吉原という大変にこの結構な遊び場所がありましたが、そこが一番有名でしたけれども。
他にも色々と遊び場所というものがございまして。江戸を取り囲んでおります四つの宿場がありましてね。品川、新宿、板橋に千住。
こういうところも大変に遊びで栄えたそうですね。
中でも品川というところは、大層この栄えた場所で、なんと言ってもその時分一番旅人の多かった東海道ののろっ首。
これからさぁ旅に出ようという人が、そこを必ず通らなくちゃあなんない。第一番の宿駅ですからね。
やっぱりこの懐には路銀(ろぎん)がまだあります。まだ懐があったかいから気が大きくなった。
それでさっと入って行くってと、そういう店がずらっと並んでおりまして。ちょいと誘われるってと、その気になって、まあ、一晩ぐらいいいだろ、明日旅立とうなんてんで。
ふっと上がるってと、向こうは待ってましたってんで、腕によりをかけてお客をうわっと持ち上げるからすっかりその気になっちゃって。
じゃんじゃん持ってこい!なんでも構わねぇから!芸者あげろ!太鼓持ち呼べえなんてんで、わいわい騒いで、こんなことを3日もやってると、懐に一文もなくなっちゃってね。
そのまま旅行かずに江戸に引っ返したなんというような、脳天気なのがずいぶんいたんだそうですね。
それからまた江戸の町ん中からちょいと趣を変えて、今夜一つ南へ足伸ばそうじゃないか、なんてんで、品川を俗に南と言ったそうですね。
裏手が海で趣は変わっていいなんてんでね、わざわざ出かけていく。
ずいぶん金が落ちたんで、一時は吉原の向こうを張るぐらいな勢いがあったそうですね。
その品川の新宿(しんしゅく)※に、白木屋という家がありまして。
※「新宿(しんしゅく)」=新しく設けられた宿場のこと。
そこで板頭※を勤めております、お染というご婦人がいた。この板頭というのは廓(くるわ)へ来るってと、御職と名前が変わりまして、一番売れっ子です。
上を張っているご婦人で今で言うナンバーワン。大変にこのどことなく男好きのする顔をしておりまして。で、愛嬌がある。客扱いがうまい。
ですからもうどんどんどんどんもうお客がもうひっきりなしですね。大変に売れて、一時は飛ぶ鳥を落とす勢い。
ところがご婦人というものは、年には勝てない。ご自身の寿命というものは誠に短い。
これ本当の寿命じゃないですな。本当の寿命はご婦人の方が長い。
大体このおじいさんが先に逝っちゃって後でおばあさんが残るというのが世間ですね。
そうじゃなくて女としての寿命。花の命というものは短い。
その代わり、やはりご婦人というものは美しいもんですから、その花と咲き誇っている時には、これは誠にきれいなもんです。
子供の時分に、「いいかなこの子は…ひどい顔をしているけどもな。親が気の毒だな」なんてことをみんなから心配さえておりましてね。
その心配をよそに、ある程度こう年を重ねてきて、年頃になってくるってと、「あの子が!?綺麗になったねぇ~!」なんてんで、もう大変にこのご婦人というものは変わってくる年頃になるとね。
色んな関係でもって、この肌やなんかこう瑞々しくなってくるし、それによってこう顔やなんかこうなんかこう色気が出てきて、あ、いいなっていう感じになるんです。
ところがこの、この時期が短い。いいなと思っているうちにすぐに元の子供時分に戻っちゃった。
そこ行くと男の方はなんだかんだと言っても、働き盛り、男盛りなんてんでね。
四十だ、五十だ、六十だなんてんでね、政治家見ても分かりますけれども、かなり高齢まで活躍をする、そういうことになっておりますね。
それと同じように、このお染さんもだんだん年を取ってくるってと、その花がこう枯れてまいりましてね。顔中しわだらけになってくる。
なんかものを食べると、顔が変に動いちゃったり。しわが額やら目尻やら頬にいっぱいできましてね。
で、それを白粉(おしろい)塗るたってそのまんまじゃ塗れないから、こうしわをこう伸ばして白粉をを塗る。
あとになってくっと戻すってと、しわの間んとこだけ剥げてたりなんかして。くしゃみをすると水っぱなが一緒に出ちゃったりなんかする。
そうなってくるとだんだん、だんだん男の足も遠のいてまいります。売れなくなってく。若い子には勝てません。
しまいにはお茶を引くなんてんで、お客様が上がってくれないなんという日がだんだん出てくる。
これはもう自分で覚悟をしておりますが、もっと悔しいことがあるというのは、ああいうところには色々とやかましいしきたりがありまして、面倒くさいことかね。
紋日 (もんび)あるいは物日(ものび)なんて言いますけれども。これは色々とある中で、移り替えというのがあります。
これは着物を着替えるんですね。季節に合わせて新しい衣装に替えなくちゃならない。これがただ、着替えるわけじゃない。
どういうことをするかって言うと、自分の座敷にこの奉公を呼んで、そして普段世話になってる若い子だとかおばさんやなんかも招待をする。
ご馳走をして、そういう連中に祝儀を切ってわいわい騒いだ挙句に、さぁそれじゃあ私はこれでもって移り替えをいたしますよ。おめでとうございます!ってんで、初めて着物を着替えることができる。
これは大変にお金がかかります 。勤めの身でそんなお金があるわけがない 。といって、店から借金を するってと年期が長びいちゃう 。
なんとかしなくちゃいけないというので考えたのはお客様に出してもらおう。
大体自分のところへ惚れて通ってくるお客様ですからね。で、その人にわけを話すってと、そっくりはもちろん出してくれませんね。大変なお金ですから。
「じゃあこれ、その時の足しにしねぇ」なんてんでいくらか置いてって 。こういうものを集めて貯め ておいてそういうものに当てたんだそうですね 。
だから紋日が近づいてくるってと、ああいう所のご婦人は一生懸命お客様のところに手紙を書く。巻紙破るくらいの紋日前なんてことを言います。
他の子はすっかり移り替えができるのに、お染んところはお客様が誰も来てくれなくなっちゃった。
さぁそうなると、いつまでも同じ格好をしている。昔のことですから、冷やかしている客が大変に詳しい。
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ご覧よ!あのお染っていう女だよ!

板頭って言ってもねぇ、まだ移り替えができねぇんだ!

歳は取りたくねぇもんだな!
なんてのがぱっと耳に入ってくる。悔しいなと思ってる。これはまだ相手が客ですから我慢ができますが。
一緒に並んでいる自分が今までちょっと下に見ていた若い子なんかに。

何を言ってんだい本当に!ざまぁみやがれ!

姉さん風ふかしたって移り替えができないじゃないか!

ふんっ!
女の人のしっぺ返しというのはきついですから。これは悔しくてしょうがない。
こんな悔しい思いをするんだったら、いっそのこと死んでしまおう。ただ死ぬのはいやだ。
ただ死ぬってと、「あの女は移り替えができないから死んだ」と言われるのが悔しいから。誰か相手を見つけて一緒に死んでもらおう。
そうなるってと心中となる。その方が体裁がよかろうってんで、どこまでも体裁を考えるもんで。
自分のところへ来てくれておりましたお客様の名前がのっております玉帳(ぎょくちょう)というものを持ってきて。
これから心中の相手を探し出した。

こうやって見ると中々いないよぉ・・・

普段はこんなの無駄だからねぇ・・・

本当に殺しちゃってもいいと思うのはいくらもいるんだけど・・・

こうやって改めてみるといないねぇ・・・

この人もいけない女房子があるしさ、かわいそうだもん残った人がねぇ・・・

この人はおとっつあん、おっかさんがいるだろ?

この人もおかみさんもらいたてだしさぁ

こうやって見ると、いないもんだねぇ

誰かいそうなもんだけど・・・

あらっ!

いた・・・

いい人がいたねぇ・・・

長橋から通ってくる本屋の金蔵ってぇの

こりゃいいよ?

人間はちょいとぼ~っとしてるしさ、身寄り頼りは何も無いしさ・・・

こんなもんはかえって生きてる方が無駄なんだからね

心中の相手、この人に決めた!
決められた奴はいい災難ですな・・・
思いの丈を筆に言わせて金蔵のところに手紙を出す。
惚れている女から来た手紙ですから喜んで読んでみるってと、相談したいことがあると書いてありますんで、小遣いを工面してその晩のうちにすぐに飛んで来た。
よく来てくれたねって迎えてくれるもんだと思って行ったら、なんか浮かない顔してんで、奴さん調子くるっちゃって・・・

・・・

・・・おぅ!

おい!どうしたの?

どうしたんだよぉ!?

おめぇが相談してぇことがあるってから俺来たんだよ?

そ、そんな口も利かねぇでどうしたんだよ?

相談ってのはお互いに向かい合ってよ?

あ~でもねぇ、こうでもねぇって言いながら、首こっち曲げたりこっち曲げたりするのが、これが相談ってんだよ・・・

おめぇみたいにそうやってうつむいちゃってさ・・・

顎を懐にうずめちまって、そんな相談ってのがあるかい・・・

どうしたんだよぉ!?

だってさぁ・・・

私ね・・・

金さんの顔見た途端に・・・

あ、この相談はダメだなって諦めちゃったんだんだよ・・・

なんだいそりゃあ・・・

な、なんか話もしねぇでダメなんて諦めんなよ本当に!

こういうことがあるのよって言ってごらんよ!

ね?

言ってみな!

だって・・・

お金がいるんだもの・・・

金なら金って言ったらいいじゃねぇか!

金さんこういうわけで百両、二百両いるんだってなぜはっきりそう言わねぇんだよ!

四十両いるんだけどね・・・

・・・そら大変だ、そりゃあな・・・

四十両なんて銭、おらぁできないよ?

ほらご覧よ、だから私諦めちゃったんだよ・・・

私ね、その四十両って御足がないとさ、移り替えができないの・・・

移り替えができないくらいだったら、いっそのこと死んじまおうと思ってさ・・・

何も死ぬのにわざわざ人に言うことないんだけども・・・

お前さんとは年が明けたら所帯を持とうと私の方じゃ思ってたからね?

ま、せめてお前さんだけにはこのことを打ち明けてね・・・

それであの世行こうと思って、今日忙しいところわざわざ来てもらったんだけどもさ・・・

どうも本当に長いことお世話になりました・・・

ありがとう・・・

本当にお前さん、いい人だったよ・・・

だから私がね、あの世行っちゃってから

思い出した時でいいから、あの女も不便なやつだったなと思ったら

お線香の1本もあげてね・・・

色々とお世話になりました・・・

本当にありがとう・・・

おい、なんだよおい!

なにも死ぬこたぁねぇじゃねぇか!

よしねぇ!死んだってつまらねぇ!

そうはいかないよ!

昨日今日入ったような若いのに鼻の先で笑われてさ!

悔しくてしょうがないんだよ!

だから私死ぬんだから!

どうしても死ぬ!私死んじゃうよ!私死ぬんだ~!

おい、おい、おい、よしなってんだよ!

死んだってしょうがねえんだ!

だからさぁ、ど、どうしても、どうしても死ぬの?

しょうがねえな、あの、じゃあ、わかった!

俺も一緒に死のうじゃねえか!

お前さん死んでくれるの?

あぁ死ぬよ!

なんの役にも立たねぇと思われても尺だからね!

死ぬぐらいは一緒に死んでやろうじゃねえか!

な?死ぬよ!

本当かい?

本当だよ!

今夜死んでくれるかい?

こ、今夜?

そらまた話が早えな・・・

今夜ちょっと具合が悪いな・・・

どうして?

どうしてやったって、まだやっぱり色々ほら用が残ってるからさ

な?

じゃ、こうしようじゃねえか!

あのね、今夜俺はこう泊まってね

で、明日俺うち帰るから

で、うち帰って色々用をすっかり済ましちゃって、それでまた明日の晩来るよ

それから死んだって遅くねえじゃねえか・・・

そんなこと言ってお前さん、逃げちゃだめよ?

逃げやしないよぉ!

嘘じゃねぇ、本当だよ、お前疑り深いねぇ!

そんなに疑うんだったら、手付に目回そうか?

んなことしなくてもいいけどさぁ・・・

良かったぁ・・・

ありがと・・・

さすがあたしの見込んだ金さんだよ・・・

この世じゃ叶わなかったけれども、あの世行って夫婦になれんだね・・・

おぅ!この世なんてしゃあねぇや!

あの世逝って、蓮の葉っぱの上で所帯もとうじゃねぇか!
なんてんで、アマガエルみたいな料簡になりましてね。その晩はせっかく見つけた心中の相手でございますから、お染のほうは金さん、金さん、金さん、金さんって大変なもてなしですな。
普段そんな扱いを受けたことはないもんですから、金蔵のやつはすっかりぼーっとしてしまいましてね。
あくる朝、家へ帰ってくるってとぼんやりしちゃって、

俺はもうあの女のためなら、命もいらねぇや!
女郎買いの決死隊みたいなのが一人出来上がる。道具屋呼んでくるってと所帯道具を売り飛ばししまして、わずかばかりの金を懐に入れるってと、方々を暇乞いに歩きましてね。
一番しまいにやってきたのが普段世話になっている土地の親分の所で、表の方から入りにくいもんですから裏に回るってと、

こんにちわ~

こんにちわ~!!

誰だカラスを捕らえたような声してんのは?

顔を見せな、こっちへ!

えぇ、こんちわ!

おお、金蔵だな?

金蔵でござんす!

あっちは金蔵でござんす!

台所にあるのは雑巾で・・・

何を言いやがる・・・

相変わらず呑気なことを言ってやがる、こっちへ来い・・・

どうした?しばらく鼻の頭みせねぇで

おめぇぐらい勝手気ままなやつはねぇよ!

来るときはのべつうるせえくらいに顔を見せて

来ねぇとなるとパタッと面見せねぇんだ

なぁ!どうした?

えぇ、どうもご無沙汰いたしまして・・・

あの、実は・・・

暇乞いに上がったんでござんす・・・

暇乞いだぁ?

あまりいい話じゃねぇな・・・

寂しい話だ、どうしたんだ、どっか旅にでも出るのか?

そうなんでございます・・・

よしなよ、旅に出たっていいことないよ?

知ったものは誰もいねぇんだ、何かあった時に困るよ?

何があったか知らねえが、俺んとこにいたらいいじゃねえか!

若いもんも大勢いるんだしよ

旅なんぞ行くのはよしなよしな!

いえ、どうしても行かなくちゃならねぇ・・・

ふ~ん・・・

行かなくちゃならねぇってお前がそこまで思い込んでんだったら仕方ねぇが・・・

まぁ行先だけは教えてくれねぇ!

何かあった時に便りもしなくちゃなんねぇからな

どこ行くんだ?

どこって、あれはなん、なんでございます・・・

ずっとあの西方ってぐらいですから・・・

西の方でございますな・・・

いつ頃帰ってくるんだ?

そうですな・・・

お盆の中日には帰ってくるんです・・・

妙なこと言ってやがるなぁ・・・

こないだ俺わきで聞いたけれども品川のお染って女に釘付けってぇじゃねぇか・・・

よしなよ?大変な相手だよ?

おめぇなんざ相手にされちゃいねんだぞ?

なんかそのことで間違いがあるんじゃねぇのか?

い、いえ!そんなんじゃないんです!

色々とお世話になりました!ありがとうございます!

おい!ちょっとまて!

おう!誰かいねぇか!?

金蔵の様子がおかしいぞ!?

とっ捕まえろ!
捕まっちゃ大変だと思うから、奴さん夢中で逃げ出してね、あっち行ったりこっち行ったり方々回って歩いておりまして・・・
ずいぶん日が暮れてから品川へやってきた・・・

まぁ良かったぁ・・・

お前さんがさ、来なかったら私どうしようと思ってたんだ・・・

だ、大丈夫だよぉ!

俺ぁ男だよ?一旦、こうと決めたからには間違いなくそうするんだよ!

嬉しいねぇ・・・

ねぇお前さん・・・

いつもお前さん来るたんびにソラマメで飲んでばかりいるだろ?

だからたまには私の顔を立ててさ、今夜もうこの世の終わりだからさ

だから一つ派手にやってもらいたいんだけど・・・

おぉ!そうだなぁ!

じゃんじゃんじゃんじゃんやって、うわっと思いっきりやろうじゃねぇか!

お前さん急に頼もしくなったねぇ・・・

そんなに御足があるのかい?

御足はねぇんだよ・・・

なくちゃダメじゃないか・・・

いいんだよなくたって!

どうせあの世まで勘定取りに来ねぇんだから!

飲むだけ飲んで食うだけ食ってずらかっちゃおうじゃねぇか!
なんてんで、連中は実にひどいもんですな・・・
それから好きなものをどんどんそう言って、金蔵の奴は飲み納めの食い納めだと思うから飲んじゃ食い飲んじゃ食い腹一杯になって動くことはできない。
しょうがないからお染は一旦金蔵を寝かしておいて、他のお客様を回っておりまして、時の経つのを待っている・・・
大引け過ぎ、ただ今の時刻でいうと午前二時頃だそうですね。
さすが賑やかなああいうところもその時刻になるってと、方々閉めてしまって、シーンとなってくる、人足も途絶えてまいります・・・
途端に今まで気が付かなかった海の方の音がざ~っと聞こえてくる・・・
足を忍ばして、そっ~とお染が元の座席に戻ってくるってと金蔵のやつは鼻からちょうちんを出して」高いびき・・・
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もぉ、よく寝てるねこの人は・・・

私なんぞ昨夜は、今夜死ぬのかと思ったら一晩中まんじりともできなかったよ・・・

それにまたこの人はよく飲んだこと食べたこと・・・

よっぽど人間が呑気にできてるんだね・・・

いい人を選んだよ本当にねぇ・・・

さぁグズグズしてちゃいけない人が来ちゃ邪魔になるから・・・

早いとこ起きなさい、ちょいと金さん・・・

ちょいと金さん、金さん!

だぁっ!!

だぁっ、もう食えねぇ・・・

まだ食うつもりでいるよ、この人は

ちょいと金さん起きなさいよ!

遅くなるから早くしなくちゃダメなんだからさ!

早くしなさいよ!もう遅くなってる・・・

わっ、分かってる、分かってるよぉ!

起きる、起きるよぉ!

本当にお前は薄情だねぇ・・・

いつでもそうなんだ、お前は・・・

こっちがいい心持で寝てるってと、金さん遅いよ!

大変だよ!お天道様間に合ってきちゃったよ!って・・・

こっちが慌てて飛び出すってとまだ星が出てるんだよ?

しょうがねぇから家に帰る途中に犬に吠えられたりなんかして、ひどい目に遭ってんだ!

たまにはゆっくり寝かしてくれたっていいじゃねぇか!

ゆっくり寝かしてくれたっていいじゃないかって・・・

お前さん、寝てからどうすんの?

寝てから帰ればいいだろう!?

帰りゃって・・・

お前さん帰るつもりかい!?

か、帰るつもりかいったってしょうがねぇじゃねぇか・・・

居続けられやしない、銭がねぇんだから・・・

何を言ってんのお前さん・・・

お前さん死ぬんだよ!?

え!?

俺がぁ!?

・・・

そうかっ!お前と一緒に俺ぁ・・・

死ぬんだっ!

そうだよぉ!

忘れちゃった・・・

忘れてちゃいけないよぉ!

人が来ない今のうちだよ!

さぁ早く死のうじゃないか!

さ、さぁ殺せ!

何を言ってんだい、お前さん一人で死んだってしょうがないんだよ!

私と一緒に死ぬんだから、なんかお前さん死ぬもの持って来たかい?

この俺のな、白州屋の短刀だ!

持ってんの?

う~ん、親分の家に忘れちゃった・・・

しょうがないねぇ、そんなことじゃないかと思ったんだよ・・・

昼間ね、あっちで虫が知らせたんだよ・・・

剃刀二丁あわせておいたから・・・

さぁお前さん一丁持ってくれ、あたしも一丁持つから、いいね?

でもってお互いにひのふのみでもって

お前さんはあたし、あたしはお前さんの喉をすっと切るから!

おい!よしなさいよ!

なにすんの!乱暴だなぁ!

乱暴だよ!死ぬんだから!

仕方がない!

仕方がないったってお前ここは中所(中見世)だよ?

中所だからいいんだ!

何を言って・・・

な、何って、だけどもさぁ!

剃刀で切ったら跡縫いにくいってよ?

何を言ってんだい!縫ってたまるかよ!

お前さん死ぬのが嫌になったね?

よし!じゃ、あたしがお前さん先に殺っておいて

それから自分で逝って・・・

ま、ま、待っておくれ!

俺は何も死ぬのが嫌になったんじゃない!

死ぬのが嫌になったんじゃないけれども、そこに置きな!そこに置きなよ!

そんなもん振り回しちゃいけないよぉ!

だけど、考えてみなよお前ぇ!

後でもって人に見つかってだよ?

こんな所から血を出してこんなんなって死んでて、様が良くないよ?

ね?

だからさ、もっとこう綺麗事でいこうじゃねぇか!綺麗事!

どうすんのさ・・・

だから、お前こうやって・・・

ふんっ!!

ってんで息を止めて・・・

息止めてって、いつまで止めてられるの?

いつまでって苦しくなったら少しずつ息をして・・・

何を言ってんだよぉ!

こうしようじゃないか!

裏の海に飛び込むんだ!

海はダメなんだ

今、俺ぁ風邪引いちゃってるから・・・

何を言ってんだい!
雨戸をあけて嫌がる金蔵の手を無理に抱え込んで、下に飛び降りるってとず~っと柵になってまして。
桟橋に出るところに木戸があります。鍵がかかっておりますけれども、長い間、潮風のために吹かれて腐っておりますんで、お染が袂に包んでおいてぶら下がるってとパキっ!と音を立てた途端に、潮風でもって木戸がパァー!っと煽られる・・・
ピューっ!というような風でございました・・・

さ、早く何をしてんの?行きな!

ちょ、ちょ、ちょっと待てお前!

押すな押すな!

暗くて何にも見えない!

大丈夫大丈夫!桟橋は長いんだよ!

命は短ぇ!

掛け合いだねぇこの人は!

早く行きなよ!いきなり人が来るといけないから!

早く行きな!

お、押すな!押すなよ!

真っ暗で何にも分からねぇんだからさ!

どこに飛び込んでいいか分からねぇんだから!

ちょっと待って、今よく見るから!

待ちな、待ちな!待ちなってんだよ!

はぁっ!

おい、水がある!

水があるからいいんじゃないか!

泳げねぇんだ!

何を言ってんだい、この人はしょうがないねぇ・・・
見ているってと、とても自分から飛び込みそうもないと思うから、

金さん!一足先に行っておくれ!
ってんで、後ろからドーンと突き飛ばした。こんなんなってるところに後ろからいきなりやられたもんですから、奴さんもんどりよって勢いとくドバーンっと飛び込んだ・・・
続いて飛び込もうとすると・・・

おぉっとちょっと待ちな!

あぁっ!!

お願いだ、後生だから離しておくれ!

死ななきゃならないわけがあるんだ!

分かってる、分かってる!分かってるよぉ!

わけが分からねぇで止めるもんか!

お染さん待ちなよ!

待ちなってんだよぉ!

本当にしょうがねぇなぁ・・・

わけは分かってるよぉ!

おめぇなんだろ?金がねぇから死のうってんだろ?

えぇ!?移り替えができねぇから・・・

ここんところどうもお前の様子がおかしいからな?

こんなことしやしめぇかと思って心配してた本当に

馬鹿なことしちゃいけないよぉ!本当に!

なんでもそう簡単に短慮に物を考えちゃいけないんだよ?

ね?いいか?

あのな、あのお金できたよ!

え?

お金、できた?

お金出来てるよぉ!

番頭の旦那がな?お染に頼まれたってんでおめぇ金もって今迎えに来て待ってんだよ!

・・・そう

じゃあ、もうちょっと早くに止めてくれりゃいいのにさ・・・

もう一人入っちゃってんだよ・・・

えぇ?誰?

本屋の金さんだよ・・・

あのバカ金かい?

ん?

いねぇじゃねぇか・・・

いねぇいねぇ!どっか行っちゃった!

ず~っとどっかに流されちゃった!

鮫かなんかに食われると分かんないよ・・・

俺が黙ってりゃ分かんないんだから・・・

お互いこういう所でもって苦労してんだ・・・

いい思いをしなきゃ馬鹿馬鹿しいよ!

それから死んだって遅くねぇんだから!

こんなこと、俺が誰にも何にも言わねぇから!

死ぬんじゃないよ!

あぁそう・・・

はい・・・

ありがと・・・

大丈夫・・・

大丈夫大丈夫!死にゃしないから!

死にゃしないけどもさ、ちょっと一足先に行ってて!

いやだってさぁ!

私だってこのまま行っちゃうのは目覚めが悪いからさ・・・

手の一つでも合わせてから行くからさ・・・

旦那にね?今お染来ますからってんでお酒出して、お前さんちょいと繋いでおいてね?

お願いします・・・

あぁ!それからいいかい?これ(内密に)だよ?

うん、お願いします・・・

ちょいと~金さ~ん!

どこ行っちゃったの本当に!

早すぎんだよ本当に・・・

いきなり飛び込んじゃうんだもの・・・

あたしびっくりしちゃった・・・

あのね?あたしお金ができたの・・・

お金ができるってと、あたしまだまだやることがあるの・・・

だからね、すまないけど一足先に逝ってておくれ・・・

いずれ私も逝くからね、どうも色々とお世話になりました・・・

さようなら、失礼・・・
ってんで世の中にこんなに失礼なことはないですな。
金蔵のやつは泳げませんから、あっぷあっぷ水は飲むは、もうあんまり苦しいんで、うわっと手伸ばすってと、うまい具合に桟橋の杭にこう触ったもんですからこれ持って、いやあってんで、苦しまぎれに足を伸ばすってと、ご案内の通り、品川は遠浅(とおあさ)※だから膝までしかない。
※遠浅・・・沖(おき)の方まで浅い
奴さん横になって溺れていた・・・

はぁっくっしょい!!

なんか鼻から出てきやがった!

ダボハゼだ、こん畜生め!
悔しいから文句の1つも言いに行こうと思ったんですが、色んなものを飲み食いしている。
さぁ勘定は?と言われた時に引っ込みがつかないから、まぁここんところは我慢をして、雁木をつたって、ただいま八ツ山へ這い上がってまいりました。
これからうちへ帰ろうと思ったんですが、所帯をたたんじゃってうち帰ることはできない。
しょうがないから親分のうち行こうなんてんで、フラフラフラフラやってくるってと、その時分はもう世の中が良かったせいですかね。
もう方々に野良犬が育つだけ育っちゃって、もう馬の孫みたいなのがあっちこっちへのそのそのそのそしている。
そこへ飛び込んだ途端に元結が切れて、ざんばら髪、貝殻か何かでこの辺をぶったぎって血がこう流れてる。ずぶ濡れになっている。

うぅ~ん、うぅ~ん・・・
なんてんで、こういうのを犬が見たら放っておきません。

おい!ぶち!こっちこい!

変な奴がこっち来たよ?

黙って通しちゃためにならねぇからよ、ひとつ脅かしてやろうじゃねぇか!

そうしよう!

うぅぅぅぅぅ!

ワンワンワンワン!!!

だぁっ!畜生!俺ぁ犬嫌いなんだ!

ワンワンワンワン!!!
なんてんで追いかけられていく。隣町まで行くってと、また隣町には別の犬がいましてね。

そっちを頼むよ!

任しときな!

ワンワンワンワンワン!!
犬の町内送りてやつでね、犬に追っかけられながら無我夢中でもって、親分のところへたどり着いた。
昼間は裏へ回ったんで、また裏へ回ればいいんですが、怖いもんですから奴さんいきなり表からドンドンドンドン叩いたんですが、
その時分、親分なんて言われるところに若い連中が集まって、夜遅くにろくなことはしておりませんので、みんなで車座になって真ん中に座布団を置いて、がらっぽん勝負!なんてことをしている・・・
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しーーー!!

てめぇ達は素人じゃねぇんだろ?

俺たちは子供で親孝行してるわけじゃねぇぞ?

いいか?こういうことをする時にあたりに気を配る・・・

表でもってあんなにおめぇ犬がワンワン吠えててよ

戸をドンドンドンドン叩いてるじゃねぇか・・・

もしお前手が入ったとき(介入される)どうすんだ・・・

え?手が入った?

はいはい!

ふ~・・・

おい!馬鹿!明かり消しちゃいけないよ!

もし手が入ったらどうすんだって話をしてて、いきなり明かり消しやがって・・・

おい!ガタガタ騒ぐんじゃないよ!

静かにしなよ?騒ぐってとかえって疑られるから・・・

あ、畜生!

あぶないったらありゃしねぇ、このどさくさに紛れて御足持っていこうとする奴がいる・・・

しょうがねぇなぁ・・・

今、俺が出てみるから、いいか?

ちょいと待ちなよ?

静かにしてろよ?

痛い痛い痛い痛い!

真っ暗で何にも見えやしねんだから、気をつけろよ?

へい!いらっしゃいやし!

えぇ、大家さんでしょ?

今みんなで寝ようかななんて話をしてたんだ!

戸をドンドンと叩かねぇでおくんねぇ!

今開けますから!

へい!どうもいらっしゃいやし!

こんばんはぁ・・・

へい!

あぁ・・・

おーい!ちょっと誰か来いやい!

変な野郎が来やがった!

なんだてめぇこん畜生!張り倒されてぇか!誰だおめぇ!?

えぇ、金蔵でございます・・・

なにぉ?金蔵だぁ?

本当に金蔵か?

馬鹿!脅かすな本当に!

ドンドンドンドン叩きやがって!

昼間はうちに妙な物忘れてったから、馬鹿なことしなきゃいいなと思って心配してたんだ!

女と一緒に死のうなんてんで、女殺しててめぇ一人でもって助かってきやがったんだろう?

女が助かってこっちは死にそこなった・・・

馬鹿ぁ!うちへ入りなよ!

戸をピタっと閉めて、心張りかっとけ!

こっち上がってこい、本当に・・・

おい!みんな出てきな!

いや!手が入ったわけじゃねぇんだよ!

金蔵のやつがな?女と馬鹿して帰ってきやがったんだ!

みんな出てきな出てきな!

出てきなってんだよぉ!

またこの狭いうちにどこへ隠れるんだか、あれだけいたやつがみんな物の見事に隠れやがった本当に・・・

誰だい?梁にぶら下がってんのは?

きっつぁんじゃねぇか!

どうしてそんなとこへ上がったの?

どうやって上がったか分かりません?

みんなが駆け出してったから、ここへたどり着いた?

おめぇだなさっき俺の背中から頭に駆け上がりやがったのは!

本当にしょうがねぇなぁ!降りな降りな!

何を?

はしご代わりに頭貸せ?

やかましいやい!

誰だ!?そのへっついの中に首突っ込んじゃってんのは?

福兵衛だよ!ちょいと出してやっとくれ!

いやいやダメダメダメ!

引っ張ったって出ない、引っ張ったって!

そいつの頭、鉢が広がっちゃってんだ!

はずみで中に入っちゃったんだから!

中に入って改めて膨らんだんだから引っ張ったって出ないよ?

そいつの鉢は肩幅より広いんだからさ!

窯をどかして上から引っ張ってやれ、上から!

無理やり引っ張っちゃいけないよ!へっついが壊れるから!

飯が炊けなくなっちゃうじゃねぇか!

ほらほら方々でもって、うなり声が聞こえてきやがった本当に!

ん?妙な匂いだ・・・

おいおい、誰だ誰だ、ぬかみそ桶の中へ落っこちてんな・・・

おい、たっつぁんじゃねぇか!

どうした?

はぁはぁ・・・

兄貴の前だけど、俺ぁ親不孝したバチだ・・・

どうしたんだい?

逃げる途端に上げ板踏み外して、ぬかみそ桶に落っこちたんだが・・・

落っこちる途端に自分のチンぶつけて・・・

俺ぁ自分の金(玉)落っことしちまった・・・

大変だぁおい!医者呼んできてやれ!

ついでにかかあも読んできてやれ!

大丈夫か!しっかりしろよ!

かかあが来たらすまねぇが、俺の金を形見だと思って渡してもらいてぇんだ・・・

持ってるのか!偉ぇ野郎だ!

ちょっとこっち見せてみな!

すまねぇ兄貴、見てくれ、これなんだ・・・

どれどれ・・・

うん、ナスの古漬けだ馬鹿野郎!

しょうがないねぇ!臭くって仕方がないじゃねぇか!

おいおい、ぬかみその匂いだけじゃないよ?

同じような匂いがするけど、どうした?

何を?与太郎がはばかり(便所)落っこちた?

誰かあげてやんな!

もうあたい上がってきたぁ・・・

あがってきちゃいけない!
品川心中の一席でございました・・・
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