よく人間というものは、人間だけじゃ面白くないからってんで、色々な理由からなんですが、生き物を飼うということがあります・・・
昔から生き物を飼うというのはよくあるそうですけれども・・・
一次ペットブームなんてんで、何を飼ってもいいんです・・・
何を飼ってもいいですけれども、自分はそれは可愛いんです・・・でも他の人にしてみたらそれは可愛いかどうかは分からないんですから・・・
むやみやたらにそういうものを連れて歩いたりしない方がいいですな・・・
レストランなんかのいわゆる食べ物屋さんなんかにはよく書いておりますが、『犬や猫を連れてこられちゃ困ります』なんということを言われた日には、あれはうんと可愛がってらっしゃる方には真に面白くないことらしいんですけれども・・・
やっぱりそれはね、嫌いな人もいるわけですから、毛が抜けたりなんかしてもいけませんし・・・
『うちのは毛が抜けませんよ!毛並みがいいんですから!』なんてことをいいますが、やっぱり気のもんですから・・・
名前なんというのもずいぶんと立派なものを付けております・・・昔は犬の名前なんというものはあんまり凝らなかった・・・
見た目でもって名前をつけたそうですよ・・・
黒だからクロだとか、あるいは毛がいっぱい生えてて温かそうだからムクだとか・・・
コロコロしてるからコロだとか・・・
そういう風に名前を付けたそうですが、中でもシロと呼ぶような犬は中々いなかったそうですな・・・
日本犬で真っ白というのは珍しい・・・
この犬は白犬かな?と思って脇をみると差し毛があったりして・・・
とにかく全身真っ白というのはまあいない・・・
それで、そんな白い犬というのは人間に近い・・・次生まれ変わって来る時には人間だと言うような言い伝えが昔はあったんだそうですな・・・
その時分のお話で、浅草の八幡様の境内に一匹の白犬が紛れ込んでまいりまして・・・
これがもう差し毛一本もない、真っ白な犬、参詣人がたいそう可愛がりまして・・・
元犬を聞くなら「古今亭志ん生」
古今亭志ん生の「元犬」は、犬が人間に生まれ変わるというユーモラスで不思議な物語です。志ん生の軽妙な語りが、独特な世界観と滑稽さを引き立て、聴く者を物語の中へと引き込みます。笑いと奇想天外な展開が楽しめる、魅力的な一席です。
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おい!見なよ?綺麗だねぇ~話には聞いてたけれども、こんなに綺麗だとは思わなかった・・・
お~い!シロや!こっちへ来なこっちへ!
はははっ!可愛いよ?あぁ可愛い、綺麗だ・・・人間に近いんだお前は・・・
次生まれ変わってくるときには、人間に生まれ変わって来いよ?
可愛いな~!
なんてんで、頭をなでられて、シロ公すっかりその気になっちゃって・・・
嬉しいねぇ・・・どうも・・・みんなでもって綺麗だ綺麗だって・・・
次に生まれてくるときには人間に生まれてこいよ~!なんてこう言ってくれてんだ・・・ふふっ、ありがてえなぁ、どうも・・・
でも次生まれてくるまではちょいと長いなぁ、いますぐ人間になりてえなぁ!
なんとかならねえもんかなぁ!そうだ!じゃあひとつ八幡様にお願いしてみようかしら?
なんてんで、これからこの白公が三七、二十一日の間、この八幡様に裸足参りをいたしまして・・・
もっとも犬ですから、履物を履いちゃいませんけれども・・・
満願の当日の朝、だぁ~っと吹いてきた風に白の体の毛がみんな抜けちゃって、シロが人間になった・・・
おぉ・・・寒いねぇ・・・なんでこんなに寒・・・
あれ?毛が抜けちゃってるよ?なんか悪い病気にでもかかったのかしら?
あれぇ?ああ!そうじゃない・・・人間になったんだ!
いやぁ!どうも八幡様!ありがとうございます!
いやぁありがてえなぁ!立てるかな?おっ、立てる立てる!
歩けるかな?おお歩ける歩ける嬉しいねぇどうもこれは・・・
でも人間てのは裸でいるってのはいけねえんだよなぁ・・・・
みんな着物を着てるんだ、着物なんてねえからなぁ・・・
あ!そうだ、じゃあひとつこの八幡様の・・・貸していただきます!
なんてんで、奉納手ぬぐいを腰に巻き付けて・・・
よしよしこれでいいやな・・・だけど人間てのは働かなくちゃ食べていかれないんだよ?
でも働くったってどこにもねぇ・・・働き口がねぇんだから・・・
知ってる人がいないんだから弱っちゃったな・・・
誰か人間で知ってるもの~・・・
お・・・向こうからくる、上総屋の旦那・・・
あの旦那よく知ってるんだよ?犬の時分にはよく可愛がってもらったんだ・・・
毎日ここにお参りにくるんだよ・・・あの旦那に一つ頼んでみるかな・・・
どうも!おはようございます!
ん?なんだい、お前さん・・・寒いのに裸になってるね・・・
なにか悪い奴にでも引っ掛かったな?
可哀そうに・・・なんかあたしに用かい?
えぇ、実はどっかで働きたいんですがなぁ!
奉公口を探してる?へぇ・・・いやそれはちょうどよかった!
あたしはね、この先でね?上総屋という口入屋をしてるんだ・・・
※口入屋・・・江戸・明治時代の職業周旋業者。現代でいう所のハローワーク。
いやぁそれはよかったなぁ!じゃあひとつあたしが世話をしてやろうじゃないか!
じゃあさっそくね、うちへ行きましょ一緒に!
あぁ・・・ちょいとお待ちよ?その格好で一緒に歩かれるのもな、ちょいと人目に付きやすい・・・
なんだいその腰に巻いてるのは?納め手ぬぐい?そりゃいけません、ばちが当たりますよ?
それじゃあね、この羽織を着なさい!
さぁさぁさぁ・・・この羽織を着て・・・
何してんだよ、羽織頭にかぶってぐるぐる回ってるよ・・・羽織を着たことねぇ?
何へぇ・・・あぁそう・・・
そらいいやぁ、羽織着慣れるってこたぁ、外で遊んでる証拠だよ?
そういう人じゃ奉公ったって大変だもんな・・・
働き者なんだな?いやいや紐なんてのはちょいと結んでおけばいいんだ・・・
ほらごらん?あれが上総屋だ、あたしのうちだよ?
あたしは表から入るが、お前さんは裏から入っとくれ?
ちゃんと勝手口があるから・・・何?うちの勝手口を?よく知ってる?
おおそうかい?
ええ、ちょくちょく伺っております・・・
こないだも伺いましたが、女中さんに水ぶっかけられちゃいまして・・・
何!?お清がそんなことをしたかい?
そらぁ、すまなかったね・・・あたしからよく言っておきますよ?
とにかくそっちから回っとくれ?
ただいま帰りました・・・え?いやまだ向こうまで行ってないんだよ、うん・・・
八幡様の境内でね?若い衆さんに会ってね?
これがね、なんか悪い奴にでもひっかかったんだろう、裸にされててね?
腰に手ぬぐい巻き付けてさ、それで奉公先を探してるって言うから、ちょうどいいからね、今連れて来てみたんだ・・・
いやいや心配ない中々正直そうな人だ・・・
あぁ~!お前さんそこだそこだ!そこからお入り!
おおっとっと!お前さんそのまま上がって来ちゃいけませんよ?お前さん裸足で歩いてきたんだろ?
足が汚れてるんだ・・・そこに手ぬぐいと雑巾があるから、水を汲みこんで・・・
足をよく洗っておくれ?
洗ったかい?ちょっと、お前さんそのまま上がっちゃいけません・・・
その雑巾でちゃんと足を拭いてな・・・
おいおいおい・・・お前さんいちいちそうなんか言われるってのはいけないよ?
後始末をちゃんとしなさい・・・使いっぱなしってのが一番いけない・・・
雑巾はちゃんと綺麗にゆすぎなさいよ?ちゃんとゆすいで・・・
ゆすいだ水をなぜ飲むんだよ!!
くだらないことしちゃいけませんよ!?本当に・・・しょうがない・・・
おいおいおい!お前さんその濡れた顔を細かに振るんじゃないよ?
水がはねちゃったじゃないか・・・
雑巾ぎゅっと絞って広げて拭いておきなさい・・・
拭いて這うように、這うように・・・
うまいねぇ・・・這う形は中々いいよ?
それね、そっちへ片しておきなさい?水をあけて・・・
桶のふちにでも雑巾かけておいて・・・よしよしいいよ・・・
さあこっちへ来なこっちへ・・・
お腹が空いてんだろ?裸でいたくらいだから・・・
おまんま食べるかい?え?食べるかってんだよ・・・
なぜ返事をしないでお尻を振るの?
嬉しいときにはお尻を振ります?変わった人だね・・・
なんか食べさしておくれ?なんでもいいんだよ?
昨晩のこうこ(漬物)でもお前さんいいだろ?食べたことない?こうこ食ったことないの?
こうこ食ったことないって・・・なんかあるか?あじの干物?おぉそりゃ豪儀なもんだな・・・
いいよいいよ!それでいい・・・
元犬を聞くなら「古今亭志ん生」
古今亭志ん生の「元犬」は、犬が人間に生まれ変わるというユーモラスで不思議な物語です。志ん生の軽妙な語りが、独特な世界観と滑稽さを引き立て、聴く者を物語の中へと引き込みます。笑いと奇想天外な展開が楽しめる、魅力的な一席です。
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干物は食べたことあるだろ?干物!
へえ、大好物でございます!あれでしたら頭からいただいちゃうんです!
へぇ~・・・たいそう歯が丈夫で・・・
噛み合ったって負けたことがない・・・
噛み合っちゃいけませんよ・・・恐ろしいね・・・
ご飯食べたかい?あ、そう・・・
あのちょっと着物出してやっとくれ・・・あたしのやつ・・・背格好同じだから・・・
下から上まで同じなんだ!そっくり!
あの今そこにな、うちのかみさんが出してくれた着物があるからそれをちゃんと身に付けなさい・・・
着るんだ・・・下帯を・・・ふんどしを・・・ふんどしを締めなさい・・・そこにあるでしょ?長いのが!
そのふんどしを締めんの!何をしてんだい、ふんどしを首へ巻いて・・・
何をしてんの!?え?どっかへ連れてけ?何を言ってんだよ・・・
ふんどしを締めるんだよ!締めたことない?締めたことないの?
しょうがないねこの人は・・・あたしが締めてやろう・・・ちょっとこっちへおいで・・・
これでいいや・・・襦袢(じばん)を着て、それからその上に着物を着て・・・
前を合わせるんだ、前を・・・右の方の手を下に・・・そう・・・左をこう上に・・・
それから帯を・・・いちいちそうあたしに言わせないで着物ぐらいささっと着なさいよぉ・・・
帯をしめるんだよ!?帯をくわえて何振り回してんの!遊んでます?遊んでちゃいけないよ!?
早く締めなさい!締めたことない?どんな格好してたんだろうね・・・
こっちへ来なさい、締めてあげるから・・・
中々よく似合うよ?あのね、あたしお前さんの奉公先決めたよ?
あたしの知り合いでね、変わったご隠居さんがいてね?
それであたしね、そこにお前さんを連れていくからね?辛抱しておくれよ?
あのちょっとご隠居のとこ行ってきちゃうからね!?
履物は・・・まあ向こうで買ってくれるか・・・
それ履いてきなそれ・・・うちの古いやつなんだ・・・
おいおい!くわえてどこ持ってくんだよ!?
それは履くんですよ!だめですよ、くわえてっちゃ・・・
いいかい?それじゃあ行きましょ・・・
向こう行けばね?ちゃんと話をするから・・・
向こうはね、お元という女中さんと二人暮らしなんだよ?仲良くやってくださいよ?
そっちじゃない!こっちだこっち!電信柱に片足もたれて用を足すんじゃない!!
あとにおいをかぐな汚えな!しょうがないこっちへ来なさい!恥ずかしいよ・・・
このうちだよ?ちょっと待っといで・・・
えぇ・・・ごめん下さい!
おぉ!これは上総屋さんか!さあさあこっちへお入りなさい!
えぇ、長いことお待たせいたしました・・・奉公人見つかりました・・・
おお!そうかい!楽しみに待っておりました!代わっておくれ?
はい・・・
おい!
ご覧なさい・・・あの敷居の上に顎のっけて寝てんでしょ?あれがそうなんですよ・・・
あぁ、なるほどこれは変わってるな・・・こっちへ上げて
へい・・・
おう!こっちへ上がんな!そんなとこに寝てねえでこっちへ上がんな!もう本当に変わって・・・
おっと!飛び上がって来るんじゃないよ・・・ずいぶん遠くから飛んで来たねぇ・・・
ちゃんとご挨拶をしな!?
へい・・・こんちわ・・・
はいこんにちわ・・・ほぉ、中々色の白い綺麗な若い衆だ・・・
体の具合でも悪いのか?悪くなかったら初めて来たうちだ、ちゃんとお座りよ・・・
遠くから飛んできてさ・・・畳の匂いを嗅いで・・・
ぐるぐるっと回って横っ倒しになって舌を出してはぁはぁはぁはぁしてたら、具合が悪いと思うだろ?
ね?はい、じゃあ分かりました、しばらくね、うちで働いてもらって何かあったらまたすぐに・・・
どうもご苦労様・・・
おいおい!お前さん一緒に付いていっちゃいけませんよ?
うちで働いてもらわなくちゃいけないんですから・・・
どうもあいすいません・・・なれるとすぐ後を付いていきたくなる・・・
それじゃあ困るんだ・・・なんにも聞いてなかったお前さんのこと・・・名前はなんという?
えぇ、シロってんです・・・
シロ!?ほうほう・・・
シロ吉?シロ蔵?シロ衛門?なんていうんだい?
いえ、ですからシロってんです・・・
いやいやだからなんとかって付くんだろ?なんとか四郎とか、史郎なんとかとか・・・
ただシロなんです・・・
タダシロ―!?いい名前だそれは!!
そうかい・・・お前さん生まれはどこだい?
蔵前の八幡様?おぉなんだ近いねぇ!おおそうか、どの辺だい?
うん、あの脇の?八百屋と!?乾物屋の間へ入って行った裏の?長屋!?
世の中狭いねぇ・・・あそこはあたしの家作(貸家)だ・・・
どこのうちで生まれた?うん、つきあたり?
つきあたりってと、掃き溜めじゃねえか・・・
ははっ、自分の生まれたところを卑下している・・・いやいや恐れ入りました、そうかい・・・
あたしの方はね、あたしとお元という女中と二人暮らしだ、犬も朋輩鷹も朋輩まあ仲良くやっておくれ?
※犬も朋輩鷹も朋輩・・・鷹狩りで、犬と鷹は違った待遇を受けるが、同じ主人に仕える同僚である。役目や地位が違っていても、同じ主人に仕えれば同僚であることに変わりはないことのたとえ。
参考:Goo辞書より
へ?鷹がいるんですか?
う“う“ぅぅぅ・・・
うなってるね・・・鷹はいないよ?仲良くやってくれてんだよ・・・
お前さんは、その~おとっつあんおっかさんはどうしたい?おとっつあんおっかさん!
おとっつあんはどうしたい?
お、おとっつあん?
おとっつあん!
あ!オスですか?
なんだオスってのは?おとっつあんはどうしたい?
おとっつあんはぁ、どれがおとっつあんなんだかよく分からない・・・
噂によると酒屋のぶちじゃないかって・・・
何を言ってるんだい・・・おっかさんは?
三年前に、毛並みのいいのが来たら後を付けてっちゃったんです・・・
変なうちだねどうも・・・ふ~ん・・
お前さん、ひとりぼっち?・・・そうかい・・・
お元(もと)が帰ってくるまでお茶でも入れて待ってようか・・・
ちょうどいいや、鉄瓶の湯が沸いてるから、それちょいとおろしておくれ?
蓋をきって、どっちかにしておくれ?そうそう・・・ぼんやりしてちゃだめだよ?
え?ほら鉄瓶の湯がちんちんいってるでしょ?ほら!ちんちんいってるだろ!?
ちんちんはあんまりよく出来ないんです・・・
何をいってるんだい・・・ちんちんいってるだろ?
あぁそうですか・・・じゃああんまりうまくないんですけど・・・
こんなもんでどうでしょう?
何やってんだい!?しょうがないねぇ・・・
じゃあいいよ!湯の方はあたしの方でやっておくから!
あのな、茶を焙じるんだ、茶だんすから焙炉(ほいろ)を出しておくれ?焙炉!
うぅぅぅぅぅぅぅ・・・
な、なんだよなんだよ・・・茶を焙じるんだ、焙炉だよ!ほいろ!
うぅぅぅぅぅぅ・・・
ワン!ワワン!ワンワン!!・
なんだい気持ちが悪いねえ!!
おい!誰かいないかい?お元!元はいぬか?
へぇ・・・今朝ほど人間になりました・・・
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