昔は何か一つの商売が、ひとっ所でまとめて商いをしていたそうでございますな・・・
今のようにデパートという、何か一手に引き受けて商っているというわけではなく、職種職種で細かく分かれて、何屋さんというように商売をしていたそうで・・
道具屋さんという商売がありまして、これも浅草なんかへ行くと軒を並べてず~っと商いをしていたそうですな・・・
火焔太鼓を聞くなら「古今亭志ん生」
元は小噺だった火焔太鼓を江戸に持ち込み、志ん生の新作落語として昇華させた。今や古典落語の名作として数えられる火焔太鼓。昭和の落語大スター古今亭志ん生の火焔太鼓は、いっぺん聞いて欲しい。
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なんかないかい?
ええ、あなたねえ、来るとみんな持ってちゃうでしょ?
今ないんですよ
あっちからもこっちからも言われるんですよ、なんか変わったものを変わったものをって・・・
あぁ・・手紙なんてどうです?
おお!いいな!手紙なんてもんは!古いもんか?
これは古いです
いいんだよ?
古い質屋の証文だとか手紙なんかはね、家のどこかにかけておくとね、真に面白いもんなんだ
どういう手紙だ!?
小野小町が西郷隆盛に出した手紙で
そら面白いねえ!小野小町が西郷隆盛の・・・
ちょっと待てよおい!まるで時代が違うじゃねえか!そんなもんあるわけねぇじゃねえか!
あるわけないのがあるから面白いんじゃありませんか!
なんてんで、馬鹿にされてるようなもんでございますな・・・
あのこないだ持ってった振り子の壊れた柱時計ね、静かでいいと思ってかけてたんだよ・・
そしたらねえ、あれ振り子がねえと針が動かねえんだな?
何時だろうなって見るたびいちいち隣の家に聞きに行かなくちゃならねえ・・
今日持ってきたからなんか他の物と変えてくれ?
あ、そうですか、ちょうどよかったんですよ!
今振り子だけはいりました!
なんてんで、品物ばらばらにしちゃって売っちゃったりしてね、色んな家があったんだそうです昔はね・・
こういうところにはことによると何か掘り出し物がありゃしないかなんてんで、店の中を一生懸命探して歩いていて、奥の薄っ暗いところへ何か額がかかっている・・・
見ると書だったりするもんで、「ん!?こいつはひとつ安く値切って買っていこう!誰か有名な人が書いた書面だったりすると儲かるぞ!」
なんてんで、うんと値切って買って来て、うちの明るい所でもってホコリ掃って見てみたら今川焼なんて書いてあったりして・・・
そういうことがよくあったそうですな・・・
そういう店がず~っと江戸のころでも呑気なもんで、それこそその時分ですと破れた行燈を置いてあるとか、机の足が一本取れちゃったやつだとかそういったものが、がたがたと置いてある・・・
品物の手入れをするような料簡はもうないんです、そういうところの主は・・
世の中ついでに生きているというようなぼ~っとした人で、なんかうまいことがあったら一儲けしようなんてことしか考えていない・・・
おかみさんの方が大変しっかりしていましてね・・・
ちょいと!どうしてお前さんはそう商売が下手くそなんだよ!?
な、なにがだい!?
なにがじゃないよ!なんだってさっきのお客逃がしちゃうのよ!
そんなこと言ったっておめえ、逃げちゃうもんはしょうがねえだろ?
ただふん捕まえて無理に売るって程、強い商売じゃねえんだ!
何を言ってんだよ!お前さんが逃がしたんだよ!?本当にまぁ・・・
あのお客はねえ!店のタンスを見て惚れこんで入ってきたんだよ?
ニコニコ笑いながらいきなりタンスの所に行ったじゃないか!
『お前さんこのタンスいいタンスだね』って言ったとき何て言ったのお前さん!?
『ええいいタンスですよ?うちの店に16年あるんですから』って・・・
そんなこと自慢になるかい!本当に・・・
16年売れないことを教えてるようなもんじゃないか!
『ちょいと開けてみてくれないか』ってったら『これがすぐ開くようだったらもうすでに売れちまってます』って・・・
『じゃあ開かないのかい?』って言ったら『いえそんなことはありませんけれども、こないだ無理に開けようとしたら腕をくじいた人がいます』ってんだ・・・
そんなこと言って買うわけないじゃないか!
どうしてそういうことを言うのお前さんは!?
あんまり馬鹿馬鹿しいことを言うもんだからお客の方でも、あっ・・ってんでお前さんの方じっと見て動けなくなっちゃってたんだよ?
お前さんはお前さんでお客さんの方ぼ~っと見てたの!?
二人でしばらくの間にらみ合ってた・・・
そのうちに客の方ではっと我に返って、すっと店出てっちゃったんだないか!
本当にしょうがないねぇ・・・
売れるものは売らないんだからねえ、そのくせ売らなくていいものは売っちゃうんだから!
何がったってそうじゃないか!去年のことだよ?
向かいの米屋の旦那がうちに遊びに来ててさ、奥で使ってる火鉢見て、『甚兵衛さんあの火鉢はいい火鉢だね』って言ったら
『良かったら売りましょ』ってんで売っちゃったろ?
うちに火鉢がなくなっちゃったじゃないか!
寒くなったらしょうがないもんだから、向かいのうちに火ぃあたりに行ったりなんかして・・・
米屋の旦那こう言ってたよ?
『甚兵衛さん付きで火鉢買っちゃったような気がする』って・・・
本当にしょうがないんだからねえ・・・損ばかりしてんだからお前さんは!
もう~だからまた損するんだろうなって考えるからさぁ・・もうろくなもんだって食べてないんだよ?
すっかり胃が丈夫になっちゃった!たまには胃が悪くなるほどなんか食わしてみたらどうだい!?
何を言ってんだい!ぐずぐず言ってんじゃねえよ!?
亭主のすることにいちいち口を出すんじゃねえ!
何を言ってんだよ!?お前さんが一人前の人だったらあたしだって黙ってるよ!
そうじゃないから黙っていられないんじゃないか!
今朝、市に行ってきたんだろう?
うん
何買ってきたんだい?
いいじゃねえか何だって・・・
よかないよ!言ってごらん!?
言ってごらんてんだよ!言わないかい!やい!
な、なんだいその、やいってのは!
おめえはうるせえなぁ本当にもう・・言うよ!
太鼓だよ!
え?
太鼓!
それがお前さんはおかしいてぇの・・・ね?
太鼓なんてものは祭物と言ってねえ、お祭り前だとか初午の時じゃないと売れやしないんだよ!
もう~弱ったもんだね・・どんな太鼓買ってきたの!?
こっち出して見せてごらんよ!お見せ!お見せってえの!見せなさいよ?
あたしが静かに言ってるうちに見せたほうがいいよ?
本当にもう・・嫌な女だねぇ・・見せるよ今!
ほら見ろ!これだ!どうだ!?
あらやだっ・・まぁ大層汚い太鼓じゃないか!
それがお前素人だってんだ・・・
これはな時代がついてんだ、こういう古いもんだってえと儲かることが あるかもしれねえ・・
儲かることはないよ!?お前さんが古いので儲けたことがあるかい
この前だってそうじゃないか!!
平清盛の詩吟っての買ってきて損しちゃったろ?
そう・・あれは損した・・だけど俺が古いので損したのは大したことはねえよ?
清盛の詩吟だろ?岩見重太郎の草鞋だろ?巴御前の鉢巻だろ?
馬鹿馬鹿しいからおよしよ!
いくらで買ってきたの?
一分だよ・・・
一分?本当にもう・・・
御あし(お金)をどぶに捨ててるようなもんじゃないか!
店に出したって売れやしないよ!
う、売れるよ!何を言ってやがんだ!ぐずぐず言うなよ!?
定吉~~!!何をぼんやりしてやがんだ馬鹿!
おじさんがこうやって品物買ってきたんだ!ぼんやりしてねえでホコリでもはたくんだ!
これ向こう持っててホコリはたきな!
およしそんなもの!ホコリはたくってと太鼓がなくなっちゃうよ!
うるせえなおめえは!何してんだ早く向こう持っててホコリはたけ!
へ~~~い!
ははは!またおじさんとおばさんで喧嘩してやがんだ、嫌になっちゃう本当に!
・・・ゴホゴホッ!こりゃ本当だ!汚ねえな!ホコリで向こうが見えねえや!
おじさんこれずいぶん汚いね!
おめえまで言うこたぁねえ!早くホコリはたけばいいんだい!早くしろ!
へい!
驚いたなぁこりゃあ・・・
どんどんどんどんどん・・・
あっ、面白え音がなるなぁ・・・
どんどんどんどんどんどんどんどん・・・
あはっ!こりゃあ面白え!
どんどんどんどん!どーんどーんどんどんどん!
てめえのおもちゃに買ってきたんじゃねえぞこん畜生!
ホコリをはたけ!
はたいてんだよおじさん!ホコリははたいてんだけどね?
あのふちんところを掃ってるだけで音がしてくるんだから変な太鼓だよ、この太鼓は!
おじさん見ててご覧!?
どんどんどんどんどんどん・・ねっ?
どどんどんどんどんどん!どーんどーんどんどんどん・・・
まだやってんのか畜生!いいかげんしろ馬鹿!
火焔太鼓を聞くなら「古今亭志ん生」
元は小噺だった火焔太鼓を江戸に持ち込み、志ん生の新作落語として昇華させた。今や古典落語の名作として数えられる火焔太鼓。昭和の落語大スター古今亭志ん生の火焔太鼓は、いっぺん聞いて欲しい。
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許せよ・・・
あっ・・どうも・・お武家様・・・
どうもいらっしゃいまし!何か?
うむ・・・今太鼓をならしておったのはその方のうちか?
え?えぇぇ・・左様でございますが何か?
御上がお駕籠でご通行の折に太鼓を鳴らしておったのは、その方のうちに間違いはないな?
え・・えぇ・・
引っ込んでろこっち・・馬鹿、間抜け・・・
太鼓たたきやがって・・畜生・・
えぇ~あの~あたくし共なんです・・・
で、でもあのぉあたくしじゃあない、こ、これがやったんです!こいつがやりやがったんです!
ホコリをはたけって言うのにたたきやがるんですよ!
親戚から預かってるんですがね、もうどうにもしょうがないんですよ、怠けてばかりいましてね?
もう人間が馬鹿ですから!顔をご覧なさい!馬鹿な顔をしてるでしょ?
あれはバカガオと申しましてね?夏になんかすると咲いたりなんかする・・
えぇ!どうにもしょうがないんです!もう~とにかくね!
はたけってのにたたきやがったんですよ!はたけとたたけが分からねえんですから!
あんな大きな図体してますがあれはまだ11でございます、子供のしたことですのでどうぞご勘弁をお願い申し上げます
いやぁ太鼓を鳴らしたのをどうのこうの申すのではないがな・・・
御上がお駕籠の中でお聞きになってな『どのような太鼓かみたい』とこうおっしゃっておる・・・
ことによるとお買い上げになるやもしれんぞ?
ああそうっすか・・へぇ~・・
どうも、あいつがたたいたんです!
うむ、親類の者・・・
そう!親類なんですよ!よく働くんですよ?これがまた!
人間が利口ですから!ほら見てごらんなさい!いい顔してますよ!もう今年15になるんです!
最前11と申したではないか!
11の時もあったんです!
何を申しておる・・早速屋敷に持参をしてもらいたい!
へいかしこまりました!で、お屋敷はどちらでございますか?
へえ、へえへえ・・あぁよく存知ております!かしこまりました!
どうもありがとうございます!どうも・・・
ほら!見てたか!?
店に出すか出さないかのうちにぱぁ~っと売れちゃったじゃねえか!
売れやしないよぉ!本当に・・
なんにも知らないんだからお前さんは・・
だからお前さんはいつも損ばかりすんの!なんか人に言われるとすぐその気になるんだから・・
いいかい?あのねえ、話はよ~く聞くんですよ?
向こうで何とおっしゃったい?
お駕籠の中で音だけ聞いてんだよ?お殿様は、ね?
きっと金巻でもしてあるどんなに綺麗な太鼓だろうなぁと思ってるところへ
あんな汚いすすの塊みたいなもん持ってってご覧?
『こんな汚いものを持ってくる無礼な道具屋、その道具屋帰すでないぞ!』
若侍がきて『貴様こっちへ来い!無礼者!』
お前さんの襟ッ首つかんで、『こっちだ!』ってんで途中でポカポカぶたれたりしてね?
庭行くと大きな松の木が植えてあるんだから!
そこへ連れていかれて『貴様はここにいろ!』ってんで縄でぐるぐる~っと縛られて当分の間帰って来られないんだよ!?
ねぇ!ざまぁみやがれぇ!
・・・う~ん・・・行くのよそうかなぁ・・
行くのよそうかなって行っちゃったんだからしょうがないじゃないか!
そんなこたぁないよ!ないけどもね?
すぐにお前さんが売れた売れたって喜んでいるからあたしがね、そう言ってやるんだよぉ!
なんでも人間ってのは内輪内輪に思ってなくちゃいけないんだよ?
お前さんはなんか言われるとすぐその気になるんだから・・・
だから太鼓を売りに行くんだなんてそんなこと思っちゃいけないよ?
太鼓を見せに行くんだと・・・
それで万が一、お向こう様で『道具屋この太鼓はいくらだ』と言われた時に、そこでお前さんはノーテンキだから色んなこと言って儲けようと思うだろう?
それがしくじりの元なんだから・・いいかい?ね?
これは一分で買ってまいりました、口銭はいりませんってんで帰ってきちゃうんだよ?
儲けなくったっていい、元が取れりゃあいいんだから!
あんなものはそれより上で買いっこないからさ!
一分だったらそのうちなんとか帰って来られるから!
いいかい?そうやって売っちゃうんだよ?分かったかい?
うぅん・・そうかい、分かったよ・・・
分かったね?
分かった!じゃあ行ってくらぁ!
じゃあちょっと太鼓を背負わしてくれ太鼓を!
もう~世話が焼けるんだから本当にもう・・・大丈夫かい?
あぁ大丈夫だ・・今日は俺ぁひとつぐっとな
ぐっとじゃないよお前さん、行く前に言うことばかり大きいんだから・・・
いいかい?損さえしなきゃいいよ!?
その代わり損するってと大変だよ?お前さん当分の間ご飯食べさせないよ?
どうして?
その代わり損するってと大変だよ?お前さん当分の間ご飯食べさせないよ?
どうしたってそうなんだよ、お前さん口で言っても分かんないだから!食べ物で教えなきゃだめなの!
何言ってやがんでい!大丈夫だよぉ!
大丈夫じゃないよぉ・・だから今あたしが言ったろ?
とにかくものは内輪に思いなさいよ?
一番いけないのは自分で『ああ俺は一人前だな』と思うのがこれがいけないんだからね?
『ああ俺は人より血の巡りが悪いんだな・・ああ俺は間抜けなんだ、馬鹿が太鼓をしょって歩いてんだ』ってことを忘れちゃいけないよ?
やかましいこん畜生!
何を言ってやがんでい本当に!言いてえことを言いやがって・・・
脅かしちゃいけねえよ、悔しいねえ本当に、今度いっぺん脅かしてやろう!
冗談言っちゃいけねえや!あんなもんになめられちゃたまるか本当にな!
こっちが下手に出てるからいい気になりやがっていいてえこと言っちゃうんだ、今度はひとつ脅かしてやろう!
何を言ってやがんでい!こん畜生!てめえなんざ出ていけ!
女なんて世間にいくらもいるんだぞ!ぐずぐずしてるってとかっぱらうぞこん畜生!
変な者がおるな、なんだその方は!
変な者がおるな・・・
なんだその方は!
えぇ~道具屋でございますがな!道具屋!
おぉ・・道具屋!最前承っておったな、通っても構わんぞ?
あ、そうすっか、へえどうもありがとうございます!
へぇ、どうも驚いたな・・ちゃんと俺が来るのが分かってんだな・・
始めて入ったこんな所へ・・はぁ~綺麗なもんだなぁどうも・・・
植木なんざずいぶんなんだな・・・
手入れが行き届いて、職人がずいぶん入るんだねこういうとこにはねぇ・・・
砂利だってすげえじゃねえか、大きさが同じようだな・・・屋敷は綺麗だなぁ・・
屋敷は綺麗だけど、太鼓はずいぶん汚えよなぁ・・・
なるほど、かかあの言う通りだ・・・
『こんな汚い太鼓を持ってきた無礼な道具屋ぁ!』って言われたらしょうがねえから
『さようならぁ!』ってんで帰って来ちゃおうかなぁ!こっちは逃げんのはは早いんだよ?
大きな松の木が植えてあるねえ・・嫌なこといいやがんだ本当にかかあは・・
しょうがねえなぁ、だんだん嫌な心持になっちゃったな・・・
帰っちゃおうかしら・・帰ったってまた迎えにくるだろうしなぁ・・・
しょうがねえここまで来ちゃったんだ、どうとでもなれ本当に・・・
ここだな・・・
こんちわ・・えぇ・・お頼み申します・・
お頼み申します!・・・お頼み申します!!
通~れ・・・
おお最前の道具屋か!待って居ったぞ!?
ああ!あなたですかどうも!太鼓を持ってきました!
おお、そうか、こちらへ上がれ!
い、いえ、ここの方がいざって時には・・・
何を申しておる・・こちらへ上がれ!
そうっすか・・じゃあ上がります・・えぇ・・
よいしょっと・・・
へえ上がりました!上がりましたよぉ!
分かっておる、太鼓は持参したんだな?
ええ持ってまいりました!持ってきちゃいけないんですか!?
何を申しておる・・なにか面白くないことでもあるのか??
ん~殿に見せる前にな、拙者がひとつ見ておこう、見せなさい・・・
ほうほうほう・・・最前店でちらりと見たときから思うと大層、時代がついておるな?
へえ!時代のことについてぐずぐず言われちゃあ困っちゃうんだ、ええ!
これ時代で固まってるようなもんですよ?もう~そこらじゅう時代だらけですよ?
もうとにかく時代できゅっとなってますからねえ!
これから時代とると太鼓なくなっちゃうぐらいですからね!
変わったことを申すやつだな、それでは殿にお見せする間な、そこでしばし控えておれ
こ、これお殿様にお見せするんですか?
そ、それはよしましょうよ・・・
いやいやお殿様は買いっこありません、こんなもの・・・よしましょうよ!
あなたもあたしもしくじりますから、ね?
よしましょうよ!よしましょうよしましょう・・・
それであなた買ってくれませんか?
いや拙者は買うわけには参らん、とにかくな、そこに控えておれ・・・
あ、そうですか・・じゃあどうぞ・・・
あっ重いでしょ?重いのと汚いのだけは請け負うんです・・・
重汚いってやつですから・・・大丈夫ですか?
あ、あのねえ!それからあたくしは別にですね?どうしても買ってくれというわけではないですからね?
ただ見せに来たんですから、そこんところはあなたの方からよくおっしゃってくださいね?
どうぞいってらっしゃい!どうも・・・
ああ行っちゃった・・なるほどねえ・・・
あれ改めて見るたんびに汚く見えてくるなあ・・・
あれじゃ買わねえなあ・・・
『よくこんな無礼なものを!』って聞こえたら
『さようなら!』って逃げちゃおう、冗談じゃねえや本当に・・・
はぁ・・戻ってきた・・・
どうでしたぁ!?いけなかったでしょう?
いや大層御意に召してなぁ!あの太鼓をお買い上げになるそうだ!
へ?あの太鼓を?嘘だぁ!嘘だよあんなことを言ってぇ!
安心させて側まで来て捕まえようと思って!
何を申しておる、真にお買い上げになる!
本当に買うんですか?本当に?
あっそうすか!へぇ・・へぇ、はぁ・・
なんだがっかりしておるな、売らんのか?
いえ!売りますよ!やだよそんな邪魔しちゃ!
誰が邪魔なんぞするか!早速のことであるが道具屋、あの太鼓いくらなら手放す?
ええ!いくらならばぁ~、え~いくらならばぁ~いくらならばぁ!
え~手放すなん・・手放すなんということをですな!ええお聞きになるんですな?
聞いておるではないか!んん?いくらだ?
ええ!あれがですな、いくら~いくら~ぐらいのもんですかなぁ?
分からんやつだなその方は・・・
その方が商うのではないか!わしが決めるわけにはいかん!
いくらだ?申してみよ?
ははぁ~ん・・・言いそびれておるな?ははっ、いや分かる分かる・・・
がしかしな、まあこのようなことを申して殿に対して真にあいすまんが、商人というものは儲けるときに儲けておかんと後で損がいかんでな・・・
構わんぞ?手一杯に申してみよ!
手一杯に!?ああそうですか・・・
じゃあね、こうしましょう!
私がねえ、これ以上は手一杯がないという所まで言いますんでね?
あなた高いなと思いましたらですね、言ってください?
あたくしすぐ『へい!』ってんでまけますから!
そうか・・では遠慮なしに手一杯申せ
あのね・・えぇ~っとこんなところでいかがでしょうか?
なんだ手一杯と申して、手を広げて・・それはいくらのことだ?
十万両!
十万両?いやぁそれは高い!
高いでしょ?そらぁ高いよ手一杯ですからこれは!
それであなたまけろって言えばあたくしはいくらでもまけますよ?
どんどんどんどんまけて今日ず~っと一日中まけましょう!
そんな商いの仕方があるか!変わったやつだな、う~ん・・・
しからばこちらから値を切り出そう・・・
いかがだな?あの太鼓、拙者三百金ならば取り計らって遣わすが三百では手放せぬか?
いえ・・ですからね?
・・・
あのぉ・・・今なにかおっしゃいましたか?
三百金ではどうだ?
あぁそうっすか・・三百金・・へえへえへえ・・・
三百金というのはどういう三百金でしょうな?
三百両ではどうかと言っておるのじゃ
わからんやつだな・・・小判で三百両ではどうだ?
小判ってとこんな形をしていまして、何か買える小判ですか?
物の買えぬ小判というものがあるか!どうだ三百両で?
どうだなんてあんたそんな三百両だなんて・・・
あはははは!あっはははは・・・
うわぁ~~~~ん・・・・
ぐすっ・・ぐす・・分かりました!
三百両!三百両ぉぉぉ!!
うるさいやつだな、何も泣くことはない・・・
よし分かった分かった、しからば受け取りを書きなさい
受け取りなんかいりません!
よし分かった分かこちらが必要なのだ!
ああそうっすか・・・え~こんなところでいかがでございましょう?
ん?どれどれ・・ほうほう・・・
印形を持ってまいらぬのか?認印を押して・・・
ええ、あたくし持ってこなかったんでございますが、へえ?あっ!爪印で?
爪印で?分かりました、それじゃあそれをお貸しいただいて・・・
どこに押しますな?どこでもいいんですか?そうですか、えぇいくつぐらい押しましょうな?
八十ぐらい・・・
まあまあよろしゅうございます・・・
こんな具合に・・・よいしょよいしょ・・
何をいたしておる!
・・あぁ・・字が読めんではないか・・まあこれでも良かろう・・
これこれこれ・・・金子を持ってまいれ
よいか?これからその方に三百金渡すによってな、間違いのないようによ~く見ておれよ?
あぁそうですか、三百両・・・
ええ!分かりました!へえどうぞ!
よいか?それ・・五十両
五十両!五十両五十両・・・
五十両五十両五十両・・・
五十両!!
あるな?
五十両五十両・・・
よし・・それ・・百両・・・
百両百両・・・
百両~百両~百両~~!
うるさいやつだなその方は・・・
百五十両・・・
百五十両!確かにございます!
それ二百両・・
二百両二百両ぅぅ二百両ぉぉ・・
良く泣くやつだなその方は・・
それ二百五十両・・・
二百五十両ぅ・・・
すいません水を一杯下さい!
世話の焼ける奴だな、これこれ水を飲ませてやれ・・・
もうよいか?大丈夫だな?
ええ大丈夫でございます!これでおしまいですか?
まだある、残り五十両、三百だ!さあ持ってまいれ!?
こ、これは本当にあたくしいただいてよろしいのですか?
その方の商いによって得た金だ、持ってまいれ!
ああそうでございますか・・ええ持ってまいります・・・
断りをしておきますがな、手前どもはですな、一旦売ったものは決してお引き取りをしないようにしてますんでね!
これはおじいさんの代からの遺言でございましてな?
どんなことがあってもお引き取りをしてはいけないんです!
へえどうもありがとうございます・・・
あの一つお伺いしますが、あの太鼓は一体どういうわけで三百両なんぞで売れたんでございましょうな?
その方も知らんのか、いやわしもよくは知らぬが御上はああいう物に真にお目が高い・・・
なんでもあれは火焔太鼓だと申して世に2つというような名器だそうだな・・・
ああそうっすか!それじゃああたくしは儲かったというわけですな?
えぇ、それではどうもありがとうございました!これからもちょくちょく宜しくお願いします!
帰るのか?風呂敷を忘れていくな?
へえあなたにあげます・・・
いらん
ああそうっすか、それではありがとうございます!
気を付けてまいれよ?金子は落とすでないぞ?
金子?冗談言っちゃいけない!てめえを落としたって金子は落とさねえ!
どうもありがとうございました!
あぁ驚いた・・売れたよ三百両で!
あぁ良かったなこりゃあ!驚いたぁ本当に・・う~~ん!!
最前の道具屋がふわふわ飛んでまいっな・・・
これこれ!道具屋!道具屋、どうした?商いはあったか?
おかげ様で!
どのくらいやった?
大きなお世話だ!
本当のことは言えないよ・・・三百両だ、三百両・・・
ええ?かかあのやつはね、一分で売っちまえってんだ、よかった一分って言わないで!
ここんところを言うんだよ?
女の利口と男の馬鹿がつっかうてえのはね!
『腹がへって腹がへってしょうがない』?
何を言ってやがんでい!
これからうちへ帰ってあん畜生に色んなもの食わしてね、もう食えない、もう後食えませんって言っても無理に口の中に押し込んで動けなくしちゃおうってんだ!本当に!
やいこん畜生!今帰ってきた!
火焔太鼓を聞くなら「古今亭志ん生」
元は小噺だった火焔太鼓を江戸に持ち込み、志ん生の新作落語として昇華させた。今や古典落語の名作として数えられる火焔太鼓。昭和の落語大スター古今亭志ん生の火焔太鼓は、いっぺん聞いて欲しい。
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まあ顔色変えてきて飛んできた、しょうがないねえお前さんは・・・
しくじったんだろ?早く裏へ逃げちゃいなよ!あたしがうまい具合にごまかすから!
そうじゃねえやい!違うんだよぉ!
あ、あのなあ!ま、まあ落ち着け!
お前さんが落ち着くんだよ!
ああそうか・・俺ぁ向こう行ったんだ!
行ったから帰ってきたんだろ?
そうだけど、黙って聞いてろ!こん畜生!
あ、あのな?向こうに太鼓持っていったら、向こうがな『大変な太鼓なんだ!』って
泥棒の太鼓かい?
そうじゃねえんだよ!なんとかっていうよくわからねえけど大変なんだ!
で、向こうでいくらだ?とおっしゃったんだよ!?
うん、それでお前さん一分って言ったんだろ?
言おうと思ったら舌がつっちゃって言えないんだよぉ!
そんな肝心な時になると舌がつるんだねえ!
今度っから舌抜くよぉ?
なにを言ってやがん・・・
それで俺がいくらって言おうかなと思って考えてるってと向こうで手一杯に申せって言うから
だから俺はこう手をだぁ~っと広げたんだ!
高いこと言わないだろうねぇ・・いくらだって言った?
十万両!
・・馬鹿が固まっちゃったんだお前さんは!
・・馬鹿が固まっちゃったんだお前さんは!
そしたら向こうで高いって・・・
当たり前じゃないか!
でねえ!どんどんどんどんまけて、三百両で売ったんだ三百両で!
何を言ってんだよぉ!あんなもんが三百両で売れるわきゃないだろう?
どうしてそういう嘘つくの?
あぁ~しくじったからご飯が食べられないと思って・・・
そんな思いまでしてご飯が食べたいかねえ、まあ可愛いところがあるよぉ
畜生!この野郎、おめえ俺の言うことがまだ信じられねえのか!
ここに三百両あるんだ見てみろ!こんなに膨れ上がって!
本当かい?嘘でしょ?そんなことあるわけない・・・
本当に?本当だったらちょいと見せてごらん?嘘なんだよ・・
早く見せなよ?早く見せろこの馬鹿・・・
なんだ馬鹿とは!よ~し俺はここに三百両並べてやっからな?
てめえ、それ見てびっくりして座りしょんべんして馬鹿になんな?
何を言ってんだよ本当に・・・
そら見ろ!五十両だ!
あらやだよお前さん!本当なのかい!?
本当だ!今更驚いたって始まらねえぞ!?
・・・ほら見ろ百両だ!
あらやだ、あたし・・・やだねえ・・・
やだったって始まらねえんだ!ざまぁみやがれ!ほら百五十両だ!
あらやだ・・百五十両だなんて・・あぁぁ・・
おいおいしっかりしろ!後ろの柱に捕まれ後ろの柱に!
後ろの柱にかい?こんなもんでいいかい?
よ~し、それ見やがれ!ほら見やがれ!二百両だ!
あらま二百両なんてやだよ・・やだよお前さん・・
商売が上手だ・・・
何をいいやがんでい!いいか?
ほら見ろ!二百五十両だ!
あらまぁちょいとお前さん・・やっぱり古いものはいい・・
何を言いやがんでい!いいか?
ほら今度は三百両だ!
あらまお前さんお水一杯おくれ?
ほら見ろ、俺だって水飲んだんだぞ?
おう定!水持ってきて飲ましてやれ!
大丈夫か?
はぁ・・驚いたお前さん・・・
よくあんなものが三百両なんぞで売れたねぇ・・・
音がしたからだよ?今度からは音がするものに限るね!
そうだよ音だよ?俺ぁ今度は半鐘買って来てならすよ?
半鐘はいけないよ?おジャンになるから・・・
火焔太鼓のサゲ(オチ)の意味
半鐘は昔からジャンジャンと鳴ると言われています。ジャンという擬声語と「だめになってしまう」という意味のおジャンが掛け合わされたシャレになっています。
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