなんだよ・・・

あ、そう・・・

で、どうしたの?

死ぬもの貧乏で仕方がねぇ・・・

俺ぁ今日限りで牛を馬に乗り換えてお前のところへ通ってくるが・・・

お前は俺のような男でも客にしてくれようかな・・・

そらぁねぇ・・・

おまはんが通ってきてくれるんだったら、面倒見させてもらうよ・・・

そうか、ありがてぇな・・・

ところで花魁・・・

お前の年明けはいつだ・・・

来年の3月・・・

どうだろうな・・・

年が明けた暁には俺のところへ来て所帯の苦労をしてくれねえかな・・・

そりゃおまはんがさ、通ってきてくれてて、あ、この人は・・・

この人はと思ったら所帯の苦労でも何でもおまはんのところへ行ってするよ・・・

そっか、ありがてえな・・・

けどそうなると俺ぁ心配なことが一つあるんだ・・・

何が心配なの?

何が心配なのったって男は老けやすいたちだよ?

どんどんどんどん年を取っていく、そこへいくと女というものは呑気もので年知らず・・・

お前は年を取った俺に愛想がつきて・・・

若い男をこしらえて手に手を取って逃げ出して・・・

俺ぁおめえに捨てられるんじゃねえか・・・

それを思うと悲しくて悲しくて・・・

お、花魁!?

おめぇ、ぱっと立ち上がってどこ行くんだよ!?

待ってなよ・・・

お茶汲んでやるから・・・
お茶汲みを聞くなら「柳家小三治」
柳家小三治の「お茶汲み」は、吉原での巧妙なやり取りと仕返しを描いた噺である。小三治の独特な間の取り方と緻密な語りが、登場人物たちの駆け引きをより一層引き立てている。彼の語りによって、軽妙でありながらも深みのある笑いが展開される一席である。



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