昔から『女氏無くして玉の輿に乗る』なんてことを言います・・・
反対に男というのは情けないものでして、『男意気地無くして、玉の汗をかく』なんてずいぶん違いがあるようでございますけれども・・・
妾馬を聞くなら「古今亭志ん生」
高座で居眠りをしても、「ただそこに座っているだけでいい」と愛されるミスター落語家、古今亭志ん生。絶妙な間と予測を裏切る言葉に長けており、妾馬に出てくるダメ兄貴「八五郎」をぴったりと演じる。
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なんだなんだぁ!?八公!遅かったではないか!

ど〜もすいません!大家さん、店賃だったらもう少し待ってもらいたいんですが・・・

あたしが呼び出すと、店賃の小言だと思ってくれるだけまだマシか・・・

今日は店賃の催促じゃないんだよ・・・

あらっ!諦めた?

いや諦めやしないよ!お屋敷に奉公に上がっているお前の妹のお鶴のことだがな?

お世取りを産んだんだよ!

えぇーー!?そうですか、いやぁそうですかぁ・・・

そういうことはお袋に掛け合ってくださいな・・・

そうかぁ・・・ニワトリ産んだかぁ・・・

ニワトリじゃあない、男の子のことをお世取りと言うんだ!

お殿様もたいそうお喜びだそうだ!

「兄の八五郎、目どおり許す!」ってんだよ!お屋敷に行ってきな!

いやぁ〜よそうよぉ〜!いいよぉ〜!侍と付き合うのは嫌だから!

お前が付き合うんじゃないんだよ!行ってきなよ!行っておけば損はないよ?

お目録(もくろく)を頂けるんだ!金子(きんす)を頂けるんだ!

金を!?へぇ〜!もらえなかったら、大家さん立て替えて?

やだよ!あのな、行ったら言葉を丁寧にしないといけないよ?

ものの頭に御の字を付けてな、終いには「ござり奉る」とこう言うんだぞ?

へい!なるほど!おったてまつってくりゃいいわけだ!

なんだいおったてまつるってのは・・・紋付や袴なんかは俺のを貸してやるから!

しょうがねぇなぁ、借りてやるから・・・

威張ってんじゃねぇ!
なんてんで、これからはっつあん、孫にも衣装でございまして、お屋敷へやってまいりまして・・・

これ!三太夫!このものが八五郎であるか?

八五郎・・・苦しゅうない、表を上げい・・・

何をしておる!表を上げるのじゃ!

表上がらねぇよぉ・・・土台がしっかりしてっから・・・

そうではない!頭を上げるのじゃ!

頭?なんだ頭かよ、最初からそう言えってんだ・・・

えぇ〜どうも!殿様!ちわっ!えぇどうもどうも!ちわっ!

うむ・・・この度、鶴が世取りを産んで世は満足に思うぞ?その方はどうじゃ?

苦しゅうない・・・即答をぶて・・・

・・・

そ・・・即答をぶて!

これ三太夫・・・八五郎いかが致した?

何をしておるのじゃ!即答をぶたんか!

えぇ?

即答をぶて!

ぶっていいの?

構わんからぶて!

あぁそう・・・こりゃありがてぇや・・・

痛いっ!何をするのじゃ!

これ、その方らそこで何を致しておるのじゃ?

即答をぶてをそっぽをぶてと間違えた?

これこれ三太夫!控えておれ・・・

痛いではないか!

分からねぇからよこっちだって!

そっぽをぶてそっぽをぶてって頭がぬっと出てきたら、張り倒したくなるだろうよ!

あぁ〜、なんか言えってか?あぁそうかそうか!

えぇ〜・・・お、お、お!御初めまして・・・ござり奉る・・・

御私は!八五郎どのでござり奉る!

今日、大家殿がお呼び奉って、お屋敷に行き奉れ!
行けばなんでも御損はないなどと御申し奉る!

これ三太夫・・・この者の申すこと、余にはいっこうに分からんぞ?

何をしておる!殿がお分かりにないではないか!

そりゃそうだろう!言ってる俺が分かんないんだから!

分からん奴があるか!

余の前じゃによって、無理に言葉を改めておる・・・
朋友に物申すようで良いと申し伝えよ!

ありがたいお言葉じゃ・・・普段の言葉で良いそうだ!

いいの?そうすりゃこっちのもんよ!?
妾馬を聞くなら「古今亭志ん生」
高座で居眠りをしても、「ただそこに座っているだけでいい」と愛されるミスター落語家、古今亭志ん生。絶妙な間と予測を裏切る言葉に長けており、妾馬に出てくるダメ兄貴「八五郎」をぴったりと演じる。
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えぇ〜お殿さんねぇ、つまりね?大家のでこぼこが・・・

デコボコというやつがあるか!

三太夫・・・控えておれ・・・

これ八五郎・・・その方は笹を食べるか?

・・・?

笹を食べるか!?

馬鹿にしてんねぇ!貧乏人だと思ってさぁ!

まだ笹っ葉は食ったことはありません!

そうではない!酒を飲むか?

あぁ!酒ですか!酒だったら飲むなんてもんじゃない!浴びる方でござんす!

あらあらあら!まぁ〜!お膳がたくさん出てきて、ご馳走だねこりゃ!

あぁ〜!すいません、お酌をしてくださるんですか?
どうもありがとうござんすおばあさん!

おばあさんではない!当家のご老女だ!

あぁそう・・・すいませんね、ご老女さん・・・

いやぁどうもどうも・・・それじゃ頂きますけれどもね!

・・・ごくっ・・・ごくっ・・・っぷはぁ〜!

体の中を酒がえばって通りますね!

あ!またお酌をしていただけるんですね!
ありがとうございます!ご老女のおばあさん!

ん?

おい・・・

そこでもって、ニコニコ笑ってこっち向いてんのは、お鶴じゃねえか!

おい!お鶴!おい!おい!お鶴!

これこれこれ!無礼者!

何が無礼だよぉ!兄貴が妹を呼んで何が無礼だよ!

控えておれ三太夫!

おぉ・・・お鶴よぉ・・・赤ん坊産んだんだって?

よかったなぁ・・・おめでとう・・・

おめぇ驚かすなよなぁ・・・俺ぁニワトリ産んだのかと思ってさぁ!えぇ?

そしたらそうじゃないってんだな!男の子のことをお世取りってんだってな・・・

兄ちゃんおめえのおかげでもって、どんどん利口にならぁ・・・

おおかた女の子のことは、めんどりとか何とか言うんだろうなぁ・・・

だけどいいか?男の子産んだからって、油断しちゃいけねぇよ?
如才なく、みなさんに可愛がってもらうんだよ?な?

お鶴のこと、よろしく頼みますよ!三ちゃん・・・

いやさぁ・・・出がけに、お袋が泣いてやがんだよな・・・

どうしたんだいって聞いたら、「身分の違いは情けない」ってさ・・・

自分の孫の顔を見ることも出来ない身分の違いは情けないってさ・・・

親父が死んだ時に涙の一つも流さねぇ気丈なお袋が、ぽろぽろ泣いてやだんだよ・・・

だから俺はこう言ってやったの!こんなめでたい日に泣くんじゃねぇ!って・・・

泣く暇があったら、俺の酒代のために針仕事の一つでもしたらどうだ!
このくそババア!とそう言って来たの・・・

だからさぁ、今度いっぺんお袋呼んでやってくれや・・・

兄ちゃんもういいからよ・・・お袋に、赤ん坊抱かせてやってくれや・・

お殿様もどうかこの通りでございやす・・・

ヘヘっ・・・すいませんねどうも・・・場が陰気になってしまいやして・・・

ここらでお殿さん、陽気に歌でも歌いましょうか!

ほぉ〜、何か珍歌はあるか?

侍の言うことはよく分からねぇなぁおい・・・

珍歌って名前じゃねぇ、都都逸(どどいつ)ってんですがね?

こういうのはどうです?

明けの鐘、ゴンとなる頃、三日月型のくしが落ちてる四畳半・・・

なんてのはいかがでござんす〜?

おぉ〜!左様か〜!

・・・

帰ろうかな俺・・・都都逸の合いの手に左様かはねぇじゃねえか!

よ〜!よ〜!くれぇは言ってもらいてぇや!

別れが辛いと小言で言えば、締める博多の帯がない・・・

な〜んてのは、どうです?

よー、よー、

棒読みじゃねぇか・・・調子が出ないねぇ・・・

土手のし〜♪ぃぃ〜♪ばぁぁ〜♪人に踏まれて一度は寝るがぁ♪梅雨のぉ〜♪情けでぇ〜♪

蘇るぅぅぅ♪ぅぅぅぅ!ってんだい!ぱぁ〜!っときたよぉ!

どっか行こうかい!殿公!

これこれこれ!殿公というやつがあるか!

面白い男である!士分に取り立てい!
それからこの八五郎が出世を致します・・・
殿様からの「鶴の一声」でございました・・・
妾馬を聞くなら「古今亭志ん生」
高座で居眠りをしても、「ただそこに座っているだけでいい」と愛されるミスター落語家、古今亭志ん生。絶妙な間と予測を裏切る言葉に長けており、妾馬に出てくるダメ兄貴「八五郎」をぴったりと演じる。
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都都逸の意味について
八五郎が終盤に歌っていた都都逸の意味について考えてみましょう。
明けの鐘、ゴンとなる頃、三日月型のくしが落ちてる四畳半・・・
「明けの鐘、ゴンとなる頃」は、夜が明け始める時間帯を示しており、何か新しいことの始まりや、目覚めを暗示している可能性があります。この時間帯に鐘が鳴ることで、一日の始まりを感じさせるとともに、人々の心を動かす何かが起こる予感を演出しています。
「三日月型のくしが落ちてる四畳半」は、非常に具体的でありながらも、解釈に幅を持たせる表現です。三日月型のくしというのは、珍しい形状のくしを指しているか、あるいは三日月のような形をした何かがくしのように見えるという比喩的な表現かもしれません。
それが四畳半の部屋に落ちているという描写は、狭い空間において、何か特別な物や出来事が存在する様子を示唆しています。
全体として、この都都逸は、日常の中にある非日常的な出来事や、見落としがちながらも特別な意味を持つ瞬間に焦点を当てたものと解釈できます。
別れが辛いと小言で言えば、締める博多の帯がない
「別れが辛いと小言で言えば、締める博多の帯がない」という都都逸は、恋愛や人間関係の複雑さを巧みに表現した一節です。恋愛における感情のもつれや別れの痛みを、独特の比喩を用いて描いています。
ここで言及されている「博多の帯」とは、福岡県博多地区で織られる伝統的な織物である博多織を指しています。博多織は特に帯として知られ、その堅牢さと美しさで有名です。
しかし、この都都逸においては、「締める博多の帯がない」という表現を通じて、何かを固く結びつける手段や解決策が存在しない状況を喩えています。
つまり、「別れが辛いと小言で言えば」という部分では、別れに対する悲しみや苦しみを表明していますが、「締める博多の帯がない」と続けることで、その苦しみを和らげる方法や解決策が手元にはない、すなわち別れを避けることができない状況を表しています。
この都都逸は、恋人との別れを迎える際の辛さと、その別れを受け入れざるを得ない避けがたい運命を、博多の帯という具体的な文化的アイテムを使って比喩的に描写しています。
土手の芝、人に踏まれて一度は寝るが梅雨の情けで蘇る
「土手の芝、人に踏まれて一度は寝るが梅雨の情けで蘇る」という都都逸は、逆境や困難を乗り越えて立ち直る強さと回復力についての比喩を表現しています。
ここで描かれている「土手の芝」は、人々に踏まれて押し潰され、一度は力を失って「寝る」(つまり倒れる、元気をなくす)状態になります。
しかし、この詩の後半部、「梅雨の情けで蘇る」という表現は、梅雨の雨が芝生に生命を吹き返し、再び成長し始める様子を象徴しています。
梅雨の雨が「情け」として表現されている点は、自然の恵みがいかに生命にとって貴重であるかを示唆しています。
この都都逸全体を通じて伝えられるメッセージは、人生における困難や逆境は一時的なものであり、時が経つにつれて回復し、再び強くなることができるという希望の象徴です。
土手の芝が人に踏まれても結局は回復し、さらに美しく成長するように、人間もまた困難に直面しても、時間とともに、そして周りからの支援や「情け」によって立ち直ることができるということを教えています。
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