落語【芝浜】台本 吹き出し風

落語 台本

まだ江戸と言っていた時分に魚屋でもって魚熊というやつがおりまして・・・

魚屋さんといっても、一軒店を構えているわけじゃない、いわゆる棒手振りってやつで・・・

天秤を肩にして、魚を売って歩いているあの魚屋さん・・・

腹巻に斑紋がしてあって、股引・・・半纏(はんてん)の上から三尺を締めて素足でもってわらじを履いて・・・

豆柴の手ぬぐいでもって向こうっぱち巻き天秤を担いで肩にあてがうってと、往来を飛び交うようにして歩き回る・・・

まことに威勢のいいことでして・・・

芝浜を聞くなら「三遊亭圓楽」

桂歌丸の前の「笑点」司会であり、若手の頃には立川談志らと共に四天王と謳われ、主に人情噺を得意としています。重厚で響きのある声とリズミカルな語りで、物語の温かさと笑いを巧みに描き出した一席。

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男

おう!

熊公
熊公

ご苦労様です!

男

なにがあるんだ?

熊公
熊公

今日はカマスといいやつとそれから・・・

熊公
熊公

メジのいいのがありますよ!

男

おぉ~メジマグロか!うちのかかあが好きなんだよ!刺身二人前頼むよ!

熊公
熊公

へい!よろしゅうございます!

見ている目の前でもって、刺身をこしらえていく、その手際の良さというものはございません・・・

男

野郎の仕事を見てるってと気持ちがすっ!とするよ!あの包丁さばきの見事なことったらねぇや!

男

安いし、うめえしなぁ!ここの魚食ったら他の魚は食えねえよ!?

なんてんで馬鹿に評判がいい・・・ところがこの熊公というのが、酒が大変に好きなんです・・・

並の好きさ加減ではないんです・・・よく商売が終わって、酒屋へ飛び込んでって枡の隅からきゅ~っとやるようなんじゃあない・・・

もっともっと好きなんです・・・ だから朝から飲みたい・・・

一日中飲んでいたいという始末の悪いことで・・・

魚屋ですから、朝は早いです・・・

その時分は日本橋に魚河岸があって、また芝の浜の方にも魚市場があった・・・

それで熊公の方からどっちかってと芝の浜の方が近いもんですから、朝早くに芝の浜へ行って魚を仕入れて、これを方々売って歩いて、昼間時になると飯屋へ入って・・・

それで飯を食べてそれからまた商いへ出る・・・

ところが、どうもこのお酒の好きな人というのは、そのままおまんまを食べることができない・・・

何々をくれ!って注文して、お待ちどう!ってすぐにくればおまんまは食べられるんですが・・・どうも料理が出来てくる間がだれてしまう・・・

お茶じゃどうにもしまらないし、やっぱり酒が欲しいということになります・・・

ちょっとお酒を入れますと、胃がこう動いて、食が進んでものがうまく食べられます・・・

ビールでもそうです・・・瓶でも缶でもきゅ~っとやって、天丼でも食べてごらんなさい?

これはうまいですよ~!だけども、その後が大変にだるくなっちゃう・・・

だからなんか商売に回るのも嫌だなぁ・・・という気持ちになるんですが・・・

まあそうは言っていられないから、歩いて商売にまわる・・・

だけどももう楽しみになってますから、飯屋へ入って「おう!一杯おくれ!」 きゅ~っと飲んでおまんまを食べる・・・

熊公
熊公

一杯でも、商売まわれるからなぁ・・・

熊公
熊公

もう一杯くらい飲んでもいいだろう!

なんてんで、ある日から二杯になった・・・

二杯飲んで、天秤担いで商いを回るとこれまたなんとかできた・・・

二杯でも大丈夫ということが分かってずっと二杯で楽しんでた・・・

それが、三杯でも大丈夫だろう・・・ってんで、いつしか三杯から四杯、五杯・・・しまいにはおまんまも食べない・・・ いつまでもいつまでも飲んでる・・・

飯屋の中で野郎は酔っ払ってる・・・ 奥に置いてある飯台にお天道様がかぁ~!っと照りつけると、中の魚も熊公と同じようにだれてしまう・・・

※飯台・・・行商の魚屋さんが使う桶。

以前だったらこんな魚をお得意様へ送ったりしないんですけれども、人間酒ばかり飲んでいるとだんだんずぼらになっていくといいますか、いい加減になってしまう・・・

熊公
熊公

な~に!これだって食えないことはねえんだ!持ってってみよう!

なんて、お得意様へそういう魚へ持っていくんですから、いつも魚食べてるお得意様は

男

どうもこの頃変だよ?最近熊の魚がさ、昨日だってそうだ、今日のやつもだけども・・・

男

食ったら、いきなり舌にピリッときたよ?刺身に舌をつねられた・・・

男

最近妙なものを持ってくるなあん畜生は・・・

熊公
熊公

こんちわぁ!

男

噂をしたら来たよ・・・どうした?

熊公
熊公

いかがでしょう今日は!

男

ん・・・なんか持って来たのか・・・

熊公
熊公

へぇ!さゆりがありますがね!

男

おめえが以前持って来たさゆりとだいぶ違うな・・・

男

だいぶ疲れちゃってんじゃねえか・・・

男

どうも最近おめえが持ってくる魚はおかしいよ?

熊公
熊公

どうおかしいんです?

男

生臭えんだ!

熊公
熊公

それは旦那しょうがねえや・・・魚ってのは生臭いもんですからねぇ!

男

馬鹿言えこん畜生!魚屋がそんなこと言ってどうすんだ!

男

魚ってのは最初から生臭いもんじゃねえんだ!

男

それがしばらく経つから生臭くなるんだ

男

どうしてだか分かるか?

男

魚だって最初はいい形でピーンとしてるんだ!

男

それが時が経つと形が変わってくるんだよ・・・

男

魚は見栄っ張りだから・・・

男

他の物と間違えられちゃいけねえから、あたしは魚ですよって匂いを出すんだ・・・

男

そんな苦労を魚にさせて、魚屋として申し訳ねえと思わねえのか!?

熊公
熊公

それはどうもすいません・・・

男

魚だけじゃねえぞ、臭えのは・・・

男

近頃おめえも臭くっていけねえや!やってんだろ最近ずっと・・・

男

酒ばっか飲んでいやがって、いらねえやそんなものは!

熊公
熊公

すみません・・・

向こうでもこっちでも文句を言われて、恥ずかしくってどこへも行かれない・・・

やけだって飲むからなおさらいけない・・・

そうなるってとあっちでもこっちでも借金だらけになって、かみさんが苦労してこしらえた元までいきなり飲んじゃって・・・

そうなると商売にも行かない・・・ 家でもってぐずぐず酒ばっかり飲んでひと月以上経っちゃった・・・

女房
女房

ちょいと・・・ねぇ!ちょっと熊さん!熊さん!

熊公
熊公

んん・・・おぅ・・・あう・・・な、なんだい?

女房
女房

なんだいじゃない早く商売に行っておくれよぉ・・・

熊公
熊公

商売?う~ん・・・いいよぉ商売なんざぁ・・・やだよ俺ぁ・・・

女房
女房

何言ってんだよぉ・・・

女房
女房

明日は商売に行くから今夜は飲みたいだけ飲ましてくれって昨夜あんなに飲んだじゃないかぁ!

女房
女房

ねぇ!お願いだからさぁ!行っておくれよぉ!

熊公
熊公

んん・・・やだよぉ!大丈夫だよ、明日っからいくよ!明日っから!

女房
女房

ダメだよ、お前さん明日っから明日っからってひと月も休んでるじゃないかさぁ・・・

女房
女房

釜の蓋が開きやしないよ、さあお願いだから行っておくれ!

女房
女房

ねぇちょいと!熊さん!寝ちゃあだめじゃないかぁ・・・もう熊さん!

女房
女房

ちょいと!

熊公
熊公

うぅ・・・寒う・・・なにしやがんでいこん畜生!

熊公
熊公

邪険に起こしやがって!寒いじゃねえか布団はがして!

女房
女房

だってお前さん寝ちゃうんだものぉ!

女房
女房

お願いだからさあ行ってくださいよぉ!

女房
女房

ねぇ頼みますぉ!

熊公
熊公

頼みますよっておめえ、俺がそんな約束を昨夜本当にしたのか?

熊公
熊公

つまんねえ約束しちゃったなぁどうも・・・

熊公
熊公

よし、分かった、行くけどよ!

熊公
熊公

行くけどあと一時だけ寝かしてくれ?な?今まだ酒が残っちゃってから・・・

熊公
熊公

一時だけだから、な?なっ?

女房
女房

ダメだよ、お前さん・・・

女房
女房

寝ちゃったら起きないんだから、せっかく起きたんだから行っちゃってくださいよ!

熊公
熊公

んん~・・・だってまだこんなに酒が・・・

女房
女房

だからさぁ!ね?商売に行けば途中で酒が抜けますから!行ってくださいよ!

熊公
熊公

う~ん・・・だけどおめえ・・・

熊公
熊公

ひと月も商売休んじゃってんだ、飯台なんて使い物になんねえだろ?

女房
女房

昨日今日魚屋の女房になったんじゃないですよ?明日商いに行ってくれるって言うからね?

女房
女房

あたし昨日のうちに飯台に水を張っておいたから、水なんか漏るようなことはない、すぐに使えますよ!

熊公
熊公

う~ん・・・包丁がさびてるんじゃねえか?

女房
女房

ちゃんと研いであります!

熊公
熊公

う~ん・・・わらじは?

女房
女房

もう向こうに出してるんです!

女房
女房

それからここに半纏と腹掛けと三尺、股引に手ぬぐい、それから元とたばこは腹掛けの中へ入ってますから・・・

女房
女房

お茶ももう入れてあるから、起きてくださいお願いしますよぉ・・・

熊公
熊公

ふんっ・・・よく手が回りやがったなぁ本当に・・・

熊公
熊公

分かったよ!行くよぉ!

熊公
熊公

はぁ・・・お茶こっちへ持って来な!

女房
女房

あら、もうわらじ履いちゃったの?

熊公
熊公

面倒くせえからよ、もうわらじ付けちゃったよ・・・茶持って来な・・・

女房
女房

はい・・・

熊公
熊公

はぁ~あ・・・やだなぁ本当に・・・

熊公
熊公

ずずぅ・・・あぁ~染みやがんなぁ・・・

熊公
熊公

いやぁ熱くはねえけど、喉のくるってと熱いよ・・・

熊公
熊公

人がまだ寝ているうちから起きだしてよぉ・・・

熊公
熊公

眠い思い、寒い思いをしながら商売をして、大した儲けにはならねえんだからなぁ・・・

熊公
熊公

嫌な商売だなぁ・・・やめてえや俺ぁ魚屋なんて・・・

女房
女房

そんな愚痴なんてこぼさないでおくれよぉ・・・

熊公
熊公

いいじゃねえか!愚痴をこぼしてるうちにだんだん目が覚めてくるんだよ!

熊公
熊公

ぐずぐず言ってると俺ぁ商売行かねえぞ!?

熊公
熊公

行ってくらぁ・・・よっ!

熊公
熊公

おい・・・外まだ真っ暗だよ?ちょっと早過ぎやしねえか?

女房
女房

そんなことはないよぉ!ちゃんと夜が明けてくるんだから!

女房
女房

早く行かないってと、いいお魚なくなっちゃうから行ってくださいよぉ!

熊公
熊公

そうか!分かったい!行ってくるよ!

女房
女房

すいません!ご苦労様!

女房
女房

河岸で喧嘩しないようにね!お願いしますよ・・・

天秤担いで亭主が出て行った・・・

閉まりをして、神棚拝んでお茶入れて、火鉢のとこでもって、やれやれやっと亭主が商売に行ってくれるってんでほっとして・・・

途端に眠気がしてきたんで、火鉢のとこでウトウトしていると・・・

熊公
熊公

おい!開けろ!早く開けろ!おい!

女房
女房

はい!はい!どちら様?え!?お前さん!?

女房
女房

なんだねもう~ちょっと待っとくれ、今開けるから・・・

女房
女房

ど、どうしたの!?

熊公
熊公

み、見てみろ!?誰か追っかけて来てねえか!?

熊公
熊公

ちょっと見てみろってんだよ!

女房
女房

え?誰・・・誰も追っかけてきちゃいないよ?

熊公
熊公

閉まりをしろ閉まりを!

熊公
熊公

はぁ・・・はぁ・・・わらじそっちへやっとけ!

熊公
熊公

水を一杯くれ!

熊公
熊公

・・・ごくっ・・・はぁ・・・はぁ・・・

熊公
熊公

あぁ驚いた・・・

女房
女房

どうしたの?誰かと喧嘩でもして追っかけられてきたのかい?

熊公
熊公

そうじゃねえやい!本当に!てめえぐらいそそっかしい女はねぇよ!

熊公
熊公

だから俺が出がけにそう言ったじゃねえか!

熊公
熊公

こんな真っ暗でもってちょっと早過ぎやしねえかって言ったら

熊公
熊公

お前は「そんなことはない、向こう行ったら夜が明ける」ってそう言ったろ?

熊公
熊公

こっちは天秤担いで出掛けていった・・・

熊公
熊公

えぇ?いつまで経っても明るくならねえで暗いまんまだ・・・

熊公
熊公

問屋も閉まったままだったしよ・・・

熊公
熊公

おかしいなどうしたんだろう、今日は休みかな、なんでだろうなと思ってたら鐘が鳴ったよ?

熊公
熊公

聞いてたらおめえ、一時も早く起こしちゃったんだよ俺のことぉ!

熊公
熊公

本当に悔しいや!

熊公
熊公

急いで戻ってきててめえのこと張り倒してやろうかと思ったけど、張り倒してまたすぐ戻んなくちゃならねえからよ?

熊公
熊公

面倒くせえから問屋があくまで待ってようと思って浜へ出てってさ・・・

熊公
熊公

飯台を置いて、天秤を降ろして腰掛けて、たばこ吸いながらぼんやりしてたんだ・・・

熊公
熊公

そしたらお天道様が上がってきた・・・

熊公
熊公

はぁ~綺麗なもんだな、久方ぶりだなと思って思わず俺ぁお天道様拝んじゃった・・・

熊公
熊公

いい心持ちだ、たまには早起きすんのもいいもんだなと俺はそう思ってたんだ・・・

熊公
熊公

そしたら何だか知らねえけれども、無性に眠くなってきたんだよ・・・

熊公
熊公

これから商売に行くのに、こんだけ眠かったらしょうがねえから、顔でも洗えば目が覚めると思ってな?

熊公
熊公

それから俺ぁ海へ入って、顔洗って、さあ出ようかなと思って上がってくるときに何か足に引っ掛かりやがんだ・・・

熊公
熊公

何だろうと思ってひょいと見るとな?紐が引っ掛かってんだよ・・・

女房
女房

ふんふん・・・

熊公
熊公

なんの紐かなと思って俺ぁず~っとたぐってったら、先がだんだん重たくなってきて、ぐっと引っ張り出したらおめえ・・・

熊公
熊公

革の財布がくっついてんだ・・・

女房
女房

財布が!?

熊公
熊公

うん!重いんだよ・・・

熊公
熊公

砂でも入ってんのかなと思って中ひょいと見たら、金が入ってんじゃねえか・・・

熊公
熊公

こりゃ大変だと思って急いで腹の中に突っ込んで天秤担いで駆け出したんだけども、後から人がひたひた追っかけてくるようでよぉ・・・

熊公
熊公

夢中で芝からここまで一息で駆け出してきたんだ!

女房
女房

あらぁ・・・そう・・・

女房
女房

それはあたしがそそっかしかったごめんなさい・・・

女房
女房

だけどその財布っての今おまえさん持ってんの?

熊公
熊公

うん・・・ここにあるんだ・・・

女房
女房

ちょいと、見せてごらんよ・・・

熊公
熊公

さぁ、これだ・・・

熊公
熊公

ちょいと濡れちゃってるからよ、よく拭いてくれ・・・

熊公
熊公

よし、こっち貸せ・・・

熊公
熊公

よっ・・・ほらっ!どうだい?

女房
女房

あらっ!二分金ばかりじゃないか!いくらあるのかちょいと数えてごらん!

熊公
熊公

うん!ちょいと待てよ、今数えるからな・・・

熊公
熊公

ひとひとひと・・・ふたふたふた・・・みちょみちょみちょ・・・

女房
女房

イワシを数えてるんじゃないよこの人はぁ・・・

女房
女房

いくらだった?

熊公
熊公

五十両あるぜ・・・

女房
女房

五十両!?まぁ~大したお金じゃあないか・・・

熊公
熊公

そうよ!へへっ・・・

熊公
熊公

今時これだけの金を持ってるやつはいやしねえぞ?

熊公
熊公

俺があんまり不幸せ続きなもんでよ、お天道様が恵んで下すったんだ!

熊公
熊公

へへへ・・・どうだい!?金持ちになっちゃった!

女房
女房

本当だねぇ・・・

女房
女房

ねぇ・・・そのお金・・・

女房
女房

お前さん・・・ど、どうすんの?

熊公
熊公

どうすんのっておめえ、せっかくお天道様が恵んで下すったんだから、ありがたく使おうじゃねえか!なぁ?

熊公
熊公

おめえにな・・・散々苦労かけたから・・・いい思いをさしてやるよ・・・

熊公
熊公

俺はもう明日っから商売をしねえぞ?二人で乙な成りをしてよ?酒好きなだけ飲んでな!

熊公
熊公

たまには湯治場ぐらいに行って二人で楽しく遊んで暮らそうじゃねえか!なぁ!

女房
女房

そう・・・そらぁ大変ありがたいんだけどさ・・・

女房
女房

お前さんそれ・・・拾ったんでしょ?

熊公
熊公

そうよ!

女房
女房

じゃあ・・・落とした人がいるんでしょ・・・

熊公
熊公

当たり前だよ!落とした者がいるから拾えるんじゃねえか!

女房
女房

じゃあ・・・使っちゃって構わないかねぇ・・・

熊公
熊公

なんだい・・・届けろとでも言うのか!?馬鹿なことを言うな畜生めぇ!

熊公
熊公

冗談じゃねえ、俺は丘で拾ったんじゃねえぞ?海の中で拾ったんだ!

熊公
熊公

これを持ってた人はな、持ってた舟がしけかなんかでくらっちゃって、海の底へ沈んじゃった!

熊公
熊公

そん時におめえ懐から出てきたんだ・・・

熊公
熊公

潮の流れでもってす~っと浜へ流れてきたのを俺が拾ったんじゃねえか!

熊公
熊公

俺が拾わなきゃ砂に埋もれちゃって、天からの恵みが無駄になっちまうじゃねえか!

熊公
熊公

天が授けてくれたんだよぉ!何言ってやがんでい本当に・・・

熊公
熊公

俺だって銭落っことしたことあるよ?一度だって届いたことはあらしねえや!

熊公
熊公

拾ったものは全部使っちゃうんだ!おめえが嫌だってんだったらいいよ!?

熊公
熊公

俺はこれ持ってどっか行ってみんな使っちまうぞ!?

女房
女房

いやいけないとは言ってないけれどもさ・・・ちょっと心配だったからさぁ・・・

女房
女房

そうだねぇ・・・みんなに内緒にしておけば分かんないものねぇ・・・

熊公
熊公

そらそうだよ!

女房
女房

そうかい・・・

女房
女房

じゃあ何かね?あたしも何か買ってもらえるのかい?

熊公
熊公

当たり前だよぉ!俺一人がいい思いをしようってんじゃねえんだい!好きなもの買いねえな!

女房
女房

着物が欲しい欲しいと思っててさ・・・

熊公
熊公

あぁいいよ!あつらえろあつらえろ!

熊公
熊公

そこら辺にあるもんじゃねえ、豪勢な人がびっくりするくらいのを支度しろ!?

熊公
熊公

十二単の袴かなんか・・・

女房
女房

馬鹿だねぇ・・・そんな格好ができるかい・・・

女房
女房

それじゃあそれ、あたしが預かっておこうか?

熊公
熊公

おう、そうしてくれ!大事に・・・

女房
女房

大事に扱っておくから・・・あら~たいそう重いじゃないかぁ・・・

熊公
熊公

そらそうだ!金だもの!ず~っと運勢が上を向いてきたぞぉ!

女房
女房

本当にねぇ・・・

女房
女房

ねぇお前さん疲れたろ?少し寝たらどうだい?

熊公
熊公

寝るぅ!?冗談言うなお前、嬉しくって寝られるかよぉ!

熊公
熊公

寝る所の騒ぎじゃねえや!

女房
女房

だって体壊しちゃ何にもならないからさぁ・・・寝た方がいいよぉ・・・

女房
女房

お酒飲めば寝られるだろ?

熊公
熊公

そりゃ酒飲めば寝られねえことはねえけどよぉ、まだ酒屋が起きちゃいねえだろ・・・

女房
女房

昨夜の飲み残しがあるんだよ・・・

熊公
熊公

え?俺が飲み残したぁ?へぇ~!

熊公
熊公

どれどれ、湯呑でいいんだよ、こっちへ持って来な!

熊公
熊公

ついでついで・・・おっとっと・・・あぁっとっと!

熊公
熊公

なんだこんなに残したのか?まだそっちにある?

熊公
熊公

ふ~ん!俺も弱くなったねぇ・・・

熊公
熊公

以前だったら一垂らしも残したことはなかったんだけどなぁ!

熊公
熊公

いやぁこれでいいんだ!これでいいんだよ!

ってんで飲み残しの酒をきゅ~っと飲むと、前の晩の酒と混じってぱぁ~っと酔いが出てくる、そのまんまそこへ寝てしまいまして・・・

女房
女房

ちょいとぉ!ちょいと熊さん何してんだよぉ!

熊公
熊公

わぁっ!なんだい!どうしたい!?

女房
女房

どうしたじゃないよ!お天道様こんない高く上がってんじゃないか!早く商売に行かなくちゃだめだよぉ!

熊公
熊公

商売?な~にを言ってんだよ!誰が商売なんかに行くもんかい!

熊公
熊公

手ぬぐい取ってくれ!湯に行くから!

湯の帰りに友達を五、六人引っ張って来て・・・

熊公
熊公

おう!こっちへ入んな!

友達
友達

おう・・・上がれだとよ・・・みんな上がろうじゃねえか・・・

友達
友達

こんちわ!

友達
友達

こんちわ!

友達
友達

こんちわ!

友達
友達

こんちわ!

友達
友達

こんちわ!

熊公
熊公

挨拶はいいからよ!こっち来て!

熊公
熊公

いやあのな・・・前から俺はそう思ってたんだ、おめえたちにさぁずいぶん世話焼かしちゃってんだ・・・

熊公
熊公

酔っ払ってなんだかわけ分かんなくなるってと、お前たちがうちへ連れてきてくれたりよ・・・

熊公
熊公

喧嘩があるってとその後お前たちが始末をつけてくれたりなんかして、俺はすっかり世話になっちまってんだ・・・

熊公
熊公

なんか礼をしなくちゃいけねえなと思ってたんだけど、中々できなかったんだ・・・

熊公
熊公

ところがちょいとめでたいことがあってね、是非ともおめえたちに一杯やってもらいてえと思って、それで来てもらったってわけだよ!

熊公
熊公

遠慮なくやってもらおうと思ってさ!

友達
友達

ふ~ん・・・何があったんです?

熊公
熊公

いやぁそいつは言えねえんだ・・・

熊公
熊公

まあいいじゃねえか!めでたいことなんだから!

友達
友達

それはそうですけど・・・

友達
友達

いいんですか?本当に?ありがとうございます!

熊公
熊公

なんだい!?おぉ!酒屋か!

熊公
熊公

受け取ってやってくれ受け取って!ご苦労さんご苦労さん!

熊公
熊公

おう・・・なにぼんやりしてんだよ、やんなよ小僧にさ・・・

熊公
熊公

いや酒代じゃねえよ!駄賃をやるってんだよ!ぼんやりしてんだから!

熊公
熊公

はいよ!ご苦労さん!

熊公
熊公

ダメだよ、ぼんやりしてちゃ!

熊公
熊公

これからまだ色々と魚屋なんかが来るんだからな?

熊公
熊公

みなさんにひとしきりぱぁ~っとやってもらおうってんだから・・・

熊公
熊公

湯呑出したり、小皿出したり、箸出したりなんかしなくちゃだめだい!

熊公
熊公

ぼんやりするな!本当に・・・

熊公
熊公

なにをぽけっとしてんだよ!おめえにもちゃんと食わしてやるから心配するな!

熊公
熊公

おう!俺も一緒に飲むよ!お?注いでくれんの?おぉ、どうもどうも・・・

熊公
熊公

じゃあ!ひとつ遠慮なしにやっておくれよ!

友達
友達

ありがとうございます!いやぁありがたいね、いきなりこんなことになって・・・

友達
友達

え?なに?あぁ、いやなんだか分かんねえんだよ

友達
友達

何だか分からねえけどもめでたいって言うからさ・・・

友達
友達

めでたいってことはいいよぉ!めでたくないよりはめでたいんだから!

友達
友達

こんなめでたいことはねぇぞ!?うん!めでたいやめでたいや!

なんてんで、ぐいぐいやってしまう・・・

色んなものが運ばれてきて、こいつを食いたいだけ連中は食う・・・

どんちゃんどんちゃんみんなでもって騒いでいた・・・

野郎はそのまんま寝てしまいます・・・

女房
女房

ちょいと・・・ちょいと・・・熊さん・・・ちょいと・・・

熊公
熊公

・・・ん・・・はいよ・・・あぁ・・・

熊公
熊公

いやぁ・・・いやぁ~よく飲んだなぁ・・・

熊公
熊公

いい心持ちで酔っ払っちゃったよ・・・お水持ってきてくれ水を・・・

熊公
熊公

・・・ごくっ・・・ごくっ・・・ごくっ・・・ぶふぅ・・・

熊公
熊公

なんだもう暗くなっちゃったなぁ・・・どうしたい友達は?喜んでたか?

熊公
熊公

そうか、喜んでたか!そいつはいいや!

熊公
熊公

みんなが喜んでくれたらそれでいいんだよ!

女房
女房

あのさぁ・・・

女房
女房

みんなのいるときから、なんだかめでたいめでたいってめでたがってたけれども・・・

女房
女房

なにかめでたいことがあったの?

熊公
熊公

あったの?って・・・あったじゃねえか・・・

女房
女房

な~に?なんでも構わないよ、おめでたいということは結構だけれども・・・

女房
女房

それよりあれどうすんの?何にも聞いてないからさ・・・

女房
女房

あんなに色んなものを取っちゃって・・・

女房
女房

あの払い大変なんだよぉ・・・どうすんの?みんなから割り前でももらうの?

熊公
熊公

冗談言うなよ・・・割り前なんざもらってどうすんだよ・・・

熊公
熊公

俺ぁおめえごちしてやったんだから!

熊公
熊公

こっちで払うよ、そっくり・・・

女房
女房

どっから?

熊公
熊公

どっからっておめえ!あそこから払っとけばいいじゃねえか!

女房
女房

あ、あそこって・・・なに?

熊公
熊公

なにってほら!おめえに預けたやつだよぉ!

女房
女房

何をあたしに預けたの?

熊公
熊公

何を預けたのって、預けたじゃねえか!

熊公
熊公

革の財布・・・!!

女房
女房

財布?革の?ふ~ん・・・な~にそれ?

熊公
熊公

な~にっておめえ!

熊公
熊公

五十両入ってる財布だよ・・・!!

女房
女房

五十両!?知らないよあたしはそんなもの・・・

熊公
熊公

おいよせよ・・・おめえそらいくらか取るのは構わねえけどそっくりやるなそっくり!

熊公
熊公

少しにしとけ!いきなり全部そっくりやるのはひでえぞおい!

熊公
熊公

おめえに五十両預けたじゃねえか!

女房
女房

やだよ!そんな気持ちの悪いこと言って!

女房
女房

五十両なんて御足(お金)あたしは知らない!

女房
女房

第一なんであなたが持ってんの?

熊公
熊公

持ってんのっておめえ、俺が今朝芝の浜で拾ってきたじゃねえかよぉ!

女房
女房

おまえさんが?芝の浜へ?行ったの!?

熊公
熊公

行ったじゃねえか!

女房
女房

いつ!?

熊公
熊公

い・・・いつって行ったじゃねえか!ほらぁおめえに起こされてさぁ!

女房
女房

何を言ってんだよぉ・・・冗談言っちゃいけませんよ!

女房
女房

行ってくれりゃあたしだって嬉しいよ・・・

女房
女房

何を言ってんの?もう忘れたのかい?しょうがないねえ酔っ払いってのは・・・

女房
女房

お前さんが商売に出てくれるって言うから、あたしは昨夜から支度をしてそれで今朝お前さんを起こしたんだの?

女房
女房

もう忘れたのかい?しょうがないねえ酔っ払いってのは・・・

女房
女房

ね?だけども何だかぐずぐず言ってた・・・

女房
女房

起きてくれるもんだと思ってたから、他の用足ししてたんだよ!

女房
女房

ちょっと気づいたらお前さん寝てるじゃないか!お天道様も高くなってるからちょいと!って起こしたんだよ?

女房
女房

早く商売に行ってくださいよ!って言ったら誰が商売なんぞに行くもんかい!

女房
女房

手ぬぐい取ってくれって湯に行っちゃったじゃないか!

女房
女房

帰りに友達大勢連れて来て、めでたいめでたいって飲んで酔っ払ってお前さん寝ちゃったんだよ!?

女房
女房

だから今あたし起こしたの!

女房
女房

いつ行ったの?

熊公
熊公

・・・

熊公
熊公

そ、そうじゃないんだよ!だから今朝俺はおめえに起こされて・・・

女房
女房

湯に行ったんでしょ!?

熊公
熊公

・・・

熊公
熊公

行ったよ!湯に!

熊公
熊公

帰りに友達引っ張って来て、飲んで寝て・・・

熊公
熊公

で・・・今おめえに起こされたのか?

女房
女房

そうさ!いつどこで行ったの!?ねぇ!はっきり言っとくれよ!変なこと言わないで!

熊公
熊公

変なこと言わないでって・・・

熊公
熊公

いや!そうじゃねえんだよ、それはおめえの考え違いだよ!

熊公
熊公

俺ぁは今朝おめえに起こされて

女房
女房

湯に行ったんでしょ!?

熊公
熊公

それは分かってんだ!分かってんだよぉ!分かってんだけどもその前に・・・

熊公
熊公

・・・その前になんかありゃしねえか?

女房
女房

何にもありゃしないよぉ!何言ってんだい本当に・・・

女房
女房

もう~困ったねぇ・・・なんだって?

女房
女房

芝の浜でなんか拾ったぁ?財布を拾ったの!?

女房
女房

馬鹿言っちゃいけませんよ!よくそんな・・・

女房
女房

あぁ~!何だか知らないけど、そういえば寝ながらニコニコニコニコ笑ってたよ!?

女房
女房

お前さん夢でも見たね!?

熊公
熊公

夢ぇ!?俺だって俺・・・

熊公
熊公

お天道様上がって、眠いから顔ざぶっと洗ってって・・・

熊公
熊公

あれが、あれが夢かぁ?

女房
女房

夢なんだよぉ!馬鹿だねぇ!

女房
女房

商売もろくにしないで、金ばっかり欲しい欲しいってそんなことばっかり言ってるからお金を拾った夢なんか見るんじゃないか!

女房
女房

情けないねぇ本当に・・・どうすんのあれ!?

熊公
熊公

ちょ、ちょっと待ってくれちょっと待ってくれ・・・

熊公
熊公

それじゃあ何か?俺ぁ金拾ったのは夢で、酒飲んだのは本当かい?

女房
女房

そうだよぉ!

熊公
熊公

・・・

熊公
熊公

割に合わねえ夢見ちゃったねぇおい・・・

熊公
熊公

だけど俺は起こされて湯に行っちゃったのか、いきなり・・・

熊公
熊公

・・・じゃあ本当に夢かな?

女房
女房

しょうがないねぇ!どうすんの?あの払い!?

女房
女房

うちにはもう質に持ってく物もないんだよ!?

女房
女房

どうすんの!?

熊公
熊公

そ、そう言うなよおめぇ・・・

熊公
熊公

俺だってその金があると思えばこそ奴らに飲ましたんじゃねえか・・・

熊公
熊公

・・・はぁ・・・な、なんとかならねえかな?

女房
女房

なんとかならないよ!

女房
女房

本当に金毘羅様にお酒断つって約束して、それ破って飲んだりなんかするからそういう罰が当たったの!?

女房
女房

本当にしょうがないねぇ!情けないったらありゃしない!人に話せないよ恥ずかしくって!

熊公
熊公

そんなに言うなよ・・・そうか・・・

熊公
熊公

悪かった!勘弁してくれ!この通りだ!

女房
女房

頭下げられたって困るんだよ!

熊公
熊公

いや・・・本当に今度こそ俺は酒をやめるよ、酒を断つ!

熊公
熊公

金毘羅様にじゃねえ、おめえに酒を断つと約束するよ!

熊公
熊公

それで明日っから一生懸命商売に精出すから、なんとか・・・あっち片づけてくれよ、な?

熊公
熊公

頼むよ!この通りだよ!

女房
女房

困ったねぇ・・・しょうがないねぇ・・・

女房
女房

お前さん、本当にあたしに酒を断って稼いでくれるかい?

熊公
熊公

本当だよ!嘘じゃねえよ!

女房
女房

そう・・・それじゃあたしもね、またおじさんのとこに行って、また嫌な顔をされるかもしれないけど・・・

女房
女房

また、いくらかなんとかしてもらってくるから・・・

女房
女房

いいかい?その代わりもうお酒飲んじゃだめだよ!一生懸命働いておくれよ!

熊公
熊公

分かったそうするよ!

すっと酒をやめて、これから一生懸命商売をした・・・

もともと目の利く腕のいい魚屋ですから、こういう人は河岸に行っても人気がある・・・

芝浜を聞くなら「三遊亭圓楽」

桂歌丸の前の「笑点」司会であり、若手の頃には立川談志らと共に四天王と謳われ、主に人情噺を得意としています。重厚で響きのある声とリズミカルな語りで、物語の温かさと笑いを巧みに描き出した一席。

\Amazon Audileで聞けます/

魚河岸
魚河岸

どうしたい?おめえしばらくの間顔見せなかったじゃねえか!?

熊公
熊公

どうもすいません!いえ、ちょっとね!

熊公
熊公

ずっこけちゃってたんですよ!またよろしくお願いします!

熊公
熊公

なんかありますか?

魚河岸
魚河岸

見てくれ!いいのが揃ってるよ!

熊公
熊公

ほぉ・・・いいのが揃ってますねぇ・・・

熊公
熊公

でもちょいと高いねぇ、買いきれねぇ・・・

魚河岸
魚河岸

何を言いやがんでい!本当に・・・そんなことはねえよ?

魚河岸
魚河岸

いいよいいよ!おめえのことだ、まけてやるよ!

魚河岸
魚河岸

今銭なかったら今度でいいよ!!

熊公
熊公

そうですか、ありがとうございます!

なんてんで、いい魚を安く仕入れてお得意のところへ恥を忍んで持ってってみる・・・

男

そうか・・・そういう気になったのかい・・・

男

まあ魚次第だ、置いてってみな・・・

置いていった魚を食べてみるってとこれが真に美味い・・・

男

やっぱり熊だ!いいものを持って来やがんなぁ!

なんてんで、一旦離れてしくじったお得意様が戻って来る・・・

今度はそのお得意様が、これは中々いいですよ!ってんで他のお得意様の世話までしてくれるんで、どんどんどんどん忙しくなってきた・・・

稼ぐに追いつく貧乏なしってやつで・・・

昼間のうちにひと廻りしちゃうってと今度は、芝浜というのは夕河岸というのがあって、夕方舟が入って来る・・・

そいつを近所の人に売るんだそうですな・・・

そっちまで手をまわして、方々売って歩いて、夜遅くにうちへ帰ってくる・・・

そういう風にしておりますんで、一年経ったときには義理の悪い借金はすっかりなくなっちゃった・・・

二年経ったときには夏冬の物が揃って、僅かではございますけれども、蓄えができた・・・

三年経つか経たないうちに、今まで長屋にいた棒手振りが、表通りへ例え僅かでも一軒の魚屋の店を持つことができた・・・

これは大変な出世でございますな・・・三年一生懸命やっていますから・・・

ちょうど三年経った大晦日の晩でございまして・・・

熊公
熊公

おう!今帰ったよ!

女房
女房

あら、お帰りなさい!まぁ~混んでたでしょ?

女房
女房

そらまぁ一年の垢すっかり落とそうってんだから混むと思ってさ、昼間行けばいいと思ってたのにお得意廻りしちゃったからさぁ !

熊公
熊公

いいんだよ、そんなことはどうだって・・・

熊公
熊公

混んでたってどうってことはねぇそりゃしょうがねえよ?

熊公
熊公

よく暖まって来たし、気持ちがいいや!

熊公
熊公

お得意様は正月が来るってと、もうおせち料理は飽きちまうよ?

熊公
熊公

こういう時に魚食いてえったって魚屋は休みだ・・・

熊公
熊公

どうにもしょうがねえからさ、そんな不自由な思いをお得意様にさしちゃ申し訳ねえと思うから

熊公
熊公

俺は一回り廻って来たんだ、構わねえんだよ・・・

熊公
熊公

定(さだ)はどうした?湯に行った?あぁそう?会わなかったなぁ・・・

熊公
熊公

いや湯にいるんだろうけども、あんまり混んでたんでなぁ、分かんなかったよ・・・

熊公
熊公

誰とも口利かねえし、ただ一生懸命体洗って、帰って来たんだ・・・

熊公
熊公

野郎帰ってきたらおめえも入って来た方がいいよ?

女房
女房

うん、お前さんには悪いけど、あたしもう昼間に入っちゃったの・・・

熊公
熊公

おぉ、そうかい・・・ならいいんだ・・・

熊公
熊公

ただ、上がり框(あがりがまち)のとこにな、火鉢出しとかなくちゃだめだよ?たっぷり湯沸かしてな?

※上がり框(あがりがまち)・・・玄関の上がり口で履物を置く土間の部分と廊下や、玄関ホール等の床との段差部に水平に渡した横木。

熊公
熊公

だめだよ、片づけちゃ・・・勘定取りに来る人はこの寒い中来るんだから・・・

熊公
熊公

何よりも火がごちそうなんだから、そうしてやんな?

女房
女房

もうあと勘定なんか取りに来ないよ・・・

熊公
熊公

え?勘定取りに来ねえ?まるで?一回も来ねえの?こんな時刻にかい?

熊公
熊公

だって大晦日だぜ今日は・・・それでも来ない?へぇ・・・

熊公
熊公

なんだか拍子抜けしちゃったなぁ・・・へへっ・・・

熊公
熊公

そらまあ来ない方がいいんだけれども・・・

熊公
熊公

そうかい・・・

熊公
熊公

あ!なんか匂いが出たときと入って来た時で違うなと思ったらこれか!

熊公
熊公

畳を変えたのか?

女房
女房

そうなの・・・あんまり汚かったんでね?

女房
女房

畳屋の親方に言ったら大晦日までにはなんとかなるってこう言ってたんでね?

女房
女房

おまえさんが湯に言ってる間に若い人が来て、すっかり変えてくれたの!

女房
女房

断りもなしにやっちゃって、いけなかったかい?

熊公
熊公

いやぁ、いいよぉ!そらぁ新しい年が来るんだから畳は新しい方がいいよぉ!

熊公
熊公

いいもんだなぁ!昔の人はうめえこと言ったよ!

熊公
熊公

『畳の新しいのと女房は古い方がいい』ってさ!

女房
女房

悪かったねぇ、古くて・・・

熊公
熊公

いやぁ!悪いことはねぇぞ?古いことにこしたことはねぇよ!

女房
女房

そうかい・・・みんなすっかり揃っちゃってんだ・・・

女房
女房

こんな大晦日があるんだねぇ・・・

熊公
熊公

これに比べれば三年前の大晦日は地獄だったなぁ・・・

熊公
熊公

こっちは朝早くからどっかへ逃げ出しちゃおうと思ってたら、そうはいかねえんだ、向こうの方が早いよ?

熊公
熊公

まだ暗いうちから借金とりが来て、それからひっきり無しだ・・・

熊公
熊公

うちに出る間がねぇや・・・だから俺は戸棚のとこに隠れたんだ・・・

熊公
熊公

おめえが一人でもって言い訳してた・・・

熊公
熊公

よくやったねぇ!おめえも!あれほどのことは中々できねえや・・・

熊公
熊公

一日中言い訳だ・・・俺ぁ感心しちゃったよ・・・うん・・・

熊公
熊公

覚えてるか?あの、ほら一番しまいに来たのが米屋の番頭だい・・・

熊公
熊公

そうですか!それじゃこれから必ずお願いしますよ!ってんで帰って行った・・・

熊公
熊公

お前さんもう大丈夫ですよって言われたんで、やれやれってんで戸棚開けたら、あん畜生は矢立忘れて取りに帰って来たろ!?

※矢立・・・筆と墨壺を組み合わせた携帯用筆記用具。

熊公
熊公

こっちはいきなりだからさぁ!

熊公
熊公

戸棚に隠れる間がねえ、どうしようと思ったら、おめえが傍にあった風呂敷すっと頭から被してくれたろ?

熊公
熊公

俺は小さくなってじ~っとしてたんだ・・・

熊公
熊公

そしたら帰りがけにあの番頭が

熊公
熊公

「おかみさん、今夜は馬鹿に冷え込むんだねぇ・・・」

熊公
熊公

「あたしたちだけじゃねえんだよ?」

熊公
熊公

「その風呂敷包みもガタガタ震えてるよ」

熊公
熊公

ってんだ・・・まぁ~俺は風呂敷被ってて真っ赤になっちゃったよ・・・

熊公
熊公

本当に粋な野郎だったなあいつはぁ・・・

女房
女房

そうだねぇ・・・まあお前さんが一生懸命稼いでくれたんで貸しているところはあるけれども、借りてるところはもうないよ?

熊公
熊公

そうかぁ・・・そりゃよかったぁ・・・

女房
女房

どうも本当にありがとうございます・・・

熊公
熊公

いいよいいよ!よせよ・・・礼なんぞ言うなよ・・・

熊公
熊公

決まりが悪いよ本当に・・・当たり前なんだから・・・

熊公
熊公

若い時分にはね、商売をしねえで稼がねえで使おうと思うからどうしても無理ができるんだ・・・

熊公
熊公

近頃河岸行って若い奴がいるだろ?そうしたら俺が

熊公
熊公

いいか!?あんまり酒ばっかり飲むんじゃねえぞ?銭欲しかったら稼げばいいんだい!商売すればいくらでも稼げるんだから!一生懸命稼げ!

熊公
熊公

なんてなことを言ってるってとね?俺の以前を知ってる人がね?

熊公
熊公

「へぇ・・・魚熊の口からそんな言葉が聞けると思わなかった・・・」

熊公
熊公

なんてんで、笑ってやがるんだよ・・・

女房
女房

そう・・・本当にお前さんはガラッと人が変わってくれたし、本当に良かったと思って・・・

女房
女房

ねぇ、お前さんに是非とも見てもらいたいものがあるの・・・

熊公
熊公

なんだいあらたまって・・・え?

熊公
熊公

戸棚の中に手突っ込んで、散らかしちゃしょうがねえな・・・

熊公
熊公

えぇ?どうしたんだい?

女房
女房

まあいいじゃないか・・・ねぇお前さん・・・・・

女房
女房

これ・・・見覚え・・・ない?

熊公
熊公

え?なんだい?恐ろしく汚え財布だけれども・・・

熊公
熊公

これ、金が入ってんのか?

女房
女房

そう!五十両入ってんの・・・

熊公
熊公

五十両?

熊公
熊公

女は怖いねえ~!わずかの間にそんなに貯めるんだから・・・

女房
女房

何を言ってんだい・・・そうじゃないんだよぉ・・・

女房
女房

覚えがないかねぇ・・・二分金ばかりで五十両入ってんの・・・

女房
女房

よく見てごらんねぇ・・・その財布をさぁ・・・

熊公
熊公

んん?・・・よく見たら見た気もするんだけど・・・ちょっと待ってくれよ?

熊公
熊公

どこで見たんだっけなぁ・・・

熊公
熊公

ちょいと分かんねえなぁ・・・

女房
女房

そうかい?それねぇ・・・

女房
女房

三年前にお前さんが芝の浜で拾ってきた財布だよ・・・

熊公
熊公

へ?

熊公
熊公

あっ!

熊公
熊公

だ、だけどおめえあれは夢じゃねえのか?

女房
女房

あたしが夢だと言って騙したの・・・

熊公
熊公

やっぱりそうか!やっぱり本当だったんだろ!?

熊公
熊公

ほれ見ろおめえ・・・

熊公
熊公

あんなにはっきりした夢ってのはねえもの!?

熊公
熊公

どうもおかしいなと思ってんだんだ!

熊公
熊公

おめえにあれは夢だと言われたときの情けねえことったらなかったよぉ!冗談じゃねえや本当に・・・

熊公
熊公

なんだっておめえ俺を騙したんだ!

女房
女房

申し訳ございません・・・お前さん、許しておくれ・・・

女房
女房

腹が立つのも分かるけれども、ちゃんとわけがあるんですよ・・・

女房
女房

どうかそのわけを聞いてくださいよ・・・

熊公
熊公

当たりめえだ!誰が聞かずにおくもんか!聞かせてみろい!

女房
女房

それはね、お前さん・・・

女房
女房

お前さんがあの苦しい最中にその財布拾って来てくれた時にはあたしだってホッとしたよ?

女房
女房

五十両という金があれば義理の悪い借金も返せるし、これから楽になるなと思ったけれども・・・

女房
女房

考えてみれば拾ったお金じゃないか・・・

女房
女房

拾ったお金を使っちゃっていいもんか・・・

女房
女房

もし後でそれが御上に知れたらどんなお咎めを受けるか知らないから、心配になってお前さんにどうすんの?って聞いたら

女房
女房

俺はもう商売なんかやめちゃって、これから二人で乙な成りをして

女房
女房

そして好きな酒を飲んでうまいものを食べて、湯治場へなんか遊びに行ったりして面白おかしく暮らすんだ!

女房
女房

ってそう言ってたから、これはいけない!ってそう思ったの・・・

女房
女房

だってそんなことをしてごらんねぇ・・・世間の口がうるさいよ・・・

女房
女房

近頃熊さんの所は商売もしてないのに、急に羽振りが良くなった

女房
女房

おかしい何かあるんじゃないかって、人から人へ伝わって、終いにはお役人の耳に入る・・・

女房
女房

そうすりゃお前さんは必ずお調べを受けるよ・・・

女房
女房

そうすりゃいくら隠そうったってそうはいかない・・・

女房
女房

そうすりゃいくら隠そうったってそうはいかない、お前さんは拾ったって必ず言います・・・

女房
女房

それが例え海の中だって許されることじゃありませんよ・・・

女房
女房

お前さんがね、暗い所にでも放り出されたら、あたしはどうしようと思って・・・

女房
女房

それでお前さんにとにかくお酒を飲ませて、寝てもらってから急いで大家さんの所へ飛んでったんですよ・・・

女房
女房

そしたら大家さんは

女房
女房

「とんでもない!そんな金に手を付けちゃいけない!俺が御上に届けてやるから、お前はあいつを夢だと言って騙してしまえ!」

女房
女房

ってこう言われたんで、あたしは一生懸命お前さんにあれは夢だ夢だって夢中で騙したんです・・・

女房
女房

お前さんは人がいいからね・・・すぐに騙されてくれて・・・

女房
女房

お酒をすっかりやめて、一生懸命稼ぎだしてくれた・・・

女房
女房

本当にありがたい、騙して申し訳ないと思いながらもそれが言えなくてさ・・・

女房
女房

ちょうど一年経ったときに、落とし主が現れないからって御上からそれが下がってきたんですよ・・・

女房
女房

本当に嬉しくて嬉しくてね・・・すぐにお前さんに見せようと思ったんだけれども、そうでない・・・

女房
女房

今その気になって一生懸命稼いでいるところをそんな五十両なんてお金を見せてもまたお前さんが元のようになっちゃいけないから・・・

女房
女房

あたしは見せたいのをずっと我慢してきたんだよ・・・

女房
女房

それがすっかり三年経って、料簡も変わって、もうこの人は今五十両のお金、いや例え百両や千両のお金見たって変わる人じゃないと思ったから・・・

女房
女房

あたし今夜は見せようと思って、あたし昼間から心に決めてたんです・・・

女房
女房

そりゃあ連れ添った女房に騙されて、お前さん悔しいでしょう、腹が立つでしょう・・・

女房
女房

よ~く分かりますよ・・・

女房
女房

ですから気の済むまで、蹴るなりぶつなりしてください・・・

女房
女房

その代わり、そういうわけで騙したんですから・・・

女房
女房

その後できっと許してくださいよ熊さん・・・

女房
女房

この通りです・・・

熊公
熊公

・・・

熊公
熊公

はぁぁ・・・

熊公
熊公

お手をお上げなすって・・・

熊公
熊公

いやぁ・・・恐れ入った!

熊公
熊公

偉えなぁおめえは・・・本当だよ!偉ぇ・・・

熊公
熊公

おめえの言う通りだよ・・・俺はそこまで考えなかった・・・

熊公
熊公

俺があの時、好き勝手にあの金使ってりゃ、そりゃ世間の奴は黙ってねえもの・・・

熊公
熊公

そうすりゃあ・・・みんなに寄ってたかって張り倒されりゃ・・・

熊公
熊公

俺ぁ拾ったってことを言うさ・・・

熊公
熊公

そうすりゃ暗いどころの騒ぎじゃねえや・・・俺の首は付いてなかったかもしれねえ・・・

熊公
熊公

獄のお情けを受けたって寄せ場送りだぜ・・・

熊公
熊公

あんなところにやられた日にはもう俺ぁ戻って来られねえよ・・・

熊公
熊公

よしんば無事に務めたって、戻ってくりゃ寄せ場帰りだのなんだの言われりゃぁ・・・

熊公
熊公

世間でまともに扱ってくれねえからなぁ・・・まともに商売もできやしねえ・・・

熊公
熊公

そうすれば人様のものに手を出すなんてことになりゃぁ・・・もうそれおしまいだ・・・

熊公
熊公

どっちへどう転んだって野垂れ死にだよ・・・

熊公
熊公

おめえが騙してくれたおかげで俺はこうして生きていられる・・・

熊公
熊公

ありがてぇ・・・本当にありがてぇ・・・

熊公
熊公

女房大明神だ・・・あぁ女房大明神女房大明神!

女房
女房

なんだね、お前さん拝んだりしてやだよぉ・・・

女房
女房

それじゃあお前さん許してくれるのかい?

熊公
熊公

当たり前だよ!こっちがお礼言ってんじゃねえか!

女房
女房

そう・・・あぁ~よかった・・・

女房
女房

お前さんにねぇ、どんな風に怒られたってあたしが悪いんだから騙したのはね・・・

女房
女房

もう気になって気になってたんだよ・・・もう体のつっかえが取れました・・・

女房
女房

力がなくなっちゃったよお前さん・・・

女房
女房

ねぇ・・・どう?お前さん・・・一杯やらないかい?

熊公
熊公

え?なんだい、一杯ってのは?

女房
女房

お酒だよぉ・・・

熊公
熊公

酒ったって、俺は酒をおめえに断ってんだよ!?

女房
女房

いいよ・・・あたしが許すからさ・・・お飲みよ・・・

熊公
熊公

でも今までず~っとやめてきて・・・

女房
女房

いいじゃないかぁ・・・もうお前さんは酒に飲まれる人じゃないよ・・・

女房
女房

今夜は大晦日・・・明日はお正月・・・お飲みよ・・・

熊公
熊公

そうかい?・・・ふふふ・・・

熊公
熊公

そ、そらぁいいけどよぉ・・・だけどうちに酒なんざありゃしないだろ?

女房
女房

ううん・・・

女房
女房

このことお前さんに話をしたら機嫌直しに一杯やってもらおうと思って昼間のうちから支度してあるの・・・

熊公
熊公

買ってあるのか!?へぇ~!さすがだやっぱり女房は古くなくちゃいけねえや!

熊公
熊公

そうかい!おぉ、なんだいなんだいお膳なんざ運んできて・・・

熊公
熊公

大したもんだこりゃあ・・・お燗?

熊公
熊公

あぁいいよいいよ・・・返したやつは後からゆっくり飲むから・・・

熊公
熊公

その前にな、まだ湯でよ~く暖まってきたから体が火照ってんだ・・・

熊公
熊公

冷てえやつをきゅ~っとひとつ先にいきてえや・・・

熊公
熊公

湯呑で結構だよ!うん、それでいいや・・・

熊公
熊公

本当にいいのか?嫌だよ?今のは嘘ですなんて言われんのは・・・

熊公
熊公

・・・おっとっとぉ!おめえが飲んでいいっていたんだからな?ふふふ・・・

熊公
熊公

・・・す~・・・この匂いだ・・・

熊公
熊公

へぇ・・・しばらくだったなぁ・・・

熊公
熊公

おめえとはもう生涯付き合うめえと思ってたんだが、また付き合うことになったなぁ、よろしく頼むぜ・・・

熊公
熊公

へへ・・・あっはっはっは!

熊公
熊公

ありがてえなぁどうも・・・お・・・おい除夜の鐘が聞こえるよ?

熊公
熊公

どうだい!除夜の鐘を聞きながら飲めるとは思わなかったなぁ・・・

熊公
熊公

じゃあひとつ・・・

熊公
熊公

・・・

熊公
熊公

ん・・・やっぱり飲むのはよそう・・・

女房
女房

どうしてさぁ!?

熊公
熊公

また夢になるといけねぇ・・・

芝浜を聞くなら「三遊亭圓楽」

桂歌丸の前の「笑点」司会であり、若手の頃には立川談志らと共に四天王と謳われ、主に人情噺を得意としています。重厚で響きのある声とリズミカルな語りで、物語の温かさと笑いを巧みに描き出した一席。

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