落語【船徳】台本 吹き出し風

落語 台本

色々とあります乗り物の中で、船というのはたいへんに贅沢なものとされていますな・・・

外国へ行くのに、時間をかけて船で行く・・・そしてず~っと世界中をまわる・・・

これはもうたいへんな贅沢でございますが・・・

昔も舟遊びというので、江戸時代にはたいへんにさかんだったそうです・・・

「猪牙(ちょき)で小便千両」なんて言葉がございまして、ちょき舟というのに乗って小便をする・・・

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ちょき舟

これに千両かかった・・・

別に1回で千両というわけではございません・・・

釣りになんかいらっしゃってご経験になる方はいらっしゃるかもしれませんが、慣れないうちは揺れてる舟でもって、『構いませんよ?どうぞおやんなさい!』なんて言われたって、中々おいそれとできるものではございません・・・

体勢を整えておいて、でるぞ~でるぞ~と自分に言い聞かせる・・・

でるぞ~・・・もうでるぞ~!なんてんで、やっと出かかった!なんて時に、舟がぐわぁ!っと傾いたりすると、ぐっと止まっちゃう・・・

中々できない・・・

これがだんだんだんだん慣れてくるってと、ごく当たり前にできるようになる・・・

その時には、千両を使い果たしているというくらいに贅沢な遊びだったそうですな・・・

柳橋あたりから、芸者・太鼓を連れまして、どんちゃんどんちゃん騒ぎながら吉原あたりへ繰り込もうなんていうのは、贅の極みなんてことを言っておりますが・・・

ですから大川の周りには、舟宿がありまして、そこでの遊びを気に入っちゃった大家の若旦那なんてのが居候を決め込んでおりまして・・・

主よりえばっておりまして・・・

船徳を聞くなら「古今亭志ん朝」

古今亭志ん朝の落語は、華やかな語り口とリズム感あふれる演出が特徴です。「船徳」では、彼の卓越した語りの技と船上での鮮やかな情景描写が楽しめます。活き活きとしたキャラクターが織り成す物語をお楽しみください。

若旦那
若旦那

いいじゃねえかよお~!頼むよ親方ぁ!!

船宿の主
船宿の主

いやいや・・・およしなさいよ・・

船宿の主
船宿の主

悪いことは言わないから・・・

船宿の主
船宿の主

船頭なんてとんでもないよ、よしなさい!

船宿の主
船宿の主

あなただってうちへ帰りゃ御大家の若旦那!一家の主になれる人なんだから!

若旦那
若旦那

いやいいんだよ俺は・・・嫌なんだよ・・・

若旦那
若旦那

若旦那若旦那って言われてんのが嫌!

若旦那
若旦那

大体ねえ商人嫌いだよ、そろばんパチパチはじいて今日はいくら儲かったって細かいこと言うんだ・・・女々しくていけないよ!?

若旦那
若旦那

やっぱり男らしい商売はないかなと思ってずっと考えてたんだ・・・

若旦那
若旦那

それで俺は船頭が気に入ってるんだから・・・・

若旦那
若旦那

だから船頭にしとくれよ!

船宿の主
船宿の主

う~ん・・・あなたを船頭にしてご覧なさい?

船宿の主
船宿の主

あたしがあなたのおとっつあんやおっかさんに恨まれるじゃありませんか・・・

若旦那
若旦那

そんなことはないよ?そりゃこっちがなりたくないってのを親方が無理にしたってんだったら恨まれるだろうけどさ・・・

若旦那
若旦那

私がどうしてもなりたいってんだからさ!しておくれよお~!頼むよお!

船宿の主
船宿の主

弱りましたなぁどうも・・・だってあなた力仕事したことないんでしょ?

船宿の主
船宿の主

ね?こうやってはたで見てるってと楽なように見えるんですがねぇ・・・

船宿の主
船宿の主

あの船っていうのは大変なんですよ?

若旦那
若旦那

いいじゃねえか!どうしてもなりてえんだから!

若旦那
若旦那

いけない?・・・いいよ?

若旦那
若旦那

どうしても親方いけないって言うんだったらねえ、何もここだけが舟宿じゃないんだから!

若旦那
若旦那

他の所行って船頭になるよ!

船宿の主
船宿の主

ちょ、ちょっとお待ちなさいよお・・・しょうがねえなぁどうも・・・

船宿の主
船宿の主

一旦言い出したらあとに引かねえんだから・・・

船宿の主
船宿の主

分かりましたよ、おなんなさい・・・

船宿の主
船宿の主

ですけれどもねぇ!若旦那・・・いいですか?

船宿の主
船宿の主

なってみて、あ、これは俺に向いてねえなと思ったらおやめなさいよ?いいですか?

若旦那
若旦那

いいんだよ、なんでもいいんだ、へへへ・・・

若旦那
若旦那

船頭にしてくれりゃそれでいいんだ・・・

若旦那
若旦那

してくれんのね?どうもありがとう!

若旦那
若旦那

じゃあね、ここへうちの若い衆を集めて欲しいんだ!

船宿の主
船宿の主

どうするんです?

若旦那
若旦那

今日から俺が船頭になることをもってな、ひとつ披露宴をあげようと思ってな!

船宿の主
船宿の主

あなたすることが大業ですね・・・

若旦那
若旦那

みんなが集まったら親方の口からそう言って欲しいんですが、今までみたいに私のことを若旦那若旦那と呼んでもらいたくねえんだ・・・

若旦那
若旦那

徳って呼び捨てにするように、そう言っておくれよ!

船宿の主
船宿の主

いいんですか?

若旦那
若旦那

いいんだよ?そう言っておくれよ!

若旦那
若旦那

船頭のなりをして一生懸命漕いでる時に、向こうから『おおーい、若旦那――!』なんて言うのは、なんか馬鹿にされてるような気がするようだから・・・

若旦那
若旦那

そう言っておくれよ!

若旦那
若旦那

ものがキマらないでしょ?だからスパッと呼び捨てにしてもらいてえんだ!

船宿の主
船宿の主

そうですか、分かりました・・・

船宿の主
船宿の主

おう!竹ぇ!河岸行って若い衆呼んできな~!

竹

は~~~い!!

竹

ちょいと皆さん?呼んでますよ?

竹

親方が呼んでますよ?呼んでるってんだよ!

竹

なんだよもう・・・みんな聞こえてんのに聞こえないふりしてんだから・・・

竹

意地の悪い人ばっかり揃ってるねぇ・・・

竹

ちょいと?シロさん?

竹

お前さん今聞こえたんでしょ?耳がピクピクっと動いたよ?

竹

隣にいるクマさんもそうだよ?シロさん?クマさん?

竹

シロクマさーーーん!!

熊

続けて呼ぶな畜生!なんだい!!

竹

なんだいじゃないよ!親方呼んでんだよ!怒ってたよ~?

熊

なんで?

竹

なんでだか知らないよ?早く行かないってと大変だから!

熊

分かった行くよ!

熊

けっ!

熊

おうみんな顔貸せ!親方が怒ってるってよ!なんだろうねえ?

白

何言ってるんだよ~?あんな女の言うこと真に受けちゃいけないよ~!

白

あんな間の悪い奴はいないんだから!

白

女中もいいけれどもねぇ、古くなるってと人のこと馬鹿にしていけねえや!

白

何がったってね?俺はこないだ桟橋のところでふんどし洗ってたんだよ・・・

白

そしたらあの女が上に来やがって

白

大変だよ!燃えてるよ!大変だ!燃えてるよ!って言うんだよ・・・

白

こっちは慌ててぱぁ~っと駆け上がってってさ!

白

『おうどこが燃えてんだい!』って言ったら

白

『へっついの下が燃えてるよ!もう少しでおまんまが炊けますよ?』ってこういうこと言いやがんだよ・・・

白

もう悔しいったらありゃしねえや!おかげでもってふんどし一本流しちゃったよ・・・

白

それからずっとふんどし締めてねえ・・・

熊

馬鹿言っちゃいけねえ・・・小言じゃねえとは言い切れねえんだよ?

熊

俺ぁこんなことしちゃったんだけど、ことによるってとそれが見つかって小言が来るんじゃねえかなんてんで

熊

てめえで思い当たるやつはね、こっちから謝っちゃった方がいいってんだ・・・

熊

なんか思い当たるふしのあるやつはいねえか?

熊

おいたっつあん!なんか考えてるね、なんかあるのか?

たつ
たつ

うん・・ことによるってとあれが見つかったか?

熊

おお、早いね・・・どうしたの?

たつ
たつ

うん、実はね、こないだ出来て来た新造があるだろ?

※新造・・・新しくできた船。

たつ
たつ

あれに親方は『俺が乗るまでお前達乗っちゃいけねえぞ!?』ってこういってたんだ・・・

たつ
たつ

だけどさぁ!俺はどうしても、新しい舟を見るってと動いてくるんだ!

たつ
たつ

乗りたくって乗りたくって!

たつ
たつ

ところがねえ!こないだあの舟に限ってね?

たつ
たつ

親方が中々乗らねえんだよ・・・

たつ
たつ

ね?しょうがねえや、我慢ならなくなっちゃってさ、みんなが出払ってるときにそ~っと舟を出したんだ・・・

たつ
たつ

いやぁ~気持ちのいいもんだ、新しい舟ってのは・・・

たつ
たつ

ところがね?悪いことはできねえってもんだ、普段そんなことはないんだけれどもね?

たつ
たつ

間の悪いときにってのはしょうがないんだ・・・

たつ
たつ

橋の下をくぐるときにね、ちょいと脇を見てたんだね・・・

たつ
たつ

橋桁にぶつけて、舟の鼻っ先ぶつけちゃったんだよ・・・・

たつ
たつ

大工の方に回そうと思ったんだけど、そうなるってとさ、親方の耳に入るだろ?

たつ
たつ

だからうまい具合に回しておいて、荒縄でぐる~っと巻いておいたんだよ・・・

たつ
たつ

ことによるってと、そいつかもしれねえなぁ・・・

熊

それだ!それだよ!?そらぁ、もう親方も船のことになると夢中なんだから!

熊

それに違いないんだよ!バカだねえ!俺たちに教えりゃいいんだよぉ!

熊

そしたらみんなで分からないように、すう~っと大工の方に回してやるんだよお!

熊

自分1人でなんとかしようとするからそうなるんだよ、それで違いねぇや!

たつ
たつ

う~ん・・・だけどなぁ・・・

たつ
たつ

みんなで来いって言うんだからなぁ・・・まだ他にもあるんじゃねえか?

たつ
たつ

おめえもなんかあるんだろ?

熊

うん・・・ただね?

熊

こんなことが小言になるかなぁと思って考えてんだよ・・・

たつ
たつ

どうしたの?

熊

こないだみんなが出払っちゃって、俺一人になっちゃったらねぇ・・・

熊

姉さんが『ちょいとお前使いに行ってくるから、留守番頼むよ?』って言われたから

熊

『ようがすよ』ってんで、姉さん出しちゃったから仰向けになってね、壁に足を立てかけて本を読んでたんだ・・・

熊

そしたら『お待ちどう様~~!!』ってんで蕎麦屋が、天ぷらそば二つ持ってきたんだよ・・・

たつ
たつ

いやに景気がいいねぇ・・・

熊

いやそれがそうじゃねえんだよ・・・俺は頼んだ覚えがねえんだ・・・

熊

あつらえた覚えはねえんだけれども、向こうがせっかく持ってきたんだから、ものは蕎麦だろ?

熊

もったいねえや、のびちまったら・・・

熊

ペロッとやっちゃったんだよ・・・

熊

そしたら隣のうちのかみさんの声が聞こえたよ・・・

熊

『何をしてんだろうねえ!蕎麦屋遅いねえ!』なんてことを言ってんだ・・・

熊

へへ・・・蕎麦屋が隣のうちと間違えて持ってきたんだろうねぇ・・・

熊

空になったどんぶりを隣のうちの台所へそ~っと置いてきたよ?

熊

知らん顔をしてたんだよ?

熊

そうするとまた隣から

熊

『あらっ!誰か食べたんじゃないかねぇ!食べたんなら食べたって言ってくれなきゃこっちはいつまでも待つだろ本当に!しょうがないねぇ!あと二つってそう言っておくれ!チャリンっ』なんてんで

熊

俺ぁ一番しまいのチャリンってのが気になっちまったから台所また覗きに行ったんだよ?

熊

そしたら、どんぶりの上に蕎麦代がのってやがんの!

熊

だからそいつをそ~っと・・・

たつ
たつ

おいおいおいおい!小言になるかなぁじゃねえよ!

たつ
たつ

立派な犯罪じゃねえか!しょうがねえなぁ、本当に・・・

たつ
たつ

まあいつまでも待たせると親方また、かぁ~っとなっちゃうから早いとこ行こうじゃねえか!な?

たつ
たつ

それでどんどんどんどん自分のしくじりを謝ってった方がいいよ?

たつ
たつ

さあ!行こう行こう!?

熊

えぇ~親方!お呼びですか!?

船宿の主
船宿の主

おう!こっち上がれ!

熊

へえ!・・・えぇ~、なんでございましょう?

船宿の主
船宿の主

おめえたちにちょっとばかり言っておきたいことがある!

熊

あ、そ、それはもう分かっております・・・分かってますよぉ!?

熊

それはまあごもっともでございますが、ちょ、ちょっとお待ちになってください!

熊

おう!たっつあん!ちょっとこっちへ・・・

熊

親方、なんでございましょ?

熊

この野郎のことでもって、お腹立ちでございましょ?

熊

分かってんですよ!?この野郎親方乗る前に先に乗っちまいやがってねぇ!

熊

それで橋桁に舟の鼻っ先ぶつけちゃったってんですよ!

熊

それを大工の方に回すってと親方に気づかれちまうってんでねぇ、野郎は荒縄で巻いて誤魔化しておいたってこう言うんですよ・・・

熊

野郎親方乗る前に先に乗っちまいやがってねぇ!

熊

だから今みんなでさんざん小言を言いましてねぇ!もう大変悪いと思ってるんです!本人は!

熊

ね?こいつも何も悪気があってこんなことしたんじゃないんですよ・・・

熊

商売熱心からこういうことになったんで、この野郎の商売熱心に免じて一つ勘弁してもらいてえんです、お願えします・・・

熊

謝んな、謝んなよ・・・

たつ
たつ

どうも真にあいすいません・・・

船宿の主
船宿の主

この野郎・・・何度言ったら分かるんだ?

船宿の主
船宿の主

新造は俺が乗って調子を見てからまわすんじゃねえか・・・

船宿の主
船宿の主

それを俺より先に乗りやがって・・・

船宿の主
船宿の主

鼻っ先欠いたら欠いたでもって、どうして早く大工に回しとかねえんだい!

船宿の主
船宿の主

急に客が来た時にそんな舟が出せるか!本当に・・・

船宿の主
船宿の主

いつやったんでい!ちっとも知らなかった!!

たつ
たつ

・・・

たつ
たつ

ちっとも知らねえってそう言ってんじゃねえか・・・

たつ
たつ

どうも・・・このことじゃねえんですか!?

船宿の主
船宿の主

このことじゃねえ!

たつ
たつ

いやまだあるんですよ!おう!ちょっと来い!

たつ
たつ

この野郎しょうがねえんですよ!

たつ
たつ

蕎麦屋がね?隣のうちと間違えてもってきた天ぷらそばを二つ食っちゃったってんでね、その空を隣のうちの台所に置いておいた・・・

たつ
たつ

そしたら隣のうちのかみさんが誰か食べたんだろ?ってんで、どんぶりの蓋の上に蕎麦代を置いたんですな・・・

たつ
たつ

そしたらそれをまたこいつが持ってきちゃったっていうことなんですよぉ!だけど親方の前ですがね?

たつ
たつ

何もこの野郎だって悪気があってやったわけじゃ・・・

船宿の主
船宿の主

何を言ってやがんだ!悪気がなくてそんなことができるか!

船宿の主
船宿の主

もう本当にどいつもこいつもろくなことをしてねえんだから・・・

船宿の主
船宿の主

そんなことで呼んだんじゃねえんだ・・・

船宿の主
船宿の主

実はな?ここにいらっしゃる若旦那・・・

船宿の主
船宿の主

いくらお止めしても言うこと聞いてくださらねえ・・・

船宿の主
船宿の主

こっちも根負けしちゃったんだ・・・

船宿の主
船宿の主

引き受けたんだけれども、どうしても船頭になりてえってんだよ・・・

船宿の主
船宿の主

それで、まあ今日からお前たちの仲間入りだ!

船宿の主
船宿の主

一番下なんだから色々とめんどうみてくれよ?

たつ
たつ

へ? わ、若旦那!?船頭に!?

たつ
たつ

やった!やったねぇ!ようござんすよ!前からそう言ってたもの!

たつ
たつ

一緒に飲みに連れて行ったいただいた時にもそんな話が出ましたよ?

たつ
たつ

確か雨の降る日でした・・・

たつ
たつ

二人で飲んでるときに、あなた言ってたじゃありませんか・・・

たつ
たつ

俺の女は船頭っていう商売が好きだって言うから、俺ぁ一度でいいから船頭になってやりてえんだってんで、あなた涙を浮かべてしみじみあたしに打ち明けたよ?

たつ
たつ

結構ですよ!あなたなんぞはねぇ、様子がいいんだから!

たつ
たつ

船頭の姿して舟なんて引っ張ってごらんなさい!?

たつ
たつ

ようがすよ!?女の子で一杯になって、羨ましい限りですよ?

船宿の主
船宿の主

馬鹿野郎!そんなこと言っておだてるからなりたがるんじゃねえか!

船宿の主
船宿の主

今までみてえに若旦那若旦那って呼んでもらいたくねえ、徳って呼び捨てにしてくれってんだから、そうしてやんな!

たつ
たつ

へ?若旦那を徳って?呼び捨てに?

たつ
たつ

そりゃあ出来ませんよ・・・

たつ
たつ

だって親方そうでしょ?今までごちになったりいただいたりしてんだよ?

たつ
たつ

いきなり船頭になったからって手のひらを返すような、そんなことはあっしは出来ねえや・・・

たつ
たつ

それは呼べねえや・・・なぁお前は呼べるか?

白

呼べるよ

たつ
たつ

え?

白

呼べるよ・・・

たつ
たつ

お前呼べるか?

熊

呼べるよ、何言ってやがんでい!

熊

今まで若旦那だって船頭になれば一番下だよ?

熊

そういうものをね、若旦那って言ってごらん?

熊

本人がかえって気を遣うんだよ?

熊

それは呼び捨てにしてやった方がどれだけ気が楽かわかりゃしねえや・・・

熊

本当におべっかばっかり使いやがって本当に・・・

熊

どきな!本当に・・・いいか?みんな聞いてなよ?

熊

じゃあ若旦那を呼びますから、いいですか?

熊

よく聞いてろよ?いいか?

熊

・・・おう!・・・よく聞いてろ?

熊

おう!!・・・なんか言ったか?言わねえ?そうか・・・

熊

おう!!・・・おう!!

熊

あう!・・・かあー!!

たつ
たつ

カラスだよそれじゃあ!早く呼べよ!

熊

うるせえなぁ、畜生!

熊

短く切っていけねえなと思ったら長くのばせばいいんだ!

熊

おーーーーーう!っとくらぁ!

熊

徳やーーーーーい!ってんだ!

熊

ごめんなさい・・・

たつ
たつ

謝るな!

ってんで、大変ですな・・・

棹は三年、櫓は三月(さおはさんねん、ろはみつき)なんてことを言いましてね、あんな小さな舟でもこれは中々やっかいなもんだってことですが・・・

若旦那、船頭になったんですけれども舟の上に第一乗せてくれないもんで、毎日毎日ぼんやりしている・・・

四万六千日お暑い盛りでございます・・・

船徳を聞くなら「古今亭志ん朝」

古今亭志ん朝の落語は、華やかな語り口とリズム感あふれる演出が特徴です。「船徳」では、彼の卓越した語りの技と船上での鮮やかな情景描写が楽しめます。活き活きとしたキャラクターが織り成す物語をお楽しみください。

ある男
ある男

どうもたまんないねえこの暑さってえものは!

ある男
ある男

はぁ~!またねぇ、この蔵前通というのはあそこに観音様が見えてんだ、お堂がさ!

ある男
ある男

本当にしょうがないこう暑くちゃっねぇ!

ある男
ある男

なんとか涼しいときにしてもらえるとありがたいねえ!これもねえ!

ある男
ある男

あなたねぇ!そうぐずぐず言ってちゃいけませんよ?

ある男
ある男

これからお参りをしようってのに・・・

ある男
ある男

信心なんですから!つらいことでも辛抱しなさいよ?

ある男
ある男

四万六千日毎日お参りに行くところを一日で済ますよってんですから、そのくらいのことは我慢したっていいじゃありませんか!

ある男
ある男

お前さんはいいんだよ?そうやってこうもりなんてハイカラなものをさしてるから・・・

ある男
ある男

おてんとさま遮ってますよ・・・

ある男
ある男

あたしをご覧なさい、おでこの所がひりひりしたよ?

ある男
ある男

汗はかくしさ!せめてほこりをかぶりたい!

ある男
ある男

汗冗談じゃないよ!そうしてす~っと涼しくなるものはねえかなぁ!

ある男
ある男

あ!あった・・・あったよ!

ある男
ある男

この先にね、知ってる舟屋がある・・・

ある男
ある男

そこから舟を出してもらってお桟橋まで行ってお参りしよう、どうだい?

ある男
ある男

いけません、いけませんよ舟はあなたぁ・・・酔いますよ!

ある男
ある男

酔はないよぉ!大丈夫だよ!

ある男
ある男

いつでも水の上をすぅ~っと行くんだから考えただけだって涼しいじゃねえか!

ある男
ある男

いやあなた水の上をすう~っといけばそりゃいいですよ・・・

ある男
ある男

水の下をすう~っと・・・

ある男
ある男

いくわけないよ!大丈夫だよ!

ある男
ある男

海じゃないよ、川だから心配いらないよ?

ある男
ある男

まあとにかくあたしに任せておきなさい・・・このうちなんだ、中々いいんだよ?

ある男
ある男

こんちわ!

おかみ
おかみ

はい!あらぁまあしばらくじゃございませんか!

おかみ
おかみ

あっ、お連れさんでございますか?

おかみ
おかみ

どうもお世話様でございます・・・さあどうぞどうぞ・・・

おかみ
おかみ

あのちょいとお竹や!お竹!

おかみ
おかみ

本当に用があるときにどっか行っちまうんだからしょうがない・・・

おかみ
おかみ

ちょいと・・・ちょいと徳さん・・・徳さん・・・若旦那・・・

おかみ
おかみ

あぁ、どうもお休みの所あいすいません・・・

おかみ
おかみ

お客様がお二人お見えになりました・・・

おかみ
おかみ

台所へ行ってね、あの麦茶とおしぼりをよろしくお願いします・・・

おかみ
おかみ

あいすいませんね、お使い立てしてしまって・・・どうも・・・

おかみ
おかみ

まあ本当にどうなさったんですか、御言付けやらお手紙やらたくさん預かってるんですよ?

おかみ
おかみ

本当ですよぉ!お安くございませんよ?

ある男
ある男

こんちわ!何を言ってんだよぉ!

ある男
ある男

つまんないこと言っちゃいけない、からかっちゃいけないよ!

ある男
ある男

いや来たい来たいとは思ってたんだけど、野暮用続き・・・

ある男
ある男

本当だよ?まあ勘弁しておくれよ?

ある男
ある男

今日はね、友達と二人でもって四万六千日のお参り!

ある男
ある男

歩いてきて、もうどうもこの暑さってのはないよ・・・

ある男
ある男

だからね、ここから舟を出してもらって大桟橋までってんで、それで来たんだよ? お願いしますよ?

おかみ
おかみ

あらそうですか、ごめんなさいねぇ・・・

おかみ
おかみ

今ちょうどみんな出払ってるんですよ・・・

おかみ
おかみ

いえ舟はあるんですけれども、漕ぎ手がいないんですよ・・・

おかみ
おかみ

なにしろ忙しいったってね、今日は親父まで出ているんですから!

ある男
ある男

なんだねぇおい・・・嫌がる友達無理に引っ張ってきたんだよ?

ある男
ある男

頼むよぉ、ひとつなんとかならないかい?

ある男
ある男

だめかい?なんだよもう~!

ある男
ある男

舟があって船頭がいないなんて、こんな間抜けな話はないねぇ・・・

若旦那
若旦那

へい、いらっしゃいまし・・・

若旦那
若旦那

お待ちどう様・・・

ある男
ある男

はいどうも・・・

ある男
ある男

ねえ!おかみ!そこをなん・・・

ある男
ある男

・・・おかみ?

ある男
ある男

何を言ってんだい、船頭いるじゃねえか・・・

ある男
ある男

いるよぉ!あそこにいるじゃねえか・・・

ある男
ある男

今ここへ持ってきてすぅ~っと行っちゃったあれ・・・

おかみ
おかみ

あぁ~、あれですかぁ?

おかみ
おかみ

あれはあの~・・・あれなんですよ・・・

ある男
ある男

なんだいあれってのは?

おかみ
おかみ

なんでしょう?

ある男
ある男

なんだんだ、船頭なんだろ!?

ある男
ある男

分かってるよぉ!隠したってだめだい!

ある男
ある男

だからこうしようじゃねえか!大桟橋まで行ってすぐに帰してよこすから!

ある男
ある男

だからその間に客が来たらさ、ちょいとお待ち願いますってんで、ちょっと待っててもらえばいいじゃねえか!

ある男
ある男

長年の馴染じゃねえかさぁ、そんな冷たいこといいっこなしだ!

ある男
ある男

いいよ!じゃあ俺が直に掛け合うよ!

ある男
ある男

おう!若い衆!若い衆!

若旦那
若旦那

・・・へ?

若旦那
若旦那

なんです?お呼びになりました?

ある男
ある男

おう!ひとつ大桟橋までやってもらえねえかな!?

若旦那
若旦那

え?大桟橋?あのぉ、あんた方乗せて?あたしが漕いで?

ある男
ある男

当たり前だよ

若旦那
若旦那

行きます!行きますよ!

おかみ
おかみ

いやあの、だめ、後生です、この通り・・・行かないで・・・

おかみ
おかみ

そんなあたしがまた親方に叱られるじゃありませんか!そんな乱暴なことしちゃ・・・

若旦那
若旦那

大丈夫ですよ!任せてくださいよ!

若旦那
若旦那

船頭になっても毎日ぼんやり昼寝ばっかりなんだから!

若旦那
若旦那

ねえ、腕がなってるんですよ!この前みたいにひっくり返すようなことはありませんよ!

ある男
ある男

・・ねぇ・・なんか嫌なこといってるよ・・・

ある男
ある男

大丈夫だよ!心配しちゃいけませんよ?

ある男
ある男

若いうちは色々としくじりがあるよ? なんでもうまくいくわけじゃない!

ある男
ある男

そういうしくじりを重ねて行って、だんだんだんだんうまくなって一人前になるんですよ?

若旦那
若旦那

前の話ですよ?今はそんなことはないよ?

ある男
ある男

じゃあいいですよ!すぐに舟に乗っちゃってください!あたしも支度しますから!

若旦那
若旦那

お願いしますよ、舟出させてくださいよ!

ある男
ある男

まあいいじゃねえかおかみ!当人が行くってんだから無理に止めることはないよ?

ある男
ある男

なんだい意地の悪い・・・

ある男
ある男

さっ、舟に乗っちゃお!若い衆が乗っていいってんだから!

ある男
ある男

乗ろう!舟乗っちゃえばこっちのもんだから・・・

ある男
ある男

どっこいしょのしょっと・・・ほら、どうだい?

ある男
ある男

川の傍へ来た途端すぅ~っと風が変わったでしょ?

ある男
ある男

涼しくなった・・・これが値打ちだ!

ある男
ある男

さ、乗るよ?どっこいしょのしょっと・・・

ある男
ある男

さっ、お乗んなさい!こちらへ!

ある男
ある男

え?怖い?怖いことはないよ?

ある男
ある男

しょうがないねぇ、どうも・・・

ある男
ある男

臆病なんだから・・・私がひとつ手を取りましょうね、いいかい?

ある男
ある男

ほらまたいじゃってまたいじゃって!

ある男
ある男

そうそうそう・・・座って座って・・・別にどうってことはないんだよ?

ある男
ある男

どうだい?え?どうだい?

ある男
ある男

おまえさん好きだからそう言うけれども、これずいぶん揺れますね・・・

ある男
ある男

揺れるよ~!そりゃ揺れますけれども、どうってことはないよ?

ある男
ある男

さっきも言った通りね、海じゃないんだ、川なんだから大丈夫ですよ?

ある男
ある男

すぅ~っと行くんだよ?

ある男
ある男

これね、下の魚なんかがね、ぴゅ~っと抜けてったりするんだ、見えるんだ!

ある男
ある男

これがなんとも言えないんだ!舟が気にったら他の乗り物は乗れませんよ?

ある男
ある男

舟に限りますよ?どこ行くにも・・・

ある男
ある男

はい!?な~におかみ!?若い衆?いませんよ?

ある男
ある男

日箱は置いてあるんだよ?

ある男
ある男

だから準備だけしてどっか行っちゃったんだよ!?

ある男
ある男

探しとくれ!え?こっちもさぁ!

ある男
ある男

そんなにゆっくりしてられないんだよ?憚りにでも入ってるんじゃないの?

ある男
ある男

見たけどいません?

ある男
ある男

しょうがねえなぁどうも・・・何やってんだろうなぁあの若い衆・・・

ある男
ある男

あ!こっちの方から出てきたよ?横丁から!

ある男
ある男

おい!何してんだよ!早くこっち来いよ!

若旦那
若旦那

どうも!あいすいませんでした!

ある男
ある男

客ぅ舟に乗っけて、自分がどっか行っちゃしょうがねえじゃねえか!

ある男
ある男

何をしてたんだい!

若旦那
若旦那

どうも・・・今ちょいと髭剃ってたもんですから・・・

ある男
ある男

い、い、色っぽいね・・・

ある男
ある男

無精ひげ生やして舟漕がれるより、そりゃこっちの方がいいんだ・・・

ある男
ある男

じゃあ頼むよ?

若旦那
若旦那

へい!ふ~ん♪ふ~む♪んんっ!

ある男
ある男

おっ、見栄切ってるよ?見栄!

ある男
ある男

いいね、ああいうのは好きだよ?じゃあ頼むよ?

ある男
ある男

はい、やっとくれ!

若旦那
若旦那

へい!へへへ・・大丈夫ですよ・・・

若旦那
若旦那

ぐぅとも言わせませんから・・・

若旦那
若旦那

じゃ、姉さん、行ってきますから

おかみ
おかみ

気を付けて・・・いいですか?無理しちゃいけませんよ?

おかみ
おかみ

どうも!長いことお待たせしました!

おかみ
おかみ

いえ帰りもど~ぞ!またお待ちしておりますので・・・

おかみ
おかみ

いいですか?どこ行っても着けちゃってくださいよ?

おかみ
おかみ

あとから帰ってきた人すぐに追いかけますから・・・

おかみ
おかみ

石垣にでもどこにでもつけちゃうんですよ?

おかみ
おかみ

どうもぉ~!

おかみ
おかみ

何をしてんですか?お客さんがお待ちじゃありませんか、お出しなさいよ・・・

おかみ
おかみ

もう・・・早くしてくださいよ、もっと腰を張って!

若旦那
若旦那

腰張ってるんですよ!腰張ってるんだけども、動かねえ・・・

若旦那
若旦那

こんなおかしい話はねえな本当に・・・

若旦那
若旦那

ふっ!!だぁ!!がぁぁ!!

ある男
ある男

何してんだよぉ!まだつないであるじゃねえか!

若旦那
若旦那

もやってあると、中々舟は出ねえもんでございます・・・えぇ・・・

若旦那
若旦那

よっ・・・ふっ・・・今度は出ますよ?

ある男
ある男

嬉しそうだねぇ・・・喜んでやがんだから・・・

ある男
ある男

大丈夫かい?

若旦那
若旦那

大丈夫です!

若旦那
若旦那

よっ・・・ほっ・・・

若旦那
若旦那

ほら、いい形でしょ?ほっ、よっ・・・

若旦那
若旦那

いやぁっと!すっ!ほっ!ほっ!

若旦那
若旦那

やぁやぁやぁ!とぁ!ったたたぁ!

若旦那
若旦那

・・・お客さん・・あの・・・

若旦那
若旦那

竿を流しちゃった・・・

若旦那
若旦那

すいません・・・ちょっと取ってくれませんか?

ある男
ある男

馬鹿野郎・・・てめえで取りゃいいじゃねえか・・・

若旦那
若旦那

あたし泳げないんですよ・・・

ある男
ある男

なんだい・・・もう櫓(ろ)に変わるんだろ?

若旦那
若旦那

ええもう櫓に変わるんです・・・

若旦那
若旦那

櫓とくればあたしはね、ぐぅとも言わせませんから・・・

※櫓・・・和船(わせん)における漕具(そうぐ)の一つ。

若旦那
若旦那

大丈夫でございます・・・ぐっ・・・

若旦那
若旦那

それっ!ようっ!そ~れ♪舟~に♪船頭~♪

ある男
ある男

おいおいちょっと待ってくれよおい・・・

ある男
ある男

喉がいいのは分かったけどねぇ!どうしてこの舟はこうぐるぐる回るんだよ!

ある男
ある男

回らないでいけないのかい!?

若旦那
若旦那

ええいつもここで二度ずつ回るんです・・・

若旦那
若旦那

もう少しの辛抱でございます・・・

若旦那
若旦那

今日はなんでございますか? 四万六千日?ああそうですか!

若旦那
若旦那

他歩くってと暑くてしょうがないでしょ?

若旦那
若旦那

やっぱりこういう時はね!舟に限るんですよ!

若旦那
若旦那

それっ!・・・ほらっ!出た!ほらっ!出たぁ~!

若旦那
若旦那

うっふふっふ・・・ ふ~~♪んん~~♪

若旦那
若旦那

竹屋のおじさーーーーん!!ここですよ~~~!

若旦那
若旦那

今お客様二人乗っけて、大桟橋まで行ってきますよーーーーー!

竹屋
竹屋

おおーーーーい!徳さーーーーーん!

竹屋
竹屋

お前さん一人でかーーーーーい!

竹屋
竹屋

大丈夫かーーーーーーい!

ある男
ある男

おいちょっと待っとくれ!待っとくれ!今嫌な話をしてました!

ある男
ある男

うるさいねぇ君は!そんなのいちいち気にしてちゃいけないよ!?

ある男
ある男

どうってことないよな?

若旦那
若旦那

へい!どうってことはございません!

若旦那
若旦那

ただちょいとしくじるってとみんなして、ああして心配してくれるんでね?

若旦那
若旦那

ありがたいもんでございますよ!

ある男
ある男

ほぉ・・・何をやったんだ?

若旦那
若旦那

ええ、大したことはないんですがね?

若旦那
若旦那

赤ん坊もったおかみさん川の真ん中で落っことした

ある男
ある男

おいおいおい!大したことあるじゃねえか!

ある男
ある男

動じねえやつだねぇ・・・

ある男
ある男

それよりもさっきからこの舟だんだんだんだん脇に寄ってくんだよ?

ある男
ある男

前へ進むより脇へ進む方が早いよ?

ある男
ある男

なんとかしておくれ?だんだん寄ってくよ?石垣についちゃうよ?

若旦那
若旦那

ええ、この舟は石垣が好きなもんでございますから・・・

ある男
ある男

おいおい冗談じゃないよ・・・

ある男
ある男

ほらほら!つくよ!つく・・・っと!

ある男
ある男

・・・何をしてんだよ・・・教えてんじゃねえか石垣につくよって・・・

ある男
ある男

こんな所につけちゃってどうすんだよ!本当に・・・

ある男
ある男

後ろごらん!あんなに広いんだろ?

ある男
ある男

本当に・・・どうしてこんなところに・・・

ある男
ある男

急いでんだこっちは!早く出しな!早く出しなよ!

若旦那
若旦那

はぁはぁはぁ・・・うるさい!

若旦那
若旦那

だから素人は嫌いだってんだよ・・・舟の乗り方ひとつ知らねえんだから・・・

若旦那
若旦那

そっちから見ると簡単なように見えるかもしれないけれどもねぇ!これ意外と難しいんだから!

若旦那
若旦那

いざとなったらこっち来て漕いでみればいいんだ!

若旦那
若旦那

端に乗ってる太ってる旦那!ぼんやりこうもり傘なんぞさしてないでねぇ!

若旦那
若旦那

それつぼめてちょいと石垣突いてください!

若旦那
若旦那

でないってといくらこうやって漕いでも離れないんです!

若旦那
若旦那

進みはしますよ?でも石垣ずっとこすっていかなくちゃならない・・・

若旦那
若旦那

ね?竿流しちゃってないの知ってんでしょ?

若旦那
若旦那

だからこうもり傘をつぼめて、石垣を突きなさいよ!

ある男
ある男

おい君・・・どうしてあたしはあれに小言を言われるんだい?

ある男
ある男

申し訳ない申し訳ない・・・申し訳ないけれども、ここんところは我慢しとくれ?

ある男
ある男

後であいつをあたしは張り倒すから!

ある男
ある男

ここはあたしの顔を立ててひとつね、いつまでもここにいたくはないでしょ?

ある男
ある男

分かったよ本当に・・・だから私は舟ってのは嫌だってそう言ったんだ・・・

ある男
ある男

あなたが乗ろうって言うからこういうことになったんだ・・・

ある男
ある男

分かったよ!いいかい!?突くからね!?離れたら漕いでおくれよ?いいね!?

ある男
ある男

いきますよ!?

ある男
ある男

そぉ~~れ・・・よ~し離れた!漕ぎなさい!

ある男
ある男

よしっ!うまくいった!はははっ!

ある男
ある男

あぁ!ちょっと待っとくれ!

ある男
ある男

石垣の間にこうもり傘挟まっちゃった!あそこへ戻っておくれ!

若旦那
若旦那

いえもうあそこへは二度と戻らないことになってるんです・・・

若旦那
若旦那

どうぞひとつお諦めを・・・

ある男
ある男

おい冗談じゃないよ!どうしてあんな損をしなくちゃいけないんだよ!

ある男
ある男

まあまあいいじゃないか、どうせあんなものは福引で当たったんでしょ?

ある男
ある男

福引で当たったってあたしのもんだよ!?どこで損をするかわかりゃしない!

ある男
ある男

もう~男がなんだい、こうもり傘のことでぐずぐず言ってちゃいけませんよぉ!

ある男
ある男

それよりね、舟の気分を味わいなさい舟の気分を!どうだい舟の気分は?

ある男
ある男

どうだいじゃないよ・・・さっきから揺れてお辞儀ばかりしちまうじゃねえか!

ある男
ある男

どうしてこうお辞儀ばかりしちゃうんだろうねえ・・・

ある男
ある男

いやいや君だけじゃないよ?あたしもお辞儀してるんだからお互いに失礼がなくていいでしょ?

ある男
ある男

どうだい?ほらっ!他歩いてる人も一緒にお辞儀してるよ?世の中義理堅いね本当に・・・

ある男
ある男

あぁ~こうやって運動をしながら向こう行ってね、ものを食べるってとうまく食べられるってやつですよ・・・

ある男
ある男

あたしね、今ちょいとたばこを吸いたい心持ちなんですよ?

ある男
ある男

そこにある日箱をとってもらいたい、日箱を・・・

ある男
ある男

こんなさなかにたばこなんて吸うことはないでしょ?

ある男
ある男

それがそうでないんだよ!こういう時に吸いたいの!

ある男
ある男

しょうがないねぇ・・・だからあたしはたばこ吸いってのは嫌いなんだよ!

ある男
ある男

分かったよ本当に・・・向こうへ着いてからゆっくり吸えばいいのに・・・

ある男
ある男

こんなさなかによく吸いたくなるねぇ・・・

ある男
ある男

何をしてんの?あたしが出してんだから早く火を付けなさいよ!

ある男
ある男

付けようとすると君引っ込めるね!

ある男
ある男

君とは長い付き合いですよ?どうしてそう薄情なんだい?

ある男
ある男

んん・・・ふぅ~!あぁ~ついたついた!

ある男
ある男

うん!うまいねえ!お辞儀をしながらたばこを吸うと!景色をご覧なさい?

ある男
ある男

上下いっぺんに見られますよ?こんな結構なことはないよ!

ある男
ある男

ほらほらだんだん揺れが少なくなってきたでしょ?

ある男
ある男

こう水の上をすべるようにしてね、おい!また端に寄ってきたよ!?

ある男
ある男

おい!若い衆!どうした!目をつぶっちまって!

若旦那
若旦那

へぇ・・・汗がね、目の中に入っちまって向こうが見えないんですがね・・・

若旦那
若旦那

向こうから大きな舟が来たら避けてください?

ある男
ある男

冗談じゃないよおい!なんとかなんないのかい!?

若旦那
若旦那

なんとかなんないのかいったって、あなた方ちょいと伺いますが泳ぎを知ってますか?

ある男
ある男

おい嫌なことを聞いたね!知らないよ!

若旦那
若旦那

なぜ稽古をしなかったんです!

ある男
ある男

おい馬鹿なこと言っちゃいけません!なんでもいいからさ!

ある男
ある男

真っすぐちゃんとやっとくれ真っすぐ!

若旦那
若旦那

はぁはぁ・・・はぁ・・・

若旦那
若旦那

どうぞ・・・どうぞ!

ある男
ある男

なんだいどうぞってのは・・・どうぞったってまだ川の中じゃねえか!上がれやしないよ?

ある男
ある男

しょうがねえなぁ・・・ちょっとお前さん!しっかりしなさい!

若旦那
若旦那

いやもう・・・ダメですよ・・・

若旦那
若旦那

もう漕げませんあたしは・・・もう嫌だ・・・

ある男
ある男

嫌だってあなた・・・おいこんな勝手な奴ってのはないよおい・・・

ある男
ある男

嫌だってことはねえじゃねえか!

ある男
ある男

まあまあそう怒っちゃいけませんよぉ・・・

ある男
ある男

あそこんところにね!小さな桟橋があるんだ!

ある男
ある男

あそこまでつけろあそこまで!え?もうなんともできねえ?

ある男
ある男

しょうがねえなぁ本当に・・・

ある男
ある男

こうなりゃもうあたしがあなたのことおぶるよ?

ある男
ある男

もうこの辺は浅いから大丈夫だ・・・さっ、おぶさっておぶさって?

ある男
ある男

大丈夫かい?重いねえ・・・大きなお尻だ・・・

ある男
ある男

よいしょのしょっと・・・どっこいしょ、よっこらしょっと・・・

ある男
ある男

さあ上がっとくれ!はぁ~!いやすまなかった!

ある男
ある男

舟なんてのはあんなもんじゃないんだよ?もっとすぅ~っと行くんだ!

ある男
ある男

あんなやつは初め・・・

ある男
ある男

舟ん中でもってひっくり返っちゃってるよ・・・

若旦那
若旦那

はぁ・・・お客さん・・・上がりましたか?

ある男
ある男

上がったよ!

若旦那
若旦那

おめでとう存じます・・・

ある男
ある男

弱ってるなぁ!俺たちはこのまま行っちゃうけどいいかい?

若旦那
若旦那

お願いがあるんですぅ・・・

ある男
ある男

なんだい?

若旦那
若旦那

船頭1人雇ってくださいな・・・

船徳を聞くなら「古今亭志ん朝」

古今亭志ん朝の落語は、華やかな語り口とリズム感あふれる演出が特徴です。「船徳」では、彼の卓越した語りの技と船上での鮮やかな情景描写が楽しめます。活き活きとしたキャラクターが織り成す物語をお楽しみください。

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