落語【お若伊之助】台本 吹き出し風

落語 台本

まだ江戸と申しておりました自分に日本橋石町(こくちょう)に栄屋(さかえや)さんという大きな生薬屋さんがございまして・・・

旦那は、何年か前に亡くなったんですけれども、その後を引き継いだおかみさんが大変にこのしっかり者。

また人面倒見もいいところから、奉公人がみんなおかみさん、おかみさんといって店のために働いてくれるんで繁盛は一向に変わりません。

そこの一人娘でもってお若さんという、今年十七になりますお嬢さん。

これがもう栄屋小町と言われる大変な美人でございます。

もうそのお嬢さんがいるだけで、あたりが明るくなるというような大変な人でございます。

乳母日傘で育って何でも自分の思いが叶うという誠に結構なご身分で

お若伊之助を聞くなら「古今亭志ん生」

昭和の名人・古今亭志ん生は、「お若伊之助」を独特の語り口で演じ、怪談と落語の要素を絶妙に織り交ぜる。彼の演じる伊之助はどこかとぼけた味があり、シリアスな物語に軽妙な間を生み出す。志ん生ならではの脱力感のある語りが、悲劇の中にも粋な風情を醸し出す。

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お若さん
お若さん

おっかさん、私、一中節のお稽古がしたいの・・・

母

ああ、たいそう流行っているそうだね~

母

うーん、お稽古すんのは構わないんだけれども、今店が忙しいからね・・・

母

お前の稽古に付いていける人がいないんだよ・・・

母

と言ってお前を一人でお稽古にやるのは、おっかさん心配だしねぇ・・・

母

うーん、ま、そのうちにいいお師匠さんがいたら、うちへお稽古に来てもらいましょう!

出入りの頭(かしら)でもって、に組の初五郎という男。で、これに話をすると、

初五郎
初五郎

そうでございますか!よろしゅうございますよ!

初五郎
初五郎

知ってますよ!良い師匠をね!

初五郎
初五郎

まぁあの、あっしがちょいと目をかけてるんですがね

初五郎
初五郎

弟同然に可愛がっとる男なんでね、えぇ、菅野伊之助ってまして

初五郎
初五郎

これがなかなか良い師匠でございまして!

母

ちょいと待っとくれよ、えぇ頭(かしら)・・・

母

男のお師匠さんはね、ちょいと具合が悪いよ?

母

だってさ、お若はまだ婿取り前じゃないか、何か間違い事でもあって・・・

初五郎
初五郎

いえいえいえ!そらぁ、そらぁ大丈夫だ!

初五郎
初五郎

えぇ、元侍でしてね?

初五郎
初五郎

それだけに大変に物堅いところがありましてね?

初五郎
初五郎

曲がったことは大嫌いというような真っ正直な男なんでね!

初五郎
初五郎

それにおかみさん、あっしが間に入ってるんですからね?

初五郎
初五郎

そんな心配はいりませんよ!

初五郎
初五郎

あっしの方からもお願いします!

初五郎
初五郎

そいつをここへね、お稽古へ来させてやってくださいな!

初五郎
初五郎

こちらにお出入りにできりゃ、どんなに当人にとって励みになるか分かりませんから!

初五郎
初五郎

あっしからお願いしますからどうぞよろしくお願いします!

母

そう?

母

まぁ頭(かしら)がそういうなら、じゃあそのお師匠さんにお願いしましょう・・・

というんで菅野伊之助というのが稽古に来るようになった 。

これがまた大変にいい男でございます。すらすらっとしておりまして、もう男が見てもハッとする ようないい男でございます。

この片っ方の方が今小町と言われている、もう色気盛りのお嬢さん。

この二人がひと間に入りまして・・・二人っきりでもって、向かい合って・・・

危ないですね、こういうのは。おかみさんが心配した通り、もうあっという間にそういうことになる・・・

母親は敏感でございますから、これはおかしい、近頃、稽古中に三味線の音色も歌声も聞こえてこない、ひょっとするとひょっとするかしらなんという・・・

次の稽古の時にこう様子を伺っとると、何も聞こえてこないからそ~っと行って、お若さんの部屋の中を覗くってと伊之助が三味線を抱えてないで、お若さんを抱えてる・・・

これはいけない、大変なことになったってんで、すぐにこれを頭(かしら)に話をする。

初五郎
初五郎

そうですか!

初五郎
初五郎

あいすみません・・・とんでもねぇ野郎だ!

初五郎
初五郎

分かりました!あっしはね!あの野郎を半殺しに・・・

母

いやいやいや、いけない、いけない・・・

母

いけないよ、そういう乱暴なことしちゃいけないよ・・・

母

ええ、そんなことをするってと、かえってうちが恨まれるじゃないか

母

で、それよりね?

母

ここに二十五両というお金があるんだけど・・・

母

これをあの伊之助に渡して、もうこれきりという

初五郎
初五郎

いえいえ!そんなことしなくったって、あっしが一言いえば!

母

いいや、そうではないんだよ

母

あとでごたごたするのが嫌だからね、こういうことはきっちりしておきたいんだ・・・

母

そら伊之助ばかりが悪いんじゃあない、お若いにだって罪がある・・・

母

気がつかなかった、私だって悪いところがあるんだから

母

いいかい、ね、頭(かしら)、お前さん頼むよ・・・

初五郎
初五郎

そうですか・・・

初五郎
初五郎

誠にあいすみませんでございます・・・

初五郎
初五郎

本当に何と言ってお詫びをしていいからよく分かりませんが、どうぞ一つ勘弁しておくんなさい・・・

というんで、この金を持ってって伊之助に渡して

初五郎
初五郎

いいか!もう二度とお若さんに会っちゃならねえぞ!

初五郎
初五郎

栄屋さんに行くんじゃねぇぞ!

とコンコンと意見もした。伊之助にしてみりゃ意見をされて、手切れをいただいたんですから、分かりました、承知しましたというんで納得したんですが・・・

しないのはお若さんのほうですな・・・

このまんま放っておくと大変だから、ほとぼりの冷めるまで熱がぐっと上がってるから、その熱が下がるまでどっか安心できるところに預けておこうというんで。

根岸御行の松の近くでもって今井田流の道場を開いております、長尾一角という剣術の先生がいる・・・

この人はこの栄屋のおかみさんの義理の兄さんみたいな人で、お若さんにとってのおじさんにあたります。

ここならば心配はなかろうというんで話をするって、

一角
一角

あぁよかろう、離れを使いなさい!

そこにお若さんが預けられた。

たまに行くのはよろしいんですけれども、今まで賑やかなところにいた人が急にこちらへ長くいるとなると、寂しくて寂しくてたまらない・・・

お若さん
お若さん

早く石町に帰りたい伊之助さんに会いたい・・・

というので、その気持ちが講じてとうとう患ってしまった。

この患ったやつはお医者様にお診せしたってしょうがないですな・・・草津の湯治場に行ったって治りゃしない。

もう仕方がない、寝かしたまんまというやつですね。そうこうするうちに、月日の立つというのは早いもんで、お若さんがここに預けられてからちょうど1年経ちました。

弥生の半ばでございます。庭の桜は満開でございまして、近頃はお若さんが寝たり起きたりの毎日。

昼過ぎにさぁっと雨が1つ降りまして、それが上がる。日の暮れ方になって入り江の鐘がゴーンとなり始める・・・

お若さんが縁側へ出てまいります。島田の根が抜けて、がっくりと傾いている、髪の遅れ毛が二筋三筋こう頬にかかっている・・・

小紋ちり綿の着物に鴇色(ときいろ)のひのきを胸高にぎゅっと締めて、柱に寄りかかって花を見ている姿。もうまるで絵のようでございます。

さあっと風が吹いてまいりまして、桜の花びらが縁側にすっとこう、舞ってくる・・・

このひとひらを手に取って、

お若さん
お若さん

これを見るにつけ思い出すのは去年の今時分・・・

お若さん
お若さん

ここに預けられてからというもの、誰も来てくれない・・・

お若さん
お若さん

ばあやでも来てくれれば話し相手になってもらえるのに・・・

お若さん
お若さん

人をよこせば私が伊之助さんと便りをするかと思って、おっかさんは誰もよこしてくれない・・・

お若さん
お若さん

それに伊之助さんだってそうだ・・・

お若さん
お若さん

一年も会っていないんだから・・・

お若さん
お若さん

人に尋ねれば私の居所が知れようものを、何にも便りがない・・・

お若さん
お若さん

ひょっとすると他にます花ができたのかしら・・・

お若さん
お若さん

そんなことになったら私はもう生きてはいられない・・・

お若さん
お若さん

川へ身を投げて死んでしまう・・・

お若さん
お若さん

それにしても伊之助さんに会いたいものだ・・・

とひょっと向こうを見るってと、裏にしきり、ざっとこう生垣がございます。

その向こう側に男が後ろ向きに立っている。

藍微塵(あいみじん)の着物に茶献上の帯を締めまして、尻をぐっと高く端折って、羽織を小さくたたんで懐に入れて、手ぬぐいにほっかむりをして、腕組みをして考え込んでいる男の姿がどっかで見たことがある・・・

お?ひょっとすると!と思うから、お若さんがパーンと飛びだしてたったたったたったと駆け出して、垣根ごしに

お若さん
お若さん

お前は伊之さん!?

と覗くってと、間違うことなく伊之助でございますから。急いで木戸を開けてさっと中に引き入れる。

お若さん
お若さん

会いたかったぁ・・・

というんで、すがりつく。猪之助はただお若さんの背中に手をかけてじっと顔を見ているだけで、何も申しません。

一角
一角

ああ、東三郎!

一角
一角

いかがいたした?お若に粥を食べさしたか?

一角
一角

早くしないといかんぞ?

お若さん
お若さん

あぁ旦那が来ます・・・あの、誰か来ますから見られると具合が悪い・・・

お若さん
お若さん

あの、四つの鐘を合図にまた来てくださいな・・・

お若さん
お若さん

裏木戸を開けておきますから・・・

さあ、これから毎晩伊之助が通ってくるようになった。で、しばらく経つってと、このお若さんの体の格好は変わってきましてね。

お腹の方が、こうずっと前に先出してきて。これはどんな武骨な堅実の先生だって気がつきます。

一角
一角

これはいかんな・・・

一角
一角

お若は懐妊をしている様子だ・・・

一角
一角

門弟のものと通じたか、あるいはまた表から通って来るものがいるか・・・

一角
一角

いずれにしても油断がならん・・・

もう手遅れなんですけどもね。さあ、その晩から気にしている。

夜過ぎになるってと、お若さんの部屋の方から何かひそひそひそひそと話し声が聞こえてくる・・・

ちょいっと見ると人影が二つ。そ~っと忍んでって中を見ると、前に一度栄屋で会ったことのある菅野伊之助がおりました。

大変に仲良く語らっているんで、おのれ!飛び込んで一頭の松に斬り捨てようと思ったんですけれども、まあ、間にこの初五郎という男が入っているから、今夜このまんま。

あやつを斬る分にはいつでも斬れるからというんで、そのまんまあくる朝になりますってと、早くに初五郎の元へ人をやりまして・・・

お若伊之助を聞くなら「古今亭志ん生」

昭和の名人・古今亭志ん生は、「お若伊之助」を独特の語り口で演じ、怪談と落語の要素を絶妙に織り交ぜる。彼の演じる伊之助はどこかとぼけた味があり、シリアスな物語に軽妙な間を生み出す。志ん生ならではの脱力感のある語りが、悲劇の中にも粋な風情を醸し出す。

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初五郎
初五郎

お頼み申しやす!お頼み申します!

門番
門番

通~れ!いずれから?

初五郎
初五郎

えぇ、あたくし、に組の初五郎という者でございますが、お招きにあずかりまして取るものもとりあえず先生にお取り次ぎを願いたいんでございますが・・・

門番
門番

あぁ、左様でござるか、断じお控えよ・・・

門番
門番

先生、参りました・・・

一角
一角

何が参った・・・

門番
門番

おでん屋が参りました・・・

一角
一角

おでん屋が?

門番
門番

あ~なんですか、煮込みのおでんのお初を持ってきたと申しております

門番
門番

ねぎまもできるし、また、とろろもできるとこう申しております・・・

一角
一角

そのようなものを誂えた覚えはない!

一角
一角

何か聞き違えだろう?

一角
一角

いま一度聞いてきなさい!

門番
門番

ははっ!

門番
門番

え~、いま一度口上を

初五郎
初五郎

えぇ、あっしはあのね、に組の初五郎という鳶の者なんでございますが、お招きにあずかりまして取るものもとりあえず先生によろしくお取り次ぎを願いたいんでございますが・・・

門番
門番

あぁ、あ~左様でござるか・・・

門番
門番

断じお控えを・・・

門番
門番

え~聞いてまいりました・・・

門番
門番

おでん屋ではございません

門番
門番

に組の初五郎という鳶の者が参りまして、お招きに預かりまして取るものもとりあえず駆けつけてきた

門番
門番

先生にお取り次ぎ願いたい、とこう申しておりますが

門番
門番

あまり早口でございましたので、え、に組の初五郎というところ煮込みのおでんのお初。

門番
門番

お招きというところをねぎま、取るものもとりあえずをトロロと聞き違えまして・・・

一角
一角

よくそのように聞き違えることができるな・・・

一角
一角

あぁ、すぐにここへ通しなさい!

一角
一角

おぉ!頭(かしら)か!

一角
一角

さあさあ、こちらへお入りなさい!

初五郎
初五郎

どうもすみません!

初五郎
初五郎

よろしゅうございますか?

初五郎
初五郎

どうもごめんなすって、ごめんなすって・・・

初五郎
初五郎

どうもあいすみません、すっかりご無沙汰してしまいやして・・・

初五郎
初五郎

ちょくちょく伺わなくちゃならねぇと思ってるんですが、貧乏暇なしってやつでね

初五郎
初五郎

どうもあいすいません、ご勘弁願いたい・・・

初五郎
初五郎

で、お嬢さんご加減いかがでございます?

一角
一角

ん、まぁ相変わらず寝たり起きたりというような・・・

一角
一角

あ、お前たちもうよいぞ?向こうへ行ってなさい・・・

一角
一角

用があったら呼ぶから、そこをぴたりと締めて、うん・・・

一角
一角

あぁ・・・頭(かしら)・・・

一角
一角

もう少し前へ・・・

初五郎
初五郎

なんです?

一角
一角

え~実はな・・・

一角
一角

尋ねたいことがあって来てもらった・・・

初五郎
初五郎

ほぉ~、なんなんでございます?

一角
一角

う~ん、一年前に頭(かしら)の世話で菅野伊之助という・・・

初五郎
初五郎

いやああ、せ、先生!そら勘弁しておくんねぇ!

初五郎
初五郎

もうそれを言われるってと、あっしはもう面目なくってね、穴があったら入りたいくれぇなんだ・・・

初五郎
初五郎

とにかくあればっかりは、どうにもならなかった・・・

初五郎
初五郎

あっしが悪うございました、どうぞご勘弁を・・・

一角
一角

いやいやいや、済んだことをとやこう申すのではない・・・

一角
一角

その折に、栄屋から二十五両の手切れが出ていると聞いとるが、それは真か?

初五郎
初五郎

ええ、そうなんです

初五郎
初五郎

あっしはねぇ、そんなのはいりませんよって言ったんですがね?

初五郎
初五郎

おかみさんがね?こういうことはきっちりしとかなきゃいけねぇってんで出してくれたんで、それを伊之助に渡しました・・・

一角
一角

渡した?

一角
一角

しからば、手は切れておるな?

初五郎
初五郎

えぇ!切れてますよ!

一角
一角

う~ん・・・

一角
一角

その手の切れている男が、お若に会いに来ていたならば、なんとする?

初五郎
初五郎

そんなことはあるわけありません!

一角
一角

いや、そうではなくて、例えばの話で、もし来ていたならば

一角
一角

なんとする?

初五郎
初五郎

そらぁあっしは、野郎のこと半殺しにしてやりますよ・・・

初五郎
初五郎

えぇ!腕でも足でも折り曲げちゃう!

一角
一角

そうか・・・

一角
一角

しからば、伊之助の腕なり足なり、折ってまいれ・・・

初五郎
初五郎

え?

初五郎
初五郎

それってと、それってなんですか?

初五郎
初五郎

伊之助はここに来てるってんですか?

一角
一角

毎夜来ている様子だ・・・

一角
一角

昨夜も来ておった・・・

一角
一角

拙者がこの眼で確かめた

一角
一角

よっぽど飛び込んで一頭のもとに斬り捨てようと思ったが、間に頭(かしら)が入っているのだ

一角
一角

まぁ頭(かしら)に話をしてからでも遅くはないと昨夜はそのまま帰したが・・・

一角
一角

頭(かしら)・・・

一角
一角

お若はただの体ではないぞ?

一角
一角

伊之助の種を宿しているようだ・・・

一角
一角

ん?栄屋になんと申し訳をするのだ・・・

初五郎
初五郎

え?左様でございますか?

初五郎
初五郎

あの野郎また人に煮え湯を飲ませやがって!

初五郎
初五郎

えぇ!分かりました!あっしはこれから行ってね!野郎の腕でも足でも折って来ますから!

初五郎
初五郎

待ってておくんねぇ!

ってんで奴さん、根岸を火の玉のようにぱ~っと飛び出して、それから住まっておりますのは両国でございます、ここまで夢中で駆け出して参りまして・・・

初五郎
初五郎

おい!伊之!いるかぁ!

伊之助
伊之助

あぁ!頭(かしら)!

伊之助
伊之助

ばあや!頭(かしら)がお見えになったよ!お座布団を!

伊之助
伊之助

さあさあどうぞどうぞ!まあまあまあ!

伊之助
伊之助

いらっしゃいまし!何にいたしましょう?

伊之助
伊之助

お茶に致しますか?それともお酒に・・・

初五郎
初五郎

うるせぇ!

初五郎
初五郎

おぉ、伊之!

初五郎
初五郎

お前は俺になんの恨みがあって、そうやって仇するんだ?

伊之助
伊之助

え?恨み?仇?

伊之助
伊之助

一体、一体どういうことでございます?

伊之助
伊之助

とんでもございません!

伊之助
伊之助

私は恩ある頭(かしら)に恨みなんぞ持つわけはございません・・・

伊之助
伊之助

それに仇するなんて、と、とんでもございません・・・

伊之助
伊之助

そんなこと、私は何、いや、それあの・・・

伊之助
伊之助

こないだの栄屋さんのことは、大変申し訳ないと思っております・・・

伊之助
伊之助

ええ、でも、あれでも私の浮ついた気持ちから、軽はずみでああいうことになったんで、頭(かしら)に仇をするなんてことは少しも思っちゃおりません・・・

伊之助
伊之助

なんか悪いところがあったら、はっきりと言っていただきとうございます・・・

伊之助
伊之助

何をそんなに怒ってらっしゃるんですか?

初五郎
初五郎

おう、分かった!言ってやる!

初五郎
初五郎

お!お?え?おぉ!?あんだ?

初五郎
初五郎

俺とお前たぁな、兄弟分でもなければ、内輪の者でも何でもねえな、竹馬の友でも何でもねえ!

初五郎
初五郎

俺とお前と初めて会ったのはな市ヶ谷の八幡山の寄せ場だ!

初五郎
初五郎

お前の方から話をしてきた!

初五郎
初五郎

頭(かしら)、私はこれこれこういう者で、どうしても芸人になりたい

初五郎
初五郎

一中節で身を立てたい、師匠にみっちり稽古していただいて、自分でも稽古したつもりだ

初五郎
初五郎

だけど芸人になったら、なんとかして世の中に名前を知られたい

初五郎
初五郎

それのためにはただ芸をやっていてもだめなんだと

初五郎
初五郎

これからはご贔屓のお引き立てが何よりだ

初五郎
初五郎

頭(かしら)は色々とお付き合いが広うございますから、どうか私を一つ引っ張ってくださいましと

初五郎
初五郎

こういうことを言うから、お前の言ってることも大変気に入った、芸も聞かしてもらった

初五郎
初五郎

良い一中節だってんで、それから俺はしっかり気に入って、よし、本気でなんとかしてやろうと思ったんで

初五郎
初五郎

引き受けたからには半端なことはしたくはねぇやな

初五郎
初五郎

だからお前こうやってばあや一つ付けて、こうやって所帯を持ってるのを

初五郎
初五郎

黙って聞け!こん畜生!

初五郎
初五郎

まだ話は途中だ!な?いいか?その最中にだよ?

初五郎
初五郎

栄屋さんの方から話があった

初五郎
初五郎

あそこに出入りができたらお前これから先、どんなにお前の力になるか分からねぇってんで

初五郎
初五郎

よし!ってんで、すぐにお前を稽古にやろうと思ったらおかみさんが心配してね?

初五郎
初五郎

男の師匠はどうも困るってことを言うから

初五郎
初五郎

そんなことありませんよ?正直な男で間違ったことはしませんから大丈夫だと!

初五郎
初五郎

間に俺が入ってるんだから心配することはありませんよ?

初五郎
初五郎

ってんで無理にお前をあそこに稽古にやったんだ!

初五郎
初五郎

な?

初五郎
初五郎

そしたら稽古もしねぇで、つまらねぇことをしやがって!

初五郎
初五郎

俺は引っ込みがつかなくなっちゃったじゃねぇか!

初五郎
初五郎

しょうがねぇから半殺しにしますと!

初五郎
初五郎

そしたら話の分かるおかみさんだ!

初五郎
初五郎

そんな乱暴なことをしちゃいけないってんで、出さなくてもいい二十五両の手切れをお前に出してくれたんだ・・・

初五郎
初五郎

な?

初五郎
初五郎

それをお前に渡したよ?そん時にお前なんて言った?

初五郎
初五郎

もう私は決してお若さんに会いません!栄屋さんに行きません!

初五郎
初五郎

こう言ったの!

初五郎
初五郎

それを言っておきながらおめぇ!

初五郎
初五郎

おめぇはお若さんに会いにいってるじゃあねぇか!

初五郎
初五郎

根岸に通ってんだろ!

初五郎
初五郎

だから俺はお前に腹が立ってるんだ!

伊之助
伊之助

ちょ、ちょ!ちょっと待ってください!

伊之助
伊之助

いやいや、私はそんなことは決してしちゃおりま

初五郎
初五郎

してませんなんてよくそんなこと俺に言えるな?

初五郎
初五郎

冗談じゃねぇ!現にお前昨夜だって行ってんだろ?

初五郎
初五郎

分かってんだ、そういうことは!

初五郎
初五郎

ちゃんとお前、長尾先生に見られてんだ!

初五郎
初五郎

本当のところはおめぇなんざ、バッサリやられるところだ!

初五郎
初五郎

俺が間に入ってるから、てめえは助かってんだ!

初五郎
初五郎

今お前呼ばれてそれを言われて、こっちは顔から火が出た!

初五郎
初五郎

本当にしょうがねぇ野郎だ!

初五郎
初五郎

腕でも足でも折ってきますってんで俺は飛んで来たんでい!

初五郎
初五郎

てめぇの足なんぞ・・・

初五郎
初五郎

はぁ~・・・

初五郎
初五郎

折りてぇけれども、お前の顔見たらそれができねぇや・・・

初五郎
初五郎

そんな綺麗なそっぽしてるんだ!女(あま)なんぞいくらでもできるじゃあねぇか!

初五郎
初五郎

なんだって未だにお若さんのところに会いに行ったりするんだ!

初五郎
初五郎

なぜ根岸まで行くんだよ、バカ!

伊之助
伊之助

ちょっと待ってください・・・

伊之助
伊之助

あの、今度はそれじゃあ、頭(かしら)、私の話を聞いていただきとうございます・・・

伊之助
伊之助

いや、それあの、私も芸人をしておりますが、これでも男でございます・・・

伊之助
伊之助

あんなご迷惑をかけて手切れをいただいて、それで頭(かしら)を裏切るようなことは私にはできません・・・

伊之助
伊之助

その時に決してお若さんには会うまいと心に誓ったんでございます・・・

伊之助
伊之助

決して私はお若さんには会っておりません・・・

伊之助
伊之助

それに、その今お話伺ってると、おかしいと思いますのは

伊之助
伊之助

昨夜と申しましたが、他の日ならばいざ知らず、昨夜に限った私は根岸に行けるわけはございません・・・

初五郎
初五郎

どうして行かれねぇんだい!

伊之助
伊之助

だって、昨夜は頭(かしら)、あなたとご一緒だったじゃありませんか・・・

初五郎
初五郎

・・・

初五郎
初五郎

なにぉ?

初五郎
初五郎

俺と一緒?

伊之助
伊之助

そうですよ、お忘れになったんですか?

伊之助
伊之助

昨日、日の暮れ方にここにお出でになりまして

伊之助
伊之助

おい伊之助、これからちょっと川町行って飯を食うんだ付き合ってくれってこうおっしゃいました・・・

伊之助
伊之助

私お供をしてまいりまして、ご飯を頂いてそのまんま帰るのかと思ったら

伊之助
伊之助

これから一つ仲行こうじゃねぇかとおっしゃいまして吉原に参りました・・・

伊之助
伊之助

いつもの通り茶屋でもって一杯やって、それから姿海老屋に送られていったんでございます・・・

伊之助
伊之助

頭(かしら)とご一緒だったんで、根岸には行かれません・・・

初五郎
初五郎

あぁそうかぁ!

初五郎
初五郎

あ、そうか、そうだよ!

初五郎
初五郎

いや、忘れちゃったよ

初五郎
初五郎

ちょいと向こうに面白くないこと言われたんで、か~っときてつい忘れちゃったんだ!

初五郎
初五郎

そうだった、そうだった!

初五郎
初五郎

すまなかった疑って!お前そんなことするやつじゃねぇや!

初五郎
初五郎

剣術使いなんてものは物が分からねぇ野郎だよ!

初五郎
初五郎

これから行ってな、よ~く話をしてくるから!

初五郎
初五郎

すまなかった、心配するな!

これからまた駆け出して根岸に戻ってまいります・・・

初五郎
初五郎

えぇ、行ってまいりました!

一角
一角

どうした?腕なり、足なり折ってまいったか?

初五郎
初五郎

え~っと先生、そ、それ違うんだ・・・

初五郎
初五郎

あのね、あの野郎はそんなことする野郎じゃねぇんです・・・

初五郎
初五郎

実はね、あいつ昨夜こっちへは来てません・・・

一角
一角

なぜそう言い切れる

初五郎
初五郎

えぇ、あっしと一緒だったんです・・・

初五郎
初五郎

えぇ、いやあの昼間ね、ちょっと仲間の寄り合いがありましてね?

初五郎
初五郎

面白くねえことがあったんでね?

初五郎
初五郎

ちょいと一杯やって、そのままじゃどうにもなんだが我慢ができねぇってんで

初五郎
初五郎

野郎誘って川町行って飯を食って、それでも気が晴れねぇから仲へ行こうってんで

初五郎
初五郎

いや、吉原にね

初五郎
初五郎

それで二人で出かけていって、いつもの通り茶屋でもって一杯やって

初五郎
初五郎

それで姿海老屋に送られてったんで、野郎とずっと一緒だったんです・・・

初五郎
初五郎

えぇ、ですからこっちへは来られませんですね・・・

初五郎
初五郎

あいつじゃありませんよ?

一角
一角

そうか・・・

一角
一角

頭(かしら)と一緒であったか・・・

一角
一角

それが来ていたというのもおかしな話であるな・・・

一角
一角

う~ん・・・

一角
一角

ん?

一角
一角

今、登楼(とうろう)した店を何と申した?

一角
一角

姿海老屋?

一角
一角

姿海老屋と申せば大層な大店であろう・・・

初五郎
初五郎

え、えぇそりゃもう・・・

一角
一角

ああいうところで芸人を遊ばせるのか?

初五郎
初五郎

いえ!遊ばせるはずがありません!

初五郎
初五郎

芸人や半端者はあげねぇんですが、あっしはあそこの旦那に大変なご贔屓になっとるんで

初五郎
初五郎

あっしだけ内々に、えぇ、遊ばせてくれるんですよ

一角
一角

伊之助はどうしておる?

初五郎
初五郎

伊之助はダメでございます、えぇ!

初五郎
初五郎

あっしを送るってとそのまんま茶屋へ戻って、茶屋でもって寝て、朝にあっしを迎えに来る

初五郎
初五郎

いつもこうなんだ

一角
一角

それだ、頭(かしら)・・・

一角
一角

茶屋に下がると見せかけて、大門を出てるよ?

一角
一角

駕籠(かご)というものがあるぞ?

一角
一角

それに乗ってタバコを二三服するうちに根岸にやって来られる・・・

一角
一角

お若に会って、知らん顔をしてまた吉原へ戻ったのであろう・・・

一角
一角

なぁ頭(かしら)

一角
一角

お前は寝かしこまれたんだ・・・

初五郎
初五郎

あ!

初五郎
初五郎

あ、そうか!

初五郎
初五郎

あ、そうだそうだ 、そういう奴だ、あの野郎!

初五郎
初五郎

悪い野郎だ、本当に!

初五郎
初五郎

悪い奴ってのは色んなことを考える!

初五郎
初五郎

今度こそ間違いなくね、腕か足折り曲げてきますから!

また夢中で駆け出して、両国へやってきた・・・

お若伊之助を聞くなら「古今亭志ん生」

昭和の名人・古今亭志ん生は、「お若伊之助」を独特の語り口で演じ、怪談と落語の要素を絶妙に織り交ぜる。彼の演じる伊之助はどこかとぼけた味があり、シリアスな物語に軽妙な間を生み出す。志ん生ならではの脱力感のある語りが、悲劇の中にも粋な風情を醸し出す。

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初五郎
初五郎

おう!よぉ!

伊之助
伊之助

あ!いかがでございました?

伊之助
伊之助

わかっていただけましたか?

初五郎
初五郎

何をいいやがんでいこん畜生!

初五郎
初五郎

この寝かし野郎!

伊之助
伊之助

寝かし野郎?それは一体どういう・・・

初五郎
初五郎

どういうことじゃねぇ!

初五郎
初五郎

俺を寝かしておいて!

初五郎
初五郎

茶屋に下がると見せかけて、大門を出てみろ?

初五郎
初五郎

駕籠というものがあるんだ!

初五郎
初五郎

それに乗ってタバコ二三服でもって根岸に行かれるんだ!

初五郎
初五郎

お若さんに会って、知らん顔をして朝俺を迎えに来たろ!

伊之助
伊之助

ちょっと待ってください・・・

伊之助
伊之助

本当にもうお頭(かしら)、そんなにお忘れになっちゃ困ります・・・

伊之助
伊之助

いつもはそうでございますけれども、昨夜に限っては違ったじゃございませんか・・・

伊之助
伊之助

私は茶屋の方へ下がろうと思って挨拶をしますと

伊之助
伊之助

おう!伊之!今夜ちょっと俺の話を聞いてもらいたいんだ!

伊之助
伊之助

まだ付き合ってくれとこうおっしゃいましたんで、お酒をいただきながら、頭(かしら)のお話を色々と聞かせていただきました・・・

伊之助
伊之助

ふと気が付きましたところ、もう日が出てまいりましたので朝になりましたよとこう申しましたところ

伊之助
伊之助

それじゃあ駕籠をあつらえてくれというので、二人で駕籠に乗りまして、帰りに丁子風呂によりまして、それで帰って来たんでございます

伊之助
伊之助

片時も頭(かしら)のそばを離れてないんでございます・・・

伊之助
伊之助

根岸に行かれるわけはないんですよ!

初五郎
初五郎

あぁ、そうか!

初五郎
初五郎

俺はすっかり忘れちゃってたんだ!

初五郎
初五郎

そうだ、そうだ!

初五郎
初五郎

ずっと俺の愚痴を聞いててくれたんだ!

初五郎
初五郎

なんだ、そうだった!

初五郎
初五郎

いやなんかちょっとしたことでもってね因縁つけようってんだ向こうは

初五郎
初五郎

待ってろ!じゃあまた行ってくるから!

初五郎
初五郎

心配するこたぁねぇ!

初五郎
初五郎

えぇ~先生!行ってまいりました!

一角
一角

どうであった?

初五郎
初五郎

いえ、もう先生あきらめてください

初五郎
初五郎

何しろね、昨日はあいつぁずっと俺のそばにいたんでございます

初五郎
初五郎

いつもはね、あのさっき言ったみたいに茶屋の方に下がるんでございますけども

初五郎
初五郎

昨夜はどうしても面白くねぇってんで野郎に愚痴を聞いてもらおうと思ってね?

初五郎
初五郎

あんまり男のするこっちゃあねぇんですけど、まぁあいつなら聞いてもらえるだろうと思ってね?

初五郎
初五郎

野郎を残してね?ず~っと愚痴をこぼしてたんだ・・・

初五郎
初五郎

って気が付いたら朝になったんですね・・・

初五郎
初五郎

それから駕籠をあつらえて、丁子風呂に寄って、それから帰ってきた・・・

初五郎
初五郎

だから野郎は片時もあっしのそばを離れてねぇんですよ

初五郎
初五郎

こっちへは来られねえんでございますよ

一角
一角

う~ん・・・

一角
一角

それはおかしな話であるな・・・

初五郎
初五郎

人違いじゃねぇんですか?

一角
一角

いやいや、前に一度栄屋で会ったことがある・・・

一角
一角

なるほど、若が夢中になるのも無理はないと思えるような男前である・・・

一角
一角

人違いだとは思えぬが、またそうでないとも言い切れん・・・

一角
一角

昨夜もまた来ておった・・・

一角
一角

今夜もまた来るであろう・・・

一角
一角

頭(かしら)・・・

一角
一角

今夜はここへ泊まって、真の伊之助であるかどうか見届けてもらいたい・・・

初五郎
初五郎

へい、分かりました!

さあ、これから酒の支度ができる 。やったり取ったりしているうちに、頭(かしら)の方は同じ所を行ったりきたり行ったりきたりして、へとへとになっちゃった。

ちょいと酒が入るってと、酒が一気に回ってうとうとうとうと始まる。

一角
一角

ああ、頭(かしら)・・・

一角
一角

ああ、よほど疲れているのであろう・・・

一角
一角

向こうへ行って横になんなさい・・・

初五郎
初五郎

どうも、あいすみません・・・

肘を枕にゴロりと横になると、深い眠りにつきます。ずっと夜が更けてまいります。

四つの鐘が打ち切る瞬間に裏木戸がすっと開いて、闇に生じて入ってきたものがお若さんの部屋に消えたのを長尾一角が見逃すわけがございません。

足を忍ばせて中の様子を見るってと、間違いなくまた伊之助が来ておりますから

一角
一角

頭(かしら)・・・!!

一角
一角

頭(かしら)!!

初五郎
初五郎

だぁ!!どうした!どこで火事だぁ!

一角
一角

しーーー!!

一角
一角

火事などではない・・・

一角
一角

伊之助が参った・・・

初五郎
初五郎

え・・・

初五郎
初五郎

すっかり忘れておりました、どこでございます?

一角
一角

こちらだ・・・

一角
一角

もうちょっと前へ・・・

一角
一角

見ろ、あそこだ・・・

初五郎
初五郎

ほう、人影が見えますね・・・

一角
一角

少しばかり開いておる、見てまいれ・・・

初五郎
初五郎

へい、分かりました・・・

初五郎
初五郎

(薄目で覗き見る)

初五郎
初五郎

先生!

初五郎
初五郎

間違いなくあれは、伊之助でございますよ!

一角
一角

間違いなく伊之助か?

一角
一角

昨夜のも・・・あれだぞ?

初五郎
初五郎

いやぁ、昨夜のは違います!

初五郎
初五郎

昨夜のは違うが、今夜は間違いなく伊之助でございます!

一角
一角

昨夜のは違うが今夜のはまさしく伊之助であるか・・・

一角
一角

まことか?

初五郎
初五郎

そうですよ・・・

一角
一角

そのようなこと・・・

一角
一角

いや、間違いなくそうか?

初五郎
初五郎

えぇ、あれは伊之助です!

初五郎
初五郎

昨夜のは違います!

一角
一角

それが間違っておると・・・

一角
一角

取り返しのつかぬことが起きるぞ?

初五郎
初五郎

そうすか・・・

初五郎
初五郎

でも間違いありません・・・

一角
一角

よし・・・

床の間に置いてあります種子島に弾を込めて、火縄に火をつけて・・・

初五郎
初五郎

ちょ、ちょっと待って先生!

初五郎
初五郎

そらぁ、その本物でしょ?

初五郎
初五郎

引き金ひくってと菜箸が飛び出たりするんじゃないんでしょ?

初五郎
初五郎

やめてくださいよ・・・そりゃいけません・・・

初五郎
初五郎

そりゃ伊之助は仕方ありません・・・

初五郎
初五郎

伊之助はそういう了見だから打たれて死んだって仕方がないけれども!

初五郎
初五郎

手元は狂ってお若さんにでも当たったら・・・

一角
一角

いやいや、そのような腕ではない・・・

一角
一角

そちらに下がっておれ・・・

狙いをつけて引き金を引く途端に、グァーっとものすごい音とともに間違いなく伊之助の胸を撃ちぬいた・・・

伊之助はぐるぐるっと回ってバタンと倒れると、お若さんはきゃーー!!と言って気を失ってしまった・・・

門番
門番

先生、何事でございますか!?

門番
門番

何か賊が侵入いたしましたか!?

門番
門番

拙者、日頃の腕前のご披露を・・・

一角
一角

いやいや、そうではない・・・

一角
一角

静かにいたせ、若が気を失っておる・・・

一角
一角

向こうへ連れていって介抱いたせ・・・

一角
一角

頭(かしら)・・・

一角
一角

頭(かしら)!!

初五郎
初五郎

はぁ~・・・

初五郎
初五郎

ひどい音でございますねぇ・・・

初五郎
初五郎

どうなりました?

一角
一角

死骸をあらためよ・・・

初五郎
初五郎

え?

初五郎
初五郎

あ、分かりました、どうも・・・

初五郎
初五郎

本当に、バカ野郎・・・

初五郎
初五郎

言わんこっちゃねぇ、だから俺ぁ昼間に言ったじゃねぇか!

初五郎
初五郎

てめぇが悪いんだぞこん畜生!?

初五郎
初五郎

あれだけ俺が一生懸命にお前の面倒をみて!

初五郎
初五郎

えぇ!?

初五郎
初五郎

こんなことになって俺ぁお前どうしたらいいんだ!?

初五郎
初五郎

いい間のふりして、ほっかんむりなんぞして!

初五郎
初五郎

この!!

初五郎
初五郎

・・・

初五郎
初五郎

せ、先生?

初五郎
初五郎

先生、これ伊之助じゃありません・・・

初五郎
初五郎

大きな狸でございますよ!

一角
一角

やはりそうであったか・・・

初五郎
初五郎

え?なんです?やはりそうであったかってのは?

一角
一角

いや、今夜のは伊之助だが昨夜のは伊之助ではないというのを聞いて

一角
一角

ことによるとそのようなことがあるやもしれんと思って

一角
一角

撃ち殺してみたが・・・

一角
一角

間違いがなくて良かった・・・

初五郎
初五郎

先生、これってどういうことなんです?

一角
一角

若があまりに伊之助のことを恋慕うところから、この年古う狸がそれを知ってな・・・

一角
一角

伊之助の姿を借りて、毎夜若をたぶらかしにまいったのであろう・・・

初五郎
初五郎

えぇ!?

初五郎
初五郎

そんなことがあるんですねぇ・・・

初五郎
初五郎

太ぇ野郎だ、本当にこん畜生め!

初五郎
初五郎

おめぇのために今日は俺行ったり来たり行ったり来たり、大変な騒ぎだったんだ!

初五郎
初五郎

こんのスケベ狸!!

初五郎
初五郎

てめぇにそんなことができるんだったら、俺が狸になりてぇや!

一角
一角

何を言っておる・・・

なんにしても、お若さんの体の方が心配でございますが、月にして生まれましたのがなんと狸の双子でございます・・・

すぐに絶命をいたしましたので、葬って塚をこしらえたと申します。根岸、御行の松の畔、因果塚の由来の一席でございました・・・

お若伊之助を聞くなら「古今亭志ん生」

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