その昔、馬喰町一丁目のの搗き米屋六右衛門という方がおりまして、ここの奉公人でもって清蔵という・・・
これがいつの頃か患ってしまいまして、床が上がらなくなる・・・ 親方も心配をいたしまして・・・
幾代餅(紺屋高尾)を聞くなら「三遊亭圓楽」
桂歌丸の前の「笑点」司会であり、若手の頃には立川談志らと共に四天王と謳われ、主に人情噺を得意としています。重厚で響きのある声とリズミカルな語りで、物語の温かさと笑いを巧みに描き出した一席。
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どうしたい清蔵!

親方!どうもすいません!

なんだ謝ることはねえやな・・・

お前、なんだってな、吉原の姿海老屋の幾代太夫の錦絵って女に恋患いしたって・・・

ええ・・・幾代太夫に会えなきゃこのまま死にます・・・

まあそうしょぼしょぼするんじゃねえやな・・・お前あれだろ?

生涯幾代太夫に会えねえと思うからそうやって患ってやがんだろ?

ところがそうじゃねえぞ?相手はいくら松の位の太夫職と言っても売りもんに買い物だ・・・

金さえ持って行きゃ会えないことはねえんだ・・・だけどな、これはちょっとやそっとの銭じゃいけねえんだ・・・

お前金を一年みっちり働いて貯めろ!その金をまとめてど~ん!と持って行きゃあな!会えないことはねえんだ!

おめえが金貯めたらよぉ!俺が吉原引っ張って行って、おめえと幾代太夫会わしてやろうじゃねえか!

えぇ!あたしと幾代太夫会わしてくださる?

おぉ!俺が会わしてやるから!一生懸命働け!

それじゃあたし、起きておまんま食べます!

病はどうした!?

へへへ・・・治ったぁ
なんてんで現金な奴がございまして、これから飛び起きるってとくるくるくるくる・・・
まるでこまねずみのように働く・・・
月日の経つのは早いものでございまして・・・

親方ぁ!親方ぁ!

おおなんだい清蔵じゃねえか!どうした?

あのお給金の方どれくらい貯まりましたかね?

おお!もう一年経つんだったなぁ・・・

そう思ってな、一昨日の晩出して勘定して見た・・・

いやあよく働いたなぁ・・・偉いもんだ!十三両と二分あったぜ?

そんなに貯まったんですか?じゃあその御足あたしに下さい!

やるよ!おめえの銭だ、やらねえってことはねえけれどもな、そんな大金一体何に使うんだ?

いやそれがね買い物があるんですよ!

お前が買い物とは珍しいな!一体何を買うんだ?

ええ!いやあの・・・

花魁・・・

馬鹿・・・そろそろ所帯を持たなきゃいけねえという時に女郎なんぞ買ってどうする!

だって親方約束したじゃありませんか!

あたしが一年みっちり働いたら幾代太夫に会わせていただけるとそう約束したじゃありませんか!

なんだ覚えてたのあれ・・・

あん時はいつまでも煩わしいからそう言っちゃったんだ!

第一幾代太夫なんて馬鹿高えもん買わねえで!そこら辺の安いので我慢しとけ!

何を言ってるんですぅ!?あたし幾代太夫じゃなきゃダメなんです!

幾代太夫に会えなきゃ・・・あたしこのまま患っちゃうぅ・・・

おいおいしょうがねえなぁ・・・分かったよ!おめえの金だ!好きに使えこん畜生!

だけどなぁ・・・俺もああいう大店で遊んだことがねえ、どうにもその遊びの寸法が分からねえってやつだ・・・

どうしたもんか・・・

あっ!そうだ!お前この町内でもって誰か遊びのうまい人に連れて行ってもらいな!

この町内で遊びのうまいやつと言えば・・・医者の藪井竹庵先生だな・・・

あの先生はな・・・・病人診るのは下手だよ!?

病人診るのは下手だけれども、まあ女郎買いにかけては天才だよ!?

あの先生は女郎買いの方にかけては名人だからね・・・

おうヤッコ!薮井先生呼んで来い!<

はいはい・・・ごめんなさいよ、病人はどなたかな?

お!どうも先生!どうぞこちらへお上がりになって!

そのようなことはどうでもよい!病人はどこだ!

病人!?病人なんていませんよ!

病人先生に診せたら殺されちゃう

これこれこれ!乱暴なことを!・・・

冗談!冗談ですよ!今日は病人とかじゃないの!

今日はひとつね、遊びに連れて行っていただきたい!とこう思いましてね!

何!?遊びに!ほお!吉原!それは結構!遊びと聞くとなんだかウキウキしてくるな!

病人と聞くと頭が痛くなる・・・

嫌な先生だな・・・今日はあっしじゃねえんです、ここにいる清蔵なんでございますがね!

おやっ!堅物の清さんが一体どういう風の吹き回し?

いや実は一年前のことなんですけども、姿海老屋の幾代太夫の錦絵に恋患いしてね!?

一年みっちり働いて金を貯めて、会いに行こうと・・・

おや清さん・・・そりゃいくら相手は売りもんに買い物とは言いながら松の位の太夫職ですぞ?

大名のお遊び道具、いや大名でさえ『嫌でありんす・・・』と言われちゃ出ちゃもらえない・・・

いい塩梅に出てくれたとしても、顔を見ただけもって一年働いたその大金が顔を見ただけで!

さっと綺麗になくなっちまうことだってあるんだよ!?それでもいいのかい?

あたしは幾代太夫の鼻の頭ちらっと拝めるだけでもいいんです!

そこまで言うなら、まあいいでしょう・・・

暗くなりましたらまた迎えに来ますからそれまで待っててくだせえ!

へぇ!先生どうも!ありがとうごぜえます!

清蔵よかったなぁ!とにかく湯に行って床屋行って・・・

・・・お?綺麗になったか!?

実はな、おめえそんな汚いなりで行くってと向こうで扱いが悪いや・・・

いい着物は持っちゃいねえだろうから、これ着ていきな・・・

俺がまだ一度も袖を通してねぇ着物だ、襦袢から帯からみんな出しておいた、いいからこれ貸してやるから着ていけ!

何から何までありがとうございます!でもあたしの持ち物もあるんですよ!

ほうおめえの持ち物もあるのか!おめえ何もってんだ?

足袋とふんどし!

それは自分で持ってなくちゃいけねえや!さあ着ていけ!

さあさあ清さんそろそろ行きましょうか?

おお!先生!ありがとうございます!じゃあひとつお願いしましょ!
おい、清蔵気を付けて行っておいでよと、さあこれから二人が出てまいりまして・・・
幾代餅(紺屋高尾)を聞くなら「三遊亭圓楽」
桂歌丸の前の「笑点」司会であり、若手の頃には立川談志らと共に四天王と謳われ、主に人情噺を得意としています。重厚で響きのある声とリズミカルな語りで、物語の温かさと笑いを巧みに描き出した一席。
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なあ清さんや・・・あたしあれから家で考えたんですが、これ失礼な話だよ?

失礼な話だが、向こうでもって搗き米屋の奉公人でござんすよなんて言うのは、ちょいと扱いが悪いだろうから・・・

ここは嘘でも野田の醤油問屋の若旦那ということにして行こうと思うんだが、お前さん若旦那になったつもりで行っておくれよ?

おっ、あのうちだよ?

おかみ・・・おかみいるかい!?

は~い・・・

まあ誰かと思ったら先生じゃありませんの、ちっともお見えになりませんで、違う所で浮気してたんじゃございませんの?

いや浮気なんざしちゃいませんがね、今日はおかみに折り入って頼みがあるんだがね・・・

なんです?また変な遊びでもされようってんでしょ?はいはい・・・

あら!まっ!あらっ!ちょいと!あっ!いやぁ!

あたしまだ何にも喋ってないよ・・・

おかみね、こちらにいらっしゃるこの方!

野田の醤油問屋の若旦那でしてな、ぜひとも幾代太夫にお会いしたいということで、わざわざお連れしたんでございますけれどもね・・・

まあ今日は金はたんとは持ってはまいりませんが、馴染となりましたならば馬の背に千両箱を乗せて通って来ますんで・・・

今日の所はこの私のつまらない顔に免じて幾代太夫に会わしてもらうという、そういうわけにはいきませんかねぇ?

あらま何です?野田の?醤油問屋の若旦那!?あら~綺麗な方じゃございませんか!

そうですか、それじゃああたしから一つ話をしてみましょ!
ってんでこの話を幾代にしてみるってと、、幸いこの日は幾代は暇だった・・・
この幾代も普段からおかみには世話になっておりますから、今晩出ましょう!ということになって、さあその晩の清蔵の喜びようというのはございません・・・
まるで天にも昇るような気持ちです・・・
やがて朝になります・・・ 清蔵幾代の部屋に通される・・・
そわそわして待っております清蔵、やがて身なりを整えて入ってまいりますその姿は実に綺麗! 雪の婦人、朝日の差したような美しさでございます・・・
べっ甲長羅宇のキセルで、吸いつけ煙草ってやつで・・・

主・・・いっぷくしなんし・・
清蔵普段はたばこなんか吸わないんですけれども、せっかく付けてくれたんだから嬉しくてすぱすぱ吸ってしまう・・・
もう火玉が踊っちゃってヤニが回って不味かろうというくらいでございまして・・・

主今度・・・いつ来てくんなますか?

・・・一年経ったら、また参ります・・・

一年とは、長いではありんせんか?

一年みっちり働かないってとここには来られない・・・

主は・・・野田の醤油問屋の若旦那・・・

そ・・・それは・・・

それは、嘘なんでございます!本当は野田の醤油問屋の若旦那でもなんでもない!

本当は馬喰町一丁目のの搗き米屋六右衛門の奉公人で、清蔵ってんです・・・

去年花魁の錦絵見て恋患いしまして、その時親方に意見をされて一年みっちり働いて金貯めろ!って・・・

それで貯めた金が十三両と二分・・・それに親方が足してくれてやっとここへ来ることが出来たんでございます!

今あたしが持っているものといえば・・・足袋とふんどししかないんでございますぅ・・・

ですからあたしまた1年みっちり働いてお金貯めてまいりますから、花魁・・・

その時にはまたあたしに会ってくださいますか!?
布団からずり落ちて涙ながらに語る清蔵の姿を幾代太夫がじ~っと見ている・・・
白い頬に一筋の涙がつ~っとこぼれる・・・

偽り多き世の中にこのように真を明かしてくれる方はありんせ・・・

主・・・おかみはんはおはんなはるか?

いえ!あたしは独り者でございます!

ではもうこの里へ足を踏み入れてはなりんせ・・・

わちきは来年三月、年が明けるのざます・・・年が明ければあなたの元へ参りますが・・・

主・・・わちきのようなものでも・・・女房にしてくんなますか・・・

・・・

・・・くんなます・・・

くんなます!くんなますぅ!そんなこと言って嘘じゃないんでしょうね!

嘘じゃありません、ここに・・・五十両という金すがおます・・・

これを主とわちきが所帯を持つときの足しに主が持って行ってくんなまし・・・
ってんで、清蔵がうちへ戻ってまいりまして・・・

親方ぁ・・・今帰ってまいりましたぁ・・・

この野郎帰って来やがった!行くときしょんぼりしてやがって、帰って来てもしょんぼりしてたらざまあねえや!

花魁出てこなかったんだろ!?

いえそれが出てきたんですよ!三月になったらあたしの女房になるってそう言うんですよ!

あらら今度は頭おかしくなっちゃったこの人は・・・

そんなつまらねえ洒落を考えて帰って来るな!

いえ洒落じゃないんです!これ見てくださいよ!

所帯持つときの足しにって五十両預かってきたんですよ!

なに!?おいおい大変なやつがあったもんだな!

あの親方!

なんだい!?

来年の三月というのは来年の何月ぐらいに来るんでしょうか?

何を馬鹿なことを言ってんだ!いいから働け!
ってんで、これからはもう何をするにも三月三月三月言いながら働いておりまして・・・
それから一月、二月、三月半ばの十五日を迎えまして・・・
搗き米屋六右衛門さんの家の前に一丁の真新しい駕籠が着くってと・・・

ちょいとごめんくださいまし!

へい!なんでございましょう!?

搗き米屋六右衛門さんのお宅はこちらで?

へい!左様でございます!

花魁お名前は?あぁ!清蔵さんという方は?あぁそうでございますか!

花魁こちらでございます!
駕籠の垂れをまくって出てまいりました幾代太夫・・・
もう昨日までのなりとはガラっと変わっておりまして・・・
髪は文金の高島田、ちりめんの着物に、博多の帯を胸高に締めましてす~っと降りましたのは、ちょうど歌麿の絵が抜け出したかのような美しさでございまして・・・

小僧どん・・・

・・・へ?

清はんがいやんすか?清はんがいやんしたら仲から幾代が来たと言っておくんなまし・・・

へい!!

親方ぁ!親方!来ました来ました!

誰?取り立て?

取り立てじゃない、清はんがいやんすか?いやんしたら仲から幾代が来たと言ってくんなまし~!ってそう言ってんですけどねぇ・・・

あれわちきどうしまほ?

何言ってんだい!そりゃ大変だ!
表へ飛び出しまして、二人とも手を取り合って喜び合います・・・
そうなると薮井竹庵先生、この先生が仲人ということになりまして、めでたく夫婦ということになる・・・
さあ夫婦となりまして、いつまでも親方夫婦の居候というわけには参りません・・・
どこかにうちはないかと探しておりますと、ちょうど両国広小路へ空き店があってこれへ移った・・・
しかし移った所でなす商売がない、元々の商売が搗き米屋でございますから、では餅屋を開いたらよかろう!
この餅の名前も女房の源氏名そのままに『幾代餅』と付けたところ、江戸中の評判になったそうでございまして・・・

お~う!どうだ今や評判の!幾代餅食ったか、幾代餅!

なにその幾代餅ってのは?

お前は幾代餅を知らないのか!?・・・死んじゃえ!

な、なんだ死んじゃえって!

今江戸中で評判の幾代餅を知らないなんて死んじゃえってんだこん畜生!!

あの吉原で全盛の幾代太夫が今餅屋を開いて売ってるんだよぉ!

今俺買いに行ったんだよ!そしたら花魁が店っ先まで出てきてよぉ!

『まいどありがとありんす・・・またきてくんなまし~』なんてなことを言ってよぉ!

俺の顔見てニコっと笑うじゃねえか!俺あんまり嬉しいからよぉ・・・

金だけ払って餅持たずに帰って来ちゃった!

馬鹿だねぇ・・・
幾代はこんな身でありながら、すえには三人の子までもうけまして維新頃まで冨栄えたということがただいまでも老人の口の中に残ってございます・・・
『傾城(けいせい)に誠(まこと)なきとは誰が言うた』
江戸の名物『幾代餅』由来の一席でございました・・・
幾代餅(紺屋高尾)を聞くなら「三遊亭圓楽」
桂歌丸の前の「笑点」司会であり、若手の頃には立川談志らと共に四天王と謳われ、主に人情噺を得意としています。重厚で響きのある声とリズミカルな語りで、物語の温かさと笑いを巧みに描き出した一席。
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幾代餅を聴いた感想
やはりどんなに自分の身の丈に合っていない、地位の高い・綺麗なご婦人でもそこに無理に自分が合わせるのではなく、自分は自分だと伝えることで奇跡が起こるのかもしれませんね。
ですから、現代で言えば、お金を持っていないのに、無理をして〇レックスやシャネ〇などのブランド物で飾らず自分の身の丈に合わせていれば、それも相手にはきちんと伝わるということなのかもしれませんね。
それに幾代太夫ほどの位の高い人になると、その人の持っている地位やお金よりもその人の中身につくしたいと思うようになるのではないでしょうか?
確かにお金や地位などは生活するため贅沢するためには必須だと思いますし、私もできるなら欲しいです。
しかし、それを前提にして人を選ぶのは二流ではないか?と思います。
幾代太夫ほどの方にもなるとお金や地位は関係ないんですね。そして、あの判断力と行動力。おそらく清蔵にビビッと来るものがあったのでしょう。
おそらく幾代餅の中でも意味の分からない言葉が出てきたと思うので紹介しておきます。
・搗き米屋(つきごめや)・・・米を精白して売る家。
・太夫職・・・遊郭の中でも最上位の女郎。
・野田の醤油問屋・・・お醤油の大手メーカーキッコーマンの本社があります。
・長羅宇…太夫などの間では、位が上ると帯の幅が広くなり、それに合せてその帯に挿す煙管の赤塗りの羅宇も長くする仕来りがあり、煙管の長さで女郎の格をはかることができたと言われています。
・吸いつけたばこ・・・遊里の風習で、キセルにたばこを詰め、遊女自らの唇で吸い付け(=キセルをくわえて息を吸い込み、たばこに火をつけた)たのち、吸口を懐紙でぬぐって、すぐに吸える状態にしたものです。
この吸いつけたばこは、誰にでも渡すものではありません。自分がこの人ならと思った殿方に、いわば間接キスをすることになります。
ですので、この吸いつけたばこをした時点で、幾代は清蔵を認めていたということかもしれませんね。
そして最後の言葉「傾城に誠なきとは誰が言うた」。傾城に誠なきというのは、遊女が客に誠意をもって接するはずがない、遊女の言うことは信頼できないという意味です。
つまり、この話から遊女の言うことは信頼できないなどと誰が言ったのかという意味になります。
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