落語【鰍沢】台本 吹き出し風

怪談噺

鰍沢というお話で、これは三遊亭圓朝師匠の三題噺※のうちのひとつでございます。

※観客から三つのお題を頂いて、その題を入れた即興の落語を披露した。

その時の題が、「鉄砲」に「卵酒」、「毒消しの護符」としてございます。

ご宗旨も八宗九宗と別れます中で、ご陽気の大本山というのが、経宗、日蓮宗でございます。日蓮上人というお方が身延山をひらきました。

その身は仏縁にありというので、武蔵国池上の郷でご入滅をなさいました。ですから、この身延山と池上の本門寺が経宗に関してましては二大霊場ということになっております。

江戸の者は池上の本門寺があるんでございますから、何も身延山まで行くには及ばないんでございますけれども、そこが信心の面白いところ。

やはり身延参詣はしないと幅が利かないというので、わざわざ草鞋をはいて、甲州まで出かけたと申します。

今は交通も便利になりまして、行くのも楽でございますけれども、その時分はなかなかに難所でありました。

身延参詣をして、鰍沢を舟で下るなというのが菩薩様の戒めだったそうです。今はそんなことはありませんが、当時は結構間違いがありました。ですから決して鰍沢を舟で下ってはいけないと申します。

いま、参詣を済まして帰り道、降り出してまいった雪。荷物を振り分けに致しまして、まわしがっぱに足ごしらえも十分。

つげの傘は三度目の雪下ろしという傘で、大層旅慣れた出で立ちでございます。

中食を済ませて出るには出ましたが、山道に降る雪でなかなかに道がはかどりません。

自分の心持ちでもう五、六里も歩たろうと思うと、ぱったりと日も暮れてまいりました。立ち止まった辺りの様子を伺いますと一面の銀世界。

人家とて、見えません。

鰍沢を聞くなら「金原亭馬生」

金原亭馬生の『鰍沢』は、静かな語り口でありながら、物語の緊張感と不気味さをじわじわと浮かび上がらせる名演です。

派手な演出に頼らず、間と声の抑揚だけで雪山の恐怖と人間の業を描ききる、まさに“語りの力”を体現した一席です。

十代目金原亭馬生の落語がすごい!特徴・逸話・おすすめ音源を徹底解説。 – 落語のごくらく

商人
商人

南妙法蓮華経、南妙法蓮華経・・・

商人
商人

これは参ったな・・・

商人
商人

これだけ歩いてくれれば、石塚の一つや建物の一軒ぐらい見えぬことはあるまいと思って来たが・・・

商人
商人

こいつは道に迷ったかな・・・

商人
商人

何しろ雪の道を一生懸命に来たから、方角が分からねぇ・・・

商人
商人

ことによるとこりゃあ、凍え死ななくちゃならないかもしれねぇ・・・

商人
商人

まだ罪障が消滅をしないのか・・・

商人
商人

身延参詣の帰りに凍え死ぬとはなんのことか・・・

商人
商人

とにかく一晩、夜を明かすだけの宿でもうちでもあってくれりゃあいいが・・・

商人
商人

南妙法蓮華教南妙法蓮華教・・・

口の中で一遍のお題目を唱えながら吹雪に傘を取られないようにつばを抑えました。

やってまいりますと向こうの方にかすかにチラチラと明かりが見えましたから、さては人家があるかとやってまいりますと一軒の草の屋。

その隙間から覗いてみますってと、どうやら明かし焚き火をしている様子。何しろ生き返ったような心持ち。

商人
商人

ごめんくださいまし・・・

商人
商人

ごめんくださいまし!!

商人
商人

私はあの江戸の者でございますが、身延参詣の帰りに

商人
商人

雪のために道に迷いまして、難渋をしております・・・

商人
商人

もし!お尋ねでございますが!

?

はい・・・

?

なんですね?

商人
商人

犬目(宿場町)へ出ますには、どう出ましたらよろしゅうございますか?

?

そうですねぇ・・・

?

どちらへ出ていいか、分かりませんよ・・・

商人
商人

心細いな・・・

商人
商人

土地の者に聞いても分からないような所へ踏み迷ってしまったのか・・・

商人
商人

あの、ご無心でございますが、ただいま申し上げました通り、江戸のものでございました

商人
商人

雪のために道に迷いまして、難渋を致しております・・・

商人
商人

もう一足も歩くことができません・・・

商人
商人

夜を明かすだけのご無心でございますが、一晩ご厄介は願われませんでしょうか・・・

?

そうですねぇ・・・

?

そんならお泊んなさいと言いたいところだが

?

着て寝るものもなし、食べるものもないんですよ・・・

?

それでいいと言うなら、ただ転がるだけでいいと言うなら、こっちへお入りなさいまし・・・

商人
商人

左様でございますか!!

商人
商人

ありがとうございます!!

傘に積もった雪を払いました。曲がり曲がった戸をガタガタと押し上げてみますと、土間が広く切ってありました。

向こうの壁に狐かむじなか分からないが、生皮が二、三枚かかっており、欄間には火縄のついた鉄砲。いかさま狩人の家か。

?

こっちへお入りなさいまし・・・

?

合羽(かっぱ)は湿りがありましょうから、そこに掛けておいでなさいまし・・・

?

明日発つまでには湿りも取れまし・・・

?

足も濡れたばかりで汚れもしますまいから

?

わらじを脱いだらこちらへ上がって

?

囲炉裏の方へ足を投げ出して温まんないなさいまし

?

その籠の中にシワの折ったのや何かありますから

?

勝手にくべてお温まんなさい・・・

商人
商人

左様でございますか!

商人
商人

それではお言葉に甘えまして、ありがとうございます!

商人
商人

ふ~!

商人
商人

ふ~!!

商人
商人

っげほっ!!っげほ!!

商人
商人

少々煙が立ちますが、どうぞご辛抱願います・・・

商人
商人

ふ~!!

商人
商人

ふ~・・・

商人
商人

おかげさまで、一心地がつきましてございました・・・

商人
商人

これもお祖師様のご利益・・・

商人
商人

南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経・・・

ぼうっとも燃え上がった火影で主の様子を伺いますと、雛にはまれな良い女。年の頃が二十八、九でございましょうか。色の抜けるように白い。

頭を巻き髪に致しまして、つぎはぎではございますが、絹のねこ半纏をまとっております。

こんな山の中にどうしてこんないい女がいるかと思って見ると、首のところへを急所をよけて月の輪型の傷がございます・・・

女がいいだけに傷があると誠にすごい・・・

商人
商人

どうもありがとう存じます・・・

商人
商人

初めてではないのでございます・・・

商人
商人

子供の時分に親父に連れられて参詣に来たことはあったのでございますが

商人
商人

何しろこの雪のために道に迷いまして、こちら様がなければ凍え死んでいたところでございます・・・

商人
商人

ありがとう存じます・・・

商人
商人

時に・・・

商人
商人

つかぬことを伺いますが・・・

商人
商人

おかみさんはお言葉の様子では、江戸の方とお見受けをいたしますが・・・

?

はい・・・

?

江戸なんですよ・・・

商人
商人

江戸はどちらでございます?

?

浅草・・・辺でございます

商人
商人

失礼を伺うか知れませんが・・・

商人
商人

吉原に・・・

商人
商人

おいでになったことはございませんか?

?

はい・・・

?

仲にも、ちっとばかりいましたの・・・

商人
商人

左様ですか・・・

商人
商人

もし間違いでしたら、お詫びを申し上げますが・・・

商人
商人

熊蔵丸屋の月の戸花魁ではございませんか?

お熊
お熊

あぁ、びっくした・・・

お熊
お熊

どうしてわかったの・・・

商人
商人

やはり花魁で!

商人
商人

あぁ!熱ぃいい!

お熊
お熊

あぁ大丈夫かい?火に煽られて・・・

商人
商人

大丈夫でございます・・・

商人
商人

左様でございますか・・・

商人
商人

似ていらっしゃるとは思ったんでございますが・・・

商人
商人

花魁の方ではもうお見忘れでございましょう・・・

商人
商人

ちょうど二年前の二の酉の晩でございます・・・

商人
商人

送られましたお茶屋が丸高で二人一座・・・

商人
商人

その時にあたしの相方にでましたのが花魁でございました・・・

お熊
お熊

えぇ、えぇ・・・

お熊
お熊

覚えていますよ・・・

お熊
お熊

お連れの方がたいそうお酔いでございまして、ふふっ・・・

お熊
お熊

めちゃくちゃに酔ってまして、廊下で芋を踏んづけて滑って転んだりなどいたしまして・・・

お熊
お熊

大騒ぎでございました・・・

商人
商人

その時に花魁にはずいぶんと世話になりました・・・

商人
商人

すぐに裏目(うらめ)に行かなければいけないなとは思っていたんでございますが・・・

商人
商人

親父がやかましゅうございますんでなかなか出ることができません・・・

商人
商人

そのうちにようやくおりを見つけて丸高へ行ったところが、どうも様子が変・・・

商人
商人

他の花魁になさいましというから

商人
商人

月の戸花魁には義理があるからそこに送ってくれろと言うと

商人
商人

ここだけの話でございますが、花魁は心中をしたと言うので

商人
商人

あんないい花魁がそんなことになるとは神も仏もない世の中かと・・・

商人
商人

それからは遊んでも、弾まなくなりました・・・

商人
商人

おかげ様と言ってはなんでございますが、たいそう堅くなりました・・・

商人
商人

親父にも安心をさせて送ることができました・・・

商人
商人

その願解きでございます、親父の御骨を身延へ納めました・・・

商人
商人

その帰りに雪のために道に迷いました・・・

商人
商人

助けられたのが花魁とは・・・

商人
商人

これも、お祖師様のお導きでございましょうか・・・

お熊
お熊

えぇえぇ・・・

お熊
お熊

だんだんと思い出してきましたよ・・・

お熊
お熊

あの時分のことを思い出すと、なんだか夢のよう・・・

商人
商人

しかし、まぁ花魁が殉死したとはとんでもないことを言う奴があるもんでございますな・・・

お熊
お熊

それは本当に・・・

お熊
お熊

しました・・・

商人
商人

気味の悪いことをおっしゃっちゃいけません

商人
商人

花魁そこにいらっしゃるじゃございませんか!

お熊
お熊

心中のしこそない・・・

お熊
お熊

これが、その時の傷なんですよ・・・

商人
商人

左様で・・・

商人
商人

そんなものはないと思っておりましたが・・・

商人
商人

で、それからどうなりました?

お熊
お熊

吉原の情報吉原の情報でさらされた挙句に品川溜めにやられて・・・

お熊
お熊

あやうく女太夫にされようというところを・・・

お熊
お熊

その男と一緒に命からがら逃げ出しまして

お熊
お熊

今じゃこうして山の中に隠れていますの・・・

お熊
お熊

おまはん後生だから江戸へ帰っても、このことは内(密)にね・・・

商人
商人

決して喋りゃいたしません・・・

商人
商人

いやぁ、花魁めでたいな・・・

商人
商人

これから先、どのくらい長生きをするかしれませんで!

商人
商人

相手のお方というのはどういうお方で?

お熊
お熊

本町の薬屋のしくじりもので・・・・

お熊
お熊

これといってできることもありませんが、膏薬を練るぐらいのことは心得ていますから

お熊
お熊

山へ熊を打ちに行っては高薬などをこしらえて宿場へ売りに行きます・・・

商人
商人

さようでございますか・・・

商人
商人

それじゃあ今日も雪の降る中を御商売・・・

商人
商人

花魁羨ましいなぁ・・・

商人
商人

何がと言ってそうじゃあございませんか・・・

商人
商人

たとえ山中三軒家でも主と一緒に暮らすなら、竹の柱に茅の屋根こちゃ構やせぬ・・・

商人
商人

こんな良いことはないじゃございませんか!!

お熊
お熊

さぁ・・・

お熊
お熊

いいかどうかは・・・

商人
商人

こんなところ狂言作者が見たらほっときゃいたしません!!

商人
商人

いいセリフができますぜ?

商人
商人

そのひび、あかぎれを隠そうため、亭主は熊の膏薬売り!

商人
商人

なんという・・・

商人
商人

これはどうも、とんだ失礼を申し上げました・・・

いくらか包んで渡そうと思いましたが、あいにく紙入れには銭しか入っておりません・・・

胴巻きを取り出すってと、いくらか紙に包む。

鰍沢を聞くなら「金原亭馬生」

金原亭馬生の『鰍沢』は、静かな語り口でありながら、物語の緊張感と不気味さをじわじわと浮かび上がらせる名演です。

派手な演出に頼らず、間と声の抑揚だけで雪山の恐怖と人間の業を描ききる、まさに“語りの力”を体現した一席です。

十代目金原亭馬生の落語がすごい!特徴・逸話・おすすめ音源を徹底解説。 – 落語のごくらく

商人
商人

えぇ、花魁・・・

商人
商人

ごめんなさい・・・

商人
商人

おかみさん、ここでお会いすることが分かっていたら何かお土産の支度をしてきたのでございますが

商人
商人

こういう仕儀でございますんで、これはほんのお土産代わりでございます・・・

商人
商人

どうぞ腹を立てないでお納め願いたいんでございます・・・

お熊
お熊

あぁ、いけませんよ・・・

お熊
お熊

そんなことをされたらあたしが困りますから・・・

商人
商人

どうぞ・・・

お熊
お熊

そうですか・・・

お熊
お熊

主が一旦出したもの元へ納めもしますまいから

お熊
お熊

それじゃ、ありがたくいただいております・・・

お熊
お熊

おまえ、お腹は?

商人
商人

えぇ、もう十分にやってまいりましたんで結構でございます・・・

お熊
お熊

それじゃあ1杯と言いたいところだが

お熊
お熊

こちらは自酒でもって私も初めの頃は口へ持ってくると突っ返すようでしたが

お熊
お熊

慣れというもの恐ろしいもんで、かえってそれが恋しいようになりまして

お熊
お熊

卵酒にすると臭みが取れますから、今こしらえてあげましょう・・・

お熊
お熊

ちょっと待ちなんし・・・

これからかんなべというものにいそいそと卵酒をこしらえました。

お熊
お熊

さぁ、お上がりなんし・・・

商人
商人

左様でございますか・・・

商人
商人

恐れ入りますね、あぁもう結構でございます・・・

商人
商人

それじゃあ頂戴をいたしまして・・・

商人
商人

・・・

商人
商人

なるほど、これは温まりますな・・・

商人
商人

酒の行き所が分かるようでございます・・・

商人
商人

しかし、まさかこんな所で花魁手作りの卵酒をいただこうとは夢にも思いませんでした・・・

商人
商人

・・・

商人
商人

しかし、花魁あいかわらずお綺麗でございますな・・・

商人
商人

あぁ!いや、決してお世辞ではございません・・・

商人
商人

吉原にいた自分は雲母摺(きらずり)の美しさでございましたが

商人
商人

今はしっとりとした杉絵の美しさ・・・

商人
商人

ご亭主が羨ましゅうございます・・・

商人
商人

どうも、ごちそうさま・・・

商人
商人

あ!いえいえ!もう結構でございます!

商人
商人

どだい、下戸でございますので!

商人
商人

この通り、手から何から真っ赤になってまいりまして・・・

商人
商人

勝手を申すようでございますがお腹の外と内から温めましたんで

商人
商人

少々眠気がさしてまいりました・・・

お熊
お熊

奥の三畳に寝られるようにしておいたでございます・・・

お熊
お熊

粗末な布団で恥ずかしいようだが、ま、話の種・・・

商人
商人

いえ!とんでもないことでございます!

商人
商人

布団の中で寝られるだけでも、こりゃ極楽でございます!

お熊
お熊

それからどうでもいいことだが・・・

お熊
お熊

うちの人に、仲にいる時分に一度出たことがあるということを聞かれると

お熊
お熊

なにか勘違いをされて主の迷惑になるようなことがあるといけないから

お熊
お熊

このことはどうか、内(密)にね・・・

商人
商人

へへっ、ヤキモチを妬かれるような面じゃございませんが、えぇ、承知いたしておりますんで・・・

商人
商人

それじゃ、ごめんをこうむりまして・・・

荷物と道中刺し(小刀)を持って奥の三畳へ入ります。煎餅のような布団の中へ頭から入り込みました。ぐ~っとそのまんま寝込んでしまいます・・・

女はあたりをよく片付けもせずに、芭蕉傘(ばしょうがさ)をかぶります。樏(かんじき)というものを履いて、一升徳利を抱えて表へ出てまいります。

いかさま亭主に飲ませる酒を旅人に飲ませましたもの、近所に売るところでもあると見えて買いに出かけましたものか・・・

入れ替わりに入ってまいりましたのが熊の膏薬売りでございます、伝三郎というもの・・・

熊の皮の袖なしを着ます、蓑(みの)をつけまして足ごしらえも十分。八千草(やちぐさ)で編んだ山岡ずきんをかぶっております。

伝三郎
伝三郎

お熊!!

伝三郎
伝三郎

いま、けえった!

伝三郎
伝三郎

お熊!!

伝三郎
伝三郎

いねぇのか・・・

伝三郎
伝三郎

あぁ、寒い寒い・・・

伝三郎
伝三郎

あぁ・・・

伝三郎
伝三郎

あぁ~あ!震えやがる震えやがる・・・

伝三郎
伝三郎

お、いい塩梅にしだか(焚き火)ができてやがる・・・

伝三郎
伝三郎

ありがてぇありがてぇ・・・

伝三郎
伝三郎

ん、卵酒・・・

伝三郎
伝三郎

ふっ・・・

伝三郎
伝三郎

亭主が雪の中、這いずり回って商いしてる間、女房はうちで卵酒食らってやがらぁ・・・

伝三郎
伝三郎

やはり野に置け蓮華草か・・・

伝三郎
伝三郎

こんなもんでも、ねぇよりましか・・・

伝三郎
伝三郎

おそろしく残しやがって・・・

伝三郎
伝三郎

もったいねぇことをしやがる・・・

伝三郎
伝三郎

(卵酒を飲んで)あぁ・・・

伝三郎
伝三郎

卵酒の冷えかかったのは生臭くていけねえや・・・

伝三郎
伝三郎

あぁ~あ!寒い寒い・・・

伝三郎
伝三郎

・・・誰だ?

伝三郎
伝三郎

お熊か!?

お熊
お熊

お前さん、帰ってんのかい・・・

お熊
お熊

すまないが樏(かんじき)を池の中にふんじこんでしまったんだ・・・

お熊
お熊

徳利を取りに来ておくれでないかい・・・

伝三郎
伝三郎

ちっ・・・

伝三郎
伝三郎

こっちも今、温まったばっかりでい・・・

伝三郎
伝三郎

いいから入ってきねぇな・・・

お熊
お熊

裸足になっちまうからさ・・・

お熊
お熊

お前の酒を買いに行ったんじゃあないか・・・

お熊
お熊

邪険なことをお言いでないよ・・・

伝三郎
伝三郎

ふん、亭主を使ぇ奴(やっこ)と間違えてやがる・・・

伝三郎
伝三郎

使わなきゃ損だと思ってやがる・・・

伝三郎
伝三郎

待てぇ、今行ってやるから・・・

伝三郎
伝三郎

ぐっ・・・

伝三郎
伝三郎

ごはぁっ!!

伝三郎
伝三郎

ぉ、ぉ熊ぁ!!

伝三郎
伝三郎

ちょいと来てぐれぇ!!

伝三郎
伝三郎

お熊ぁ!!

お熊
お熊

とうとう裸足になっちまったじゃねぇかさ・・・

お熊
お熊

どうしたの?

お熊
お熊

さしこんでるの(お腹が痛むの)?

お熊
お熊

なんでも食らうからそういうことになるんだ・・・

お熊
お熊

みっともない、よだれなんざ垂らして・・・

お熊
お熊

一体何を食らったんだ?

伝三郎
伝三郎

な、何も食いやしねぇっ

伝三郎
伝三郎

今日は弁当だって開けちゃいねぇ!

伝三郎
伝三郎

じじいのどころでぇ!醪(もろみ)の開けたのを勧められたぁ・・・

伝三郎
伝三郎

それだっで、飲まねぇで来だんだぁ!!

お熊
お熊

何も食べもしねぇ、飲みもしねぇでおまえそんな・・・

お熊
お熊

・・・

お熊
お熊

おめぇ・・・

お熊
お熊

ここにあった卵酒を飲んでやしないかい!?

伝三郎
伝三郎

冷えちゃ何にもならねぇがら・・・

伝三郎
伝三郎

そっくりやっづげだぁ・・・

お熊
お熊

おえねぇ(ひどい)ことをするじゃあねぇか・・・!!

お熊
お熊

この卵酒には、おめぇがこしらえた毒が入ってやがる!!

伝三郎
伝三郎

な”んだとぉ・・・

伝三郎
伝三郎

ごぉのぉあまぁぁ!!

お熊
お熊

なにをするんだな!!

お熊
お熊

おめぇに飲ませようと思ってこしらえたわけじゃねぇ!

お熊
お熊

実は今日旅人がやってきて

お熊
お熊

雪のために道を誤ったから一晩泊めてくれというのあげてみたら

お熊
お熊

仲にいた時分に一度出たことのある客なんだ・・・

お熊
お熊

礼にと出した胴巻きの中に確かに一本百両・・・

お熊
お熊

その仕事しようと思って卵酒の中に毒入れて飲ましたんだ・・・

お熊
お熊

旅人は下戸だと言って湯呑一杯も飲めやしねえ・・・

お熊
お熊

それをそっくりおめぇが飲んじまったんだ・・・

伝三郎
伝三郎

あ‘‘の毒ぉぉ、どのくらぃいれだぁ・・・

お熊
お熊

どのくれぇもそのくれぇも・・・

お熊
お熊

あるだけそっくり入れちまったぁ・・・

伝三郎
伝三郎

えれぇごとぉをしやがっ・・・ごはぁっ!!

伝三郎
伝三郎

ぉぐまぁぁ!!だすげてぐれぇえ!!

伝三郎
伝三郎

ごはぁっ!!ごんな‘‘どごろで死にたぐねぇ!!

伝三郎
伝三郎

どうがぁだすげでぐれぇ!!!

お熊
お熊

助けるったっておめえ・・・

お熊
お熊

医者も薬もありゃしねぇやな・・・!!

お熊
お熊

その顔色じゃあ・・・

お熊
お熊

もう助からねぇよぉ・・・

お熊
お熊

これまでの寿命だと思って・・・

お熊
お熊

迷わず成仏してくれよぉ・・・

伝三郎
伝三郎

い“やだぁあ!!おれぁごんなどころで死にだくぁねぇ!!

伝三郎
伝三郎

どぉにがしでぐれぇえ!!

お熊
お熊

どうにもしようがねぇやな・・・

鰍沢を聞くなら「金原亭馬生」

金原亭馬生の『鰍沢』は、静かな語り口でありながら、物語の緊張感と不気味さをじわじわと浮かび上がらせる名演です。

派手な演出に頼らず、間と声の抑揚だけで雪山の恐怖と人間の業を描ききる、まさに“語りの力”を体現した一席です。

十代目金原亭馬生の落語がすごい!特徴・逸話・おすすめ音源を徹底解説。 – 落語のごくらく

やっておりましたのを旅人が聞いて、びっくり致しました・・・すぐに逃げようかと思いましたが、もう毒が回っておりますので体が思うように動きません・・・

商人
商人

南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経・・・

商人
商人

南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経!!

ふっと思い出しましたのが、小室山で受け取りました毒消しの護符・・・これを紙包みのまんま口の中で放り込みました・・・

雨戸を開けようと思いましたが、凍りついているから開きません・・・

体を預けるように致しますってと、桟(さん)が外れて雪の上へふわっと落ちましたから、慌てて雪を口の中へ放り込みますってと、いい塩梅に護符がすっと通りました・・・

たちまち効き目が現れまして体が動くようになりましたから、座敷へ戻りますってと、道中刺しと荷物を持って逃げようとする。

お熊
お熊

旅人が逃げようとしてやがる・・・

お熊
お熊

おめぇの仇(かたき)はあの旅人だ!

お熊
お熊

おめぇの鉄砲でぶち殺してくれる・・・!!

鉄砲と聞いて旅人も驚いた。慌てて表へ飛び出しますと、最前まで降っておりました雪は綺麗に上がりました。

中空には鎌のような細い月が冴え渡っております。戻ってきた道を戻れば良さそうなものだが、そこは人情。

裏へ行った方が隠れどころがあるだろうというので、雪の中をこけつ転びつ。雪崩台になった土手の上へあがってひょいっと見る・・・

東海道は藪地へ注ぐ鰍沢(かじかざわ)の流れ、四五里来(しごりらい)の大雪、水勢を増しますと・・・

ガラガラガラガラガラガラガラガラガラッ!!!ドォォォォーーーーーー!!!

っという勢い。所も名代(なだい)の釜ヶ淵に・・・

ひょいと後ろを振り返ります、月の輪のお熊が鉄砲を構えまして、火縄をちらちらとさせながら

お熊
お熊

おぉーーーーい!!

お熊
お熊

旅人ーーーーー!!

お熊
お熊

忘れ物だよぉーーーー!!

後ろは鉄砲を、前はだけ、身体ここに極まったと思うとたん、足元が一つずるりっと崩れますってと、雪崩なりにズゥゥゥゥっと落ちてまいりました。

下に繋いでありましたのが古い山筏(やまいかだ)、この上でドンっと落ちますと、もやいが柔(やわ)になっておりましたものか、ずるりっとおどける・・・

途端に筏(いかだ)がズズズゥっと流れ始めましたから

商人
商人

南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経・・・

商人
商人

南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経!!

ガラガラガラガラガラガラガラガラ!!っと筏が流れる勢い・・・前の岩にドーンとぶつかりまして、縄が腐っていたものか、ぶっつりと切れ、筏がバラバラバラバラ・・・

商人
商人

南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経・・・

商人
商人

南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経!!

とうとうたった一本になった丸太に跨って流されてまいりました・・・大きな岩がございまして、そこが溜まりのようになっております。

ここに丸太がすっと入りましたから

商人
商人

南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経・・・

商人
商人

南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経!!

ひょいと崖の上をみますと、月の輪のお熊は片足を岩角で踏みがけまして、鉄砲のすぐ口をこちらへ向けて十分に狙いをつけておりますから

商人
商人

南無妙法蓮華経!!!

頭を下げた途端に、ドーン!と放ったやつが肩をかすめるってと前の岩へカチーン!!

商人
商人

この大難を逃れたも、お祖師様のご利益!!

商人
商人

お材木(お題目)で助かった・・・

※上記のようなオチは後につけられたもので、円朝師匠原作によるものは、仏教的な後日譚・発願文のような詩文で幕を閉じます。はっきりとしない部分もあるため、誤りがありましたら、ご指摘ください。

はて助かりしか。

思いがけなき、雪の夜に。

祖師や護符の利益にて、不思議に命を救われしは、妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)の七字より一字に落(おと)す釜ヶ淵。

矢を射る水より鉄砲の肩を越す。

名も月の輪のお熊と、くいつめものとは白波の、深き巧みに当たりしは、後の噺の種子島・・・
はては筏であったよな・・・

まずこの一席はこれまで。

鰍沢を聞くなら「金原亭馬生」

金原亭馬生の『鰍沢』は、静かな語り口でありながら、物語の緊張感と不気味さをじわじわと浮かび上がらせる名演です。

派手な演出に頼らず、間と声の抑揚だけで雪山の恐怖と人間の業を描ききる、まさに“語りの力”を体現した一席です。

十代目金原亭馬生の落語がすごい!特徴・逸話・おすすめ音源を徹底解説。 – 落語のごくらく

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